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悪意のお供をするにあたって

『来たようです』

 あまり緊張感がみられないフェレスの声。促される様に同じ視線の先へと顔を向ける。

 見上げた先は、青い空と白い雲、そして異様な黒い霧の残滓。

 こちらが見つめる中、霧はべちゃりと濁った音を立てながら大地へと落ちた。飛び散る訳でもなく、ただ黒い塊が不定形に蠢く様をあえて形容するならば墜落した泥団子のよう。

 風に揺れていた草は緑から黒に上書きされて、ドロリとした黒水がネチャつき、それらは陽光に照らされぬらぬらと光を反射する。


 塊だった団子が更に変化する。

 二メートル程縦に伸びたと思ったら、上部から、やっぱりヌチャと音を立てて腕が出て来て、曲がった超猫背を正すのに伴い頭が持ち上がってきた。

 黒い泥人形。

 ハッキリ言って、ハッキリ言わなくても気味が悪い。

 泥人形は真っ赤な目玉をギョロリと動かすと、見た目からは想像もつかない速度でティアマットへと襲いかかった。

 疾風の様に現れて、疾風の様に襲いかかる。なんというせっかちさん。

 ってかなんで? 君ら仲間じゃないの?

 訳分からん。


「人を見掛けで判断するのは宜しくないのだが……。お前の守りたい人とやらは随分ウイットに富んだ人物なんだな。まして、あれが子供だってんだから世の中は不思議がいっぱいだ」

 冗談ともつかない台詞を吐いて、隣の人物を横目で見る。


『よしてくれ。同一には違いないが、僕の可愛いモンブラン様はあんな化け物じみちゃいない』

 片手を軽くあげたスノーディアが抗議の声もあげる。


『それより、気を付けたまえよ? あれは勝つとか負けるとかそういう次元の物じゃないぜ?』

 黒い何かを注視しながら、スノーディアが言う。

 一度殺されかけたらしい人の言葉には説得力がありますな。


 俺がティアマットと嬉し恥ずかし異空間を体験している所に、天から舞い降り笑顔を称えたフェレスが降臨し、そんな俺達を無視してなにやらティアマットが遠くを見ながら興奮しだしたかと思ったら、スノーディアがどこからともなく現れた。

 彼女の説明によれば妖精の抜け道(フェアリーロード)で転移して来たそうだ。

 パーフェクトワールドがどうだ、干渉がどうだ、服に仕込んでいた術がどうだと話していたが、よく分からないので、うんうんなるほどそうなんだと聞き流した。

 長々と喋っていたが、結局、まとめると運が良かったの一言に尽きるのだろう。生きてるだけで丸儲けらしいので、余計な事には言及しないでおいた。


「それで? どうするんだ?」

『……どうしたものかな』

「なんだ? これも予定の内じゃないのか?」

『部下や味方が皆殺しの憂き目にあったんだよ? 予定外に決まってるだろ? ――――台無しだぜ』

 僅かに蔭を落とした表情で忌ま忌ましそうにスノーディアが吐き出す。


『スノーディアさんの予定にないのは確かですが……それ以上に不味いですね』

「何が?」

『見て下さい』

 フェレスが空を指差しながら言う。

 そちらに目をやると、どこまでも続く空に、これまたどこまでも続く真っ直ぐな黒い線が伸びている。

 線は遠くに行く程広がっており、長細い三角系を描いていた。


「何だアレ?」

『灰王がここに来る際に通った軌跡。そこに溢れた禍の侵食でしょう。目につく濃度は微々たるものですが、このまま侵食が進めば、いずれ世界の半分は呑み込まれます。しかも、アレは自重する気が全くない。まだ完全では無い様ですが、アレがティアマットを喰らえば誰にも止められなくなりますね』


「つまり?」

 もう少し具体的に言って欲しいものである。


『つまり、世界の半分が灰王の手に落ちる、という事です。そこに住む生き物は死に絶える、或いは魔に落ちる。今の咎人に、それだけの灰獣(アシュナ)に対抗出来る力はありません」

「世界が滅びる、とかそういう話しか?」

『ええ』

 そんなニコニコ微笑んで言われても説得力ねーよ。


 しかし、多勢は不味いな。まして灰獣(アシュナ)。あいつら不干渉とか、立ち入り禁止とか、お触り厳禁とか通じないからなぁ。妖精の聖域(フェアルチェアリ)もただじゃ済まないだろうなぁ。

 

『フェレス。今、ティアマットを喰らえばと言ったな?』

『ええ、言いましたね』

灰人アッシュの目的は咎人の完全排除。おそらくティアマットもあの侵食には気付いている筈だが、何故自ら喰われない? アイツは目的の為に手段を選ぶ様な奴じゃない。平気で、喜んで灰王の餌になる。そういう奴だ。だが、今だ抵抗し続けているのは何故だ?』

 言われてみれば確かにそうだ。

 しかし、誰だって喰われたくはないだろうし、普通は逃げるし、戦うと思うけどね。


『判断しかねます。ですが、ティアマットがスノーディアさんの言う通りの人物であるならば、おそらく都合が悪いのでしょう』

『何か思惑があるって事か……』

『ええ、おそらくは――――。差し出すには都合が悪い何かが……。――――心当たりは?』

 フェレスの問いにスノーディアが小さく首を振る。


『何でしょうね? 今、世界が滅びては都合の悪い何か……』

 それから、スノーディアとフェレスは、黒い化け物とティアマットを見つめつつ、思考にふけってしまった。


 都合が悪いも何も、普通、世界が滅びたら都合が悪いに決まってるのだが……、どうもコイツらの物差し、判断基準が分からん。

 俺が変なのか?

 ――――いや~、俺はいたってまともだと思うわ~。普通だわ~。


 あ、ティアマットと言えば、だ。


「そう言えば、言われた通りティアマットに触れておいたぞ? 誉めていいぞ?」

 そうなのだ。ちゃんと俺は言われた事をこなせる良い子なのだ。ご褒美は何を頂けるのですかねぇ~。世界の半分とか言わないよな? いらんぞ?


『あ~、うん……』

 なんだか気の抜ける返事。

 そんなスノーディアの視線の先では、黒い化け物がティアマットに襲いかかって遊んでいる。

 言葉にすると地味なのだが、灰王対灰王最強の部下の一騎打ちだ。

 空気が震え、大地は抉れ、海は泡立ち、ただでさえ半壊していた灰王の城は瓦礫の山と化してしまっている。


『あの様子だと必要なかったね』

「……」

 俺の努力が必要なかったとバッサリですよ。なんなの?

 はるばるこんな遠くまでやって来て、むせ返す程の血溜まりの匂い嗅いで、殺されそうになって、殺そうとする奴を追い掛け回して、かと思えば居たたまれない空気を目一杯味わって、挙げ句、必要なかったねって……。


「よし、殴らせろ」

 苛立ちを顔に浮かべてそう言うと、無言のままスノーディアがフェレスの首根っこを掴み、俺へと差し出してきた。

 差し出されたのでとりあえず殴っておいた。妖精パンチだ。

 何故かフェレスが幸せそうなのが腹立つ。

 

 と、思っていたらフェレスが俺とスノーディアを力いっぱい押し退けた。理不尽な暴力にフェレスの怒りが有頂て――――


『フェレス!』

 スノーディアの叫び声が響く中、フェレスが黒い泥へと頭からスッポリと呑み込まれていった。

 どうやら庇ってくれたらしい。

 あれ? 今コイツどうやって湧いた?


 フェレスが消えた後、スノーディアが今にも飛び掛かりそうに黒い化け物を睨みつけた。

 それを慌てて制止する。


「落ち着けよ。あの馬鹿は簡単に死にゃしない。いつもケロッとした顔で戻って来る奴だ。心配ない」

『……ああ、……そうだったね』

「不死身の馬鹿は置いといて……、それよりも、だ」

 スノーディアが冷静さを取り戻した所で、先程感じた違和感を口にする。


「あの黒いの……、今どうやって俺達の後ろに回ったんだ?」

 俺の疑問にスノーディアが訝しげな顔を見せる。


『言ってる意味が分からないな? 普通に移動して背後を取ったんだろうぜ? それとも素早くて見えないとか、そういう話かい?』

「そうじゃないんだ。速さは関係ない。俺達に接触出来た理由が分からない」

『何が言いたいのか分からないな。もう少し砕いてくれないか?』

 スノーディアが怪訝な顔を覗かせる。


「……今もそうだが、あの黒いのが来るよりも前、フェレスが来た時点から俺はずっとお前らの周囲に妖精の抜け道(フェアリーロード)を展開してる。三人を囲む様にだ』

 そうなのだ。そうでも無ければこうやってのんびり作戦会議という名を借りた雑談などしちゃいない。


「だが、それを飛び越えてこちらに接触してきた。禍だろうが魔力だろうがそんな事は」

『あぁ』

 俺の説明に得心したといった表情のスノーディア。


「何だ? 心当たりがあるのか?」

『残念ながら僕は失ってしまった力だが……、そう言えばあの子は持ったままだったね……』

 言ってスノーディアが、今だティアマットを喰らうべく襲いかかり続けている化け物に目を向ける。


『妖精の力に干渉出来るのは妖精だけ、という認識であっているならば……、おそらく兄さんの妖精の抜け道(フェアリーロード)内に妖精の抜け道(フェアリーロード)を展開したのだろう。元が同じなら逆に干渉せずにすり抜けても不思議じゃない』

「……いや、――――待て待て。え? それじゃ何か、あの化け物は聖霊力を持ってるのか?」

『聖霊力というのかい? 呼び方までは知らないが、まぁ持ってるだろうね。あと化け物と呼ぶのやめてくれないかな? うちの姫君が傷つく』

「オカシイだろ!? なんであの化け物……お前んとこの姫さんが聖霊力持ってる!? あれは妖精だけの力だ」

『……隠していた事は謝るよ。今は見る影もないが、あの子は元々樹の種族なんだよ』


「は? ――――いや、灰王だろ?」

『今は、ね。灰王になる前は樹の種族だったと本人が言っていたよ。名前は無かったらしいが、レイアや当時居た妖精達の事も良く覚えているみたいだった。末っ子の666番目だそうだ』

「666番――――。 666番目(ラストオーダー)! 本当にそう言ったのか?」

『ああ? 僕も樹の種族だと聞いた時は驚いたが………何かあるのかい?』


 まだツボミだった末っ子。

 顔も知らない、名前も無かった666番目。

 あの時、一緒に焼けたと思っていた。

 樹と共に灰になったと……。

 世界に産まれる事なく消えてしまったのだと……。


「生きてたのか……。いや、だが、なぜ灰王に……」

『ねぇ兄さん、かなり動揺してる様だけど、あの子はどういう子なんだい?』

 スノーディアの問い掛けも、何処か上の空で、ふとすれば溢れてしまいそうになる。

 スノーディアの姫君で、灰王、今は黒い化け物のアレが、樹の種族だという事には確かに驚いた。意外だった。

 だが、燃えたと思っていたツボミだった事は、そんな意外性など軽く消し飛ばす程のショックであった。


『兄さん?』

「――――あの子は特別な子だ。樹の種族の中でも特別なんだあの子だけは」

 そう、特別。

 という事は、長年、俺が探し求めていた物を持ってる筈だ。確証なんてないが、あの子以外に考えられない。


「引き摺り出すか……」

 そう呟いて、俺は黒い悪意へと近付いていった。


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