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悪意

『モンブラン様……聞こえますか? カナリアです。どうか落ち着いてください』

 カナリアの声が遠く聞こえる。

 すぐ近くにいる筈なのに。

 自分が自分じゃないみたい。

 誰かの中から誰かの目を通している様な視界。

 動かない。体は僕の意思何かまるっきり無視で勝手に動くけど、動かない。動かせない。

 止まらない。止まらない。

 声が出ない。出せない。


『モンブラン様』

 カナリアの声。

 何かを諦めた様に目を瞑るカナリアの姿が誰かの視界を通して映る。


 お願い。お願い。

 殺さないで。


 僕の目の前でカナリアが消えた。

 黒い霧だけを残して居なくなった。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 どれだけ強く願っても体が言うことを聞かない。止まらない。


 体は何かを求める様に空を駆ける。

 ぐんぐんと雲を追い越していく。





『モンブラン様? そのお姿は……』

『待て! 何か様子が』

 二人消えた。

 スノーディアの部下の人。

 黒い霧だけを残して居なくなった。

 僕の目の前から居なくなった。


 止まらないんだ。止められないんだ。

 苦しいのに。苦しい筈なのに、涙が出て来ない。

 相変わらず音は遠く、脈打つ鼓動だけが耳の深くで聞こえる意識化。

 どれだけ堅く目を閉じても、一向に視界は変わらない。世界を映し続ける。

 雲を追い越していく。風を追い抜いていく。

 何かを求めて。





『やはりモンブラン様じゃ』

 バーバリアの声。優しいしゃがれた声。


『一体何が起こっとる? 昔のお姿に戻っておるが、あの子は何処に行ったんじゃ?』

『バーバリア!』

 アビスの声。いつもの物静かな声じゃない。慌てた声でバーバリアの名を呼んだ。

 二人が僕から離れた。

 逃げて。そのままずっと遠くまで。

 止まって。お願いだから。


『な、何をなさる!?』

『正気じゃない』

『暴走しておるのか!? ――――これは、止めねば策に支障が出やせんか? のぅ、アビス』

 二人が武器を構えるのが見えた。

 駄目。

 駄目。

 戦っちゃ駄目。

 どうして? どうして勝手に動くの?


 二人が消えた。

 黒い霧だけを残して居なくなった。

 もう嫌だ。

 いくら悲しくても涙は出て来なかった。

 どれだけ辛くても声は出て来なかった。


 そしてまた駆ける。

 雲を追い越していく。風を追い抜いていく。海を飛び越えていく。

 何かを求めて。





 何かが砕けた。

 白銀の世界で何かが飛び散り消えていった。

 白い。真っ白な世界。

 世界がいくら白くても、僕の意識は黒に捕らわれ続けた。

 遠い異国の囚人は監視される事も放棄されて、放置されて、それでも体に巻き付いた鎖はピクリとも動かず、逃げる事も出来ず、普通に飢えて、当たり前に腐って、常に在り続けた。


『おおぉ! 我が主よ! ご帰還、心よりお待ちしておりました!』

 リヴァイの声。弾んだ声。


『モンブラン様? 馬鹿な……。何故ここに……。どうなってる?』

 一番会いたくなかった人の声。

 一番大好きな人の声。

 一番失いたくない人の声。


 どれだけ叫んでも声が届かない。

 止まらない。止まらないんだ。


『我が主よ、少々お待ちください。今からこの裏切り者めに』

 リヴァイの胸を僕の手が貫いた。

 感触はない。感覚もない。実感もない。

 まるで夢でも見ている様。

 悪夢としか形容出来ない残酷な夢。


『主よ……。我が主よ!』

 それだけ言ってリヴァイが消えた。

 黒い霧だけを残して居なくなった。


『くそっ!』

 リヴァイを消した悪意の塊がスノーディアの方を見る。

 スノーディアが大きく跳躍して僕から離れた。

 でも気付くと僕はスノーディアのすぐ後ろにいた。

 気付き、こちらを振り向いたスノーディアの顔には驚きの表情が貼り付けてあった。


『……参ったね』

 そうしてスノーディアが消えた。


 



 暴虐と非道が駆けていく。

 雲を吹き飛ばし、風を貫き、海を切り裂いて。

 与えられた喪失感だけでは満足しきれず何かを求める。

 どうでもいい。

 こんな事ならティアマットに殺されておけばよかった。

 張り裂けてしまいそうな心でも、涙は出て来ない。どんな慟哭も生まれて来ない。

 一滴も流れる事なく涙は枯れて、一音も奏でる事なく喉は潰れたらしい。

 どうでもいい。

 僕の目に映る世界はどこまでも白くて、僕を包む世界はどこまでも黒いままだった。

 悪意だけの生き物と成り果てた僕の残骸。

 全てがどうでもよくなった。

 死んでしまいたかった。

 消えてしまいたかった。


 けれど、黒い世界はそれを許さない。

 僕の意思など素知らぬ顔で進み続ける。

 どうでもいい。

 カナリアの居ない世界。

 バーバリアの居ない世界。

 アビスの居ない世界。

 スノーディアの居ない世界。

 もういらない。

 当たり前だった幸せが消えて日常に溢れていた温もりも溶けて世界を満たす優しさは壊れて空に浮かんでいた笑顔が砕けてそびえ立っていた愛が死んで佇んでいた情は千切れて鳴り響いていた寛容さは破綻して輝いていた感動が燃えて躍動していた感謝は埋もれて高められた道徳が手足を失って真っ直ぐに伸びた未来は閉じて広がっていた希望も喰われ連なっていた努力は潰れて期待された無垢は犯されて包み込んでいた健やかさは殺されたのに、当然の様に不孝が出て来て潜んでいた冷淡も芽を出して膨らんだ残酷さが再生し地べたを這いずる哀しみが引っ付き折れた筈の孤独は生まれ揺らいでいた非情は花開き無口だった苛立ちが調律を始めてくすんだ無関心は舞い降り蠢く裏切りは顔を覗かせ沈んでいた害悪が動き出しひん曲がった過去が開いて萎んだ絶望は列をなし転がった無駄は肥え太り放棄されていた醜悪さは解き放たれ秘めた病魔が誕生した世界にはカナリアは居なくなってバーバリアは居なくなってアビスは居なくなってスノーディアは居なくなって黒い僕は居続けた。




こんな世界は、もういらない。


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