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妹の頼みを聞くにあたって・5

「とりゃああぁぁぁ!」

 ティアマットに対して、もう何度目になるか分からない突撃を敢行する。


『くどい』

 それを何の苦もなく避けるティアマット。避けるついでにとティアマットが魔力の塊を放ち、ぶつけてくるが、妖精の抜け道(フェアリーロード)を周囲に展開する俺にもティアマットの放つソレらは当たる事なく転移していく。


 一進一退。

 と言えば聞こえは良いが、俺はただ突撃しているだけだし、様子見か、或いは攻めあぐねているのか、ティアマットもただただ無意味に同じ事を繰り返し続けていた。


「んにゃろう……チョロチョロチョロチョロと」

 苛立ちを隠そうともせずティアマットに悪態をつく。

 猪突猛進。猪の如く体当たりしてみたり、転移を混ぜてフェイントなんぞをかけてみたりしたものの、妖精と魔王の誇る怪物。元々の身体能力が違い過ぎるゆえカスリもしなかった。


『埒があかんな』

 小さな溜め息と共にティアマットが吐き出す。


『いつまで続ける気だ?』

 うんざりした様なティアマットの問い掛け。


「さぁ? いつまでかな。ティアマット君が大人しくしててくれれば直ぐに終わるんだが」

『フッ』

 鼻で笑われた。


「でもまぁ、そうだなぁ。この不毛な鬼ごっこにもいい加減飽きてきたな」

 そう言いながら草の茂る大地へと体を降ろす。もう飛ぶのも面倒くさい。

「どうせ俺がいくら頑張ったところで、ティアマット君に触れるなんてのは土台無理な話だったんだよな」

 風に揺れ、体をくすぐる草をブチブチといじける様に引きちぎりながら言う。


『ならば諦めるか?』

 どこか愉快そうにティアマットが返してくる。


「うんにゃ」

 一際大きな草の束を千切り、風の川へと流す。

 手から離れた途端に、それらは風の向くまま、あっという間に遠方へと消えていった。

 青色の空に流れた緑の先に視線を向けたまま告げる。


「俺から触れないなら、ティアマット君から触ってもらうとしよう」

 言い終わると同時、ゆっくりと大地から離れ浮き上がる。

 そうして、丁度、ティアマットの頭と同じ高さに体を固定し、何もない空間に向かって無造作に手を振り上げ、振り下ろす。


 ペチッ

 手の平に何かが当たる感触。

 俺の目と鼻の先、腕を組んだままのティアマットの横顔があった。

 ティアマットは驚きの表情を一瞬見せた後、すぐに跳躍し、俺から距離を取った。


「わっはっはっはっ! 驚いた様だねティアマット君!」

 距離を取り、こちらを油断なく見るティアマットに向けて余裕の高笑い。


『……何をした?』

 眉をひそめたティアマットの問い。


「ふふふっ、ティアマット君。この俺がそこらの動物の様にただ意味もなく突撃なんてする訳なかろう。君は俺を舐めすぎだ」

 まぁ、小さくひ弱な妖精相手に油断するなと言う方が、実は難しかったりする。

 人間の目の前に、ヒラヒラ飛び回る美しいだけの蝶が居たとして、誰が命の危険を感じるよ? 油断するなと言う方が無理なのだ。


 妖精は最弱の種族だ。

 最弱という物が払拭出来ない代物ならば、最弱だからと嘆くよりもそのレッテルを活かす方法を考える方が遥かに健全だ。


「これぞ、秘技! 色んな所にコッソリ妖精の抜け道(フェアリーロード)を仕掛ける罠! 略してコッソリ罠だ!」

 ドーン! 腕を組みティアマットに対して斜め45°という素晴らしいポージングで言ってみたけれど、どの方面からもツッコミなどは飛んで来なかった。

 ツッコミはやって来なかったけれど、ゴールはやって来た訳で、しかも向こうから。何はなくとも無事、任務完了である。

 さて、あとは……。



 ――――どうしたら良いんだろうか?

 俺がスノーディアに頼まれたのはここまでである。この先は聞いていない。

 わたくしはどうしたら良いのでしょうか?

 執拗に俺が触れようとしていた事はティアマットも当然気付いていて、実際触れた訳だ。そして、これから何が起こるのかと、被害者、もといティアマットが訝しげな表情で成り行きを待っている感じだ。

 俺も待ってる。何が起こるのか。

 ティアマットも待ってる。何が起こるのか。

 しかしそれはやって来ない。静かな時間。

 お行儀良く待っていてもやって来ない。沈黙の空間。

 居たたまれない時間。

 すこぶる空気の悪い空間。

 だが、やって来ない。やって来ないのだ。いつまで経っても。

 初対面の人見知り同士の二人だけが取り残された。そんな気不味い世界。

 何も起こらないけれど、何かが怒りだしそうだ。


 おうちに帰りたい。


『何かあるんじゃないのか?』

 沈黙を破ったのはティアマットだった。

 よせ! 聞くな! 更に空気が悪くなるんだぞ?

 でももう聞いちゃった。時は戻せない。戻らない。

 悩む。何と答えるべきか……。俺も知らないのだ。分からないのだ……。どうしたら良いんだろうか? 

 助けて神様。良い子になるから。


 返事はない。ただの屍のようだ。神様なのに。

 あぁ……ティアマットの視線が痛い。馬鹿だと思われてるかもしれない。呆れられてるかも……。

 見つめあった時間は短い。

 やましい事をした訳でもない気がするけど、何となくそんな気になって、気にならざるを得なくて、視線に耐えきれず直ぐに逸らした。


 頼むからそんなに見つめないでくれ。俺にも、何も、分からないんだ。知らないんだ。見つめられても君の気持ちには答えられないよ。いっそ忘れてくれ。なかった事にしてくれ。俺との思い出は綺麗なままにしておいてくれ。綺麗な思い出など何もないが。

 泣きたい気持ちをググっと堪え、叫びたい衝動にジッと耐える地獄の時間。短いのか長いのか、もう俺には分からない時の中。

 いっそ、さよならも告げずに去ってしまおうかと思っていた時だ。



『お見事です。流石は妖精王です』

 降り注いだのはそんな声。神様の声。


『まぁ、見ては無いんですけどね』

 声の方に顔を向ける。そりゃもう凄い勢いで。

 そこにはフェレスがいた。いつもの様に笑って突っ立っていて、その言葉は笑みと共にある。

 形成された不穏な空気など知らぬ存ぜぬの飄々とした空気を纏い、俺のピンチに颯爽と現れたフェレス。吹けば飛んで瓦解してしまいそうな俺の弱った気持ちなどブツ切りの撫切りだぜ。

 持つべき物は心の友だ。


「お前に会いたくて震えていた所だよ」

 とても清清しい、良い顔で言った。


『そうなんですか? それは友人冥利に尽きるというものです』

「そんな君に聞きたいんだが……」

『なんでしょう?』

「これから何が起こるの?」

『……』

 あ、少し呆れていらっしゃる。


『それは、先日スノーディアさんがご説明したと思うのですが……』

「そうだっけ?」

『その筈です』

 そうだったかな?

 そう言われるとそんな気もしてきたが……。

 そうだな、俺や妖精達が、スノーディア歓迎会と称してどんちゃん騒ぎをしていた横で、スノーディアが一生懸命何か喋っていた気がするな……。

 ――――そうか……あれは盛り上がって楽しくお喋りしていたんじゃなくて策の説明なんぞをしていたのか……。なんか必死で大声を出していたから、頑張って打ち解け様としているのかと温かい眼差しを送ってしまったぞ?

 楽しい空間において難しい言葉は風と仲良しの様で、右から左にヒュゥと抜けて、そのまま誰の耳にも留まる事なく通り過ぎてしまった様だ。

 あれは説明中だったのか。なるほどね。


「それどころじゃなかったぜ!」

 とても清清しい、良い顔で言った。


『そうですか。仕方ありませんね。あなたもお忙しい身の上ですから』

「まぁな!」


 なんかそんな感じで誤魔化した。


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