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魔王のお供をするにあたって・8

 リヴァイが動いたのに合わせて、こちらも動く。

 こちらの間合いの外から槍を用いてリヴァイが繰り出してくる攻撃を、すれ違う様に避け、顔面目掛けてのカウンター。


『グッ……!』

 拳の直撃を受け、リヴァイが顔を仰け反らせる。


「男前が台無しだぜリヴァイ?」

 僅かに赤黒い鼻血を流すリヴァイに向けて、薄く笑って挑発する。


『チッ!』

 鬱陶しそうに舌打ちしたリヴァイの頬をもう一度打つ。

 御返しとばかりに右足を踏み込み、体勢の崩れを立て直したリヴァイが槍を振るうが、素早く体を密着させ、リヴァイの腕ごと槍を止める。


「喜べよ。可愛いスノーディアちゃんと密着なんて、ヨダレものだぜ?」

 言い終わると共に、槍を膝で蹴り上げ、腕力にモノを言わせてリヴァイの腕ごと顔へとぶち込む。

 

「おやおや、また鼻血かい? スノーディアちゃんに興奮しちゃったかい?」

 軽口を叩いて、怯むリヴァイの腹に右蹴りを打ち込む。

 リヴァイが大きく飛んだところで、小さく息を整える。


『くそったれ!』

 白い雪へと血反吐を吐いた後、リヴァイが眉を吊り上げ悪態をついた。

 明らかに動揺し、怒りをぶつけてくるリヴァイの様子に、おもわず笑みが溢れる。

 リヴァイを含む三柱を、何度頭の中で殺した事か……。

 何度も何度も繰り返したその妄想が、もう手の届くところまで来ているという事実。

 これを喜ばずして何を喜ぶ。



『可笑しいか?』

 先程よりは幾分か落ち着いた声のリヴァイが、それでもややイラついた表情で問い掛けてくる。


「ああ、可笑しいさ。可笑しいともさリヴァイ。三柱の君がたかが()()灰人アッシュに過ぎない僕に、手も足も出ないんだからね」

『……たかが()()灰人アッシュねぇ』

 含みのある言い方をしたリヴァイが小さく笑う。


「おや? その言い方だと案外気付いていそうだね。僕の事。もっとも、本気で隠そうとも思ってないけどね」

『……ああ、当然だ。ニーグはどうか知らんがティアマットは知っている。アイツはレイアの顔をうっすら覚えているそうだからな』

「そう……。知ってて知らん振りかい? 性格悪いね君達」

『お前に性格をとやかく言われたくはないな』

「クックッ、かもね」

 リヴァイの言葉に、もっともだと笑う。

 なんせこちとら悪役志望だぜ?


『モンブラン様が、――――以前のモンブラン様が好きにやらせろと仰ったゆえ、貴様が何やら裏でコソコソするのも放っておいたが……、それがまさかここまであからさまに表立って反逆するなぞ、正気とは思えん』

「聞くが、僕に忠誠心があると本気で思ってたのかい? レイアを殺したのは僕だぜ? モンブランへの忠誠心なんか最初からありゃしないよ」

 顎を上げて、馬鹿にする感情を言葉にぐるぐるくくり付けて笑ってみせる。

 余裕を見せつけるつもりのソレだが、実のところ、リヴァイの言葉に僅かながら動揺している。

 言ってはみたが、僕に忠誠心があったなどとはリヴァイも思ってはいないだろう。

 動揺した理由。

 忠誠心がなく、裏でコソコソしているのを知っていて、僕を泳がせた理由に心当たりがあった。

 僕も確証があった訳ではないが、リヴァイの言葉でその事が少し現実味を帯びた。ゆえの動揺。

 コイツら――――


『モンブラン様は、レイアの復活を望んでおられる』

 リヴァイがそう告げた後、

 少しだけ間を空けて小さく笑った。


『いつものポーカーフェイスはどうしたスノーディア? 見るにお前も薄々気付いてはいた様だな』

 動揺が顔に出てしまった自分に対して、小さく舌打ちをする。

 スノーディアちゃんらしくないぜ、まったく。


「……モンブランならいざ知らず、本気でレイアの復活なんか出来ると思ってるのかい?」

『無論だ。 ――――禍は元々こちら側にある。体もなスノーディア。お前の事はモンブラン様よりお聞きしている』

 リヴァイが自信たっぷりに告げ、見る。

 僕を。僕の姿を。


 レイアと瓜二つの僕を。


『問題だったのは中立であった妖精共だ。復活にはアレらの持つ禍とは対となるアノ力が必要だった。 ――――だが、モンブラン様は妖精への手出し厳禁を命ぜられた。中立である妖精への干渉はレイアの意思に反すると』

 そこでリヴァイが一度言葉をとめ、薄く笑ってから、続きを吐き出す。


『しかし、それも今日で終わりだスノーディア。妖精共は自らこちらに干渉してきた。中立を破り、お前についた。スノーディア、お前の口車に乗ってな』

 饒舌多弁にリヴァイが話す。相変わらず薄ら笑いを浮かべたまま。


『結局、お前は昔から何も変わっちゃいない。他者を信じず、他者を平気で使い捨てる。騙し、利用し、切り捨てる。 ――――妖精共をだまくらかして今度は何をするつもりだスノーディア。 また火でも点けるのか? 世界樹を焼いた様に、今度はモンブラン様でも殺すか?』

「黙れ」

『クックックックッ、怒ったか?』

 決して怒鳴った訳ではなく、自分では平坦を心掛けて言ったつもりであったが、リヴァイの反応を見るに無駄な配慮であったらしい。

 冷静になれ、と自分に言い聞かせる。


『貴様の事だ。今の無知なモンブラン様を利用して、あわよくばその力を取り入れる算段でもつけていただろう? なんせ禍が使えない役立たずだ。殺すのは容易い。目処が立てば貴様が殺さずとも――――』

「黙れと言っただろリヴァイ」

 リヴァイの言葉を遮る。

 自分でも不思議な程の凄まじいまでの怒りが内から込み上げてきた。

 睨むその視線だけでリヴァイを殺せるのではないかとさえ思った。

 底無しの激情が湧き出る。

 激情の中、視界がうっすらと赤く染まり始めた。

 禍持ち特有の赤の瞳が怒りと共に強くなり始めたのだろう。

 世界が赤に染まる中、思う。

 怒ってる? 自分はそこまで怒りを覚えているのか……?

 自分の中のドス黒い感情に困惑する。

 その感情自体は別に不思議だとは思わない。

 白い世界の中、一人孤独に過ごして蓄積させた負の感情は、もう消える事はないだろう。もはや体の一部と言って差し支えないこれは、きっと死ぬまで持ち続けるのだろう。

 だが――――

 ああ……、僕は無い物ねだりしていただけなのかな……。


「ふふ」

 口の端を吊り上げて笑った僕に、リヴァイが怪訝な顔を見せた。

 何故だろう……。

 先程まであった激しい怒り、白い世界を赤く染め上げる程の激情が、ストンと落ちて消えていった。


 目を瞑り、思う。

 小さな主君の事を――――。

 泣き虫で、甘えん坊で、賢くて、優しい、僕の(あるじ)

 想い描く。

 小さな少女の事を――――。

 ぽろぽろと涙を流す泣き顔を、僕を見つけては走り寄って来る笑顔を、凜として佇む横顔を。


 僕のどろどろとした黒い感情は消える事はないのだろう。

 母を恨み、世界を、全てを恨んだあの感情と、僕はきっと添い遂げる運命にある。

 リヴァイの言う通り。僕は他者を騙して、利用して、用済みとあらば消してきた。

 バーバリアにドワーフ、アビスやエルフ、カナリアにブラウニー。

 彼彼女らにしても、何だかんだと理由を付けての偽善活動に過ぎない。それすら予定通り。

 僕はただ世界への復讐の為に生きてきた。十の不浄が支配する、実に不愉快で腐りきった這いずる敗北者達の世界。

 吐き気を覚える程に気に入らない。

 ここを飛び出したあの日以来、ずっと、いつかぶっ壊してやろうと……。

 それは今も変わらず、僕の奥底で燻り続けている。

 また、その為の手段として、ヘコヘコと媚びへつらって灰王へと仮りそめの忠誠心を捧げた。

 いつか、その力を、その座を奪えるその日を待ち続けた。

 ティアマット達はモンブランを殺し、リセットするつもりさ、とカナリア達に語ったが、何の事はない、何ならついさっきまで、最悪の場合は自分もモンブランを殺す事すら視野に入れていた。

 殺して、この糞みたいな世界から救ってやろうと。本気でそう思っていた。

 灰王は不死身だ。どうせ生き返る。ただ……ちょっと中身が変わってしまうだけの話。

 

 そんな自分に生まれた感情。黒の中にあって、白を保つその感情。

 僅か一月(ひとつき)程で、僕の気付かぬ内に、知らない内に、僕の心にちゃっかり居座った君。

 君は、なんて――――


 いとおしいのだろう―――



 大好きだぜチクショウ。


 長く閉じていた目を開き、一人言の様に呟く。

「母性ってのはほんと危険だぜ」

 リヴァイが不思議そうに眉をひそめた。

 生粋の灰人アッシュたる三柱に、そんな感情は判らないのかもしれない。事実、僕も良く判らず、今まで冗談めかして事を流していた。

 灰人アッシュは子をなす事はないのだ。

 だから彼らにこの感情は判らない。僕も気付いたのはたった今だ。

 いや……、薄々気付いてはいたかもしれないが、誰かを愛し、愛された記憶の無い僕はそれを認められずに、ただ表面的に愛しているフリをしていただけに過ぎない。

 でも、気付いてしまった。

 気付いてしまうと、もはや彼女を殺すなどという発想は、どんなに頭を捻っても出ては来ない。


 リヴァイに気付かされたのが少々癪だが、まぁ、一応礼は言っておくか。


「あの子は殺させない。あの子は、お前らマザコンの道具じゃないぜリヴァイ!」

 リヴァイを睨み、そう宣言した。



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