魔王のお供をするにあたって・7
『思い出に浸るのも良いですが』
『パンシーとナンシーでは埒があかないのです』
僕の足元まで吹き飛んできた二色の双子が、正面、リヴァイを向いたまま告げてくる。
「君達ねぇ、せめてもう5分くらいは粘ってくれないかな? 具体的には1話分」
肩をすくめて双子に返す。
『パンシー無理』
『ナンシー無理』
双子がそう口を揃える。
「君らさぁ、諦め早くない?」
回想もろくに出来やしない、と小さな溜め息混じりに二人に返しておいた。
生まれ故郷であるここ北の大陸でのみ使用可能な僕の能力、白銀世界。命名は僕。
生まれ持ったこの力は、母たるレイアが授けてくれた原初の御業。いくら三柱とて、そうそう破れる物じゃない。
この能力。
発動中は、僕の指定した物は消滅という概念から一時的に除外される。ようは不死になる。それが生物だろうと無機物だろうと、無敵というアドバンテージを得る。
そんな白銀世界からの脱出方法はみっつ。
いや、ふたつかな?
使用者である僕を殺せば当然消えるが、白銀世界内にいる限り僕は死なない。
ゆえに殺す事は不可能。
と、なると脱出方法はふたつだけになる訳で、その内のひとつが、強引に中からぶち破る、という物。
だが、レイアの大結界に匹敵する隔絶された白い世界からの力任せの脱出はほぼ不可能。それこそ原初の母レイア級でも無い限り出る事は叶わない。
ただそれだけ。それだけなのだ。
一見すると無敵の様に思えるのだが、こうも力量差のある相手だと時間稼ぎ位にしか使えない。
これがただの人であったならば餓死するまで放置すれば良いだけなのだが、リヴァイ相手ではそれも意味をなさない。
餓死が望めないならば、と満を持してリヴァイに立ち向かったパンシーナンシーだが、やはり魔王が三柱の一角。力量差は歴然の様で、パンシーとナンシーはもう軽く十回は死んでいる。
僕の白銀世界内に居る限り、二人の完全消滅は有り得ないのだが、いくら不死だろうと勝てないものは勝てないのだろう。
それこそ、時間さえ掛ければ、いつかリヴァイが疲弊して勝利の目処も立つではあろうが、白銀世界だって有限だ。ずっとこのまま維持出来るという物でもない。
魔力は当然として、もうひとつ白銀世界の維持に必要な物。
それは雪。
極寒の地ゆえ、雪はそれこそ馬鹿みたいに大量にあるのだが、一度閉じると隔絶されてしまう為、降り積もらない。
そして何より、雪は消滅不可の対象に出来ないのが、この能力の唯一の欠点と言っていい。
雪が対象に出来ないのは、おそらく雪自体が、発動、及び維持の条件に含まれているせいだと思う。
ゆえに雪だけは白銀世界内において消し去る事が出来る。
もっとも、それに気付かれる程、僕は馬鹿では無いつもりだ。
消えた雪の部分は、大陸の端っこから引っ張って来て補填していく。雪のコントロールなぞは、雪の妖精として生を受けた僕には目を瞑ってたって出来るぜ。
それゆえ、知らない奴から見れば、他の物と同様、雪が再生した様にしか見えないだろう。
実際は雪の体裁を無くし、溶けるなり蒸発なりしてしまっているけど……。
雪が消えれば能力も消えるのだが、それ即ち、大陸中の雪を全て消すという意味に他ならない。
僕という妨害を掻い潜りつつそれを行うのは、生半可な実力ではまず無理だろうが、三柱クラスならば可能だろうと思う。
ただし、リヴァイ、お前には無理だぜ。
三柱にはそれぞれ象徴たる空、陸、海という力を発揮出来る場が存在する。
ティアマットなら空。
ニーグなら大地。
リヴァイなら海だ。
空は世界のどこにだって広がっている、だからアイツ、ティアマットは厄介だ。地下にでも潜らない限り、アイツはどこでも本気で戦える。
白銀世界内にも当然空はある。
ニーグも同様、雪の下には大地が広がる。ここでも十分に力を発揮出来るだろう。
だが白銀世界に海はない。
つまりリヴァイは十分な力を発揮出来ない。
勿論、それでも強いのだが、他の二人に比べたら僕でも勝ちが見込める相手だ。
だからこそ、お前の相手は僕なんだぜリヴァイ?
白銀世界という、僕にとっては最高の条件、かつ、リヴァイにとっては最低の条件下での舞台。これで勝てなきゃ最初から勝算なんかありゃしない。
メフィストの様に封印出来れば話は早いが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
おっと。
そんな事を考えてる間にも、パンシーナンシーがまた死んだね。
仮にも序列一桁の二人。個人でも強いのだが、双子ならではの連携がそれを更に引き上げている。
そんな二人をもってしても、まだ不調のリヴァイの方が強いのだから、三柱は侮れない。
パンシーナンシーだけでは荷が重いみたいだし、そろそろ僕も参戦するとしよう。
それから、リヴァイに目をやる。
パンシーナンシーとかなりド派手にやりあってはいるが、疲れた様子もなく平然としている。ほんと、嫌になるぜ。
「リヴァイ、一応聞いておくけど、大人しく殺されるつもりは無いかい? その方が痛くないと思うけど。僕らはここでは無敵だぜ?」
僕の提案をリヴァイが鼻で笑う。まぁ普通はそうだろう、戦うのが面倒そうだから聞いてみただけだ。
『確かに、ここでお前らを殺すのは難しそうだが、破れないというモノでも無いのだろう? 要領の良いお前の事だ。無敵ならばティアマットやニーグ、俺達三人まとめて相手にしていた筈だ。なんせ死なないのだからな』
そう言ってリヴァイが小さく笑みを浮かべた。
御名答。中々どうして賢いじゃないか。
まぁ、種が判らなきゃ意味はないし、なにより――――
「お前には無理だぜ、リヴァイ」
挑発的に薄く笑いながら告げ、パンシーナンシーの肩に手をおく。
途端に二人が黒い霧となり、僕の中へと呑み込まれていく。
元々、僕の体の一部だ。帰ってきて貰ったに過ぎない。
事が終わればまた戻してあげるさ。―――――もっとも、
『なるほど、流石に一桁が三人も集まれば禍の量も相当なモノだな』
――――また角を折らなきゃいけないがね。
姿は相変わらず可愛いスノーディアちゃんのままだが、場違いな角が二本。左右の側頭部から後頭部にかけて曲線を描いて伸びており、体からは黒い蒸気が燻り始めた。
「重たいんだぜ? これ」
言い終わると同時、一足飛びでリヴァイとの間合いを詰めると、リヴァイの頬目掛けて拳を振り抜いた。
油断ゆえか、反応出来ずに直撃したリヴァイが雪の軌跡を描きながら吹き飛んでいく。
「油断してると、スノーディアちゃんの完封勝ちだぜ?」
雪に半分埋まる様な形で仰向けに倒れるリヴァイに言葉を投げる。
ゆっくりと立ち上がるリヴァイ。
口の中でも切ったのか、唇の端から赤黒い血が流れていた。
リヴァイはそれを手で拭い、手の甲の血に少しだけ目を落とした。
それから、血の混じった唾を吐き出し、雪を赤黒く染めると、ポセイドンを構えた。ゆっくりと……。
僅かな睨み合いの後、リヴァイが先に動く。
距離を詰め、槍を突き出すリヴァイに対して、あくまで冷静に対応する。
不死ゆえ別に避ける必要もないのだが、使いどころは分けていこう。
迫る槍を横に避け、そのまま右側面に回り込む。
リヴァイの反応よりも早く、槍を繰り出しあげたままの肩に目掛けて蹴りを繰り出した。
リヴァイの体勢が僅かに崩れるが、リヴァイは強引に左脚を踏む込むとそのまま槍を横凪ぎに払ってくる。雪のせいかやや踏む込みが浅い。
屈む。カリカリと音を立てて槍を双槍で滑らせる。
槍を振りきり、リヴァイの腹部が露になった所で、両腕で掌底を叩き込む。
衝撃でリヴァイが大きく腹を引いた。
尚も低い体勢のまま、掌底を繰り出した腕を落とし、地面へと打ち付けると、腹を引き、前屈みになったリヴァイの顎にバク転ついでに蹴りを叩き込んでおく。
顎への衝撃で、大きく浮き上がったリヴァイが放物線を描いて飛んでいく。
リヴァイが空中で反転し、体勢を立て直すのを見て、追撃を止める。
そうして、ザクッと雪を踏む音を鳴らして、リヴァイが雪の上へと着地した。
「随分、間抜けな顔をするじゃないかリヴァイ」
ニヤニヤと笑って、対峙するリヴァイに言う。
『……迂闊だったな。お前がここまで強いとは思ってもみなかった』
感情は見せず、平坦な口調でリヴァイが告げる。
そりゃどうも……。
別に嬉しかないが、まぁ余裕くらいは見せておこうかと、軽く微笑んで口を開く。
「たいして興味があるわけじゃないけど、……序列三位は今日からスノーディアちゃんだぜ、リヴァイ」
『……奪ってみろ、スノーディア』
互いに不敵に笑い合い、構えた。