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魔王のお供をするにあたって・6

若干、胸くそ悪い展開かもしれません

 世界樹の精霊たるレイアが、眷属たる樹の種族を生み出したのとほぼ同時期に、僕は遠く離れたこの極寒の地で生を受けた。

 ただただ白だけが広がる生まれ故郷。

 生まれてすぐに、自分が雪の種族であると理解出来た。何故と聞かれても答えようはない。多分、本能みたいなものだろう。

 その知識を伴った本能は、種族のみならず、自分を生み出した者の存在や、自分の役割、出来る事、出来ない事、それらを色々と教えてくれた。

 自分の中の知識に、教えて貰う、と言うのも妙な感覚であった。


 生まれてすぐは楽しかった。

 時に優しく、時に狂った様に降る雪を見るのが楽しかった。

 それらを自分でコントロール出来る様に練習するのも楽しかった。

 雪を自在に操る自分に、雪の種族すげぇ、などと、はしゃいだりした。

 目を凝らせば見えてくる雪の形、キラキラと宝物の様に思えた。

 極寒の地である北の大陸にあっても、僕は寒さというものを感じず、とても快適であった。

 寒さは感じないが、代わりに、僕はすぐに孤独を感じる様になった。

 とにかく僕は孤独だった。

 待てど暮らせど、僕以外の雪の種族は一向に生まれる事はなく、場所が場所ゆえ、誰一人として訪れる事もなく、白いだけの世界にも一月(ひとつき)も経たずに飽きて、一人、ポツンと北の大陸で過ごした。


 何故、僕は一人なのだろうか?

 このままずっと一人で過ごさねばならないのだろうか?

 孤独の中でそんな事ばかり考えていた。

 そうして、一人で過ごした時間。

 とても長い時間。

 何年か、何十年か、何百年か。もう月が何度昇ったのかなんて数えちゃいないし、覚えちゃいない。

 孤独だけが支配する白い世界、真っ白な世界。

 そんな白一色の世界の中、いつしか僕の心だけが、ズグズグと腐って黒くなるのに、そう時間はかからなかった。

 生まれた喜びの色は孤独の色に変り、孤独の色は疑問の色に。いくつもに塗り重ねた心の色は、足して混じってまた足して、最後は混ざり過ぎて黒くなった。汚い色。黒に何かが混ざる色。

 心の内からついて出るのは汚い恨み節。ドス黒い何か。


 それでも僕は生きた。

 生きた。

 動かず喋らず、ただ膝を抱えて座り続ける事を生きている、と言っていいならば……、まぁ生きたのだろう。

 小さな体に、世界を塗り潰してしまえるのではないかと思う程の大きな黒をいっぱいに抱えて、僕は生きたのだ。


 ある時、ドロドロとした感情をべたりと張り付けて、惰性で生きる僕の生に、変化が生まれた。

 それは外見的に視認出来る変化ではなかった。

 相変わらず世界は白いし、孤独だ。

 それでも確かに内から伝わってくる焦燥感。

 誰かが、―――――いや、母たるレイアが自分を呼んでいる。そんな感覚。

 知識としてレイアは知っていた。

 どんな顔で、どんな姿をしているのかは判らないが、僕はレイアを知っていた。だから、呼んでいるのがレイアであると確信があった。ゆえに、それが白い世界で一人生き、孤独と仲良しこよしであった僕の、ぶっ壊れた頭と腐った心が生み出した幻覚の類いだとは微塵も思わなかった。


 僕は笑った。

 確かに笑った。


 歓喜? 愛情?

 そんなものはとうの昔に投げて捨てて、今頃雪の下に埋もれて凍りついてるぜ?


 そうして、えも知れぬ醜い笑顔をいっぱいに張り付けたまま、僕は白いだけの世界をあっさりと見限った。

 初めて外に飛び出した。

 不思議な事に、僕はそれまでこの白い庭を出て行こうなどとは一度も思わなかった。

 理由は判らない。

 ただ、どうしてもここを、白いだけの糞みたいな場所を離れてみようと思えなかったのだ。


 にも関わらず、僕はそんな感情など初めから無かったかの様に生まれ故郷を後にした。

 これはおそらくだが、レイアが呼んだ為に抑制されていた行動の枷が外れたのだろう。

 顔も知らない母。姿も知らない母。糞みたいな世界に生み出して、一度も会いに来る事など無かった母。糞ったれの母。

 いいぜ? お前が僕を必要なら、どこにだって行ってやる。会いにいってやる。

 べたつく醜悪な感情は、世界樹に辿りつくまでの道程においても、一度も色褪せ、剥がれ落ちる事はなかった。


 そうして、母の元、世界樹の元に辿りついた時に目にしたのは、僕に良く似た、けれども毛色の違う多くの樹の種族達、そして、それらに囲まれ優しく微笑みかけてくるレイアの姿であった。


『良く来たわね。さぁいらっしゃっい』

 微笑みながら手を差し伸べてくるレイア。

 それを笑顔で見守る樹の種族達。

 温かい空気。幸福が溢れる情景。母レイアがいて、友人、あるいは眷属という名の沢山の家族達。


 あぁ、これは……ここはなんて素敵で素晴しい――――


 ――――糞みたいな場所だろう。


 

 堕落が彩り、理不尽が埋め尽くし、偽善が溢れ、嫉妬が覆い、不条理が支配して、格差が蔓延(はびこ)る。

 実に不愉快で腐った場所だ。

 そんな負の中に僕を招くなんて、あなたは本当に酷い親だね。


 僕はにっこりと微笑むと、母の差し伸べる手を取った。

 雪と違い、触れる母の手はとても温かく、吐き気がする程気持ちが悪かった。


 母達の輪の中へと招かれた僕は、置かれた状況、起こっている現状の説明を受けた。

 どうやら母レイアは、考え方の相違から軋轢が生まれ、母の眷属たる樹の種族や僕を除く他の種族達と、生存をかけた戦いを繰り広げているらしい。


 至極どうでも良かった。

 くだらねぇ糞ったれ同士の、くだらねぇ馴れ合いの末の、愉快痛快な殺し合い。

 なので、「母様(かあさま)の考え方が理解出来ないなんて、悲しい人達ですね」と言っておいた。


 僕の言葉にレイアは少しだけ微笑むと、『それも時期に終わるわ』と言った。


「終わる? ―――――殺すのですか? 他の種族達を?」

『ええ……。悲しいけれど、仕方の無い事よ。もう元通りには戻らない』

 レイアは少しだけ寂しそうに顔をふせてそう告げる。

 レイアの言葉を聞いた後、僕は目玉だけをぐるりと動かして周囲を見回した。

 僕らの周りには、沢山の樹の種族がいて、それぞれが好き勝手に、でも幸せそうに笑っていた。


 ああ……そう……。

 ―――――そういう感じかよ。

 ようするに僕は、好きも嫌いも潰して溶かしてぐっちゃぐっちゃに混ぜ込んで、丸めて固めて火にでもくべてやれば良いんだろ?

 好きだぜ? そういうの。


「大丈夫ですよ母様。僕達がいるじゃないですか」

 ゆっくりと微笑みながらそう口にする。

 感情と表情、心と言葉はてんでバラバラのチグハグ。掃き溜めから拾ってくっつけただけの外面と歯の浮く台詞。酸っぱいゲロみたいな臭いがする。

 ――――でも、僕をそう作ったのはあんただぜ母様?

 精々あなたのご期待に添えますよう、誠心誠意努力致します。


『そうね。ありがとう』

 レイアは幸せそうに微笑み返した。





 夜が明け、樹の種族と共にレイアによって案内されたのは、レイアの依り代たる世界樹の元であった。

 世界樹を目にし、疑問に思った事をレイアに尋ねる。


「母様、あれは? 樹の周りが少し妙な感じですが……?」

『私の結界よ。樹は私の体そのもの。だからああやって守っているの』

「……そうですか」

『あの中は安全よ。だからね―――』

 そこでレイアは僕から目を外し、周りの樹の種族達に目を向ける。


『みんなにはしばらくあの中に居て欲しいの。巻き込まれない様に』

「あの……」口を開いた僕に、レイアが微笑み、言葉を遮る。

『大丈夫。あの中なら絶対に大丈夫だから』

 レイアは優しく微笑み、結界の一部に小さな穴を空けると、



 ―――――僕らを招き入れた。

 

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