魔王のお供をするにあたって・5
『何だここは?』
左右をゆっくり見渡したリヴァイの声が空間に響く。
リヴァイはもう一度だけ右に顔を向けた後、自分の身体を見回した。
少しだけ眉を寄せたリヴァイの身体には、白い雪が積もり始めていた。
「僕の白銀世界へようこそ、リヴァイ。歓迎するよ」
真っ白い世界。
雪吹雪く銀の世界。
折れた筈の両腕を軽く広げて、来訪者に挨拶する。
「喜びたまえよ。ここに来るのは君で二人目だぜ?」
スッと右手を軽く捻ると、吹き荒れていた雪がピタリとおさまり、足もとに深く積もった雪だけ残った。
『妖精共は俺に何をした?』
「この期に及んで質問かい? 随分余裕があるね」
言って肩をすくめてみせる。
「まぁいいか。折角だから墓標代りにフラグというフラグをおっ立てまくってやるぜ? それを全部へし折ってこそ完全勝利というものだろうしね」
折ってこそ、の部分に皮肉をたっぷり乗せて語る。
こちらの話を聞きながらも、油断なく周囲を観察するリヴァイ。
その様子に、自然と笑みが溢れてくる。愉快痛快。気分が高揚し、聞かれてもいない事をペラペラと饒舌に語りたくなる、そんな気分。
いいぜ? 質問に答えるよリヴァイ。
ニヤニヤしながらリヴァイへと顔を向け、口を開く。
「さっき妖精がやったのは、転移系の術だよ。対象は僕と君、二人だけ。術式自体は予め僕の服に仕込んでおいたから、あとはキーとなる力を注いでやれば発動するって寸法だ。 ――――ただ、服の内側に隠さなればならない都合上、どうしても範囲が狭いのでね、君が密着してくれる必要があったんだけど……。君が女の腕を平気でへし折るクソ野郎で助かったぜ?」
言って、挑発する様に笑ってみせる。
ここでまた、学習能力をおざなりにして、不用意に近付く馬鹿ならやりやすいが、そんな奴はニーグくらいのもんであろう。
案の定、リヴァイは挑発には乗らず、ただこちらに厳しい目を向け続けるだけであった。
ならば、と話を続ける。
「今、僕らがいるのは北の大陸のほぼど真ん中。前人未到の穴場だぜ? 本当ならもう少しスマートなやり方で、君もどこぞの駄犬の様に誘い込みたかったけれど、―――君が意外と用心深くてね。……けどまぁ、結果オーライだね」
ニーグの様に勘だけで生きてる単純な奴なら話は簡単だった。
だがリヴァイは用心深かった。
単独での行動を避け、常に周囲の状況を警戒していた。
それなら仕方ない、と、彼の崇拝する王、モンブランをだしに使い、妖精達の元へと引ずり出した訳だが……。
通常、妖精一匹の妖精の抜け道では、精々森の外に飛ばす程度だろうが、今回は332匹分の抜け道だ。その位の数が居なければ南の大陸から遠く離れた北の大陸までは来れなかったであろう。
「スノーディアというのは、元々この大陸の名前でね。もっとも、もう誰も使っちゃいないが……、僕はここで生まれたのさ。ずっと昔にね」
さて、これだけべらべら喋れば、フラグの一本でも立ちそうなものだが……どうだろう?
『お前の無駄に長いご高説はまだ続くのか?』
「……まだまだ続くよ? 聞きたいだろう?」
微笑み、仰々しく両腕を広げてみせる。
『いーや』
言うや否や、不良の足元などものともせずに、雪を散らしたリヴァイがこちらに飛び掛かって来るのが見えた。
それを、両腕を広げたまま迎え入れる。愛しい何かの様に純粋に受け止める。
リヴァイの腕が胸を貫いたところで、僕の身体がパラパラと雪の塊へと変化し、そのまま崩れ落ちた。
ほら? フラグ成立だぜ? 敵を前に鼻息荒くべらべらとネタバラしなんざぁ、殺してくれと言ってる様なもんだ。ゲラゲラ。
『幻覚、か』
「まぁ、似た様なものだね」
リヴァイの呟きに、少し離れた位置から答えてあげる。
「ニーグは残念だったね。彼は今頃土の中さ」
妖精の聖域に居た時に、こっそりメフィストからの報告は受けている。
上手くやってくれた様だ。
ほんと、馬鹿だが役に立つ男だぜ。
あれを引き入れておいたのが、ここ千年における僕の一番の成功と言って良いくらいだ。
『……アイツが弱かった。それだけだ』と、リヴァイ。
おっと、フラグを立て損ねたかな?
『だから、―――アイツの代わりに俺が貴様を殺す』
再び大地の雪を撒き散らし、こちらへと迫るリヴァイ。
―――君が立てるのかよ……畏れ入ったぜ。
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、顔へと迫る拳を何の抵抗もせず受け入れる。
先程とは違い、禍を伴うリヴァイの拳。
それは僕の額に触れた途端に膨れ上がり、周囲の雪もろともに僕の身体を爆散させた。
衝撃は、激しい音と共に周囲20メートルを穿ち、それにより、雪の下、湿り気を帯びた大地が露出する。
パラパラと周囲に無数の小さな雪玉が落ちる中、
「ケルベロスはさぁ」
そんな言葉を紡ぎながら、三度背後から現れる僕に、振り返ったリヴァイが忌ま忌ましそうな表情を魅せる。
「圧倒的強者からの、一方的で、理不尽で、残酷で、愛の欠片もなければ何の救いも無い、ただ激情に身を任せ、優越感に浸りたいだけの、肉体的暴力という餌を与えておいたよ」
『……』
「おっと、勘違いしないでくれたまえ。あくまで躾の一貫だよ。躾のね。あと、まぁ、城が落ちたのは――――」
少し間を空け、たっぷりべったり貼り付けた悪役顔を作り、笑って続ける、
「嫌がらせ」
『……そうか』
少々うんざりした様子のリヴァイが軽く手を振る。
そうした次の瞬間には、その手に一本の槍が握られていた。
「ポセイドンか」
薄く笑ったまま、槍に目を向けて言った。
魔槍ポセイドン。リヴァイの本体、海神リヴァイアサンの尾から生み出された黒色の槍。
刀身から柄尻にかけて一本の蒼い線が伸び、それは黒色の中にあってクッキリと存在感を示している。
三柱たる海神から作り出されただけあって、そのひと振りで海を割る程の力を秘めた恐るべき魔槍。リヴァイ自慢の逸品だ。
「君がそれを使うなら僕も自分の槍を使うとしようかな」
『ほう……貴様が武器を使うとは知らなかったな』
「だろ?」
僕がそうおどけて見せた直後、前方にいたリヴァイが吹き飛び、僕のすぐ横を通り過ぎていった。
十数メートル離れた後方で、積雪が弾け、宙に舞う。
「まぁ、僕は槍の扱いなんて振り回す程度にしか使えないがね」
半身だけを捻り、飛んでいったリヴァイに向けて告げる。聞こえているかは知ったこっちゃない。
白い雪の絨毯の上。
仰向けに倒れていたリヴァイが、何事も無かった様に立ち上がり首を数度左右に捻る。
背後からの完全な不意打ちだったが、まるで効いちゃいない様だ。
嫌になるぜ。
『成る程……。貴様らもグルだった訳か』
僅かに睨みつける様なリヴァイの視線が、僕をすり抜け、背後の人物達へと突き刺さる。
「グルというか、元々二人は僕の一部だよ。君のポセイドンと同じようにね。 ――――ほら、二人とも、リヴァイに自己紹介してあげなよ?」
捻ったままであった身体を正し、雪原に佇む二人にそう促す。
白銀の世界の中にあって一際栄える黒髪。
その隣には、白に溶け込む様な真白の髪。
僕の声に促されて、二人がこちらへと歩みを進める。
黒髪は、腰まで伸びた長い髪を僅かになびかせて。
白髪は、ショートボブを軽やかに踊らせて。
そうして、サクサクと雪を踏みしめる小気味良い音を奏でながら、二人が僕の左右に並び立ち、
告げる。
『陰の槍、黒のパンシー』
『陽の槍、白のナンシー』
『『死槍スノーディアが双槍たる我らがお相手致します』』
双子がそう声を揃えた。