悪魔のお供をするにあたって・18
凄く長い登場シーンを終えたフェアリーレンジャー。
そんな小さき戦士達を、複雑な表情で眺めた後、スノーディアが何かを悟った様に小さく頷いてから、ちょっと大きめな声で言葉を吐き出す。
『フェアリーレンジャー諸君! これより今回の作戦内容を伝達する! 一度しか言わない。良く聴きたまえ!』
両手を腰にあて、薄く笑った尊大不遜なスノーディア。
何か始まった。
この人はこういう人。
良く判らないとか、不満とか、愚痴とか、色々な言葉、色々な表情を見せつつも、しっかりとそれの中身を知ろうとする。
何もかも見透かす様な眼をする。
フェアリーレンジャーという、どう見たって悪ふざけにしか見えない事にも意味を見出だそうとする。
そうして、今回も何かを見出だしたのだろう。僕には小さいのか大きいのかさえ良く判らない何か。
きっとこの人に、本気で悪役をさせたら世界はあっという間に滅ぶ気がする。
でも、それは裏を返せば救世主役をさせたら、あっという間に世界を救ってしまえる。
―――多分、絶対しないけど。
樹の種族達を自分の周りに集めたスノーディアは、まるで手を取り合わんばかりに肩を寄せ合い、何やらコソコソと打ち合わせを始める。
まるで誰かに話を聞かれたくないみたい。と、僕は首を傾げる。
話の内容とか、過程とかまでは分からない。でも、目的の察しはついてる。ここまで連れて来ておいて今更隠し事もどうかと思うのだけど……。
そんな事を考えていると、樹の種族達が一斉に僕を見た。
その勢いに、ちょっとびっくりしてしまう。
訳も分からず、とりあえず苦笑いを返しておく。
『で、だ』
と、集団の隙間から漏れて来たスノーディアの言葉と共に、また一塊の団子へと戻っていく。
どうしたら良かったのだろう。
もういっそ見なかった事にしてしまおうかな。聞いたら何だか不穏な事になってしまいそうな気がした。
『さて、妖精諸君。いや、フェアリーレンジャー諸君、作戦の概要は理解出来たかね?』
スノーディアの最終確認ともとれる言葉に、樹の種族達は口を揃えて『イエス! ボス!』と返事をした。
僕の知らない間にスノーディアがボスになりました。
それから、一息吐こうと、差し出された冷たいちょっと甘々水の入ったカップを、スノーディアと二人で傾ける。
無色透明ではあるのだけど、僅かに果実の薫りと甘味がふんわりと口内に広がった。
聞いてみようかな?
でも、まともに答えてくれないだろうなぁ……。
スノーディアの話は本音と誤魔化しが行来する。
本音を難しい言葉で言って、誤魔化しを簡単に紡ぐ。
誰もが簡単で判りやすい方に飛び付くので、いつしか誤魔化しの方だけで話がまとまってしまう。固めてしまう。それで理解した様な気になる。させられる。
スノーディアは凄いけど、小賢しい。
なので、僕は簡潔に聞いておく事にした。
「僕は何をすればいいの?」
スノーディアは少しだけ間を空けた後、ニコリと微笑む。
『君は要だからね、重要だぜ? その場その場の状況に合わせて動いて欲しい。不本意でここに。率先する僕をとがめる立場。その方が僕もやりやすい。進行する劇に合わせた役をやればいいのさ』
簡潔な問いに、3つも4つも返ってくる。重要とか、して欲しいとか、合わせた役とか、やる気を煽る言葉を乗せて……。
きっと、今か今かと僕がタイミングを計る内に事が終わってしまう、そんな劇。
――――ようするに何もしなくていい。という話。
でも、何もしなくていい。なんて反発が生まれそうな事は決して言わない。
スノーディアは小賢しい。
ただ、 ―――きっとスノーディアの言う通り、僕は何もしない方が良いんだと思う。
その方がやりやすい、と言ったのは多分本当で本音。
いつかの様に、驚いたり、悲しんだりする役をすれば良いんだと思う。合わせるとは多分そういう事。
そんな事を思っている時。
パキンと空から音がした。何かが割れる音。
反射的に顔を上に向けると、直後にドンと音がした。
今度は下から。地面から。
大地が僅かに揺れた。
「わっ、わっ」と驚く。演技抜き。
『いらっしゃい』
揺れる僕の背中を支えながら、スノーディアが言った。
スノーディアの方に倒れ込んだ僕にではないと思う。
『スノーディア。こんな所で何をしている』
リヴァイの声。
そちらを向くとやっぱりリヴァイで、その顔はとても怒っていた。怖い顔。ニーグよりもずっと怖い。
『エマージェンシー! エマージェンシー!』『侵入者だー!』『来たか!?』『来たな』『来おったな』『愚か者め』
『ほう、そなたついにそれを外すか?』『ふ、まぁな』『エマージェンシー! エマージェンシー!』
『こ、こいつぁとんでもねぇ事になって来やがったぜ』『我が拳のタコにしてやるなの』『ほう、ついに禁じ手を使うか』『エマージェンシー! エマージェンシー!』
カンカンカンカンとけたたましい音と共に、樹の種族達の真面目なんだが判らない声が周囲にこだまする。
『黙れ』
リヴァイの静かな言葉と冷たい一瞥に、あれだけ騒がしかった音がピタリと止む。
ヒヤヒヤする。
『スノーディア、何の真似だ?』
イラつきを隠そうともせず、眉を上げたままのリヴァイが問い掛ける。
『どの事を言ってるのかな?』
僕から少し距離を取りながら軽い調子でスノーディアが返すが、その眼はちっとも笑っていなかった。
『全部だ。何故モンブラン様を勝手に連れ出した? 何故ケルベロスを殺した? 何故城が空より落ちた? 何故ニーグの気配が途絶えた? 答えろスノーディア』
『質問が多いねぇ。いくらスノーディアちゃんでも―――』
ゴキッ
目の前のリヴァイが突然消えて、そんな音が横から届く。
『あまり俺を怒らせるなスノーディア』
音と声がした方に目をやると、背後からスノーディアを組伏せる様な形のリヴァイの姿があった。スノーディアの両腕を背後に回し、背中を足蹴にしている。
スノーディアの右腕はあらぬ方向に曲がっていて、左腕も今にも折れてしまいそうな程に湾曲していた。
痛みの為かスノーディアの顔が歪んでいる。
だけど、僕が見ている事に気付くと、スノーディアはへらっと笑ってリヴァイへと言葉を放る。
『レディはもうちょっと大事にして欲しいぜ』
スノーディアが小馬鹿にした口調で言うと、鈍い音を立ててスノーディアの左腕の関節が3つになった。
顔が再び苦痛に歪むが、スノーディアは一言も悲鳴を上げる事はしなかった。
とにかく止めなければ。
頭では判っていても口から声が出なかった。
ニーグとの散歩で、こういった事には慣れたと思っていたのに、何の役にも立たなかった。
僕の口はパクパクと定期的に開くだけで、音というものを完全に忘れてしまっているらしい。
『答える気になったか?』
冷たいリヴァイの声がスノーディアの頭上に降る。
『……そう、だね。関節が4つになる前に答えて置き……ッたいけど、―――僕より妖精達に聞いた方が早いんじゃないかな』
スノーディアは、痛みゆえか、時折、言葉を詰まらせながらもポツリと呟く。
問い掛けというよりは一人言のよう。少しだけ笑っている様にも見える。悪役顔。
『妖精共もグルか? ―――貴様ら、中立を破るのか?』
スノーディアを組伏せたまま、リヴァイが妖精達に顔を向け尋ねる。
リヴァイは怒ってはいるけど、少し残念そうな顔をしていた。
リヴァイの質問に、妖精達が顔を見合わせる。
そうして、誰かが言った。小さく、でもハッキリとした合図。
『せー、の!』
『『『『『妖精の抜け道!』』』』』
妖精達が口を揃えて叫んだ途端、一瞬で淡く白い光がスノーディアとリヴァイを包み込み。
光は一度だけ目が眩む程の発光を見せた後、あっと言う間に霧散していった。
光の消えた後には、スノーディアとリヴァイ、二人の姿はどこにも無い。
役も何もあったものじゃない。
やっぱり僕は何も出来ない子供のままだった。