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流浪のお供をするにあたって・2

 急速に鳴りを潜めていく魔法陣。

 その様子を私はメフィストの隣で眺めていた。


『いやはや……』

 正面を向きながら、相も変わらずニコニコ笑うメフィスト。


『失敗ですね』

「見れば分かる」

 メフィストの言葉に即答する。


 魔法陣の中心、片膝をつき肩で息をするニーズヘッグの姿が確かにある。

 今、分かった。

 メフィストのこの笑顔は余裕でもなんでもなく、彼の表情のデフォルトなのだ。彼はその笑顔で筋肉が硬直してしまっているに違いない。

 現に私などは、ほら、ニーズヘッグがもの凄い形相で睨んでいるのを見ただけで、もう、ほんと、妖精の聖域(フェアルチェアリ)に今すぐ飛んで帰りたい。

 あんなそら恐ろしい顔を向けられて笑顔を見せるなど、お面じゃなければ、神経とか表情筋が麻痺しているとしか思えない……。


『死ぬ覚悟は出来たかよ?』

 おっそろしい表情のニーグヘッグが、おっそろしい声色をこちらに投げつけてくる。

 ぶんぶんと首を振って拒否する。多分、意味はない。

 ニーグヘッグは別にこちらの覚悟の程を本気で聞きたい訳でもないだろう。どちらかと言えば単に、それを持て、と強要しているのだ。


『困りましたねぇ』

 全然困った様には見えない顔のメフィストが、のんびりとした口調で言った。


「……勝てるのか?」

『いえ、専門外です』

 あはは、と笑ってメフィストが肩を小さくすくめて見せた。

 うん、分かってた。

 分かってたけど、一縷の希望を胸に抱いて、一応聞いてみただけだ。


『なんで駄目だったのかなぁ』

 私がジト目を向けていると、

 ん~、と顎に手をあてたメフィストが目を瞑り、考え込んでしまった。

 今、目の前に敵がいるのに何なんだこの男は?


『なんだそりゃ!? おいおい、お前よぉ、俺を馬鹿にしてるのか? それとも死を覚悟した瞑想かよ?』

 ニーズヘッグも私と同じ様な印象を受けたのだろう。

 もっとも、私の呆れとは違って、彼はメフィストの態度に少々苛立っているようだ。

 火に油を注いだ訳だ。

 注いだのは勿論この男。

 ニーズヘッグの抗議などまるで意に介さず、今も、ん~と思考にふけっているメフィストである。


 二度に渡る無視。

 ここまで来ると豪胆とかそういう尺度を通り越して、もう馬鹿なんだと思う。


 チッ、とニーズヘッグの舌打ちが私の耳に届く。

 届くと同時に私の視界からニーズヘッグが消えた。

 フッと居なくなったのだ。

 あまりにもあっさり居なくなったので、驚く事も忘れてしまったのか私は妙に冷静であった。

 そんな冷静な私のすぐ横から、なんとも小気味良い音が届く。


 何気なくそちらを見ると、消えたと思っていたニーズヘッグの姿があった。

 その正面には上半身が消え、腹の辺りから血を吹き出す肉の塊がちょこんと置かれていた。


『チッ。弱すぎる』

 二度目の舌打ち。

 だが、そんな事はどうでも良かった。

 本当にあっさり。私が驚く間もなく、あっさりとメフィストは死んでしまった。

 上半身を吹き飛ばされて、力なくパタリと倒れる元メフィスト。

 一度目。ニーズヘッグが消えた時に驚けなかった為か、タイミングを逃した私はメフィストが死んだ事にも驚けなかった。

 ただただボンヤリと、血溜りの広がる地面を酷く冷静に眺める事が出来た。

 それは、或いは、自分の死に直面した私の心が壊れぬ様に、無意識に恐怖とかそういった感情に蓋をしただけなのかもしれない。


『普段、妖精は()らねぇんだが、味方しちまった以上そうも言ってらんねーよな?』

 そんな事を言いながら、ニーズヘッグが私に顔を向けた。

 薄く笑ったニーズヘッグの顔が視界におさまる。


 ――――ここで初めて私は驚いた。

 ニーズヘッグにではない。

 勿論、ニーズヘッグを前にした死の恐怖とやらもあっただろうが、それすらも些細な事の様に思えた。実際は生きるか死ぬかゆえ、些細な事なんかでは無いだろうが――――


『妖精さん達に手を出されては困りますね。友人に怒られてしまいます』

 ケロッとした顔をして、ニーズヘッグの背後に立つメフィストがそう投げ掛けてきた。


『なんだ? なんで生きてる?』

『いや~、こう見えて私―――』

 メフィストが言い終わる前に、また彼の頭が消失した。

 見えてはいないが、ニーズヘッグが目にも止まらぬ早さで潰した事だけは理解出来た。


 驚愕する私の目の前で、頭を無くし後方に倒れるかと思われたメフィストの体がググッと体勢を立て直した。

 そして、瞬く間に再生されるメフィストの頭部。


『喋ってる途中は止めて欲しいのですが……』

 頭が戻った途端、メフィストが間髪入れずに文句をつける。


『どうなってる? 幻覚か? ――――いや、弱すぎて軽いのは仕方無いとしても、確かに潰した感触はあった。 ――――お前なんなんだ?』

 不思議そうなニーズヘッグの問い掛け。

 その問いに、相変わらずニコニコと笑うメフィストが答える。


『それを言おうと思ったのに、あなたが頭を潰すから』

 二度も頭を潰されて、尚も減らず口とも言えるメフィストの言葉。

 先程までならそれは火に油を注ぐ愚行であったが、ニーズヘッグは怒りもせずに、ただ黙ってメフィストを見つめていた。


『そうですね。それを教える前に自己紹介でもしておきましょう』

 ニコニコとメフィストが告げる。

 その表情を崩す事なく、彼は言葉を続ける。


『私の名はメフィスト・フェレスと申します。しがない凡人ですが、どうぞよろしくお願いいたします』

 仰々しい身振りを交えて挨拶を行うメフィスト。

 更に続ける。


『私は魔導士なのですが、もうひとつ職業、というか称号みたいなものがありまして』

『称号?』

 怪訝そうにニーズヘッグが尋ねる。


『ええ、まぁ称号と言うには些か後ろ向きなものなんですが、私の持つ称号、それは、引きこもり、です』

 称号、……なのか? それは。


『引きこもり? お前今、外に居るじゃねぇか?』

 ニーズヘッグが思わず頷いてしまいそうになるごもっとも意見を口にする。


『勿論、皆さま方や世間一般に認識されている引きこもりとは違います。言葉のあやみたいなものでして、正しくは私、生という理に引きこもっております』

『はぁ?』

『簡単に言いますと、不老不死なんです。ちょっとうっかり人魚の血を口にしましてね』

 言って、ああ悲劇とでも言いたげに、メフィストが大袈裟に天を仰いだ。


『初めからそう言えや』

 イライラした口調でニーズヘッグが返す。もっともだと思った。


『不老不死ゆえか、何事も劇的であるべきだと思うものですから、つい』

『不老不死って事は死なねぇんだよな?』

『ええまぁ、その予定です』

『なら決着がつかねぇじゃねぇか……』

『おや? 何故そう思われるのです?』

『あ? そりゃそうだろ? いくら殴ったって死なねぇ。かといってお前が俺を殺すのも無理だろう?』

 メフィストを馬鹿にする様に、ニーズヘッグが鼻で笑う。

 確かに、そう考えると決着とやらはつきそうにない。


『……そうでもありませんよ』

 ここまで終始ニコニコと笑顔を絶やさなかったメフィストが、ここで初めて薄ら笑いを浮かべた。

 いや、笑っている事に違いは無かったか……。


 不敵なメフィストの笑いと同時に、私とメフィストに挟まれる様に立っていたニーズヘッグが消えた。

 動きはこれっぽっちも見えないが、逃げた、というより避けたのだろう。

 先程までニーズヘッグが立っていた位置に、1メートル程の魔法陣が描かれ、薄い紫色をした謎の光りが天に向かって伸びていた。


『なるほど……。ただの不老不死の雑魚って訳でもないのか……』

 声のした方に顔を向けると、私達から少し離れた位置にニーズヘッグが立っていた。

 その体からは赤黒い血がポタポタと流れ落ち、茶色い地面を汚している。


『一応、魔導士ですから』

 ニコニコと笑うメフィストが告げる。


『へっ! おもしれぇ。不老不死だろうが何だろうが、久々に本気で潰してやるぜ。何万回でも殺してやるよ』

 不敵に笑うニーズヘッグ。

 その体がメキメキと鈍い音を立てながら、どんどん隆起していく。

 悪魔特有の実体とやらに戻るのだろう。

 人型などは所詮、普段動きやすいからなっている、というだけの理由であろう。


『先程、何故失敗したのかと考えたのですが」

 目の前で体を変化させ続けるニーズヘッグをニコニコと眺めながら、メフィストが呑気に言葉を紡いでいく。

 不老不死ゆえの余裕か。

 私はここに来てようやく、本当の意味で、彼が今まで余裕の笑顔だった事の理由を悟る。


 ―――冗談ではない。

 メフィストは不老不死でも我々は違うのだ。

 こんな化け物に暴れられては妖精など命がいくつあっても足りないではないか。

 さっさと仲間達と逃げてしまおう。

 そう考えた矢先、


『人型ゆえ上手くいかなかったのでは……とまぁ、そんな単純な事に気付いた訳ですよ』

 そうゆっくりと告げ、メフィストが杖をトンと地面に打ち付けた。


 途端に広がる魔法陣。

 黄色と白色。先程失敗した魔法。

 ニーズヘッグを封印する為の魔法。


『グオォォォォォォォォ!』

 山全体が震えていると錯覚する程の大咆哮をあげるニーズヘッグ。

 その数十メートルはあろう巨体は、黒い毛皮に覆われ、額には角を生やし、眼は血の様に紅い犬の様であった。


 そんなニーズヘッグの真の姿ともいえる巨体を、黄色と白色の光りが包み込む。

 怪物のあげた咆哮は、光りに呑み込まれるかの如く、徐々に、ゆっくりと小さくなっていった。


 そうして、声が途切れ、光りが完全に終息する頃には、黒い怪物の姿は綺麗さっぱり消えてなくなっていた。


『言ったじゃないですか、引きこもりだって。 ――――私、引きこもる事に関連した事柄については、右に出る者はいないと自負しております』

 消えた怪物に語り掛ける様に、メフィストがニコニコと笑って何もない空間に言葉を投げた。

 

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