仮面のお供をするにあたって・7
『シャルロ! 流石に数が多い! 牽制だ!』
『はい! エルヴィス様!』
エルヴィスが指示を飛ばし、シャルロの返事を待たずしてゴーレムへと駆けていく。イーサンもそれに続く。
シャルロは囁く様に何か……おそらく魔法の詠唱を始めると、数秒のち、『火霊の槍!』と杖を掲げて魔法を行使。
何処からともなく現れた6本からなる炎の槍は、駆けるエルヴィスとイーサンを追い抜き、最も前線にいたゴーレム6体に対し、6本それぞれが当たり、弾け、包み込む。
ゴーレムはその体が岩ゆえか、大きなダメージも無い様子ではあったが、炎に押され、元々大した速度でもない進撃速度が更に遅くなった。
その僅かに押し留められたゴーレムの隙を逃さず、エルヴィスとイーサンがすかさず武器を振るう。
岩と金属がぶつかる音が灰色の空間に満ちる。
正直言えば、俺は少々エルヴィスを見くびっていたみたいだ。
エルヴィスがどれ程の腕か知らないが、鋼の剣とて切れない物くらいはある。ゆえに、俺はエルヴィスの剣でゴーレムを切れるなどとは思っていなかったのだ。弾かれて、最悪、剣が折れるんじゃないかと。
しかし実際は、硬い物同士がぶつかり奏でる金属音を僅かに鳴らし、エルヴィスの剣は一刀の元にゴーレムの体を切り裂いた。
その一方。
エルヴィスにやや遅れてゴーレムへとその手に持った大斧を振り下ろしたイーサン。
こちらはかなり派手な音を立て、切る、というよりゴーレムを押し潰すという風な形であった。
うん。これは分からなくもない。切るというより砕く、というならば岩にも有効であろう。それを出来るだけの腕力は必要であろうが、有効打としてはイーサンの方がまだ理解出来る。
岩を切る、というのはどうなんだ? 何をどうしたらそういう芸当が出来るのか俺には理解しかねる。
まぁ、俺は剣術などは全く知らないずぶの素人なのでそう思うだけで、何かそういう切り方でもあるんだろう。多分。
切るにせよ砕くにせよ、倒した事には違いない。結果オーライ。
しかし、勇者……。勇者か。
言うだけの実力はある、という事か。案外、本当に勇者なのかも知れない。イケメンで、やや品格に欠ける発言が気になるが実力もある。
とすれば、この場に勇者が二人という事になるのか? 勇者って二人も居て良いものか?
―――――けど、そうだな。勇者が一人だけという決まりもないし良いんだろう。
それに今は――――
真の勇者になれる者はいない。
勇者として認めるべき二つの証。聖剣。そしてもう1つ。その1つが失われてしまったから……。
俺がそんな事を考えながらボンヤリ眺めている間にも、エルヴィス達は先程と同じ要領を繰り返し、素早く、そして手際良くゴーレムを倒していく。
ゴーレムは見た目からして頑強ではあるのだろうが、その頑強さの元が岩である為か、動きは然程に早くはない。ゴーレムに言葉が通じるのならば、それ全速力か? と尋ねたいくらいだ。
徒歩より少し早いだけの岩の塊などは的でしかないと思うのだ。
ただ、走力こそ緩慢なゴーレムではあるが、腕の振りだけは異様に速かった。掲げた腕を上から下へ。まさに、体重乗せてます、とばかりの猛烈な振り下ろし。
しかし悲しいかな腕が短い。短いと言っても、人と同程度の長さはあるのだ。あるのだが、武器を持つ相手にアレではなぁ。
エルヴィス達とゴーレム達のバトルは、初見こそ見所いっぱいだと驚きもしたが、ずっと同じ流れゆえか、見ていると何かが薄れていく感じ。捻りが足りない。必要かはさて置き。
そうやって、物の見事に十数体はいたゴーレムは剣の錆、もとい、石コロへと変わり果てたのである。
倒すには倒したのだが、エルヴィス達は随分疲弊している様に見える。そんな持ち主達の疲れを表す様に、エルヴィスの剣やイーサンの大斧は、その刃が潰れ、所々が小さく欠けていた。
『さぁ、これで残るはお前だけだ』
最後の一体を切り伏せたエルヴィスが、剣先を仮面へと向け言い放つ。
そんなエルヴィスを仮面は静かに見つめていた。
少しだけ沈黙が流れる。
『どうした? 御自慢のゴーレムが負けて口も利けぬ程に――――』
『ひとつ聞きたいのだけど』
エルヴィスの言葉を遮って、仮面が言う。
『私は、イレギュラー、だと言った。あなたを。あなた達を――――どうして邪魔するの?』
小頚を傾げた仮面が、本当に判らないという感情を隠しもせずに言葉に乗せて吐き出す。
まぁ、用事があったのは俺達にだろうから仮面の主張も判らなくはないが、自分の立ち位置を忘れているというか――――。
『いい加減にしろ!』
疲労の顔を憤怒に変えて、エルヴィスが叫ぶ。
『貴様、孤児院に住む者達を巻き込んでおいてなんだその態度は! 俺が邪魔だと言ったな。だが、貴様が悪ささえしなければ俺達とて貴様みたいな奴と関わろうなどとは思わなかった!』
『なら関わらなけば良い』
『受け取れん提案だな。俺が勇者で貴様が悪人であるならば、俺は首を挟まざるを得ない。いいか? 勇者とは、揺るぎ無い正義の剣となり、正義の敵と闘う者。――――つまりだ。お前の様な得体の知れない奴をぶった斬る為に俺達はいる!』
熱のこもった言葉と為して、エルヴィスが自らの正義を口にする。
その鬱陶しいまての熱い想いに仮面は――――
『あぁ。……そういう設定だった』
そう呟いた。
そのあまりの寒暖差。熱い空気と冷たい空気がぶつかり合い、生み出すは荒れ狂う激しき風。生まれた場所は憤怒を通り越し、
もはや悟りの境地にすら到達せしめたエルヴィスの心中。火に油が注がれた筈が油の勢いが強すぎて逆に消えてしまったという珍事。
しかし、そんなエルヴィスの心中などまるで気にも留めず、仮面が一言『排除』と口にした。
どういう意味かと考える暇も無く、地面に転がる幾多ものゴーレムの残骸が地響きを伴い揺れ動く。
まさかと思ってそれらを注視していると、残骸を押し退け大地が大きく隆起し、傾斜のついた大地がゴロゴロと残骸を転がり落とす。
そうして、ゴーレム復活かな?と予想した俺の予想に反して――――いや、半分正解だな――――俺達の眼前に大きな一体のゴーレムが姿を現せたのだ。
『でっかぁ……』
とは、いつの間にか自力でプチの背中へとよじ登ったアキマサの言葉。
確かにデカイ。なによりあの形。先程の人型ゴーレムよりもずっと俺の想像するゴーレムに似た姿をしている。ずんぐりむっくりとした体型、されど大きく、見た目だけで重さを感じさせる。
『またゴーレム!?』
少々うんざりとした様子のシャルロの言葉。
『ただデカくなれば良いというものではない』
新たなゴーレムの登場で少し落ち着いたのかエルヴィスが言った。
『ただデカくなったのかどうか……試してみるといい』
仮面の言葉に応える様にゴーレムが唸り声をあげ、こちらへと迫る。
しかし、そこはやはりゴーレムの宿命なのか緩慢とした動き。ただ、動作自体は遅いのだが、大きさがある為か踏み出す一歩は広い。
『シャルロ!』
『はい!』
『イーサン! 俺に続け!』
『承知!』
先程のバトルと同じく、シャルロが短く済ませた詠唱ののち、火霊の槍を放つ。
そうして放たれた三本の赤い槍がゴーレムを穿った。