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魔王のお供をするにあたって・4

 名も無き鳥が食べられて、バーバリアとの駒遊びに興じてから、三日が経った。

 昼。大食堂へと足を伸ばすと、複数人の話し声が耳に届いた。

 声から察するにモンブランとニーグ、ティアマットの三人であるらしい。

 大食堂の手前で足を止め、聞き耳を立てる。


「だーかーらー、そのやり方を聞いてるの!」

 少し怒った様なモンブランの声。

 声だけ聞いたならば元気そうではある。その事に少しホッとする。

 というか、最近は、毎日の様に彼女の声を聞く度にホッとしている僕がいる。

 ほんと、母性ってやつは危険だぜ。 ―――まぁ、悪い気分ではない……。


『やり方って言われてもなぁ』

 困った様なニーグの声。

 何の話をしてるんだ?


『こう……オラァって殴るとブワッと出るんでさぁ』

『意味分かんないし! ばっかじゃないの!? その説明で誰が納得すんのよ!?』

 おいおい、正気かよあの子。僕もニーグは馬鹿だと思うが、そこまで面と向かって言おうと思った事など一度もないぞ……。

 主君ゆえの暴言ではあるのだろうが、それにしたって恐れを知らな過ぎだ。

 もしかして、そうする事でストレス発散してるとか?

 腕力で勝てないなら、立場を利用して蔑む。一方的な音波攻撃。その思い切りの良さ。いやはや、畏れ入るぜ。君、本当に子供かよ?


『ティアマットー! 交替だ! 俺には無理だ!』

『交替と言われてもな……。手足を動かす様に扱える禍の使い方を教えるなど、俺にも荷が重い』

『役に立たない部下ね~。馬鹿しかいないのココ!』

 ティアマットにもそれなのか!?

 演技……だよね? 胆が座ってるなんてもんじゃないぜ?


『別に良いじゃないですかぁ、そのうち使える様になりまさぁ』

『そんなの待ってたら、ニーグが咎人全部殺しちゃうじゃない! 私は今、使いたいの!』

『だったら、俺が瀕死にさせるんで、ナイフかなんかでトドメさしちゃどうです?』

『なんで私がニーグのおこぼれに預かる様な真似しなきゃいけないの!? 嫌よ!』

『そんな事言ったって……』

『ニーグ、最近はちょくちょく城を出ている様だし、少し回数を減らしたらどうだ?』

『そうよ! そうしなさい! あんた自重って言葉覚えなさいよ!』

 自重を覚えるのは君だモンブラン。いや、演技なんだろうが……。

 聞いてるこっちがハラハラするぜ。

 だが、――――やはり君は聡明だね。僅かな会話で二人を上手く誘導してみせた。

 禍を使えない事に不満を持っている印象を植え付けた。

 咎人殺しに抵抗がない事も。

 加えて、最近、以前にも増して頻繁に行うニーグの「散歩」を抑制してみせた。

 意図してやったのか知らないが、ほんと、君にはただただ脱帽だぜ?


『あっ、でも赤ん坊ならモンブラン様でも狩れるんじゃないですかい?』

 ニーグがポツリとそう言った途端、勝ち誇った様な顔をしていたモンブランの勢いが急速に萎んでいった様な気がした。


『そ、そうね。でも……そう、赤ん坊狩って楽しいかしら? ほら、赤ん坊って逃げないじゃない?』

『楽しいかどうかは先ずは試してみねぇと』

『そ……そうよね』

 おっと、どこへ向けて収拾をつけるのかと思ったが……、

 駄目かな。丸めこまれた。しかも、とんでもない形で。

 仕方無いなぁ、と廊下の薄暗い天井を見上げ、一度深呼吸。心の屈伸、準備体操。


「なんだい大きな声を出して? ただでさえ、壁が壊れてるんだ。廊下にも響いてるぜ?」

 そんな言葉を吐き出しながら大食堂へと足を踏み入れる。


『丁度良い。スノーディア、モンブラン様が禍を扱えない事に不満を持っている。何か使える様になる策はないか?』

 僕の登場に真っ先に反応したのはティアマットであった。

 しかもいきなり崖っぷちに追い込んでくる。

 そんなの僕だって聞きたいよ。


「禍を? そうなのかい?」

 駄目だな。なんかわざとらしい。僕に役者の才能はないな。


『……ない』

「ん?」

『このヘタレに聞く事はないって言ってんの!』

「へ、ヘタレ……」

 怒った顔でそう吐き捨てると、モンブランは足早に大食堂を去っていってしまった。

 なんとまぁ早い逃げ足。いや、見切りが早いと誉めておこう。

 邂逅から僅か1分程でのお別れであった。


『はっはっはっはっ』

『言われちまったなぁ、スノーディア~』

 さも愉快とばかりに笑うティアマットと、ニヤニヤ笑うニーグ。

 

「……ほうっておいてくれたまえ」

 演技……なんだよね? そうだと思いたい。そうであって欲しい。反抗期には早すぎるぜ?

 モンブランの去っていった方に顔を向け、そう願わずにはいられなかった。


 消化しきれずモヤモヤしながらも、ティアマット達に顔を向け直す。

 イレギュラーなプチイベントに遭遇したが、別にその為に大食堂に足を運んだ訳じゃない。

 なので、ヘタレ返却の為にも、本題を切り出すとしよう。


「ちょっと小耳に挟んだんだけど」

 僕の言葉に、僅かに訝しげな顔を見せる二人。

 構わず、なに食わぬ顔で続ける。


「さっき部下から報告があってね。なんでも最近、強い力を持った咎人が灰獣(アシュナ)を狩りまくってるらしい」

 曖昧だけど、良い香りの餌を適当にバラまいてみる。

 これだけなら、地べたの餌に嬉々として食い付きそうにはないが、今回は事前に試食させてあるからね。


『ああ、それなら俺も部下から報告を受けている。部下には見付け次第、監視する様にも言い含めてあるから、まぁ、そのうち分かるだろう』

 ティアマットが腕を組んだまま返してきた。

 うん、やはり試食して味を知っているのと、知らないとでは興味の引力が違うね。ろくに餌の原材料も調べずにもう食い付いてる。

 そして、何よりその情報に嘘っぱちって毒が混ざってない。安全、かつ新鮮だもの。さぞ、魅力的だろうともさ。

 そう。その情報自体は本物だ。

 何処の誰か知らないが、本当にそういう人物がいるらしいのだ。

 だけど、ティアマット。お前はひとつ間違ってるぜ?


 お前の部下じゃない。僕が、お前に()()()()()()()部下だ。二百年近く前だがね。

 お前が知ってる事は、お前より早く知ってるとも。


「そうなのかい? 僕はさっき聞いたんだけどね。一応、君の耳に入れておいて、その上で殺すなり監視するなり相談しようと思ったんだけど……。既に動いてるなら必要ないよね?」

『ああ、任せておけ。それはこっちでやっておく』

 勿論任せるとも。

 わざわざお前を立ててやってるんだ。せいぜいしっかり監視とやらを頑張ってくれたまえ。

 その部下は今頃、昼寝かピクニックでもしてるだろうけどね。


『おい、何の話だ?』

「厄介そうな野良犬が出たという話さ、ニーグさん。実力の程は知らないがね」

 言って、ティアマットに視線を向ける。

 ――――ほら、君も撒きたまえよティアマット。

 あるんだろう? この本物の()()が食い付きそうな餌が。僕が買ったやった餌が。

 その為に僕は、色々と尽力してやったわけなんだからさぁ……。


『部下の報告では、少なくもベヒーモス程度ならば一撃だそうだ』

 はい。――――ティアマット君、よくできました。花丸をあげるぜ?


『そりゃ本当か? ―――いいねいいね。なぁ、ティアマット、そいつ殺すんだろ?』

 あぁ……嬉しそうだね……そんなに尻尾振って目を輝かせないでくれよニーグ(駄犬)

 笑ってしまいそうだよ。


『そうだな。これ以上、力をつける前に潰しておいた方が良いかもしれんな』

『だったら俺にやらせろよ! いい加減よえー奴を殺すのもうんざりしてたんだ』

『構わんが……まだ場所までは特定していないぞ?』

『見付けたら連絡くれよ!』

『分かった』

 僕は演技は下手ゆえか好きじゃないが……、やっぱり悪役は好きらしい。性に合ってる。

 我慢するのは大変だけどねぇ。―――色々と……。


「それ……まさかと思うけど、モンブラン様を連れてったりしないだろうね?」

『駄目か?』

『駄目だな。そいつの力が未知である以上、許可出来ない』

 僕の代わりにティアマットが答えてくれる。

 分かってるじゃないかティアマット。

 ほんと、君は理解が早くて助かるぜ。

 口論こそしたが、あれはあくまで互いに灰人アッシュの今後を憂いてのもの。決定的な亀裂という訳でもない。

 現に僕達はティアマットの意図を、モンブランとの距離を取る事で暗黙的に受け入れた。こちらが折れた。

 フリをした。それは現在も継続中。露骨に怪しむ事もあるまい。


「僕の用件はこれで全部だ。ニーグさんに心配なんて必要ないだろうけど、ま、頑張っておくれよ」

 踵を返し、二人に背中を向けながら片手をひらひらと振り、僕は大食堂を後にした。


 こういうのは中途半端に頭の切れるティアマットよりも、勘の鋭いニーグを嵌める方が難しい。下手にダラダラと話すより、簡潔に済ましてしまうのが良いだろう。

 細工は流々、後は仕上げを御覧じろ、てね。

 きっと、背中を向けて去り行く僕の顔をブラウニーが見たならば、『凄く悪い顔』と言ってくれたに違いない。

 イメージカラーは当然、黒だぜ?


 髪も服も、名前すら白いけど……。

 

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