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魔王のお供をするにあたって・3

 その少女は、静かに椅子に座る姿が似合いだった。

 静かに、目を閉じて思索にふける僕らの姫君。

 時々、目を開けては空と雲に目をやる。まるでそれらの距離でも測っているかの様な眼差しは澄んでいて、本当にこの子は幼い子供なのかと思う程に力強い。


 立場として、ただ灰人アッシュの王としての役割をこなす彼女だが、その実、聡明で見識にも長けている。

 加えて、演技力も抜群だ。

 世が世、立場が立場であれば、生粋の悪女にでもなってしまいそうである。



 ニーグとの「散歩」がない日は、彼女はこうして一人部屋にこもる事が多い。

 彼女が一人、何を思って過ごしているのか、僕などには到底分かりそうもなかった。

 復活からひと月足らず。

 彼女は別人の様に強くなった。

 強くならざるを得なかった。


 なんと声を掛けるべきかと、僅かに開けた扉から部屋の中を覗き込み、悩む事、1時間。

 それは、カナリアの『変質者ですか?』という呟き声が届くまで、続けられた。





『心配なのは分かりますが露骨過ぎます』

 僕の部屋へと場を移すやいなや、カナリアにそうたしなめられる。


「分かってるさ。分かってるけど……」ブツブツ。

 後半の言い訳は、小さ過ぎて自分でも聞き取れなかった。

 カッコ悪い……。


『母性に目覚めるのも大変結構ですが、』

「母性じゃないし」

 素早く否定するが、カナリアはさらっと無視して言葉を続ける。


『かの人物より、伝言を承っております』

「え? ここに来たの彼?」

『いいえ、鳥を口調べ代わりにお寄越しになりました。もっとも私が受け取った直後、その鳥はケルベロスに食べられてしまいましたが』

「そ、そう……。で、なんて?」

明日(あす)、いつもの場所で、と。時間の指定は聞けませんでした。困った番犬です』

「うん……そうだね……」

 時間は大体いつも昼頃だし、昼で良いだろ。ただ、いつもは魔具を通して連絡を寄越すのに、何故今回に限って鳥を使いに寄越したのかは少し気になるところではある。


『スノーディア様』

「様はよしてくれ。いつも言ってるじゃないか、呼び捨てか、ちゃん付けって」

『申し訳ありません。いえ、それはそれとして』

「なんだい?」

『モンブラン様が大変な時に、殿方と逢引きというのは感心しかねます』

「……どうしてそうなるんだい?」

『はい。今は亡き名も無き鳥が、「ああ~、愛しのスノーディアさん。こんな一方通行な形での連絡ではなく、あなたの美しいお声を拝聴したかった。この胸の高鳴りを抑える為にも、明日、いつもの場所でお逢い致しま、パクっ」、と言っておりましたゆえ。パクっはケルベロスに食べられたところです』


「そ、そうなんだ。うん、ただ、逢引きとかではないからね?」

 あのアホめが。何故、僕がこんな言い訳をしなければいけないのだ。


『そうでございますか。 ―――困りました』

「なにが困るんだい?」

『ブラウニーにチクッてしまいました』

「どうして!? 何故よりにもよってブラウニー!?」

 カナリアの肩をがっしり掴まえ、揺すりながら問い詰める。

 仕返しか!? 男にうつつ抜かしてんじゃねぇ! という遠回しの叱責なのか!?


『以前、ブラウニーが「スノーディアはティアマットを力ではなく、女として垂らし込み、攻略するつもりよ」と、言っておりましたので、これは計略に支障が出るかと思い、相談を』

「馬鹿なの!? 君達、馬鹿なの!?」

『申し訳ありません。なにぶん左腕が無いものですから』

「……それ関係ないよね? イヤみ?」

『いえ、イヤみなど、滅相もございません。しぇー、でございます』

「……頭が痛くなってきたよ」

『大事の前の小事。ご自愛なさってくださいませ』

 カナリアは心配してるんだか、してないんだか分からない態度のままそう告げ、一礼して去っていった。


 なんなんだ?

 なんか怒ってるのか?



 それから、しばらくして部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 カナリアが戻って来たのかと、部屋の椅子に座ったまま、声だけで返事を返す。

 そうして、部屋へと入って来たのは、カナリアとは似ても似つかない二人の男。

 長い髭を蓄え、がっしりとした体格の割りに背の低いバーバリアと、漆黒の長い前髪を垂らし、尖った耳と長身が特徴的なアビスであった。


「いらっしゃい。そろそろ来る頃かとは思ってたけど、まさか仲良く二人で来るとはね」

 からかう様に笑って告げる。

 

『ワシは付き添いみたいなもんじゃ』

 髭を揺らしたバーバリアが笑って返してくる。

 一方のアビスはクスリとも笑わない。ただ、それはいつもの事なので、特に気にせず流しておく。アビスはいつもこんな感じでクールなのだ。


「何か聞きたい事でも? それとも別の用事かな?」

 バーバリアが『どっこいしょ』と、爺臭く椅子に座ったところで話を切り出す。

 アビスは座らない。何故か分からないけど、それもいつもの事なので流す。きっとクールじゃないとかそんな理由だろう。適当だけど……。


 僕が尋ねると、バーバリアがアビスに顔を向ける。付き添いと言っていたので、アビスの話が主軸である様だ。

 ただ、如何せん彼は口数が少ないゆえか、人と話すのが得意ではない。

 今もただ、目を瞑り、何やら考え込んでしまっている。多分、自分なりに話をまとめているのだろうが、ここに来るまでに考えとけよ、などと野暮な事は言うまい。

 彼の発言まで待つ。

 待つ。

 待つ。

 待、――――うん……。笑顔で待つ必要もなかったな。つりそうだ。


 それから、たっぷり間を空けて、アビスが告げた。一言だけ。


『俺はお前達の側につく事にした』

 それだけ。

 それだけで、何の説明もなかった。

 とりあえず、理由だけでも尋ねようかと思った矢先、僕よりも先にバーバリアが口を開いた。


『お前さん、あの三人とやり合うつもりなんじゃろう?』

 バーバリアが、少々睨む様な目付きで問うてくる。

 彼らには、そういった類いの話をした事はない。

 僕とティアマットの、()()()()話し合いの事は知っているだろうが、本格的に戦うつもりだと明言した事はないのだ。

 何故、彼らが知っているのだろうか?

 どう返すべきか?

 悩む。

 シラを切るか?


『そう警戒せんでもええ。……ワシらもな、確信があってここに来た訳ではない。もしそうなったらどちらにつくか? 仮定の話を立てて、その上で今こうして、出した答えを口に出しとるだけじゃ。のぅ、アビス?』

 バーバリアの言葉にアビスが小さく頷く。


「……分かってるのかい? もし違ったら反逆と捉えかねられない行為だよ?」

 少しおどけて返す。

 だが、そんな不安などはおくびにも出さず、バーバリアが笑う。良く笑う爺さんだ。


『お前さんが、あの三人に言えばそうなるじゃろうがね。じゃが、生憎と儂らはお前さんを信用しとる』

「信用してくれるのは有り難いがね、信用される様な事をした覚えもないよ?」

 僕がそう返すと、バーバリアがニッと歯を見せて笑った。


『そういうところじゃよ。儂らに恩を売るでもなく、自分が人手が欲しい時にも、恩をかさに着て強制するでもなく、儂らに選択肢を残しておいてくれる』

 そこで一度バーバリアが言葉を止める。それから考えをまとめる様に目を瞑り、やや間を空けてから、再び口を開く。


『儂はドワーフ。アビスはエルフ。共に咎人である筈の儂らを救ってくれたのはお前さんじゃ』

「いや、それは結果的にそうなっただけで、結局、禍に適応出来た二人の努力というか、頑張りというか」

『同じ事じゃよ。結果が全てじゃ。何よりのぅ、儂らの同胞達の為にお前さんが苦心してくれた事が、儂らは何より嬉しく思うておる。感謝しておる』

 そう感謝の言葉を述べたバーバリア、だけでなく、意外にもアビスまでもが頭をさげてきた。


『儂らの敵は灰人アッシュだけではない。人間も儂らを嫌っとる。前も後ろも敵ばかりじゃ。そんな儂らの種族の為に、お前さんは本当に良くやってくれた。ニーグの様な嬉々として咎人を殺す灰人アッシュを巧みに動かし、遠ざけ、人間すらも遠ざけた。あれ程にドワーフの里が平和な事など、少なくとも儂がまだドワーフであった頃では考えられん。エルフとてそうじゃ。大した手腕じゃよ、お前さんは』

 バーバリアがそう言って微笑んだ。好々爺の様な笑顔だ。


『じゃから、儂らはお前さんにつく事にした。お前さんが恩を隠そうとするゆえ、儂らも今まで気付かんふりをしておったが、遅ればせながら礼を言わせてもらう。本当にありがとうスノーディア』

 バーバリアとアビスがもう一度、先程よりも深く頭をさげる。


「よしてくれ。仲間の身内を特別扱いしたってだけだぜ? 他はほったらかしさ。感謝されたり、誉められたりする事じゃないぜ?」

『はっはっはっ、お前さんは照れ屋じゃからのぅ』

 バーバリアの言葉に苦笑いを浮かべて、小さく頭を掻く。

 自慢じゃないがその通りだぜ?

 こういうのは苦手だ。黙っていたのも、ただこういうのが苦手だからってだけである。


『幸い、灰人アッシュとなった儂らにも人の情は残っとる。お前さん達が動くのは、モンブラン様の為じゃろう? ならば、お前さんへの恩を抜きにしても手伝うのが人の道というもんじゃ。最近のあの子は、モンブラン様は全く笑わなくなってしもうた。まるで奴隷か人形の様で正視に耐えん。 ―――スノーディア! 儂はやるぞ! お主が駄目と言うてもじゃ! あの三馬鹿に目にもの見せてくれるわ!』

「こ、声が大きいよ」

 いきなり立ち上り、大声で宣言したバーバリアを、慌てて制止する。

 バーバリアは、『おお、すまん。ついのぅ』と悪びれた様子もなく頭を掻いて笑った。


「二人の気持ちは嬉しいけど、相手はあの三人だよ? ―――死ぬぜ?」

『覚悟の上じゃ。のぅ、アビス?』

 アビスが静かに頷く。


「……分かった。考えておくよ。実際、手は多い方が良いしね」

『そうじゃろう、そうじゃろう』

「もう流れは決まってるから、二人には事が起こった時点で、各々の判断に任せる形になるけど……」

『なんじゃぁ、信用しとらんのか?』少し不満そうにしたバーバリアが口を尖らせる。


「そういう事じゃないけど……。実際問題、僕らはあの三人を力でどうこう出来るとは思ってないんだ」

『と言うと、策謀を巡らせるつもりか?』

「そういう事だね」

『好きそうじゃしのぅお前さん、そういうの』

「まぁね」

『ほんじゃ、儂とも頭脳戦といこうじゃないか?』

 言って、バーバリアが肩に担いだ袋を広げた。

 中からは、駒を使った()()盤上ゲーム一式が出てきた。


『勝ち逃げは許さんぞ』

 バーバリアがそう言って、不敵に笑った。


「忙しいんだけど……」


 僕の呟きと、アビスが静かに部屋から出ていく音が、やけに大きく周囲に響いた気がした。 

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