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悪魔のお供をするにあたって・15

『おはようございます、モンブラン様』

 カナリアの声で目が覚めた。

 昨日、考え事をしていたら、いつの間にか眠ってしまったみたい。

「おはよう」

 いつもと変わらないやり取りをカナリアと交わす。

 いつもと変わらない朝。

 だけど、いつもとは違うカナリアの腕は一本だけだった。


「痛くない?」

 カナリアに尋ねた。昨日、ここでスノーディア達と話していたので大丈夫なんだろうとは思う。思うけど、やっぱり心配だった。


 カナリアは柔らかく微笑んだ。微笑んですぐに難しい顔をして、それから表情の無い顔になった。三面相。ちょっと面白かった。


『問題ありません』

 無表情で直立不動のカナリアがそう言った。



 それから朝のお風呂に入って、大食堂へと向かう。

 その間もカナリアはずっと無表情だった。やっぱり怪我が痛むのだろうか?

 カナリアの事は心配だけど、無表情ゆえか声を掛けるのが何となく躊躇われた。いや、無表情なんだけど、時々怒ってるみたい顔を険しくする時がある。一瞬だけど。それが余計に僕を引き止めた。

 やっぱり痛いのかな?


 大食堂に行くと、大食堂が大食堂じゃなくなっていた。

 テーブルの半分は、真ん中から綺麗に無くなっていて、折れた先から尖った木がささくれ立っていた。

 椅子も半分以下になっていたし、横に目をやれば暖炉どころ壁すら無かった。

 瓦礫などは一欠片も落ちていなかったけど、とにかく大食堂は酷い壊れようであったのだ。

 無事な椅子に座って壁を眺めていると、奥から料理を運んでブラウニーがやって来た。

 何処となくぎこちない笑顔。ちょっと違和感。

 それでも構わず、ブラウニーに壊れた大食堂の事を尋ねようと顔を横に向けて、尋ねるのをやめた。

 ブラウニーの後方。こちらへとやって来るティアマットの姿が視界に入って、それで何となく分かったから。答えが出たから。



 結局、僕が食べ終わるまで、ブラウニーの事務的な言葉以外の会話はなく、静かな静かな元大食堂での食事は終わった。

 気不味過ぎて、朝ご飯の味は分からなかった。


 いつもなら、そのまま大食堂で少し休憩する時間。お喋りの時間。

 だけど、今日はとても居心地が悪くて、ここに居たくなくって、すぐに部屋に戻った。

 大食堂を出る手前、事務的に一礼するブラウニーが全然知らない人みたいに見えた。とても、とても窮屈だった。


 部屋へと向かう廊下でパンシーとナンシーに出会った。

 二人はいつでも楽しそうに、二人で顔を見合わせてはクスクス笑っている。

 僕とばったり会った事が可笑しかったのか、僕の顔を見た途端、二人は顔を見合わせてクスクス笑った。いつもと同じように。

 窮屈だった気持ちが腕を広げた気がした。


「遊ばない?」

 普段ならパンシーとナンシーから誘ってくる遊びのお誘い。だけど今日は僕の方から二人を誘った。

 単純にそんな気分だったから。何だか嬉しかったから。


 僕のお誘いに二人が顔を見合わせる。多分、僕から誘ったのが初めてだったからビックリしたのかもしれない。でも、顔を見合わせた後も二人はクスクスとは笑わなかった。


『君とはもう遊べないんだ』

『君とはもう遊ばないんだ』

 笑い声の代わりに二人がそんな言葉を届けてきた。

 広げた反動のせいか、心がさっきよりもずっと窮屈になった。窮屈過ぎて泣いてしまいたかった。

 口をへの字に曲げて我慢していると、二人は左右に分かれて、僕とカナリアの両隣を抜けて、何処かに行ってしまった。ちょっと小走り気味に。

 双子の背中を見送った後、カナリアに顔を向けて見た。

 カナリアは難しい顔をして視線をそらしただけで、何も言ってはくれなかった。


 自分の部屋に戻った後、その日は結局何もしないで、1日中、椅子に座ってぼんやり外を眺めて過ごした。

 途中、一回だけ、少し目を赤くしたカナリアが『少しだけ……、申し訳ありません』と言って部屋を出た。

 変わった事はそれ位の、退屈でつまらない1日だった。





『おはようございます、モンブラン様』

 直立不動でいつものカナリアがベッドの脇に立っていた。

 昨日の事は夢かもと期待したけど、カナリアは片腕だし、無表情。

 ブラウニーも何処かヨソヨソしくて、ティアマットは相変わらず腕を組んで、元大食堂で座っていた。

 スノーディアの部屋を訪ねようかとも思ったけど、思っただけでやめた。

 スノーディアも……、そう考えただけで泣きそうだったから。



 結局、僕は、最初と全く同じ状況に戻ってしまった。

 みんながヨソヨソしい分、最初よりヒドイかもしれない。

 ここ数日、ぼんやり外を眺めて過ごしながら、そんな事を思った。

 僕は考えが足りない子供かもしれないけど、鈍くは無い。無いと思う。

 カナリアが我慢しているのも、ブラウニーがヨソヨソしいのも、パンシーとナンシーが遊んでくれないのも、その理由の察しはついてる。

 スノーディアの言った、無理はするけどね、という言葉はつまりはこういう事なんだろう。

 みんな演技で、みんな僕の為。

 僕がみんなと仲良くすれば、だらしなく笑っていれば、軟弱な態度を見せれば、きっと僕はティアマットに殺されるんだろう。

 やり直しの為に。


 だから、退屈だし、つまらないけれど、ちっとも苦じゃなかった。

 みんなが大事にしてくれるから。

 笑いかけてもくれないし、喋ってもくれないけど、ちっとも淋しくなかった。

 嘘。ちょっと淋しい。

 淋しいけど、きっとすぐ慣れる。きっとそう―――





 みんなの態度が変わってから1週間が経った。

 今日もいつもと変わらないつまらない日だった。

 ニーグとの散歩は、あれから三回経験した。

 カナリアが付いて来たのは、最初の一度だけ。でも別に良かった。今度こそ本当にカナリアが死んでしまうかもしれなかったから……。

 ニーグとの散歩は、毎回場所は違えど、どれも同じ。ただただ、なんの救いもない虐殺の所業。僕は何度も泣いて、何度も吐いた。

 それ以外の時間。

 つまらない時間は、外を眺めて過ごして、いい加減に椅子と同化するか、植物みたいに光と水だけで生きていけるんじゃないかと思い始めた頃、昼過ぎ、多分昼過ぎ。1日座っているのでもう時刻が良く分からない。

 僕の部屋にスノーディアがやって来た。


『やぁ、退屈そうだね』

 スノーディアは相変わらずひょうひょうとしていて、ふらりと現れる。


「うん。大丈夫だよ」

 何が大丈夫なのかは自分でも良く分からなかったけど、何となく心配かけているのかと思って、そう言った。


 スノーディアは小さく溜め息をついてから、『とても大丈夫な奴の顔には見えないぜ? 君、最近じゃ、ご飯も半分は残すらしいじゃないか』と、肩をすくめた。

 今の僕はそんなにヒドイ顔をしているのだろうか?


「大丈夫。動かないから」

 ちょっとだけ笑って、もう一度だけ大丈夫だと告げた。自分ではスノーディアを真似て悪戯っぽく笑ったつもりだけど、最近笑ってないので上手く笑えている自信はない。


『うっ……うっ……』

 部屋の隅、僕の後方からそんな嗚咽が聞こえてきた。

 でも意識して見ない様にした。つられそうだから。


『泣くなよカナリアちゃん』

『……申し訳、ぁりません』

 カナリアの声がした後、スノーディアがもう一度溜め息をついた。


『ねぇ、モンブラン様』

 優しいスノーディアの声。


『君が頑張ってくれているのは分かっているよ。君は見た目よりもずっと賢いからね。全部分かった上で頑張ってくれてる。 ―――君のその優しさだけで、僕らはご飯3杯はいけるぜ?』

 そう言って、愉快そうにスノーディアが笑った。


『けどね。このままくすぶるだけの生き方は小さな君には耐えられない。きっといつか壊れてしまうよ。僕達は君にそうはなって欲しくないんだ。本末転倒だからね』

 静かに、でもポロポロと涙を流す僕をスノーディアが抱き締めてくれた。最初の頃からちっとも変わらない、柔らかくて、良いにおいのするスノーディアの抱擁。


『だからね、モンブラン様。優しい優しいモンブラン様とは少しの間お別れしよう。大丈夫、きっと僕らがなんとかしてあげるから』

 今までよりも、ずっと強い力でスノーディアが抱き締めてきた。強過ぎてちょっと苦しいくらい。


『その時は、また遊ぼうね。約束するよ』



 そのスノーディアの言葉を最後に、僕の意識は深く深く、心の奥底へと沈んでいった。

 

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