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悪魔のお供をするにあたって・14

 ニーグの暴挙をやめさせた後、泣きながら腕の中でジタバタもがいた。

 とにかくニーグから離れたかった。怖かった。気持ち悪かった。触れていたくなかった。

 僕の中で、今朝までのニーグはもう居ない。今目の前にいるのは嬉々として人を殺し、カナリアまでも殺そうとした嫌悪の塊。

 陽気で騒がしいその声は嫌悪の音で、

 人一倍大きな体は汚れた汚物の塊で、

 悪戯っぽく人懐っこい笑顔は狂気でしかなかった。


 しばらく暴れていると、小さな溜め息の後、ニーグは僕を脇から降ろした。

 地面に足が着いて、ニーグの手が弛む、完全に離れるのを待たず、その手を体全体で押し退け、カナリアへと抱きついた。

 カナリアは、腕から赤黒い血を滴らせ、辛そうにしていたが、抱きついた僕を残った右腕でソッと抱き返してくれた。

 生きてる。カナリアの温かい体温を肌に感じて、それまで以上の涙と、抑えていた嗚咽が同時に溢れた。

 声を出して大泣きする僕を宥める様に、抱き締めたままのカナリアが僕の背中を腕で擦り、『申し訳ありません』と謝罪した。

 今、カナリアがどんな顔をしているのかは分からないけれど、きっと痛いだろうし、辛いかもしれない。けれど、カナリアの声は、よどみが無くて、簡潔で、抑えの利いた澄んだ声だった。

 何故カナリアが謝ったのかも分からなかった。

 カナリアはなんにも悪くないのに……。


『とりあえず帰ろうぜ』

 背中越しにニーグの声がしたので、反射的に振り返った。

 ニーグが愉快そうに笑っていて気持ち悪かった。

 僕に差し出してきた手が気持ち悪かった。

 だから、僕はニーグの手をペチッと払いのけた。


 ニーグは酷く気不味そうな顔をしたけど、頭をかいただけで何も言わなかった。

 でも、何故だか僕はニーグの一挙一動が憎くて憎くて仕方無かった。


『帰りましょう。きっとスノーディアも心配しています』

 カナリアがそう言って屈み、片手で僕を抱き上げた。

 カナリアの首に手を回してしがみつく。


 そうして、僕はカナリアに抱えられたまま、人の居なくなった集落を後にした。





 城の入り口前に着くとスノーディアとブラウニー、それからティアマットが僕らを出迎えてくれた。


『おかえり』

 スノーディアは少しだけ悲しそうに、それでも少し微笑みながらそう言って、カナリアから僕を引き取ると、『ブラウニー、カナリアを』と告げた。


 そんなやり取りをする僕らの横、

『案の定だったぜ』と愉快そうに笑うニーグ。

『だろうな』

 そんなニーグにティアマットが一言だけ返し、少しだけこちらを見た気がした。

 何が、案の定で、何が、だろうななのかは分からなかった。

 それから、僕らは城の中へと戻っていくティアマットとニーグの背中を見送った後、しばらく間を空けてから城へと戻る。

 僕を抱いたスノーディアは、ティアマットとニーグ、二人の背中が見えなくなるまで、ずっと二人を鬱陶しそうに睨み続けていた。





 城の中、怪我の手当ての為にカナリアとブラウニーと別れた後、僕とスノーディアは僕の部屋へと身を置いた。

 ベッドに腰かけたスノーディアは、カナリアから僕を受け取った後から今までずっと僕の背を撫でてくれていた。

 それは僕が泣き疲れて、夢と現実の間を行き来し、ベッドに寝かされるまで続けられた。


『申し訳ありませんでした』

 夢の方に居たのか、カナリアのそんな声で夢から一歩だけ足を現実へと戻した。

 眠気は依然として強く、僕はそのまままどろみの外から届く声だけに耳を傾けた。


『残念ながら、腕は再生出来ませんでした』ブラウニーの声。

『仕方無いさ。殺されなかっただけ御の字としなきゃ』

 スノーディアの声。それから、少し間を空けてカナリアの声が聞こえた。


『何故ニーグさんはあの様な強行に出たのでしょう?』

『本人は勘だと仰っていましたが』

 ブラウニーの言葉にスノーディアが鼻で笑う。


『十中八九、ティアマットの指示だろ』

『何故その様な指示を?』

『気にいらないんだろ。今の、優し過ぎるモンブラン様が』

『それにしたって強引過ぎる気がします。一体何を考えているのでしょうティアマットさんは』

 カナリアの言葉から、少しだけ間が空いた。


『そうだね。カナリアは居なかったから僕とティアマットの口論は聞いてないだろうから、そう思うのかもしれないね』

『というと?』

『問い詰めたのさ、ティアマットを。平和的にね』

『あれが平和的なら、命がいくつあっても足りないわ』

 ブラウニーが少し愉快そうな色を声に乗せて言う。

 どんな風に平和的だったのだろうか? 口論ってスノーディアが自分で言ってた気がするけど……。


『ハッキリと明言した訳じゃないけど、あの口振りから察するに……、ティアマットはね、最悪やり直すつもりなのさ』

『やり直すとは?』

『殺すのさ。今の優しいだけのモンブラン様を』

『そんな……、自分の主を』

『ティアマットはそういう奴さ。モンブラン様は死んでもいずれ生き返ると確約されている。だからこそ出来る手段でもあるね。殺して、復活するところからやり直すのさ。実に単純。しかし、確実だ。時間は掛かるだろうけどね』

 千年くらい、とスノーディアが小さく笑った。


『どうするおつもりですか?』

『大義名分はある。自分の主君を手にかけようとしてるんだ。それに異論を唱えるのは簡単だ。だけど、ティアマットとニーグ、多分、リヴァイもだろうぜ? 上の三人が賛成である以上、力づくで止められるもんじゃない。どうにか策を労して、巡らして、回避する他ない』

『無茶はやめてよねスノーディア。流石にあの三人相手となると、私やカナリアでは盾にすらならないわよ? バーバリアやアビスにしても()()以上の庇い立ては難しいでしょうし』

『別に無茶をするつもりはないぜ? 無理はするけどね。当然、君達も巻き込んで、ね』

 ぜ? という言葉がスノーディアから飛び出したのなら、きっと強がりだと思った。強がる時、余裕を見せたい時、誤魔化したい時、スノーディアはいつもそう言うから……。


 まどろみの中、そんな事を思っていると、ベッドが僅かに揺れた。誰かが僕の眠るベッドの上に乗ったのだと思う。


『上手くなったじゃないか』

 愉快そうなスノーディアの声がすぐ近くから聞こえた。ついでに頭もなだられた。誉められた時みたいに。


『なんの話です?』とカナリア。

『いや……。気にしないでくれたまえ。こっちの話さ』

 スノーディアのそんな声と共に、もう一度ベッドが揺れる。気配が、スノーディアが離れていくのが何となく分かった。


『行こうか』

 スノーディアの声と、三人が部屋を出ていく音が部屋に響いた。

 僕以外が居なくなった部屋で、居なくなった部屋なのに、何故だか目を開けるのが躊躇われた。

 多分、それはスノーディアのせいだと僕は思った。

 スノーディアは、何でもない事みたいに、いつもふらりと何処からともなくやってきて、気付いたら近くに居たりする。

 だから、目を開けたら目の前にいる様な気がした。ニヤニヤとからかう様に悪戯っぽく笑って。


 目を瞑ったまま、考える。

 スノーディアの事、カナリアの事、ブラウニーの事、ティアマットの事、ニーグの事。

 難しい事に難しい態度でのぞむのは苦手だし、疲れてしまう。

 なので

 親しみやすい様に柔らかい演技でのぞむのだ。楽観的に、客観的に。その方が幾分か有効そうで、要領も良く、気持ちも良い。

 そうして、僕の頭は少なからず実用的になった。


 楽しんだもの勝ちだと思う。なんでも。どんな辛い事でも。


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