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悪魔のお供をするにあたって・13

 少し前、以前から気になっていた事のいくつかをスノーディアに尋ねた事があった。

 そのひとつが、何故ティアマット、ニーグ、リヴァイの三人だけ「さん」付けで呼ぶのか、という疑問。ちょっとした謎。

 僕が「様」付けで呼ばれている事の理由は、スノーディアの授業で聞いたので知っている。あまり納得した訳ではないが、知っているのでそれは割愛する。

 僕は、三人だけを「さん」付けするこの謎について、年上だからかな、と推測した。とても在り来たりでお粗末な推理。根拠も何もない。





『はいはーい! 生徒諸君、良く来たね。スノーディア先生の楽しいお勉強の始まりだよ~』

 そんな宣言とまばらな拍手とで始まった授業。

 先生は勿論、スノーディア。

 生徒は僕ことモンブランと、一緒に居たからという理由で強制参加となったカナリアの二人。二人で仲良く並んで座っている。


『いや~、最近、授業をしても僕が一人で淡々粛々と喋っているだけで、自分の教育者としての在り方に僅かばかりの疑問を持っていたところだったから、モンブラン君が自分から質問をして来てくれて、大変嬉しいよ』

 ニコニコとした表情をしたスノーディアがそう話す。

 本当に嬉しそうだ。


『さて、では早速、今回の、なぜナニどうして?のお便りだよ。灰人アッシュ地区在住の栗ントン君からの素朴な疑問』

 何か始まった。


『スノーディアせんせい、こんちには。 ――――ハイ、こんちには。 ――――質問です。城のみんなは、どうして、リヴァイさんやティアマットさんには「さん」付けで、他の人には付けないのですか? 気になって仕方ありません。せんせい、教えてください』

 紙を手に持ったスノーディアがそう読み上げる。

 僕は書いた覚えはないので、きっと灰人アッシュ地区在住の栗ントン君からのお手紙なんだろう。きっとそう。


『はい、という質問なんだけと、質問の答えを言う前に。先ずはどうしてだと思うのか、少し考えてみよう。では、モンブラン君』

 名指しで氏名されたので、僕は「年上だから?」と問い返す様に答えた。


『成る程成る程。勿論それも関係あるけど』と前置きされた上で、誰かに何かを教え、語る事を悦びとするスノーディアが楽しそうに話してくれた。


『序列というものがある。序列とは、ようは順番さ。答えを先に言ってしまうと、その序列一位がティアマット、次いで、ニーグ、リヴァイと続く。これは生まれた順番だから、さっきのモンブラン君の年上だからという答えに該当するだろうね』

 スノーディアはそこで一旦話を区切り、『ただし、』と続ける。

『歳だけで見るなら、実はスノーディア先生が一番年上だね。次にティータン。モンブラン君はティータンには会った事がないね。彼はこの城には来ないから』

 スノーディアの言葉にコクコクと頷き返す。

 ティータン。名前は聞いた事がある。

 スノーディアの話では、何でもその人は体がとても大きいのだそうで、大き過ぎて城には入れない。だから城には来ないのだという。


『さて、そんな一番年上なスノーディア先生は4番目、序列四位という事になるね。以下は上から順にバーバリア、ティータン、アビス、パンシーにナンシーと続く。ここまでが一桁ナンバー。灰人アッシュの中でも特に力の強い者達で「(つるぎ)」と呼ばれている』

 ここで僕は横目でチラリと、静かに僕の隣でスノーディアの授業を聞くカナリアを見た。今の話の中にはカナリアやブラウニーが出て来なかったから。


『そしてここからは二桁。序列10位のカナリアを筆頭に、基本的には「剣」の部下達が続く。気になるブラウニーは15位だよ、モンブラン君』

 気になっているのが顔に出ていたらしい。

 でも、剣の部下、という事はカナリアやブラウニーも誰かの部下という事になるのかな?

 ここでまた、カナリアに視線を向けると目があった。

 目が合うと、カナリアは少しだけ間を空けて、『私もブラウニーもスノーディアの部下です。「さん」も「様」も付けませんが』と言った。


『そうだね。僕らが「様」を付けるのはモンブラン様だけさ。その辺りはリヴァイがうるさくてね。彼には彼のこだわりがあるらしい。とかく彼はモンブラン様を神の如く崇拝しているからね』

 そう言ってスノーディアがクックッと笑う。


『結局ね、何故、序列上位の三人に「さん」を付けるのかと言うと、リヴァイがうるさいからの一言に尽きるのさ。彼は、モンブラン様以外に「様」を付けると文句を付けてくる。いちゃもんだね。それで仕方無く「さん」を付けてるのさ』

 そう肩をすくめるスノーディア。


『モンブラン様御自らが手足として生み出したあの三人は特別でね。だからこそ僕らは「さん」付けで呼ぶんだけど、特徴としては、とにかく力が強いんだ』

「スノーディアよりも?」

『僕よりもさ』

 スノーディアがちょっとだけ悪そうに微笑んだ。様に見えた。

 どうもこの人は、僕に何かを教えると言うよりは、そうする事で自分の立ち位置を確認している様な気がする。何となくだけどそんな気がする。


『相性の問題でね。リヴァイさんとなら、まぁ何とか戦いにはなるだろうけど、ニーグさんとは無理だね。あの人と戦う事になったら僕は裸足で逃げ出すよ。けど、とりわけ一番厄介なのはティアマットさんだね。ニーグさんと互角な上、彼は頭もキレる。―――本当に厄介だぜ』

 最後はポソリと呟く様に言って、スノーディアが話を締めくくった。 



 スノーディアの話はきっと本当だろう。少なくとも、ニーグが序列二位で、スノーディアが裸足で逃げ出す位に強いという事は。

 スノーディアは僕には嘘はつかない。他の人にはどうなのかは分からないが。

 つかないけれど、全てを話したりはしない。誤魔化すし、隠す。

 それが何の為かは分からない。

 ただ、多分、スノーディアは悪役が好みなんだろうと思う。

 スノーディアが先生役と悪役を兼任で、ティアマットがまとめ役。

 ニーグは騒がしい役で、リヴァイは叱る役。

 カナリアはお目付け役だし、ブラウニーは世話役だ。

 じゃあ僕は何役をすればいいんだろうか?


 なんて事を憂いていたけど、今ハッキリ分かった。

 僕は、驚いたり怖がったり悲しんだり、それら全部をひとつにして、子供役を演じれば良いんだと思う。もっとも僕の場合は演じるも何も、素なんだけど……。


 だから、ニーグの小脇に抱えられ、カナリアと共にやって来たこの森で行われたその全てに、僕は驚いたし、怖がったし、悲しんだ。


 森の中。そこには数十人、老若男女が暮らす小さな集落があった。

 確かにあったが、今はない。


 突然やって来た僕らに人々が戦々恐々する中で、不敵に笑ったニーグがその全てを殺してまわった為に、それらは過去のものとなった。

 ニーグは、一番最初に、一番近くにいた女性の頭を片手で握り潰した。

 集落を飛び出し、森の全部に行き渡りそうな程の悲鳴があがる。この時点で、既に僕の頭の中は真っ白で、頭を無くして地面に倒れる女性をただ無心で眺めた。

 悲鳴に遅れてやって来たのは、手に武器を持った屈強な男達。

 男達は何かを叫んでいる様だったけど、何を言ったのかは覚えていない。

 武器を突きつけられたニーグは、一切怯む様子も見せず、不敵に笑ったまま、男達へと近付き、男のひとりの頭を叩き潰した。女性と同じ様な潰れ方ではなかったのは、ニーグが上から腕を振り下ろしたせいだろう。

 頭どころか体の半分がひしゃげていた。


 ひとり目の男を潰した後、ニーグは順々にその場にいた男達を全て殺した。虫でも潰すみたいにえらく簡単に。

 それから、背中を向けて逃げる女性に、男から奪った武器を投げ付けて殺して、別の方向にいた女性二人には、胸を貫かれて死んだ男の体を器用に足で投げ付けて、二人まとめて殺した。

 逃げる人々が居なくなった後は、木と葉を組み合わせて作られた簡素な家の中を順に回って、中にいた老人を殺した。女性を殺した。また老人を殺して、最後に一番大きな家へと入った。


 中には、二人の女性と四人の子供がいた。

 女性の内の一人を殺して、二人目を殺して、ニーグが子供に顔を向けた時。


 カナリアが両者の間に割って入った。

 そこで僕はようやく、この夢の中にでもいる様な現実味のない現実に引き戻された。

 現実だと理解して、驚いて、怖がった。

 首を動かし、抱えるニーグの横顔に目をやると、先程までの不敵な笑いではなく、不満そうな表情を浮かべてカナリアを見ていた。


『お止め下さい。モンブラン様の前です』

 直立不動で片手だけを広げたカナリアの言葉に、ニーグがつまらなそうな表情をして、『カナリア。そりゃ反逆だぜ』と吐き捨てる。

 次に、カナリアが何かを言いかけたところで、カナリアは慌てて体を横にひねった。

 ニーグから下手で振り上げられ、そこから生じた衝撃は、カナリアの左腕と、子供達と、家の半分を消し飛ばして、森の中を走り抜けた。遠くで大きな音と、木々の倒れる音がした。

 集落の全ての人を殺して終わったニーグは、しばらく衝撃の飛んでいった先を見つめていた。


 この時ニーグが何を考えていたのかは分からないけれど、みつめていた正面の視線を外し、ニーグが左腕を押さえてこちらに身構えるカナリアを見た時に、途端に恐くなった。悲しくなった。

 だから、僕はニーグの腕をおもいきり叩いた。

 叩いて、叩いて、叩きまくった。涙で視界は不良だったけど密着しているので一発も外さなかった。


『わぁーたよ。殺さねぇですよ』

 ニーグがそう言ったので叩くのをやめた。


 辿り着いた時に森の中に漂っていた木々と土のにおいはすっかり消えて、辺りからは血のにおいしかして来なかった。


 

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