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悪魔のお供をするにあたって・8

 ティアマットが出て行った後、何やらとても怖い顔を覗かせたスノーディアだったが、僕が見ている事に気付くと直ぐにいつもの柔らかい表情に戻り、一度だけクシャクシャっと僕の頭を撫でた。

 何だか少し誤魔化された様な気がしたけれど、さっきの怖い顔は僕ではなくティアマットに向けられたモノだと解釈し、感じた不安を頭の片隅に追いやった。

 それが僕の単純さゆえなのかは分からない。もしかしたら、スノーディアの事を無条件に信頼することで平静を保とうとしていただけかもしれない。本能的な何かで。

 そうして、スノーディアはへらへらと笑う僕を胸に抱いたままその場を後にした。


 部屋を出たスノーディアがその足で次に赴いたのは、僕専用という触れ込みのついた風呂場。

 風呂場につく少し前から、スノーディアが何処に向かっているのか薄々気付いてしまったので、僕の呑気なへらへら顔は急速に鳴りを潜め、代わりに、引っこ抜いても引っこ抜いても生えてくる雑草の如く、次々と不安の種が芽吹き、生えてきて、スノーディアが風呂場の扉を開くと同時にその全てが一気に花開いた。風呂場の良い香り付きで。花の香りは好きだけど全然嬉しくなかった。


 視界に映る光景に顔を青くしていると、小さく溜め息をついたスノーディアが僕の顔を見、『君、本気で拷問部屋だと思ってるんだね』と呟いた。


 次いでスノーディアは、『サービスだぜ? 本来なら有料だ』と良く分からない言葉を吐き出して笑った後、僕を降ろし、不安と嫌悪、その他諸々で身動ぎひとつしない僕の前で服を脱ぎ始めた。

 白を基調とした服を全て脱ぎ、それを無造作に丸め僕の後方へと放り投げるスノーディア。服に執着は無いらしい。

 その後、スノーディアは膝をついて屈むと、『自分で出来る様にならなきゃな』と、言いながら僕の服を全てひんむいた。


『別に怖い事も無いが、青少年が心ときめく展開も無いぜ?』

 と、意味の解らない事をニヤニヤ笑って言ったスノーディアが、僕を抱き抱え、水溜まりの一歩手前まで近付いた。

 スノーディアはおもむろに水に手を差し込むと、『熱い……のかなぁ? 分かんないなぁ』と少しだけ頭を捻り、『でもまぁ、拷問と言う位だから君には熱いんだろうね』と話した。

 そうしてスノーディアは水に手を入れたまま、少しだけ何かした。その何かを、何? と聞かれても僕には答え様がないけれど……。

 それから、何かをしたスノーディアが、

『この位かな?』と、僕に手で水をかけてきた。

 反射的に目を瞑る。


『熱いかい?』

 スノーディアのその問い掛けに、首を横に振って返した。

 何をしたのか分からないままだけど、スノーディアの手によって熱い水溜まりから温かい水溜まりへと姿を変えたのだ。

 スノーディアは色々と凄くて頼りになると感動した。


『なら良かった』とスノーディアが言い、視線を上にあげ、少しだけ何か考える素振りを見せた。

 それは本当に少しだけで、『まぁいいか』と口にした後、相も変わらず僕を抱き抱えたまま水溜まりへと足を伸ばすスノーディア。

 そして、ゆっくりと半身まで浸かる。僕ごと。

 既に熱いから温かいに変化したのは知っているけれど、先の体験もあっておもわず体に力が入ったが、浸かった水はやっぱり熱くはなかった。


『一日に三度も風呂に入るのは君くらいのものだよ』

 浸かりながらそう話すスノーディアは少し楽しそうだった。

 それから僕はスノーディアと二人、しばらく湯に浸かり続けた。

 壁や天井をぼんやり眺めていると、いつの頃からかスノーディアの鼻歌も混ざり始める。

 鼻歌に誘われる様にスノーディアに顔を向ける。

 水溜まりのフチに背中を預け、目を瞑り、両手を広げて寛ぐスノーディア。膝の上には僕を乗せたままである。

 僕とは少し体つきが違う。

 特に意識もせず、スノーディアの体に手を伸ばして触れてみる。

 僕は全然膨らんでいないけど、スノーディアは少し膨らんでいる胸の辺り。

 僕が体に触れると、スノーディアはちょっとキョトンとした様子であったが、それ以外は特に何の反応も示さなかった。


『おいおい、君にはまだ少し早いぜ? 僕も、そこまで教育の幅を広げるつもりもないし』

 言ってスノーディアが笑う。少し意地悪そうに。

『けどまぁ、健全ではあるのかなぁ。我が主君なら選り取りみどりだろうし』とも付け加えた。


 スノーディアに止められなかったので、しばらくペタペタと触っていると、『いつまで触ってるつもりだい?』とちょっと棘のある様な言い方で嗜められた。

 それで触るのを止める。

『落ち着かないと言うなら、自分のでも触っておきな。あまりおいそれと人の胸は触るものじゃないぜ? 異性相手なら尚更さ。君が紳士を目指すなら覚えておきたまえ』

 言われて自分の胸に手を当て、ペタペタと触ってみる。

 スノーディア程柔らかくはなかった。

 ペタペタペタペタ。

 ペタペタペタペタ

 ひとしきり触り、手を止めた。


『そのまま別世界にトリップするのかと思ったぜ』

 そんな事を言ってスノーディアに笑われた。良く分からないけど。

「同じが良い」

 スノーディアと自分、互いを触って比べて、そういう感想を抱いたので、感じたまま、思ったままを口に出した。


『……そう言われてもねぇ。来世に期待してお祈りでもしたまえ。もっとも君の場合、来世も同じだろうけどね二度目のモンブラン様』

 そんな事を言ってスノーディアがまた笑った。

 何だか機嫌が良いみたいだ。

 スノーディアの言葉の意味はあまり良く分からなかったけど、とにかく祈れば良いという事らしいので、心の中で祈る事にした。

 スノーディアと同じが良いです。

 スノーディアと同じにして下さい。

 スノーディアと一緒にして下さい。

 そんな風に祈った。


 しばらく、目を瞑って祈っていると、背後でパチャッと音がした。

 祈るのを止めて、背後に振り返る。

 白い何かが邪魔をした。

 邪魔された事に少々不満を覚えつつも、気を取り直し正面に向き直り、祈りを再開する事にする。音の正体など別にどうでも良かったので。

 そうして正面に向き直ると、ポカンと口を半開きにしたスノーディアの顔があった。

 変な顔だったので、その顔とは同じじゃなくて良いなぁと思った。

 お祈りを再開しようと目を瞑った途端、『ちょっと待て!』と言うスノーディアの言葉と共に肩をがっしり掴まれた。

 目を開けて、怪訝な顔でスノーディアを見る。目があった。


『まさか!?』

 しばらく見つめあっていると、スノーディアが慌てた様にそう口にして、素早く僕の脇下に手を伸ばす。

 そして、そのまま持ち上げられた。

 お湯から出されブラーンと宙吊り。

 そんな宙吊りの僕の体を見つめるスノーディア。主に下腹部に視線が集中している気がした。

 そのままスノーディアが固まってしまったので、宙吊りの僕はやる事がない。

 やる事がないので、顔を落として自分の体を眺めた。

 相も変わらず膨らんではいなかったが、尻尾が無くなっていた。

 不思議に思ったけれど、先程、湯に浸かる前に見たスノーディアの体にも尻尾は無かったし、スノーディアに尻尾が無いと分かっている以上、自分の尻尾の行方など別にどうでも良かった。

 スノーディアと同じなら何でも良いのだ。


 僕は尻尾なんかどうでも良かったが、スノーディアはそうでは無いらしい。

 宙吊りの僕をボチャンと湯に戻すと、スノーディアは大きな、それはそれは大きな溜め息をついた。


『どうやったか知らないが……、元に戻せるかい?』

 なんだか疲れた様子のスノーディアがそう尋ねてきたが、首を横に振って拒否した。

 胸こそ変化しなかったが、尻尾が消えてスノーディアと同じになった。それだけで一歩スノーディアに近付いた気がしていたので、戻すなんて嫌だったから。


『そこを何とか』

 スノーディアが食い下がったが、「嫌だ」と首を横に振って拒否した。

 スノーディアが項垂れ、また溜め息をついた。


『なら翼を消せるかい?』と、尋ねられた。

 意味が分からないので無視した。

 しばらく待っても返事が無かったからか、スノーディアが僕の背中に手を伸ばして『これ消せるかい?』と少しだけ言葉を変えて、同じ質問をしてきた。

 振り返ると、スノーディアの手が白い翼を指で摘まんでいた。

 少しだけ触られている感触があるので、どうやら翼は僕のものであるらしい。

 今まで全然気付かなかったけど、自分の背中など見えないので、仕方無い事だと思った。

 仕方無いけど、仕方無くない。

 だってスノーディアと同じじゃないから。

 スノーディアには翼なんか生えていない。

 生えていないのなら僕もいらないので、消えろ~消えろ~と祈った。

 祈ったら翼はすぐ消えた。スッと。


『君には驚かされてばかりだぜ』

 そんな事を言って、スノーディアがまたまた溜め息をついた。



 それから風呂場を出るまでの間、風呂場からはスノーディアの溜め息しか聞こえてこなかった。 

 


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