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悪魔のお供をするにあたって・7

『貴様がついていて、どうしてこうなるのかと聞いてるんだ!』

 誰かのそんな叫び声と、何かを叩く大きな音で目を覚ました。

 その声は、目覚めたばかりの僕の頭を一気に覚醒させ、不安袋をいっぱいにするには十分な程に威圧的なものだった。


『文句なら君の飼ってる犬にでも言いたまえよ。こっちは被害者だぜ?』

『屁理屈を……。貴様が任せろと言ったから任せたんだッ!』

 再び聞こえる怒声と大きな音。

 恐る恐る声の方に顔を向けると、スノーディアが誰かと言い合っているらしかった。

 僕から見て奥。正面を向いているのがスノーディアで、横顔を向けて大声を出してるのは、えっと……たしか、リヴァイ? って名前の人。

 その横、僕の足元辺りにはティアマットって呼ばれていた人が座っていて、スノーディアの後ろには怖いニーグと双子のパンシーとナンシーが並んで立って、言い合う二人の様子を静観していた。


『そーがなるなよリヴァイさん、モンブラン様が起きてしまうぜ?』

 怒られている筈であるのに、あまり悪びれた様子もないスノーディア。

 スノーディアは肝が座っているなと思った。


『……ケルベロスがどうだろうと、貴様なら幾らでもやりようがあっただろうが』

 先程よりも若干声のトーンが低くなったリヴァイの声。

 もう起きてしまったので、それに意味はない。でも、やっぱり大きい声は怖いので小さい声の方が良い。

 怒るリヴァイと、そんなやり取りをしていたスノーディアが目をこちらに向けてきた。

 直ぐに目を閉じたけど、一瞬だけ目があった気がした。

 スノーディアには僕が起きたのはバレたかも知れないけど、怖いし、怒られるかと思って、そのまま目を瞑り続け、寝たフリをした。でもちょっとだけ薄目を開けて。


『……』

『聞いているのか!?』

『……()()()()()()()()リヴァイさん。 ――――そうは言うがね、見ただけで気絶する小心者をどうしろと言うんだい? 二回中二回だよ?』

『にか……ッ!? ……また訳の分からん事を』

『大人の事情も含むと、三回中二回だね』言ってスノーディアがヘらっと笑う。

『ッ!? ――――ああ、もぉ……!』

 スノーディアの意味の分からない回答に、イライラした様子のリヴァイが無造作に頭を掻いた。


『落ち着けリヴァイ』

 そんなリヴァイを見かねてか、僕の足元付近に座っていたティアマットが落ち着いた口調で横から話に割り込んだ。


『……しかしなティアマット』

『スノーディア』

『うん?』

『再教育とやらはどうなってる? 今の今と言う事で、昨日は具体的な中身の話はしなかったが、……お前の事だ、何か考えがあっての事だろう?』

『まぁ、――――ざっくりと?』

『ざっくりとって貴様ッ』

『落ち着けと言っただろリヴァイ。反対だと思うなら昨日していた。頭の良いスノーディアが言い出した事だし、みなもそれで良いと思ったからこそ、あの場で誰も反対しなかった』

『投票率、支持率共に100%だったともさ』

 何故かちょっと誇らしげにスノーディアが言って、それを見たリヴァイがまた頭をガシガシ掻いた。


『ざっくりとでも構わん。先の事など誰にも分からんのだ。細かい部分はその都度直せば良い。話せ』

『……勿論だぜ?』

 ティアマットに説明を求められたスノーディアが小さく深呼吸して、真面目に話す空気に切り替えた。


『教育とは――――。現在、未来を生きる為の力であり、個を形成する二次的概念、或いは三次的要因である。直面する諸問題を考え、行動し、解決する戦略的手段であり、また、好奇心、探究心を持ってして生を促進、並びに欲を制する決意であると共に、善、或いは悪の方向性を示唆し、個、及び輪を円滑、且つ合理的に舵取る為の手段を学ぶ物である。by 親愛なる雪さん』

 皆がポカンとする中、スノーディアが途切れる事なく一気にそう捲し立てた。


『……やべっ。スノーディアが何言ってるか全然わかんね』

『ニーグさんだから』

『ニーグさんだもの』

『うがぁぁあ!』

『野蛮』

『野蛮』

 クスクス笑うパンシーナンシーを、両手を広げて威嚇するニーグ。

 そんな三人をよそに、スノーディアがティアマットとリヴァイに、『だぜ?』と少しおどけてみせた。


『……分からん』と、腕を組み、眉をひそめたリヴァイが言う。

『はっはっはっはっ。正直、俺も半分も分からんが……まぁ、スノーディアは、それがモンブラン様には必要だと思っているのだろう?』

 愉快そうに笑いながら尋ねるティアマットに、『勿論だとも』と笑みを浮かべて返すスノーディア。

 ちょっと悪い顔をしている様な気がした。


『なら、任せるとしよう』

『だが……』ティアマットの、任せる、という言葉に依然として不服そうな顔を見せるリヴァイ。


『どの道、子の出来ない灰人アッシュに子守りや子育ての真似事など出来はしない。それも含めて、今はスノーディアに任せるとしようじゃないか。なに、焦る事はない。千年待ったんだ。今更、少し伸びる位なんだというんだ』

『……ティアマットがそう言うならば、異論はないが』

 そう言いつつも、やっぱりちょっと不服そうなリヴァイ。

 諦めが悪い。


『自分の主君を悪い様にはしないさ』

 スノーディアが言って微笑む。

 それを受け、ティアマットが小さく頷き返す。


『さぁ、話は終わりだ。我らが王もお目覚めの様だし、また怖がられる前にみんな退散しよう』

 そう言ってティアマットが僕の頭を、ポンと優しく叩いた。

 ティアマットのその言葉で、ゾロゾロと部屋を後にするリヴァイやニーグの面々。

 その様子を眺め、ティアマット以外が部屋を出て行った事を確認すると、スノーディアがニヤニヤしながらこちらに歩み寄って来た。


『君、途中から薄目忘れてるぜ? 盗み聞きならもっと上手く盗みたまえよ』

 そう言って笑い、スノーディアが僕を抱き上げた。

 僕の嘘寝はバレバレであったらしい。


『スノーディア』

 スノーディアに抱かれ、『まだちょっと匂うね』なんて事を言われていると、部屋に残ったティアマットがスノーディアに話し掛けた。


『……何かなティアマットさん?』

『幾つか聞いておきたい。我が王の体の事で』

『構わないけど、スノーディアちゃんが分かる範囲で頼むよ』

 少しだけ間を置き、何かを考える素振りを見せた後、ティアマットが口を開く。


『ひとつ目は、何故我が王は睡眠を必要とするのか? もうひとつ、禍を扱えないのは何故だ? 見る限り王のソレは俺よりも高い筈であるのに』

『んっんー、復活から幾何(いくばく)もないし、僕にもハッキリとした答えは出せないけれど……そうだねぇ……多分、二つ目の答えが出れば、一つ目の答えはおのずと見えて来そうだけれどね。まぁ、見えずとも推測だけなら出来るぜ?』

 話しながら僕の脇に手を差し込み、そのまま頭の上まで持ち上げると、スノーディアが僕の上半身をじろじろと見回す様な仕草を見せた。


『つまりは……、禍が扱えないから睡眠が必要だ、とお前は思っている訳か?』

『少なくも今の段階ではね。ただ、情報が少な過ぎる。ティアマットさんの言う通り、モンブラン様は非常に強い禍を持ってる。だが、何故か扱えない。これは歩いているのに進まない、ってレベルの珍事だぜ? 二つ目の質問は摩訶不思議過ぎて僕にも答え様がない。なので、二つ目は置いといて』

 スノーディアはそこで話を一区切りする。

 それから、さほど間を空けず続ける。


灰人アッシュの僕に睡眠の重要性はイマイチ理解出来ないんで、これも推測、憶測で話すけれど……。そもそも睡眠というのは、疲れた体を休める行為だ。外も内もね。寝る、とはつまり、エネルギーの貯蓄時間なのさ』


『貯蓄時間……』

『そう。ティアマットさんにも覚えはあるだろうけど、僕ら灰人アッシュだって睡眠は必要ないけど疲れるだろ? 疲れた時、ティアマットさんはどうしてた? あっ、急速に疲れを取りたい時ね』

『……瞬時の回復が必要ならば、周囲の禍を取り込む、か?』

『うん。禍の取り込み。つまりはエネルギーの取り込みさ。体を禍に染める僕らにとって、禍というのは僕らを動かすエネルギーそのものだ。だから、』

『そこでいい。言いたい事は分かった』

『……そうかい?』

 誰かに説明する時に楽しそうにするスノーディアだったので、話しを途中で止まられてちょっと残念そうな顔をした。


『禍が扱えないから睡眠が必要であり、空も飛べない。灰人アッシュにとっての当たり前が、我が王には当たり前では無い、という事だな』

『理解が早くて教えがいがないぜ全く』

 あまり残念そうでもないけれど、スノーディアが残念そうに言った。

『しかし、それではまるで……』

 そこまで言ったティアマットが、溜め息をついて言葉を途中で止めてしまう。


『禍の扱いに関して他の連中には?』

『言ってないよ。その裁量を下すのは序列4位の僕には重すぎるぜ?』

『……そうか。なら、ここだけの』

『話しにしとくよ』

 そんな話をした後、ティアマットが立ち上り、静かに部屋の扉へと向かっていった。

 そのティアマットの背中に、『そうそう』と、スノーディアが何かを思い出したかの様な言葉を投げる。


『禍を扱えない小さいモンブラン様は体も弱いぜ? 多分、下手すりゃ病気にもかかるぜこの坊や』

 それを聞いた途端、ティアマットが眉根を寄せた難しい顔をしてこちらに向き直った。


『それを先に言え。 ――――色々、考えねばならんな』

 それだけ言い残してティアマットは部屋を後にした。

 後には僕とスノーディアだけが残る。

 誰も居なくなった静かな部屋。

 しばらく抱かれたまま静かにしていると、

『そんな事を気にしているうちは、まだまだだぜティアマット』と、スノーディアの小さな呟きが耳に届いた。

 僕はその声に促されるかの様に、特に意識せずスノーディアの顔を見た。

 見た。

 薄ら笑いを浮かべるスノーディアを。


 それは僕が今まで見た中で一番怖い顔のスノーディアだった。


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