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悪魔のお供をするにあたって・4

 言葉にするのは難しいのだけれど、その日は1日不思議な日であった。

 まず朝。

 怖い顔をしたニーグに追い掛けられ、必死に逃げていたところ、『おはようございますモンブラン様』と声を掛けられ目を覚ます。

 夢か、良かったと思ったのも束の間、寝惚け眼に映り込んだのは知らない部屋と知らない人。

 ニコニコと微笑むその女性の第一印象は、ニーグほど怖くはない。

 怖くはないが、笑顔に違和感を感じた。ぴくぴくと口の端がひきつっている様なそんな顔。

 その不自然な笑顔に少しだけ怖くなって、おはようの挨拶もすっ飛ばして「スノーディアはどこ? ……ですか」と尋ねた。

 『後でお会いできます。先にお風呂に入ってしまいましょう』という言葉が返ってきた。

 それからちょっとだけ場所を変えて、僕は着ていた服を全部剥ぎ取られ裸ん坊にされた後、良い匂いのするとっても綺麗な水溜まりの前で、体をごしごし、頭をがしがし、頬をぷにぷにされた。

 ごしがにぷにの間、僕は立っているだけだったので、綺麗な水溜まりや目の前の女性、自分の体なんかを眺めて時間を潰した。

 自分の体を見た時に、ふと違和感に気付く。

 尻尾が生えている。

 その尻尾は毛が無くって、触るとツルツルぷにぷにしている。海の種族よりは大地の種族の尻尾に似ている気がする。

 そんな事を考えながら尻尾を触っていると、『はしたないです』と言って怒られた。

 先程までの不自然なニコニコ顔ではなく、ちょっと怒った顔だったので、すぐに手を離して尻尾観察をやめた。

 尻尾を触るのは怒られる様な事であるらしいと学んだ。


 それから、綺麗で意外にも熱い水溜まりに漬かる、という拷問を受ける。

 肌がほんのり赤くなったけど、大事には至らなかった。

 僕が拷問を受けている間、女性はやっぱり不自然な笑顔で笑っていた。

 僕の苦しむ姿を見て笑うこの人は、きっと嫌な人なんだと思った。


 拷問を耐え、体にくっつく水を布で丁寧に取られた後、来た時の真逆、服を着せられる。外したり着けたりちょっと不思議な出来事だったけど、また熱い水溜まりに入れと言われたら嫌なので、何も言わないでおいた。

 水溜まりの部屋を出た後、またちょっとだけ場所を変えて椅子に座らされた。

 目の前には大きくて綺麗な台が置かれていた。たぶんテーブル。

 大人しく待っていると、嫌な人とは別の女性が食べ物を運んできた。

 良い匂いの食べ物だけど、殆んど見た事のない食べ物ばかりだった。知っていたのは切られて原形を止めない植物の実だけだった。

 運んで来た女性が『どうぞお召し上がりください』と言ったので、取り合えず食べたら良いのかと思って食べ物のひとつを手に持った。

 物凄く嫌な顔をされた。

 嫌な顔をされた後、手を布でごしごしされて『こちらをお使い下さい』と横に置いてあった棒を手渡される。

 棒は、大きさは全然違うけど、海の種族が使う槍に良く似ていた。

 どうやって使うのか分からず、食べ物と女性を交互に見たが何も言われなかったので、取り合えず海の種族を真似て槍で食べ物を刺した。

 ちょっと不思議な顔をされたけど、何も言われなかった。どうやら使い方は大体あっていたらしい。海の種族に感謝した。

 刺した物を口に入れて食べる。

 飲み込んで、食べ終わったので、槍を女性に返した。


 また不思議な顔をされた。

『まだ沢山残っていますよ』と告げられ、槍を再び持たされた。

 どうやら全部食べなきゃいけないらしい。

 怒られるのは嫌なので、それからひたすらに食べ物を食べた。食べ物をこんなに食べたのは初めてだ。

 後半、既に限界を超えていっぱいの腹に、無理矢理食べ物を詰め込む作業は苦しくて辛かった。

 そこで、これも拷問なんだと気付いた。


 全部食べ終えて、再び槍を女性に返す。女性は『はい、全部食べられましたね』と笑顔で誉めてきた。

 人が苦しんでいるのに皮肉を言って笑うなんて、この人は嫌な人だと思った。

 嫌な人が二人になった。


 それから、最初の嫌な人に連れられてまたどこかに移動を始める。

 でも、食べ物を詰め込んではち切れそうな体を動かしたせいで、途中で吐いた。

 床は汚れて、服も汚れた。

 嫌な人は、不自然な笑顔で『食べ過ぎです』と笑っていた。

 そういう拷問を受けたのだから当たり前だと思ったけれど、また食べろと言われたら嫌なので何も言わないでおいた。

 で、何も言わなかったのに、また綺麗だけど熱い水溜まりに連れていかれて拷問を受けた。

 正確には、受けかけた。


 今回は、体を洗われただけで熱い水溜まりには漬からなかったけど、次に吐いたらどうなるか分かるよな? という意図、意思が透けて見えた。脅しだ。


 それから、またまたまた場所を変えた。

 部屋の中に入り、中にいる人物を目にした瞬間、走って嫌な人から逃げた。逃亡。

 そうして、中の人物に助けを求めすがりついた。


『おはよう、モンブラン様』

 笑顔のスノーディアが呑気におはようを言って来たので、僕も小さく、「おはよう」と返しておいた。

 それからスノーディアの脚に隠れて、嫌な人を睨みつけた。

 スノーディアが近くにいるだけで、とても安心出来た。


『君、何したんだい?』

 スノーディアが笑って嫌な人に話し掛けた。


『いえ、何も』

 と、嫌な人がちょっと悲しそうな顔で答える。

 拷問を誤魔化そうとしているのがバレバレだった。きっと嫌な人はスノーディアが怖いのだろうと思った。


 それから嫌な人は、拷問がバレる前に部屋を後にした。

 逃げたのだ。

 でも、逃げたら逃げたで別に良いと思った。

 スノーディアがいるので安心、嫌な人の事などどうでも良かった。


 スノーディアに言われて椅子に座る。

 座って、ぼんやりとスノーディアを眺めていると、スノーディアがコホンとひとつ咳をして、『先ずは簡単に歴史からおさらいしようか』と告げた。『聞き流す程度で良いよ』とも付け加えて。


 そこから、スノーディアのお話が始まった。


『ハッキリとは分からないけれど、今から数千年前。海と空と大地が生まれた。その次に生まれたのが僕らの母でもあるレイアの樹。ここまでは良いかな?』

 そう尋ねられたので「知ってる」と頷いておいた。


『ん? そうなのかい?』

 そう言ってスノーディアは口元に手をあて少し考え込んでしまった。

 何かを考える時に、口元に手をあてるのはスノーディアの癖であるみたいだ。


 ややあって、

『そこを覚えているならサクサクいこうか。もし知らない所があったら僕に教えてね』

 そんな風に告げて、スノーディアが話を再開した。


 スノーディアは、レイアの樹の話と、海、空、大地の種族の話、両者に生まれた亀裂などを語って聞かせ、その都度『知っているかい?』と尋ねてきた。

 僕もその度に、正直に「知ってる」と答えておいた。


『で、三千年位前、僕らの母たるレイアが死んだと同時に、その灰から産まれたのがモンブラン様。今のモンブラン様ではなく、ひとつ前だけどね。それから、千年程は僕ら灰人(アッシュ)達の時代だった。ゆっくりだけど、順調に咎人達の数も減ってきて、そのままいけば咎人が滅ぶのも時間の問題だったんだけど……』

 そこでスノーディアが話を区切り、僕の顔を、表情を見た。


『知らないって顔してるね』

 そう言われて素直に頷いておく。


 僕が頷くと、スノーディアはやっぱり口元に手をあてて、何かを考え込む。


 長い。

 昨日も含めて一番長いスノーディアの思考時間。

 長い長い時間を経て、スノーディアがようやく口を開いた。


『ねぇ、モンブラン様。モンブラン様は自分の種族が分かるかい?』と、尋ねてきた。

 僕は素直に「樹の種族」と答えておいた。


『だと思ったよ』とスノーディアが少し困った様な笑いを浮かべた。

 それから、スノーディアは僕に近付いてきて、さっきよりも声の大きさを落として話し掛けてきた。部屋の中には僕とスノーディアしかいないのだけど、まるで、誰にも聞かれたくないみたいに。


『ねぇ、モンブラン様。今から言う事を良く聞いてね』

 頷いて、了承の意を示す。


『たった今から、僕以外に自分が樹の種族だと言ってはいけないよ。いや、いっそ樹の種族という言葉を口にしてはいけない。絶対にね。出来るかな?』

「分かった」と、返す。

 何故言ってはいけないのかは分からないけど、スノーディアが言うので言ってはいけないという事だけ分かった。きっと拷問とかされるに違いなかった。


『それから、記憶、覚えている事に関して、誰に何を聞かれても知らない、分からない、スノーディアに聞いた、この3つのどれかで答えるんだ。出来るかな?』

 これにも「分かった」と返しておいた。

 やっぱり喋ったら拷問なんだろう。


 それから、一度だけスノーディアは僕の頭を撫でて、また元の位置へと戻っていった。


 元の位置に戻ると、スノーディアはコホンと小さく咳をした後、『では、授業を再開します』と言って微笑んだ。


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