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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅰ章【お供になるまで】
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仮面のお供をするにあたって・5

『あそこです』と言って一件の建物を指差すコハクに連れられやってきたのは王国の中心街からは少し外れた地区。

 視線の先には外観こそ少々年季を感じさせる木目調のシンプルな見た目だが、横に広く、ドシリと頑丈そうな印象を受ける平屋の建物があった。


『あれが人攫いのアジト、になるんでしょうか?』

「コハクちゃんが言うならそうなんだろう。とてもそうは見えんがな」

 郊外という場所ゆえか、繁華街を見た直後ゆえかは判断しかねるところだが、人の気配も無く佇む建物はちょっと寂しく、そして怪しく見えた。寂しくは見えるのだが、建物に限らず、その周囲も良く手が行き届いており、荒れている、と云った風ではない。

 怪しく見えるのは、罠だろう、という先入観がそうさせるのかも知れない。


『とりあえずコハクちゃんはここで待っててね』

 コハクの頭をぽんぽんと軽く撫でながらアキマサが告げる。それに頷きだけでコハクが返事をしたのを目で確認したアキマサが続けて俺とプチへと顔を向けてくる。


『じゃあ、行きましょうか』

 アキマサのとても軽い決意表明。今から非営利団体の非平和主義者である人攫いと相対するのだとう深刻さとか緊張とか、出生不明の不安とか、そんなモノなど毛ほどにも混ざらない言霊。

 そうして、建物のある敷地内へと足を数歩進めた時であった。


『待て!』

 背後から届いた声。

 足を止め、後ろを振り返る。


『お前、一体どういうつもりだ……』

 そんな台詞を送って来たのは、繁華街脇で出会ったあのイケメン勇者であった。

 コハクを匿う様に立ち並ぶ勇者パーティーの面々はどれも険しい表情でこちらを睨んでいた。

 呼んでもいないのに参上した勇者達に不満で少し喉が詰まった気がした。こちらの都合も考えて欲しいものだ。


『この子に孤児院を案内させて一体何を企んでいるのです?』

 勇者パーティーの紅一点、魔法使いの女性が質問を投げてくる。

 口調こそ勇者よりも落ち着いたものだが、その表情は何だか少し怒ってらっしゃる。何故、ほぼ初対面の女性にあんな目を向けられんとイカンのか……解せん。

 と言うか――――


『孤児院?』

 アキマサが建物の方へと再度振り返り、そう呟く。吊られて俺もそちらに目をやる。

 なるほど、孤児院か。何の建物なのかとは思ったが……。もっとも、それが分かったから何だという話ではある。こちとら最初から人攫いのアジトだとは微塵も思っちゃいない。


『孤児院で何をするつもりだった?』

 大柄の男が言って、真意を問うてくる。

 アキマサが一度こちらに顔を向けたあと、勇者達へと視線を戻す。


『その子に、友達が誘拐されたので助けて欲しいと頼まれたんです』

『はっ! 白々しい嘘を!』

 勇者が吐き捨てる様に言う。


『本当です。じゃなければ、こんな所には来ませんよ』

 その態度に少々ムッとしたのかアキマサがやや口を尖らせて反論する。 

 少しの沈黙の後、勇者が自らが匿う後ろのコハクへと顔を向けた。

『ああ言ってるけど、本当か?』

 勇者がコハクにそう尋ねると、コハクはすぐに数度首を縦に振ってそうだと示した。


『何故、あんな得体の知れない奴に助けなんか……』

 露骨に不満を表情に出した勇者が一人言の様に言う。そんな勇者の態度と視線に、コハクが困惑した表情をのぞかせた。


『その子は悪くありません。責めないであげて下さい』

『……別に責めてなどいない』

 舌打ちでも聞こえてきそうな顔で勇者がアキマサへと返す。


『まぁとにかくそういう事ですので』

 さっさと勇者との会話を打ち切ってアキマサが踵を返しかけると、慌てた様に勇者が待ったをかけてくる。


『俺の話はまだ終わってない』

『俺は話す事は無いんですけど? なにより急いでますんで』

 あからさまな勇者の舌打ちが耳に届く。薄々とわかっていたが随分と態度が悪い勇者だ。


『エルヴィス様、あの者の事も気にはなりますが、ここは先に人攫いの件を片付けてしまうのが宜しいかと』

『分かっている』

 魔法使いの女性の提案に不服そうな態度で返す勇者。


『おい! アキマサとか言ったな。人攫いの件は俺が片付ける! お前はでしゃばるな!』

 言って、勇者エルヴィスがズカズカと敷地を進み、俺達の横を通り過ぎ、建物へと突き進んでいった。大柄な男性と魔法使いの女性もそれに続く。

 その様子をしばらく眺めてから、『どうします?』とアキマサが問いかけてくる。


「自分で行くと言ってるんだから任せたら良いんじゃないか?」

『俺もそうしたいところではあるのですが……』

「ですが?」

『この一件って、罠、なんですよね?』

「あー」

『どういう意図の罠かは判りませんが、不味くないですか?』

「……不味いな。内容いかんでは、俺達が勇者を罠に嵌めたと捉えられかねん」

『俺もそう思いますし……。なにより、俺達を狙った罠に巻き込まれて万が一があっても気分が良くありません』

「勝手にでしゃばって死ぬのは自業自得だと思うがね。まぁ、勇者だそうだし簡単には死なんだろう」

『だと思いますが……』

 言いつつも、アキマサは心配そうに、建物へと進んで行く勇者エルヴィス一行の背中を眺めていた。


「お人好しだな、お前は」

 そう言い、小さく溜め息をついてから「仕方無い。元々俺達が引き受けたお願いだしな」へぇへぇと笑う。


『すみません』

「別にお前が謝る事じゃないだろ」

 笑ってアキマサへと返しつつ、先陣を切った勇者エルヴィス一行の後を追って建物へと向かった。









『でしゃばるなと言った筈だ!』

 俺達が建物へ入るなり、それを目にしたエルヴィスが眉を吊り上げてそう声を張り上げた。


「うるさい奴だなぁ。この状況でよくこっちに突っ掛かってくる余裕があるもんだ」

 俺がそう悪態をつくと、途端にエルヴィスが黙り込んでしまった。

 別に俺の言葉の内容に黙った訳ではない事は、エルヴィスの表情から伺い知れた。

 今の今までエルヴィス達の前で言葉を発しなかった魔獣プチが、突然にして流暢に喋りだした事への驚きで言葉を失ってしまったのだろう。それはエルヴィスだけでなく他の二人も同様であるらしく、驚愕を顔に貼り付けて相棒に釘付けであった。


「敵対も結構だが、この状況なんだ。和気あいあいでいこうぜ?」

 おどける様に三人に言って、それから周囲に目をやる。

 どう見たって孤児院には見えない建物内部。いや―――建物どころか人が住む場所なのかすら怪しい。

 辺り一面に広がる灰色の空間。何もない。ただ灰色が広がるのみの――――そう、言うなれば別世界、別次元。

 扉を抜けるとそこは不思議な国でした。挿し絵の無い本なんて何が面白いのかしらと語った何処かの少女が呆れてしまうくらいにとことん何もない不思議な国、空間。色彩と呼べるものにも乏しく、色と認識出来るのものと言えば他所からやって来た俺達やエルヴィス一行の姿だけである。


『これは、別空間に閉じ込められたという解釈で良いのでしょうか?』

 空間をキョロキョロと見渡しアキマサが尋ねる。


「判らないけど、そうなんじゃないか?」

『凄いですね~魔法って。俺の居たとこじゃ想像の産物でしかないのに』

 何故か少し嬉しそうなアキマサの顔。閉じ込められて喜ぶ心境がいまひとつ理解出来ない。危機感が足りない。


『これは魔法の箱庭(マジックボックス)と呼ばれる魔法です』

 プチショックから立ち直った魔法使いの女性が空間の正体について触れる。


『知ってるのかシャルロ?』

『はい、エルヴィス様。ですが、知識だけで見るのは初めてです。魔法の箱庭(マジックボックス)はとても高度な魔法ゆえ、使える者もそう多くはありません』

『破れるか?』

『申し訳ありません。これを破るには私では荷が重すぎます』

『出る方法は?』

『破る事が叶わぬならば、出る方法はひとつ。この空間の何処かにいる術者を倒す事が出来れば――――ですが、先程言いました様に、とても高度な魔法です。術者も相当の手練と思われます』

『ふん。俺を誰だと思ってる。魔法には長けていないが、術者を倒すくらいわけはない』

 尊大不遜にエルヴィスが言う。

 勇者と名乗るだけあって腕に自信はあるらしいが、それならばこの空間にまんまと誘い込まれる前にどうにかして欲しかったものである。

 まぁ、余計な事を言うとエルヴィスの不興を買いそうなので口にはしない。別の事を口にしておく。


「ようするにその術者を倒すんだな?」

『そう……です』

 俺の言葉に、複雑そうな顔をした魔法使いシャルロが頷いた。


「よし、じゃあまずその術者を探そう」

『おい! 何故お前が仕切る。魔獣が喋った事には驚いたが、俺に指図までするのはどういう了見だ』

「一緒に閉じ込められてる仲だろ。和気あいあいでいこうぜ?」

『黙れ! 何故俺が魔獣などと』


『はいはーい。喧嘩はやめましょー』

 何処からともなく空間に響き渡ったこの場の誰でもない声。

 そのなんとも間延びしたやる気の無さげな声が、俺とエルヴィスの言い合いの中に割って入った。

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