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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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混沌のお供をするにあたって

 例えば、一度振ったサイコロをもう一度だけ振れるなら、誰だって振りたいと思うのが心情では無かろうか。

 但し、それは当りの数字が解っている、という前提条件が付いていたならばの話。

 では、当りが解っていないなら。どうだろう? あなたは振るだろうか?

 一度目が当りの可能性もある。二度目が正解かもしれない。

 結局、解らなければ何度振ったって満足はしないだろう。出来ないだろう。考えれば考える程、深く強く疑心暗鬼に囚われて疲れるだけじゃないかな?

 未来なんてそんなもんだ。少なくとも俺はそう思う。

 どんな選択をしたってそれが正しいのか間違っているのか、数字が発表されるまでは誰にも分かりっこ無いのだ。

 分からないから面白いし、選択の決断の為に最善を尽くそうと努力する。

 それが全力で生きるって事なんだろうよ。そう思うよ、つくづく。





 胸焼けと激闘を繰り広げた翌朝。

 生憎とパラつく小雨の中、向かったのは竜の園。

 俄然に強くない雨風も、ドラゴンの背に乗り進むと横殴りとなって頬を打った。

 アイゼン出発前は雨も降って居なかったのだが、園のある山脈に近付く程に雲が目立ち始め、山脈の上空に差し掛かると案の定降り始めた。

 ここまで来て引き返すのも面倒という事で、先に進んだ訳だが、俺はちょっぴり後悔し始めている。

 だがまぁ、私は意見を有さない、と素で言い出しそうなキリノを除く三名の満場一致の選択ゆえ、特に誰からも不満は出て来なかった。

 思えば、この時に引き返していれば、また違った結果になったかもしれない。

 その生まれる結果が良い悪いは別にして……。





 山脈の上空に入ってから、小降りだった雨は徐々に強くなり、半々刻を待たずしてどしゃ降りとなる。

 他の三人とは違い、元から裸な俺は着衣が濡れる心配などはしていなかったが、濡れた髪が額にペタリと貼り付いて何だかそれが無性に気になった。

 俺やアキマサなどはまだ良い。両者共に髪の長い女性陣は、濡れて乱れてそりゃまぁ燦々たる有り様だ。それだけ聞くとちょっとエロいな。

 しかしながら、その時の心境にそんな邪な想像が介入する隙など微塵もなく、触れる風が濡れた体に冷たく、容赦なく体温を奪っていく。

 こうなって来ると常時裸な自分が怨めしい。

 ずぶ濡れゆえ、服が有っても無くてもあまり変わらない気もするが、気分の問題かな。


 寒さを紛らわそうと話題を振るが、全員それどころでは無い様で、二言三言話した所で直ぐに会話が終わってしまう。

 沈黙と雨水がひとつに混ざりあって流れていく様であった。


 さて、いよいよ俺の唇が紫色になって来たぞという時に、状況に変化が訪れる。

 俺達の進む先、どしゃ降りの雨の中、俺達を乗せたドラゴンが何かを知らせる様に小さく吠えた。

 一度ではなく小刻みに何度も。

 そうして、徐々にドラゴンが速度を落とし始め、遂には空中で旋回する様に飛び始める。

 

 初めは竜の園に着いたのかとも思った。


『着いたんですかね?』

 アキマサも同じ事を思ったらしく、そう口にした。


「いや、園には何度か来たが、少なくもココじゃない……。何だ?」

 竜の園は雲に覆われた一際大きな山の頂きに位置する。

 ここにはそれらしい雲も、山も見当たらない。


『この子、ちょっと怯えている様な気がします』

 アンが竜の背を宥める様に撫でつつ、そう話す。

 それが事実なら、緊急事態ではないだろうか?

 魔獣を含めても強者に位置するドラゴンが怯えるなど、そうそう有る事じゃない。

 こんな時は、―――――先生、出番です。

 この時点ではまだ多少余裕のあった俺が、先生ことキリノに目を向ける。


 相も変わらず無表情ではあるのだが、キリノは何かを探る様に、瞬きも忘れて一点を凝視していた。

 な、なんだろう……。

 キリノがそんな態度だと目茶苦茶不安になるから止めて貰いたいんだが……。

 俺のそんな思いなど知らず、キリノは尚も一点を見つめ続ける。


『何とかもう少し先に進んでくれないかな?』

 アンはアンで、背を撫でてドラゴンを落ち着け様と話し掛けていたが、ドラゴンはただ同じところをグルグル旋回するばかりで、そこから先に進もうとはしなかった。

 場所が場所ゆえ、そんなドラゴンの様子に嫌な予感がしないでもない。

 原因の不明瞭さも相まって、竜王ザ・ワンが再び現れる。なんて事態にもなりかねない。


「なぁ、お前。何がそんなに怖いんだよ?」

 そう尋ねてみても、言葉が通じる訳はなく、ドラゴンは不安そうに啼くばかりであった。



『来た』

 どうしたものかと二人と顔を見合わせていると、キリノが呟く様にして言った。何か来たナウ。

 その声に吊られて、全員でキリノの視線の先に顔を向ける。


 雨で視界が霞む中、こちらに近付く小さな人影が見えた。

 徐々に近付き、大きくハッキリと見え始める影。


 全員が注目する中。

 耳障りな程の激しい雨音の中にある筈なのだが、ハッキリと声が聞こえた。


『聖剣を失ったと言うのは本当だった様だな』


 頭の中に直接響く様な、冷たく、低い声。



「逃げろ―――!」(『逃げて―――!』)

 俺とキリノが同時に叫んだ。

 

 叫んだと同時に体がガクリと沈み込む。

 浮力を無くし、俺達を乗せたまま滑落するドラゴンの体に頭と呼べる物は存在していなかった。

 不味い不味い不味い不味い不味い。

 慌てる意識の中で目玉を回してキリノに向けると、キリノが空を飛べない二人の手を掴まえるのが視界に入った。

 キリノ、が二人に付いたなら逃げ切れるか……?

 いや、逃げて貰わねば困る。




 ――――全滅だ。




 俺は胸元のペンダントを外し、叩きつける様に落ちる三人に向けて放り投げた。

 放り投げついでに、言葉も投げる。

「キリノ! 二人を連れて逃げろ!」

 それだけ言って、返事も待たずに次の行動に移る。


 人工生命体(ホムンクルス)の体で出来る、体だからこそ出来る一回こっきりの裏技。


 体を瞬時に変化させる。

 途端に感じる魔力の流れ。

 今や人間サイズとなった俺が放てるのは一回限りの――――


『流石に対応が早いな、妖精王』

 耳元で囁かれたのは、嘲笑うんだか褒めるんだか分からない低い声。混沌の声。


「……久しぶりだな、クソッタレ」

 右肩から先を失った体に構わず、痛みに身を震わせてながらも小さな反抗とばかりに俺が悪態をついて、不敵に笑って見せた。

 混沌は僅かに眉根を上げただけで直ぐに俺から視線を外し、顔を横に向けた。


『逃げられてしまったな』

 アキマサ達の居なくなった空間に何ともなしに目を向けながら、たいして残念そうでも無い表情で、そう混沌が呟いた。

 興味が無いのか、余裕ゆえか、はたまたただ面倒なだけか。

 どれにしたって逃げられた事には変わりない。


「ザマーミロ」

 ケケケと笑って、胸を貫かれた。


『転移、か。てっきり私に攻撃するとばかり思って対応が遅れてしまったな。わざわざ自分だけ残ったのも策のひとつか? 相変わらずフェイクが上手い』

 俺の血で濡れた腕を引き抜きながら、混沌が淡々と語る。

 その腕の血は、どしゃ降りの雨に流されて直ぐに赤が薄れ始める。ついでとばかりに俺の意識も一緒くたに。

 痛い。死んでしまう。

 笑えね……。


『そうそう、母からの伝言だ。――――愛している、だそうだ』


 口に辿りつく前に腹から漏れる空気を感じつつ「あっ、……そ」とだけ返しておいた。


『確かに伝えたぞ』

 俺の額に手を当てながら、魔王が言って、そこで俺の意識は途絶えた。


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