聖剣のお供をするにあたって・21
リョーシカの部屋を出たのが昼過ぎ。
美女が奏でたら万人の男共が思わず振り返ってしまうであろうポロンと云う音と一緒に、頭の中から落っこちてしまったアキマサの呼び出しを拾い直して食堂へと向かった。
食堂に着くと、アキマサとアン、それからキリノにアクアとテーブルをベッド代わりに昼寝するナノの姿が目につく。
食ったら寝るお子ちゃまに白い目を向けつつ、アキマサに声をかけた。
「アキマサく~ん、待った?」
『今来たとこ』
恋人か。
実際は数時間の遅刻なので今来たとこでは無いだろうが、アキマサは特に気にした様子も無かった。
隣のアクアから簡単な事情説明でも受けているのであろう。
「それで、どうするんだ?」
『明日の朝には龍の園に向かおうかと。都合悪いですか?』
「いや。もうココでやる事は無いからな。どうやって行くんだ? ワイバーン?」
フレアの話では、国王がワイバーンを貸してくれるという話であったが。
『いえ、ワイバーンというかドラゴンで向かいます。タイガーさんが一頭貸してくれたので。なんか、既に先方とそういう話でまとまってるみたいです』
「ふ~ん……竜の御子さんは、どこまでもお見通しらしいな」
『ですね』
アイゼンの危機にドラゴンを寄越した竜の御子、魔獣との衝突が終わってから俺達がこちらに来る事も織り込み済みであるらしい。
まぁ、それはそれとして、
「明日の朝まで何して時間潰そうかな」
ここ一週間、ボケ~っと過ごした割りに、いざ明確に時間が空くともて余すのだから厄介なものである。
「アキマサ、明日の朝まで耐久しりとりでもやるか?」
『嫌ですよ……俺、この後マト王子と一緒に剣術の稽古の予定なんで』
「何だ? すっかり兄貴分だな。教えてあげるなんて」
『教えて貰うんです』
「……お前」
『言っときますが、アンさんに教えて貰うんです』
「なんだ……。アキマサの事だからさもありなんと思ったが」
『どこまで低いんですか俺の評価』
『でも、最近は随分良くなって来ましたよ』
ナチュラルにアキマサをからかっていると、横からアンがアキマサを誉めてきた。
アンが飴なら俺は鞭である。
バルドを出て以来、アンは暇を見てはアキマサに剣術を教えている。そのアンが良くなったと言うなら良くなったのであろう。
光子の洞窟では、斬鉄も可能と宣った位だし。
誉めても貶しても結果に差が無いのがアキマサの良いところである。まぁ、過程は違うので、それならどう考えても前者が正しいアキマサの育て方ではあるだろうけど、俺にアキマサを誉めるのは無理だ。ついからかってしまうので。
知ってるか? こうやって出来ない事がひとつずつ増えていくんだぜ。
『ならついでに、マトの美女と見るや鼻の下を伸ばす性根も鍛えて欲しいわね』
俺達の話に割って入って来たのは、憮然とした態度で食堂の入り口に立つリョーシカであった。
「おう、久しぶり」
『……さっきまで一緒だったわよね?』
まぁ、良いわと小さく笑ったリョーシカが俺達と同じテーブルについた。
「何か用か?」
『……食堂の用事なんてひとつしか無いでしょ?』
「掃除?」
『何故私が食堂の掃除をしないといけないのかしら?』
軽口を叩き合う俺とリョーシカをニコニコと眺めていたアクアが片手を挙げて誰かを呼び寄せた。
そうしてやって来たのは給仕係。
給仕係はリョーシカに一礼すると、『お部屋に御持ちしますか?』と尋ねた。
『ここで良いわ』
「そうだな。姫さんの部屋は飯食うって状態でも無いしな」
『うるさいチビね』
そこからまた始まる軽口の応酬。
誰も止める気は無い様で、ただ俺とリョーシカのやり取りを笑って聞いていた。
しばらくのち、給仕が料理を運んで来た所で自然と終了。
リョーシカが食べ始めた所で、『流石、先代様です』とアクアが笑顔で誉めてきた。軽口叩きあって誉められる意味が分からないのだが。
『聞こうと思っていたのだけど』
皿のパプリカを選り分けながらリョーシカが口を開く。
「俺の前で野菜を残すのは許さんぞ」
『嫌いだと言ったでしょ』
「食え」
『……話を戻すのだけど』
「戻すなよ……」
『このチビが先代様って呼ばれてるのは何でなのかしら?』
「あれ? お前知らないの? おっくれってるー」
言うと、リョーシカが澄ました顔のまま俺の頬を捻りあげたきた。
何故この師弟は揃いも揃って俺の頬を捻るのか。
『先代は、マーちゃんの前の妖精王なの』
「ほひたのはほはえ」
『何を言ってるか分からないなの』
いつの間にか昼寝から目覚めたナノが肩を竦めて返してくる。
『妖精王? このチビが?』
『そーなの。1番目だし、じゅんとーなの。ちなみにナノは生まれは71番目なのだけれども、今は繰り上がって2番目なの。次期妖精王の呼び声高いなの』
誰もそんな声など挙げちゃいない。
『何の数字?』と、アン。
『生まれた順番なの』
『あー、先輩とか後輩の』
アキマサが得心した様に頷く。
『そーなの。ナノは664匹の妖精の先輩になる予定なの~』
『そうなんですか?』
ナノの言葉にアンが顔を俺に向けて聞いてくる。
リョーシカの指を頬から剥がし、答える。
「七夜が生めばな。けど、――――どうだろうな? ここ400年、新しい妖精が生まれた様子は無いし」
『えぇー! 困るなの! ナノの野望が!』
何の野望だよ。
『664匹と言うのは?』更にアンが尋ねてくる。
アンからは、この際だから何でも聞いてやろうという意図が透けて見えるが、俺がここで答えなくてもどうせナノが喋るだろう。素直に答える。
「妖精はな、世界に666匹だけ存在する。何故かは俺も良く知らんが、666匹以上は増えないんだ」
『何故です?』
「だから俺も良く知らんと言っただろ」
『どーだか』
少し意地悪そうに笑ってアンが言う。
どれだけ信用無いんだ俺は。自業自得だけど。
こういう時に客観的評価が顕著に見られるよね。
信用度、星1。
それからアンはキョロキョロと辺りを見回して、『あれ?』と小首を傾げた。
続けて、誰に向けるまでもなく『キリノどこ行ったんでしょ?』と呟く。
『さっきまで居ましたけどね』
「俺が来た時には居たけどな?」
ふらっと現れ、ふらっと消える奴である。
もしかしたら俺が来たから席を外したのか? だとしたら、やっぱり怒ってるのかもしれない。
もう一度ちゃんと謝っておいた方が良いかな……。
今日は既に出来ない事がひとつ増えてしまっているので、もう増やしたくない所存。
「どうせやる事も無いし謝っておくか……」
『また何かやったんですか?』
アキマサが少々呆れ気味に尋ねてくる。
「また、って何だよ。……別にここ数日は何もしちゃいない。暴言吐いた件についてだ」
『それは謝ってませんでしたか? キリノも別に怒ってないと言ってましたし』
「それは……そうなんだが……」
『女性に対してあそこまで言ったんだもの。一度の謝罪位で許されるものでもなくて?』
渋い顔をしてパプリカとにらめっこで遊ぶリョーシカがそう言って脅しをかけてくる。
何を言ったのかは頭に血が上っていて覚えていないが……、そうか、余程の事を言ってしまったのか……。
何を言ってしまったのか。想像するだけで怖いのだが、じたばたもしていられない。むしろ、ならばこそやる事はひとつだ。
キリノの我慢袋に穴が空いて、中の怖い物が「こんにちは」と、顔を出してボトボト溢れ出す前に対応するのが、正しいご近所さんとの付き合い方である。
「これ、貰ってくぞ」
リョーシカに尋ね、返事を待たずに器に盛られたフルーツを二つ抱える。見た事もないそのクルミ程の大きさの白い果実からは、甘いニオイが漂っていた。
『ちょ……まぁ、良いわ』
抗議しかけたリョーシカだったが、仕方無いわね、とでも言う様に言葉を紡いで許可を出した。
そうして俺は、お悩み相談代として受け取った果実を賄賂代りにキリノの元へと向かった。
どこに行ったのかは知らないが、大体の見当はついている。
ついでに言うなら、どんなポージングかも当ててみようか?
まず間違いなく仁王立ちだ。