聖剣のお供をするにあたって・20
大きな入道雲が緩やかに歩を進める青空。
陽射しはぽかぽか設定に失敗してちょっと熱い位。しかし吹き抜ける風は優しくて、それがひんやり心地良い。
空気はどこまでも澄んでいた。
僅かに崩れた壁の上部。脚を投げ出して座り、指先に触れる砂をジョリジョリと弄びながら、ぼんやりと眼下を見下ろす。
アイゼンの街では、人々が忙しなく動き、建物や道路の修復に精を出していた。
ここ、アイゼンが大規模な災害とでも言える魔獣の襲撃を受けたのが一週間前。
夜の訪れと共に始まった戦いは、一夜明けても終わる事なく続いた。
平原と街を囲む壁を挟んで行われた籠城戦。実際に城に籠った訳ではないので籠街戦と云ったところか。そんな言葉があるかは知らないが。
一番のネックとされたのは竜王ザ・ワン。
伝説とまで謳われ、その身ひとつだけで王国すらも破滅へと追い込める程の力を持った暴力の化身。
しかし、ザ・ワンの牙も爪も、キリノとアキマサの活躍によりアイゼンへと届く事はなかった。
それはそれで勿論喜ばしい事ではあるのだが、キリノは途中交替、アキマサはほぼ敗北した中で、何故竜王ザ・ワンが滅びたのかが皆目見当がつかなかった。
最後までザ・ワンと対峙していたであろうアキマサも、そこについては分からないらしく、どうして自分は無事だったのかと頭を捻っていた。
その後、ザ・ワンの消失と入れ替わる様に、ドラゴンを引き連れた亜人達がアイゼン陣営に合流。
万を越える魔獣に対して、ドラゴン約30頭と亜人100名程。数だけ見れば、援軍としては心許ないものではあったが、やはりそこはドラゴン。並の魔獣程度など歯牙にもかけず、攻守共に大いにアイゼンの戦力となった。
実際、ドラゴンと亜人達がアイゼンに到着したのは際どいタイミングだったらしく、大門のひとつがベヒーモスに破られた直後、皆が戦々恐々とする中での到着となった様である。
破壊された門に、渦にでも吸い込まれるが如く大挙して押し寄せる魔獣、周りの建物を巻き込んで繰り広げられるベヒーモス対ドラゴンの怪獣バトルがアイゼン国内で展開される中、夜空に真っ赤な太陽が浮かび上がった。
四百年に渡り国を見守り続けたアイゼンの母とも呼ぶべき彼女の生涯最後の魔法は、国中を真昼の様に照らし出した。
その太陽の光りに、特段何かしらの効果があった訳ではないが、浮かび上がった太陽の陽光は優しく、まるで子たるアイゼン国民達の背中に温かい眼差しを向ける様に人々を射抜いた。
そうして、そこからアイゼン兵は大きく盛り返す。母に不様な姿は見せられない。そんな風であった。
なんて思うのは、身内の欲目、買い被りが過ぎるだろうか……。
なんにせよ、活を入れ直した兵と魔獣の衝突は夜明けを越えて、朝まで続いた。
らしい。
らしいと言うのは、俺が詳細を見ていた訳ではなく、後から人伝に聞いた話だからである。
見てない理由は、まぁ……いいよね?
アイゼン城での大きな衝突の収束に伴い、泣きすがり、フレアから離れたがらないリョーシカを除いたアクアやマトなど、城の守りの任についていた者達も街の防衛の為の合流を果す。
次から次へと魔獣を吐き出し続ける嘔吐過多気味の壊れた大門を、タラスクが身を張って塞ぎ、口に食べ物でも詰めるかの様にして後続の魔獣を立つ。体積の増減をそんな事に使うとは……、何とも便利な亀である。
そうして防戦を続けた昼前。壊れた北の大門とは別に口を開けたのは東側の大門であった。
但し、東側の門が開いたのは壊れたからではなく、意図的に開いたものであった。
開け放たれた門からアイゼン王国内へと入って来たのは、亜人達、そしてアイゼンの南に位置するラリアという国の友軍。
人間の街にあって、様々な容姿を持った亜人も目立つのだが、それ以上に目立ったのはラリア兵達だろう。
ラリア兵は人間である。正確に言えば、目立つのはラリア兵達が跨がる二足歩行の奇妙な動物。
人よりも一回り程の大きさのその動物は、歩くのではなく、二足でぴょんぴょん跳び跳ねて移動を行っていた。
どこもかしこもぴょんぴょんぴょんぴょん。
右も左もぴょんぴょんぴょんぴょん。
一頭に付き一人のラリア兵を乗せた多くのそれらがひとつの塊となって跳び跳ねる様子は、なんとも不思議な光景であった。
乗っててキツくないのかな? 別にどうでも良いけど……。
亜人の更なる増援と、ラリア兵の参戦により大きく数を増したアイゼン、エディン、ラリアの連合軍は、防戦一方だったそこからは攻勢に転じ、夕焼けの訪れと共に魔獣の殲滅と云う形で勝利を迎えた。
不休で続けられた魔獣の進撃は、多くの犠牲を出しつつも、こうして幕を閉じたのである。
破壊された大門の復旧や、住まいを失った民の受け入れなどと云った急務となるゴタゴタ。それらに一定の目処が立ったのは、襲撃から三日後の事であった。
明けた四日後。
大きく拓けた城門前に、朝から多くの国民が集まった。
そうして、澄み渡る青空の下で行われたのは、犠牲者の冥福を祈る為に開かれた合同の追悼式。
合同ではあるものの、一際大きく祭壇を飾るフレアの肖像画が妙に印象的な式典であった。
この国に於いてフレアは大賢人とでも言うべきポジションなので、当たり前と言えば当たり前なのかも知れないのだけれど。
妙に印象的だと感じたのは、俺が余りそういう印象をフレアに持っていなかったからであろう。
いくら身内が立派で凄い功績を残したとしても、へへーと頭を下げたりはしない。むしろ、身内が偉くて我が事の様に誇らしい。そんな風。
なもんで、フレアを偲び、多くの国民達が涙を流す光景は、曖昧な新鮮さを伴う嬉しさがあった。
フレア本人でも無いのに、誘発されたその感情を、俺が持つのも不思議なもんだなと思った。
不思議な感情の感触は、謎の物体にでも触れているかのようで、しばらく異物となって俺の内にしこりとなって残った。悪性ではなく、むしろ健康的になるやつ。
そんなこんなで色々と物事が進んでいくアイゼンで、俺は何をするでもなくボンヤリと過ごしていた。
何もする気が起きない。勿論それもあるのだが、それでも頭は動く様に出来ているらしく、雲を眺めて、星を眺めて、街を眺めて、人を眺めて、日がな一日考え事に終始して何となく過ごす。
この一週間の思考の前半は……。うん、置いておくとして。後半部分。いくつかの懸念について整理しておこう。
ひとつは、ザ・ワンの謎の消失だろう。
何故、ああいう結果となったのか。原因が分からずモヤモヤする。
折れた聖剣については、現在も継続中。
まぁこれは、竜の園に行けば自ずと解決しそうではある。
と言っても、あくまで素材的な話で、直るかどうかは別の話。そこについては園にいる人物に話を聞けばヒント位は得られると考えている。
その人物というのは竜の園を管理する竜の御子である。
タイガーの話では、アイゼンの危機を亜人達に知らせ、ドラゴンを送り込んで来たのもその人物なんだとか。
名前は言ってなかったが、四百年前と同じならばウロだろう。竜人の寿命がどの位か分からないので何とも言えない。もし、ウロが健在ならば600歳という事になるが、そこは会ってからのお楽しみか。
それからもうひとつ。
懸念、というか心配事。
プチが行方不明である。
契約でいまだ繋がっていると感じるので、無事だとは思うが、一向に姿を見せない。弱っている様子もないが、かなり離れているんじゃないかと思う。
宝玉探知機アキマサのように、大雑把な方角さえ分からないので何処にいるのか手掛かりすらない。無事ならいずれ向こうから戻って来るとは思うのだが、プチが居ないと俺は完全に戦力外なので早く戻って欲しい今日この頃。
魔獣戦時。
ザ・ワンとの実力さが明白であった為、フレアの元へと向かわせたのだが、アクアの話では来ていないとの事。
俺の戦力外通告にショックを受けて家出、なんて事でなければ良いが……。
プチがフレアの元に居れば結果は違ったのでは? そんな事もチラッと思ったが、横で俺とアクアの話を聞いていたマトが、あの時、城には魔獣対策として大紅君様の結界が張り巡らされていたので入れなかった可能性もある、と語っていたので、どちらにせよプチはフレアの元へと辿り着けなかっただろう。
味方だが、やっぱり魔獣は魔獣なのだ。
あっ、そう考えたら力不足を嘆いての家出の可能性が高くなってきた気がする。
飼い主に似て繊細な犬である。
あとは、――――そうだな、フレアの魂を力として取り込んだ宝石。
俺の頭よりも小さいソレではあるが、常時持ち歩くのは不便だったので、アイゼンの修復要員として数日遅れで街にやって来たシグルスに頼んでペンダントにして貰った。
街の修復に来て早々に、ペンダント作りをさせられたシグルスではあったが、嫌な顔ひとつせず、むしろ光栄だと歓喜して取り組んでくれた。
アイゼンの民からすれば、優先順位考えろと思うのだろうが、俺の知った事ではない。
胸元のペンダントへと目を落とす。
紅い宝石は、脈動するかの如く中で魔力が渦を巻いていた。
普通の宝石と違い魔力を持つ宝石。魔法を扱える者なら、何らかの形で転用も出来るだろうが、生憎と俺は魔法を使えない。宝の持ち腐れだが気にしてはいけない。
そういう意図で持っている訳ではないのだから。
☆
『クリ』
俺がキラキラと陽光を反射する宝石を眺めていると、知った声が後ろから届けられた。
振り向くと、無表情のキリノが突っ立っていた。
一応、ちゃんと謝ったのだが、激情に任せて暴言を吐いたのでちょっと気不味い。
キリノは平気そうだし、気にした素振りも見せなかったが、いつも無表情なので内心どう思っているのか……。
そんな気不味さもあって、何と返事しようかと迷っていると、『アキマサが呼んでる。園行きについて』と、キリノの方から要件を告げてきた。
「ああ、……分かった」
それだけ返すと、キリノは『先に戻ってる』と言い残し、さっさと城に戻っていってしまった。
う~ん、やっぱりちょっと怒ってるのかな?
一度も振り返る事なく城へと飛び去ってしまったキリノの後ろ姿を見て、そんな風に思った。