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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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魔女のお供をするにあたって・3

『なぁ、何でアカンのんな?』

「逆に何でいけると思ったんだよ」


 おどろおどろしい森を抜ける為、足を進める。

 そんな俺の後ろを真昼の影の様にぴったりと張り付いたフレアが追ってくる。

 そうして行われるのは、昨日からウンザリする程に繰り返される同じ様なやり取り。

 諦めるという扉を開ける事を知らないらしいフレアは、恋人は無理だ、と何度も口にする俺の言葉を受け取る度に、グシャグシャと丸めて窓から投げ捨てていた。


『どんな償いでもするゆうてくれたやんか』

「出来る限りと言っただろ」

『恋人くらいなれるやんか』

「妖精だぞ? 馬鹿も休み休み言え」

『そんなんうちは気にせぇーへんよ』

「気にしろ」

『なぁ、クリ~』


 フレアに目を向ける事もなく、ひたすら真っ直ぐ森の中を進みながら嘆息をつく。


 昨日、『恋人になって欲しい』というフレアの発言に「ああ」と生返事を返し、スリスリと頬で散々蹂躙される中、事態の整理整頓に努めた。

 当初こそ、裸を見たから死んでくれ。と言われなかっただけマシかとも思ったが、こんな事になるならいっそ死んでくれと言われた方が良かった。


「何の冗談だ?」と、尋ねる俺に、『冗談なんかじゃないわ。私は本気よ?』と熱っぽい視線で返されてしまい、大いに戸惑った。

 人間と妖精で恋愛など、今だかつて聞いた事がない。

 人間と人魚など種族を越えた純愛が無いとは言わない。だが、それは種族は違えど、あくまで互いに性別があるからこそ成り立つ関係だろう。

 種族があって、性別があって、そこに恋愛をカチッと嵌め込み外付けするだけ。

 尚、種族と性別は命という商品のセット内容に含まれるが、恋愛という拡張用部品は別売りである。

 欲しい方は自分で買って、どーぞ。


 でもって、性別というオプションは、妖精のセット内容に含まれておりません。

 いくら恋愛を買ってきても、取り付ける性別が無いのでどうしようも無いのだ。

 手を変え品を変え、フレアにその事を何度説明しても『気にしない。愛があれば良い』の一点張り。

 取り付け部位が無いなら溶接しちゃえば良いじゃん? とでもいう様な度肝を抜く発想である。


 最初の1歩こそ、おそるおそると云った風に弱々しい態度であったが、長く押し問答を重ねる内に、そんな態度も蹴り飛ばし、そこからは怒涛とも云える驚異の攻め。引く事を知らない猪の如きがぶり寄りであった。

 あまりにもしつこいフレアの詰め寄りにウンザリして、彼女がいつの間にか妙な喋り方になっているのにも気付かなかった。

 どうやらこの妙ちきりんな喋り方が素であるらしい。


『なぁ~、クリ~』

 フレアが、甘える様な声で俺の名を呼ぶ。


「しつこいぞ」

 止まって、後ろを振り向き少しキツい口調で言う。

 フレアは少しおののいた様子で、俺に合わせて立ち止まる。


「大体寿命も体格も違うんだ。どうしたって恋愛なんて無理だろう?」

 諭す様に言うと、フレアは少し呆けた感じで俺を見つめてきた。

 そうして少し見つめあって、『怒った顔もオットコマエやなぁ~』と、頬に手をあてうっとりと呟いた。

 この始末である。手に負えない


 ウンザリした顔で踵を返し、再び森を進む。

 もうどうやったら諦めてくれるのか見当もつかん。


『あんな、寿命は別に気にせんでええねん』

 進み始めた俺を追いながらフレアがそう背中越しに語りかけてくる。


「だから気にしろよ。一応言っとくが妖精の寿命は長いぞ」

 通常の妖精ならば軽く数百年は生きる。

 ただ、その辺りは七夜の樹次第なのでハッキリと何年とは言えない。

 千年生きる奴もいれば、二百年位の奴もいる。同じ妖精でもかなりバラつきがあるのだ。中でも俺は特別に長い。まして今の体は人工生命体(ホムンクルス)の為、寿命など在ってない様なものだ。


「なぁ、ウチいくつに見える?」

 後ろからフレアがそんな事を質問してきた。


「あぁ? あ~、そうだな。20前半だな」

 歩みを止めずに少し考え、素直に感じたままの歳を告げる。


『ぶぶー、ハズレ。正解は218歳でした』

「はぁ?」

 フレアの発した年齢に、思わず歩みを止め振り返る。


『びっくりした?』

「冗談だよな?」

『冗談ちゃうよ』

 フレアが首を横に振って冗談ではないと告げる。


『あんな、ウチずっと昔、ぺーぺー魔法使いの頃、ある魔導士に不老長寿になる術をしてもろうてん』

「何だそれ? そんな術があるのか?」

『せやねん。まぁ、術を施す相手の技術もさる事ながら、自分の練度も無いと失敗して死んでまうんやけどな』

「何だその危ない術は。お前もお前だが、施す魔導士も魔導士だ」

『いや、あの人は悪ないねん。ウチ、実験に失敗して死にかけとったからな。回復魔法ではどないもならんよってに、仕方無くや』

「お前、この森でぶっ倒れてたのも失敗したからなんだろ? すぐ死にかけるのな」

『失敗を恐れへんのはウチのええとこやから』

 頭を掻いて照れた様にフレアが笑う。


「駄目なとこだ」

 死にたがりに呆れた目を向けた後、再び先に進み始める。

 何の実験か知らないが、俺がとんでもなく危険な奴に関わってしまった事だけは理解出来た。

 普段は退屈をもて余すくせに、いざ目の前に刺激が現れると途端に億劫になる。


『せやからな、ウチも寿命は長いさかい、その辺の心配はいらへん。むしろお似合いやと思うねん。普通の人間やとウチみたく長くは生きられへんし』

「体格も違うだろうが」

『背の高い女もおれば、低い男かておるやんか』

「限度があるだろ」

『別にそんなん――――あっ』

 言いかけて、何かを思ったのかフレアが言葉を止めてしまった。

 

「何だよ?」

 またまた足を止め、フレアに向き直る。

 そこまで聞きたい訳でもなかったが、気になると言えば気になる。

 立ち止まったフレアは両手を組んで、しきりに指を動かしながら、もじもじと顔を僅かに赤らめ、やや俯いてしまっていた。

 そんなフレアの態度に意味が分からないと訝しげな顔を向ける。

 押せ押せだった今までとは少し違うフレアの様子に、よせば良いのに自由を手に入れた好奇心が活発になり、「どうかしたのか?」と尋ねて冒険に出掛けた。


『その―――体格が違うのを気にするちゅーのは、あの……ウチとそういう事が出来へんのを気にしてるって事やんな? 恋人ならやっぱそういう行為も、なぁ?』


「アホか」

 盛大に勘違いするフレアに毒づいて、踵を返した。

 やっぱりろくな冒険じゃなかったな。

 どうしてそういう話になるのか理解出来ない。



 置き去りにする勢いでさっさと進む俺を、少し慌てた様子でフレアが追い掛けてくる。

 フレアはそのまま俺の隣まで来ると、『体を小さくする魔法や術は知らんのやけど、三年、いや二年待ってもろたら作り出してみせるさかい、そん時は、その……』

 気恥ずかしそうに、もじもじと指を回してフレアが言ってくる。


「いらん」

 ハッキリきっぱり拒否を示しておく。


『そ、そうやんな。別に同じ体格やのぅても、工夫すればどうにか出来るやんな』

「何でそうなる」

 呆れを通り越して、もう感心してしまう。

 どれだけ前向きなんだコイツは。


『子供は出来へんけど……ウチな、性格は明るいから一緒におったら楽しいと思うねん』

 子供が出来なくて当たり前だ。

 俺にそういう機能は備わっていない。

 お前と違ってこっちは常に素っ裸なんだ。それについては見れば直ぐに分かるだろ。


『魔法薬売ったり占いとかしてな、お金もぎょーさん持ってんねん』

 金なんぞには興味はない。

 むしろ金に興味のある強欲な妖精なぞ見た事も聞いた事もない。


『お料理も得意やで』

 そうか。でも、残念だが俺は少食なんだ。

 木の実ひとつで腹いっぱいになる俺の胃袋を掴むのに料理は必要ない。


『意外と世話好きやし』

 意外って思える程長い付き合いじゃないんだが。

 と言うか、さっきから恋人通り越したその先の話になってないか?

 まぁ、どっちにしたっておんなじか。無理なものは無理。


『あと――――』

 なんだ? まだアピールポイントがあるのか?

 そもそも恋愛なぞをする気が全く無いのだ。

 恋愛、結婚、そう云った類いの物をぶら提げていない俺の身軽な意思の平行棒は、いくら棒で叩いたって折れたりせん。

 何を言われても首を縦には振らんぞ。

 

『ウチ、めっちゃしつこい』

 一瞬だけ時が止まった後で、頭の先から爪の先まで満遍なく震えた。これからずっとフレアに付きまとわれるのか、と。

 棒で叩いて折れないならば、斧でぶったぎる。

 そんな悪魔の所業を口にしたフレアに顔を向けて、大きな溜め息をついた。


「――――分かった。降参だ。もう好きにしてくれ」

 もはや空っぽになってしまった抵抗心をドブに投げ、そう言って俺は首を縦に振った。

 期待した、ドブから反抗心を掬い上げ二択を提示してくれる女神様は、ついぞ現れてくれなかった。


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