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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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魔女のお供をするにあたって・2

 かたく目を瞑り、痛くない様にと祈りながらその時を待つ。


 待つ。


 あれ~? いつまで経ってもやって来ないその時に、逆にちょっと不安になる。

 もしかして、気付かなかっただけで死んだのか?

 一瞬過ぎて咬まれた事にも気付かなかったとか?

 そんな風に思いながらゆっくりと目を開ける。

 目を開いた俺の前には、先程まで牙を剥き出しにしていた熊の顔は無かった。

 それは文字通り熊の顔が無いのである。

 俺を押さえつける体はそのまま、熊の顔だけ綺麗さっぱり消えており、顔が繋がっていたであろう首根っこからは、ボタボタと血が溢れ落ちていた。

 はて? この子は一体何処で頭を無くしてしまったのか?

 ボタリと横向けで倒れる熊の体を見つめつつ、頭の行方について考える。


 勿論、本気で落として無くしたなどと思っている訳ではなく、何が起きたのかという現状分析である。

 で、その俺の分析によれば熊の頭は、疲れた様に木に手をついて立ち、残った右手をこちらにかざしている彼女の仕業であろう。

 魔法か、或いはそれに準ずる何か。それを彼女が行使して俺のピンチを助けてくれた様だ。

 彼女というのは勿論彼女で、名前は知らないがついさっきまで俺の作ったテントの中で六日も寝ていた彼女の事だ。

 俺が現状の把握に努めつつ、彼女に目を向けていると、グラリと彼女の体が傾き、そのまま前のめりで地面に倒れふしてしまった。


「お、おい! 大丈夫か!?」

 慌てて傍による。

 彼女はうつ伏せのまま顔だけを横に向け俺を見た。その顔色はあまり良くない。呼吸も弱々しいものだった。


 彼女は顔こそこちらに向けたが、特に言葉も発しない。喋るだけでもキツいのかも知れない。なんせ六日も寝ていたのだ。水分は与えていたとはいえ、まともな体力など有りはしないだろう。


「ありがとう。助かったよ」

 とにもかくにも、先ずは俺を窮地から助けてくれた事への礼を述べると、彼女は小さく微笑んでから、ゆっくりと体を起こした。


「横になってなくて大丈夫か?」

 ダルそうに体を木に預けて座る彼女に尋ねる。


『大丈夫よ。ちょっと眩暈がしただけだから』

 頭を木の幹にコツンと預けながら上向きがちに彼女が返してきた。

 しばらく、そうやって休んだ後、彼女の方から口を開いた。

『私はフレア。魔女フレア』


「……俺はクリだ」

 彼女が名前を告げてきたので、俺も返す。

 彼女は反復する様に小さく『クリ……』と、俺の名前を呟く。

 それから小さく微笑んで、『助けてくれてありがとう、クリ』と、礼を述べてくる。


「覚えてるのか? 寝てた時の事」

『ええ、ぼんやりだけど……。クリがずっと看病してくれて、守ってくれて。 ――――だから……ありがとう』

「まぁ、な」

 再び礼を言って、優しげに微笑んだ。柔らかい表情を向けてくるフレアに、何だか妙に照れくさくなって、頬を掻いて素っ気なく返す。

 ややあってから、

『ところで――――』

 と、フレアが口にし、一度言葉を切り、自分の体に目をやりマジマジと眺めてから口を開く。

 『どうして私は裸なのかしら?』、と。


 フレアの問い掛けに「俺が脱がせた訳じゃないぞ?」、と返しておいた。


 そうなのだ。

 フレアは見付けた時から既に服を着ておらず、素っ裸で森に倒れていたのである。

 だからこそ俺は最初に警戒した。何故素っ裸なのかと。

 人里離れた森の中、若い女性が素っ裸で倒れていたら誰だって怪しむだろう。罠かなって。

 欲にまみれた野郎であれば、間違いなく引っ掛かる。

 そうして、怖いお兄さんが出てきたり、怪しい壺や御札を買わされたりするのだ。

 怖い世の中である。

 名誉の為にキチンと言っておくが、俺はやましい気持ちで助けた訳ではない。無性の妖精の俺にそんな気持ちを求められても困ってしまう。

 俺は至って悪くない。

 悪くないのだが、フレアが真顔で俺に視線をぶつけてくる。

 不思議なもので、後ろめたい事が無いにも関わらず、その視線がやたらと冷たく感じた。

 冗談ではない。助けて変態のレッテルを貼られるなどゴメンである。


「誓って言うが、俺は何もしてないぞ」

 両手を上げて降参のポーズでそう告げる。

 嘘ではない。本当にやましい事は何もしちゃいない。


 フレアはしばらく俺の横顔をじーっと眺めた後、おもむろに口を開いた。

『でも裸は見たわよね?』


「見て、―――なくもないが、不可抗力だ。それに直ぐに枯れ葉で隠したんだぞ? 流石に目のやり場に困るし、何より寒いだろうと思って」


『裸、見たわよね?』

 言い訳しても、尚もフレアは表情を変えず淡々と俺を責め立ててきた。


「……はい、見ました」

 常に素っ裸の妖精に裸を見られる事への羞恥などはないし、ついでに言うと生殖器もない。

 ゆえに裸を見られる事が、どれだけ恥ずかしい事なのかは想像するしかない。

 しかしながら、不可抗力とはいえ、見られた本人からすれば、俺が妖精だとか、恩人だとかそういった事情は関係ないのかも知れない。 

 長々と言い訳して火に油を注ぐ前に、素直に謝ってしまおう。許して貰えるまで謝って謝って、謝りたおす他あるまい。

 何より、病床から起きたばかりの絶不調で熊を一撃で倒してしまう魔女とやらを怒らせては、それこそ死んでしまう。殺されてしまいそうだ。


「すいませんでした。可能な限り、どんな償いでも致します」 

 降参のポーズを崩す事なく謝罪する。

 死んでくれ、と言われたらどうしよう。

 尚、今この瞬間もフレアは素っ裸なので、出来るだけフレアの方を見ずに応対している。


『……本当にどんな償いでもして頂けるのかしら?』


「可能な限り、は」

 そう返すと、しばらくフレアが押し黙ってしまった。

 どうやって死んで貰おうか、とかそんな事を考えているのなら今のうちに逃げてしまおうか。

 魔法は怖いが体力は戻っていないだろうから、離れてさえしまえば逃げる事は出来そうだ。


『本当にどんな事でもして頂けるのかしら?』

 再度フレアが尋ねてくる。

 信用していないのだろうか。まぁ、六日一緒に居たとはいえ、ずっと寝ていた彼女からすれば初対面みたいなもんであろうし、仕方無いのかも。


「ああ」

 フレアの問い掛けに二つ返事で返す。

 その間も俺の頭の中では、どうやって逃げようか、という思考に終始していた。


『なんでも?』

 三度の問い掛け。


「ああ」

 やはりここは、「あ、あれはなんだ!?」と後方に注意を逸らして逃げてしまう作戦が良いか。

 引っ掛かる間抜けがいるかは別にして……。

 いや、でも意外とこういう古い手の方が――――


『なら、その……』

「ああ」

 気のない返事。

 思考を続ける俺はもはや上の空。フレアの言葉など右から左に抜けていた。


『恋人になって頂けないかしら?』

「ああ」



「ん?」

 今なんと言った?

 もう一度聞き直そうとフレアに顔を向ける。

 胸を露にした裸のフレアが視界におさまった。


『裸。見たんだから責任取ってよね?』

 少し顔を赤くしたフレアがはにかみながらそう口にした後、訳が分からず固まる俺を手で優しく掴まえ、そのまま自分の頬まで引き寄せた。

 それから、愛おしそうに何度も俺の名を呼びながら、またまた何度もスリスリと頬を擦りつけてくる。



 こうして良く分からない間に、俺に恋人が出来た。


 

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