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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅰ章【お供になるまで】
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仮面のお供をするにあたって・4

 不意打ちの視線にギョッとして、その事も勿論心臓に悪いのだが、子供の好奇心というのは存外馬鹿に出来ないもので、歯止めを効かせてやらないと際限なく上昇していく。

 でもって、上昇し過ぎて着地点を見失った挙げ句、危ない目にあうというのも珍しくない。そう言った意味でも子供とはなんとも心臓に悪い生き物であると思う。


『何か用かな?』

 ゆっくりと扉まで歩み寄ったアキマサが、これまたゆっくりと扉を開けながら少女に声をかけた。

 その間、少女は瞬きすらも忘れた様にアキマサを凝視し続け、それは扉が開いてもなお荘厳華麗な神事であるかの如く、粛々と行われた。

 7歳前後の可愛らしい少女であるのだが、ただ無言でアキマサを射続けるその目、その表情は、建物の作る陰影と絶妙にフィーリングを交わしたせいかひどく不気味に見えた。


『お嬢ちゃん、何か用かな?』

 その異様な雰囲気に呑まれそうになったのかアキマサが再度声をかける。お嬢ちゃん、と付け加えられたその部分に、これは少女。他の何かでは決してない。とでも言いたげな感情が混じって見えた気がした。


 そうして、ここ数日で1番頑張ったんじゃないかと思えるアキマサの発声に反応して、少女が数度瞬きしてみせた。その表情はきょとんという擬音が聞こえて来そうな程、それはもう見事なきょとん顔であった。

 そうやって少女が少女らしい反応を見せた事にアキマサと二人束の間の安堵を覗かせていると、少女はくるりと踵を返し、トテトテと小気味良い音を鳴らして去っていってしまった。


 あんまりの出来事に俺もアキマサも、しばらく少女の曲がっていった建物の角を無言で眺めるという行為に勤しむ他なかった。


 やや間を空けて、俺が口を開く。


「なんだったんだ?」

『……さぁ』

「魔獣が珍しかったのかな?」

『かもしれませんね』

 アキマサとそんなやり取りを交わした僅かな時間ののち、


『あっ、戻って来た』

 再び建物の角から現れた少女を目にしたアキマサが一人言の様に呟いた。

 扉は開けっ放しであった為、今度はダイレクトに少女の接近が視界に収まった。

 少女は先程と寸分違わぬ位置で立ち止まると、一度だけ視線を明後日へと泳がせて、それから意を決した様に言葉を紡いだ。


『あ! あの!』

『はい。なんでしょう?』

 膝を曲げ、少女と同じ目線まで落した後、先程とはうってかわり、微笑み、余裕のある応対で少女と向き合うアキマサ。


『助けてください。友達が人攫いに捕まってしまいました。お願いします』

 ――――はい。

 ――――はい。よくできました。

 この場が御遊戯の発表会であれば、笑顔を添えて大きな拍手を送ってやるのだが、残念ながらやや臭う馬小屋で、更に残念な事に台詞と感情が一切噛み合わない清々しいまでの棒読みであった為、正直、どういう反応を示すのが正しいのか大いに悩む結果だけを残した。

 それはアキマサも同様だった様で、微笑んだまま悲しげ、という実にミスマッチな表情をこちらに向けて来た。どうしたら良いのかと目が言っている。俺に聞くな。


『ダメですか?』

 不安そうな少女の声。

 さて困った。

 確かに大根。少女に女優の才能が有るか無いかは置いといて、汚く悪どい大人の息があからさまに漂うこの少女の話を鵜呑みにして、似合いもしない正義の御旗を掲げノコノコと人助けに出て良いものか。罠だと知りつつ、それに嵌まるのは馬鹿のやる事であろう。

 入国時から兵士達の熱いラヴコールを受けたこちら側としては否が応にもこの少女の助けを受ける訳にはいかない。

 しかしなぁ――――いかないのだが、実は全くの無関係で、仮に、例えば、万が一、もしかしたら、百歩譲って、本当に、少女が言うように人攫いがいて、友達を拐っていったという可能性が絶対に無いとも言い切れない。

 バルド王国は広い。昨日今日来たばかりの俺達が知らないだけで、豊かな国である表の顔の裏側に、そういう輩が蔓延る土壌が無いとも限らないのだ。

 もしそうならば、ここで断ってしまうと言う事は、こうして勇気を振り絞り助けを乞いにやって来た健気で優しい少女の心を踏みにじり、とびっきりの大きな傷を作ってしまうのは確実だ。

 嗚呼、そんな嫌な大人にはなりたくないなぁ。

 この際、何故親なり国の兵士なりに相談せずピンポイントで俺達の元へとやって来たのかなどは些細な事なのだ。うん。


 ここ最近で1番大きな溜め息をついてから、どうしたものかとコチラと少女を交互に見やるアキマサへと声をかける。


「行くかぁ、アキマサ」

『まぁ、実際に争う事になるとしたらクリさん……プチの出番な訳ですし、プチがそう言うなら』

「それじゃあ、えっ~と……名前は?」

『コハクです!』

 大変元気な返事がかえってくる。


「そう……じゃあ、コハクちゃん。その友達が拐われたって場所まで案内出来るかな?」

 コハクには俺の声は魔獣であるプチの声として認識されているであろう事を考慮して、出来るだけ優しい声色を意識して投げ掛ける。

 そんな俺の問いにコハクが何故かきょとんとした顔を見せる。

 なんだよ? なんか怪しかったか?


『拐われた場所分かんないとか?』

 コハクの様子を察してアキマサがそう尋ねる。

 コハクは大きく首を横に振って否定を示してきた。


『拐われた場所……は分かんない』

 分かんないのかよ。今なんで首を横に振ったんだ?


『でも皆がいる場所は分かる』

「おー、皆の居場所分かるんだ。すごいねーコハクちゃんは」

 棒読み気味にそう誉めると、少し誇らしげにコハクが微笑んだ。


 分かっちゃ駄目だろ、そこは。それようするに人攫いのアジトが分かってますって事だからな? 

 雑なんだよどいつもこいつも。いや、コハクちゃんは悪くないか。この場合、明確な指示を与えなかったアホな大人が悪い。コハクちゃんは、友達が拐われたので助けて欲しいと言って、そのアジトとやらに俺達を呼び寄せなさい。おそらくだが、そういう最低限の指示しか受けていないのだろう。ゆえに、誘拐された場所などと問われてもコハクちゃんには良くて『どっかその辺』くらいのざっくばらんな返答しか期待出来ない。

 その最低限の指示は子供ゆえの配慮なのかも知れないが、アドリブなど期待出来ない年齢ゆえか早くも裏に隠れたシナリオが見るも無惨にぼろぼろと顔を出し始めた。むしろ最初から隠れていなかった気もするが……。気のせいだろう。


『本当に行きます?』

 アキマサが苦笑いで再確認を取ってくる。

 流石に悪意に疎いアキマサであっても、見ているこっちが恥ずかしさを感じる程の茶番劇の意図には気付いている様だ。


 少し考えてからアキマサの問いに返す。


「行こう……。―――――考えてもみろ、もしここで行かなかったらきっと、第二、第三の更なる刺客(大根)が現れるぞ」

『それは……困りますね』

「だろ? なら、もういっそ付き合おう。その方がいい」

 可愛い少女の次は、若い娘か、はたまた老人か。とにかく大根がやってくる。想像だが、きっと大根だ。

 そうやって大根達から見え隠れする種の丸見えなドッキリほどガッカリするものもない。不意の驚きも無ければ、胸踊る期待すらない。ただただ無駄に時間だけを浪費する不健全な非日常。日常であってたまるか。


「まぁ、とにかく行ってみようか。コハクちゃん、案内してくれる?」

 俺とアキマサのやり取りを静かに聞いていたお利口さんにそう言う。


『はい!』

 現在進行形で友達が誘拐されているというとってもデンジャーな渦中に身を置くコハクちゃんが、満面の笑みで元気良く返事を寄越した。

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