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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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魔女のお供をするにあたって

 マロンが旅に出るより少し前の話になる。400年とちょっと前かな。

 10年程、一人の人間と暮らしていた時期があった。

 のちに、魔法の実験に失敗したと語った彼女は瀕死の重傷で、黒く変色し、おどろおどろしい棘の生えた蔓の鬱蒼と茂る森の中にいた。

 瀕死の彼女を見付けたのは偶然。

 たまたま、何か不気味な森を見付けて興味本位で森の中へと足を運んだところ、道端で倒れ、気絶していた彼女を発見した。

 その森。禍の影響からか木々が変異してしまっており、だからといって木々が襲って来たりといった危険は無かったのだが、人が足を踏み入れるには躊躇してしまう怖さを醸し出していた。

 ゆえに、何故こんな所に人がいるのか、とちょっと怪しいシチュエーションに最初は警戒したのだが、見付けてしまった以上、助けない訳にもいくまい。

 しかしながら、小さな妖精の俺が彼女を安全な場所まで運ぶなどという芸当が出来る訳もないので、その場での応急手当という形を取る事にした。

 触りたくねぇと思いながらも、棘の突き出るおどろおどろしい蔓から生えるこれまたおどろおどろしい葉を蔓から切り取り、雨風を凌ぐ為の小さなテントを作ったりした。

 葉は人程の大きさで、テント作りには役立ったが、1枚運ぶだけでも俺の腕が悲鳴をあげた。

 そうして苦労して作り上げた一人がやっと入れる程の小さなテント。

 彼女は俺がテントの作成中も目を覚まさず、ずっと眠り続けていた。

 呼吸はしているので死んではいないだろう。ただ、その呼吸も随分弱々しいものであった。

 怪我らしい怪我といえば、小さな打ち身や擦り傷のみで、大怪我と呼べるものも見当たらなかった為、どうしたものかと頭を悩ませた。

 原因が分からない事には治療のしようもない。

 とりあえず、目についた小さな傷は、森を飛び回り摘み取った薬草を磨り潰して患部に宛がい対応した。

 飛び回って気付いたのだが、おどろおどろしい木々は森の西側部分のみで、東に行くにつれて、徐々に禍の影響も薄くなり、東側は至って普通の森であった。

 薬草に限らず、東側で果物なども得られた事は幸運だったと言える。

 人里離れた場所で、ひっそりと木々の茂るこの森の全部が全部、禍の影響を受けていたならば、手当ても何も無かったであろう。

 体力も心配だったが、それについても果物や薬草を磨り潰して混ぜ、それを搾って出た汁を少量づつ無理矢理流し込んで飲ませた。

 本当に少量づつであった為、それには多くの時間を取られる事となったのだが、流石に固形物は詰まりそうなので止めておいた。

 二日、三日。

 眠る彼女に一向の変化の無いまま、時間だけが過ぎていった。


 彼女を見付けてから四日目。

 いまだに目を覚ます気配はない。

 今日は朝から小雨が降っていた。

 葉っぱのテントの補強と、枯れ草集めを昨日の内にしておいて良かった。

 濡れた地面がテントの中にまで広がらない様にテントの周りの地面をせっせと掘り出して、テントを周りより少し高くしておいたが、それでもやはりちょっとテントの中の地面が湿り気を帯びていた。

 その日は一日、果汁を飲ませながら大雨にならない事を祈って過ごした。


 五日目。

 昨日の雨は強まる事なく夜中にはあがり、晴れた日となった。

 晴れたのは良いが、眠る彼女が少し熱を出した。

 やはり昨日の雨のせいだろう。

 陽も昇らない薄暗い時間帯から東側まで出向き、解熱用の飲み薬を作る為、せっせと穴を掘り植物の根を採集した。

 妖精の体は何かと不便である。

 何往復したか分からない採集活動が終わる頃には、すっかり陽は真上に差し掛かっていた。

 昨日の雨水を貯めておいたので、それに適当な葉をひたして濡らしオデコにあてた。

 無いよりはマシだと思ったのだが、葉は直ぐに乾き、何度も交換する羽目となる。

 しかし、そのかいあってか夜には彼女の熱も引いていた。

 何事も早目の対処が肝心だと思った。

 ヘトヘトだったので、熱が下がった事を確認した後、さっさと寝る事にしたのだが、うとうととしていると遠くから獣の遠吠えが聞こえてきた。

 襲われてはたまらないと、疲れた体を起こして、獣避けの植物を用意した。

 何処から?

 東側からである。

 何度も往復して集めている内に夜が明けた。




 六日目。

 早朝。一睡もせぬまま集めた獣避け用のハーブと木の実を磨り潰し、それを葉でくるんで纏める。

 製作過程で、かなりキツイ匂いが周囲と体に貼り付いた。眠気が少し飛んだ気がした。

 刺激臭のするそれらをテントの上と、周りの蔓に吊るしておく。

 これで絶対来ないという保証も無いが、幾分かマシだろう。

 そうやって一晩中駆け回り、頑張って作った獣避けであったが、昼過ぎには全て無駄になった。

 もはや日課となった果物の汁を飲ませていると、一頭の熊が鼻を鳴らしてテントへとやって来たのだ。


 大きくはない。ちょっとデカイ犬くらい。

 熊にしては比較的小型な種類だ。

 しかしそれは人間ならばの話。

 妖精の俺よりは何倍もデカイ。


 さて、困った。どうやって追い返そうか。

 俺の知っているこの種は、大人しい性格だと思っていたのだが、どうも今俺の眼前にいる熊は興奮していらっしゃる。

 獣避けを無視して来たのはそのせいだろう。

 興奮する理由は分からないが、とにかく帰って貰わないと困る。襲われてしまっては俺の腕力ではどうにもならない。

 試しに、彼女に磨り潰して与えていた果実のひとつを熊の足元まで転がしてみた。出来るだけ刺激しない様に。

 結果。

 はい、無視。全く気にも止めた様子がない。アウトオブ眼中。

 熊は果実をまるっと無視すると、のそのそとこちらのテントに近付き始める。

 勘弁してくれよ。

 心の中で熊に恨み節を吐きながら、この場をどう乗り切るかと頭を働かせる。

 見捨てて逃げようか、という選択肢も無くはない。

 たまたま見付けた名前も知らない他人である。俺が命懸けで助ける義理はない。

 この六日間の頑張りは無駄になるが、見ず知らずの他人の為に熊に殺されるよりはマシだろう。

 熊がゆっくりとこちらに近付く中、眠り続ける彼女を横目で見る。


 結局、彼女は運が無かったのだ。

 理由は知らないが、こんな森の中でぶっ倒れている事が不幸だ。

 それを見付けたのが人間ではなく、妖精の俺だった事が不幸だ。

 雨が降って、熱を出したのも不幸なら、今まさに熊に殺されそうになっているのも不幸なのだ。

 もうここまで不幸なら、運命だと諦めて頂きたい。

 君がここで死んでしまうのは運命だったんだよ。

 だからなぁ、おい。

 ほら、そこの小さい妖精さんよ。

 その手に持った枝を捨てて早くお逃げよ。

 近付く熊に睨む暇があるなら飛んで行っておしまいよ。

 ねぇ、大きな声で熊を挑発するのはおよしなさいよ。ほらみろ、追い掛けてきたぞ。



 何をやってるんだろうなぁ、俺は。


 軽口叩いて熊を挑発し、付かず離れずで熊から逃げながらそんな事を思う。


 とにかく一旦距離を取ろう。

 どうせ直ぐにテントに戻って来そうだが、それ以外に俺の出来る事は無い。

 こいつが森の外まで追い掛けて来るとも思わないが、出来るだけ距離を取ってそれから――――


 突然、視界が真っ暗になった。


 痛い。

 前を見ないで、熊を挑発しながら飛んでいたら木の枝にぶつかったらしい。

 頭がガンガンくらくらする。

 って痛がってる場合じゃなかった。急いで逃げないと。

 と?


 くらむ頭で飛び立とうとした直後、体を上から押さえつけられた。

 押さえつけた相手。

 勿論、当然、当たり前、熊であった。


「ちょっと話し合わないかな? 今後の身の振り方についてなんかを」

 熊にそう尋ねてみたけれど、

 駄目だね、言葉が通じないねこの子。くまったくまった。


 熊が大口を開けて、動けない俺に襲いかかる。

 人工生命体(ホムンクルス)とはいえ、殺されると痛いんだが……。

 迫る牙を眺めながらそんな事を思った。

 


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