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聖夜のお供をするにあたって・後編

「で、どうするんだ? アレ」

 追い掛けっこを続けるアキマサと水神を視界におさめながら、キリノに問う。


『アレは魔力の塊。但し、その魔力量は私の六割相当のエネルギー。簡単ではない』

 淡々とした口調でキリノが言う。

 キリノの魔力量の六割と言われても、全くピンと来ない。

 それは多分、俺に他者の力量を察するすべが無いせいだろう。


『キリノ、アキマサさんは平気なの?』

 心配そうな顔をしたアンが尋ねる。

 アンの心配も当然だとは思う。ちょっとプレゼントを渡しに来て大怪我したのでは洒落にならない。


 キリノはたっぷりと間を空けてから、呟く様に『さぁ?』と答えた。

 さぁ? って……。

 駄目じゃん。

 聞いたアンの顔がひきつった。


 そんなアンの心配を気にしてか、『放っておいても死んだりはしないと思いますよ。痛い思いはするかもですが』そう松虫が言葉を紡いだ。

 そう言えば普段は、松虫が水神に追っ掛け回されてるんだったな。

 今の話、松虫が五体満足でここにいる、というのがいい証拠だろう。

 当事者が語ると説得力が違いますな。


「いつもはどうやって場を治めてるんだ」松虫に問う。


『はい。いつもはラナちゃんが水神を叱りつけて終わります。そんな事しちゃ駄目だよって』


「それって立場逆じゃないか? ラナは水神に仕える御子な訳だから、主従関係として水神が上で、ラナは下だろ?」


『さぁ……。その辺りは僕は把握しておりませんゆえ』


「ふ~ん。まぁ良いか。とにかく水神はラナの言う事なら聞くって事だな?」


『そうです』


『あの~』

 俺と松虫の話を横で聞いていたアンが、おずおずと小さく手を挙げ、口を開く。


『ラナちゃん、寝てるんですけど?』


 そういう事らしい。





「方針は決まったな」

 腕組みをしながら、そう告げる。


「ようはラナを起こして水神を止めさせれば良いわけだ」


『出来ますかね?』不安そうにアン。

 続けて、

『最初の爆発といい、今といい。かなり派手な音を出してもラナちゃんが起きる気配が全く無いのですが……』


「……それもそうだな。何故だ?」


 俺の疑問に答える様にキリノが口を開く。『水神の庇護下にある間は外界の影響を受けない為。先程から、眠るラナとの意識の連結を試みてはいるけど上手くいかない。――――流石私の六割』


「あ、そう」

 自分を誉める方向にシフトするキリノに、面倒臭い奴を見る眼を向けつつ、説明には納得する。

 つまり、水神に守られている間はこちらからラナへの干渉は難しいという事だろう。

 元々水神はカーランの守り神らしいし、なかなかどうして優秀な奴である。


「優秀なのは分かったが、それで結局どうすりゃラナを起こせるんだ?」


『龍といえど、所詮はただの大きなトカゲ。餌付けしてみるというのは?』

 キリノが言う。雪ダルマの衣装を着ているのでキリノの表情は見えない。本気なのか冗談なのか区別がつかない。

 ――――いや、本気だったようだ。


 キリノが雪ダルマの手をサッと横に振ると、手の先から淡く輝く光の縄が飛び出した。

 光の縄は飛び出した勢いのまま松虫に巻き付く。

 突然の拘束に慌てる松虫。

 雪ダルマはその場でぐるんぐるんと高速回転を始めると、遠心力をたっぷり乗せて、光の縄に繋がれた松虫を放り投げた。

『あんまりだぁぁぁ!』

 叫び声を上げる松虫が、美しい放物線を描きながら水神の目の前へとすっ飛んでいく。

 飛びながら松虫は何を思ったのだろうか。

 生への渇望か。恨み節か。はたまた短い生涯の記憶を思い返し、花でも咲かせていたかもしれない。

 

『松虫、自ら進んで餌になる事を望むなんて』

 理不尽な選択を強制的に押し付ける事で生まれる反応を目一杯楽しもう、雪ダルマの口から漏れる言葉にはそんな感情が込もっている様であった。

 あの着ぐるみの中の表情を見るのが怖い。


 飛んで火に入る松の虫。

 龍に追われる個体が二つになった。


 二つになったが、状況は何も変わっちゃいない。

 相変わらずアンは心配そうで、鈴虫姫はゲラゲラと笑い転げていた。


 二人になっただけだが? キリノにそう尋ねようとして、思いとどまった。

 下手な横割は不幸を招く。

 俺の今までの経験がそう警笛を鳴らしている。ビー! ビー!

 光る筈のない雪ダルマの目玉が、キラリと光って俺を見た気がした。



 日常の敵は退屈で、退屈の敵は刺激で、刺激の敵は日常だ。

 ジャンケンの様な三竦み。三角関係。

 どれに属しているかで求めるものが違う。違うけれど欲張りはいつだって求め続ける。終わりっこないのにね。


 その考え方で言うと、俺は今、刺激政党を支持し、身を置いていると言えるだろう。

 欲しいモノは、ご多分に漏れず穏やかな日常で、喉から手が出る程に欲しい。お前が欲しい。


 松虫同様、光の縄で体をぐるぐると巻かれながらそんな事を思う。

 どんなに力を込めたって全くビクともしない光の縄。君の縄。

 何かそういうエロ動ががぁぁぁぁあ!


 高速回転を始めた雪ダルマに引っ張られる様に視界が回り始める。

 気持ち悪いを通り越して内臓が口から飛び出してしまいそうである。

 明日は我が身。

 松虫が投げ飛ばされた時点で、考慮して置くべきであった。離れて置くべきだった。後の祭りです。


『ワッショイ!』

 そんな掛け声と共に雪ダルマが手を放す。

 勝手に人の思考に合いの手を入れるんじゃない。

 弾丸の如き早さで放たれた俺は、そのまま水神の額へとぶち当たった。

 痛くはない。

 痛くないのは未だに縄が体に巻き付いているせいだろう。衝撃吸収素材で安心ですね。

 しかしながら、額から一向に離れないのはなんだ?

 水神の額に、まるで磁石かガムの様に貼り付いてしまい、オマケに身動きが取れないという状況。ハッキリ言って生きた心地がしなかった。

 水神が俺に噛み付こうか、振り落とそうかともがき暴れるが、お手ての短い龍に額の(ゴミ)をどうこうするすべ等なかった。


『はーい! みなさーん! 二次会場に向かいますよー!』

 手に持った拡声器ごしに雪ダルマがそう案内を開始。

 その事に、喰われる恐怖も忘れ、すっとんきょうに驚く。

 いやいやいや、意味分からんけど!?

 何だよ二次会場って!?

 意味が分からないのは俺を含めた一部の者、具体的に言うと水神に追い回されていたアキマサと松虫だけの様で、アンを含めた鈴虫姫達も何やらガヤガヤと移動を始めるのであった。


 わ~、凄い、3Dだよ。

 頭の上に浮かんだ疑問符を、至近距離から映像付きで鑑賞していると、逃げる事も忘れて、二次会場とやらに向かう人々をポケーと見ていたアキマサと松虫の二人を、水神が一口で飲み込んだ。パクっと。


 途端にどこからともなく流れ出す音楽。

 ソリと、風と、雪と、花が歌詞に出てきて、(ベル)が鳴るらしい。HEY!

 小気味良い音楽を響かせながら、水神が上空へと舞う。

 水神の体が透けている為、口の中にすっぽりと収まってしまったアキマサや松虫の姿も見える。

 ラナは相変わらず眠ったままだ。


 雲を突き抜け、天高く登った水神が空を泳ぐ。


 結構な速度で。


 寒い。

 なんてもんじゃない。

 ただでさえ速い速度は風を生み出し、更に高い高度の空気が冷たい。

 常識に当て嵌めるならば、俺は凍死してしまう。

 ぐるぐる巻きで、龍の額に貼り付いて、その上氷漬けなぞ恥の上塗りでしかない。

 何処まで行くのか知らないが、俺の体温も、命も、風前の灯。

 ああ、灯火よ。お前に火をくべたい。星まで届く程に燃え上がらせたい。この際、アキマサと松虫は燃料としてくべてしまっても構わない。


 寒さに堪えながらそんな妄想に花を咲かせて気を紛らわせていると、龍が高度を下げ始める。

 終わるらしい。この地獄が。

 終わるよね? 終わると良いなぁ。自由になりたい雲の様に。


 雲を下へと抜けると、見覚えのある風景が眼下に広がっていた。

 真上からだが、すぐにそれが何かを悟る。


 まず、間違いなく、七夜の樹である。

 雄々しく枝を、葉を広げ、力強く聳え立つ母の樹。


 ――――だったんだけど、ごめん、気のせいかな。広葉樹である筈の七夜の樹が、針葉樹のもみの木になってしまっているんだけど……。

 そんなんありか?


 水神は一度、地面スレスレまで下がると、アキマサと松虫を口から吐き出し、投げ捨てた。

 何故俺はそのリストに入っていないのか。破棄された二人に横恋慕にも似た嫉妬を抱く。不法投棄! 不法投棄!

 俺を額に貼り付けたまま龍が再び上昇を始める。

 真っ直ぐに上に向かわず、もみの木と化してしまった七夜の樹を囲む様に、ぐるぐると、ぐるぐると。

 幾つか、自分に降りかかろうとしている結末を予想。

 その間にも、だんだんと確実に近付く終わり。


 水神が七夜の樹の天辺に顎を乗せた所で、稀に見る刺激的な龍のジェットコースターは終わりを告げた。

 薄い水神の体がスゥーと更に薄くなり、消えていく。

 否。

 消えているのではなく変化している。

 そんな光景を七夜の樹の最先端からぼんやり眺める。

 縄は消えない。動けない。だけど羽根だけはちゃっかり縄の外へと抜け出していた。


『ラナ、起きて』

 ラナを両腕に、優しく抱く雪ダルマがそう語りかける。

 あれ? 衣装脱いどる。


『うぅ~ん』

 ようやく夢の世界から戻って来た美少女が、目をこすり


『キリノお姉ちゃん!』と、一気に覚醒して見せた。


『メリークリスマス、ラナ』

 優しくキリノがそう微笑むと同時、一気に辺りが明るくなった。

 変化した水神の体は、今や無数の星屑の如くキラキラと七夜の樹を飾り、彩る。

 それは大きな大きな、世界一大きなクリスマスツリー。


『凄い……。凄い凄い!』

 夜空に輝く満天の星にも負けない位のツリーの輝きに、キリノの腕に抱かれたままのラナが、これまたツリーに負けない位の満点な笑顔を見せる。

 ツリーの足元では、アキマサが、アンが、鈴虫姫が、松虫が、エディンの民が、東方三国の民が、みな一様に幸せそうな笑顔を見せてツリーを見上げていた。


 その天辺を飾る星として、一際輝くのが俺の羽根。

 すげー目立ってる、俺。

 まぁ、ほら、俺ってスター性あるし? みたいな?

 うん、うん。

 うん、うん。


 ――――ふっざけんなぁぁあ!

 何だよ星って!? スターって!?

 なめとんのか!

 

 なんなの!?

 アキマサとアンが下で手ぇなんか繋いでイチャコラして、キリノはラナと楽しそうで、鈴虫姫やモン爺達も旨そうなごちそう食って、

 ――――そんな中、ココ!? 俺ココ!?

 納得できねぇぇ――!

 大体、三日かかる云々の縛りは何処行ったんだよ!?

 


 クリスマスの夜。

 俺の嘆きが、祝福がしんしんと降り注ぐ雪の夜空にこだました。



 メリークリスマス





「終わった! 終わっちゃった! マジかよ!」

 

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