聖夜のお供をするにあたって・中編
白百合城の上。
ゴチャゴチャと打合せを始める。
どんな?
主に、演出についてである。
折角、三日、ああ、三日だとも、かけて東方三国まで来たのだから起きているラナと会おうと主張する俺と、サンタは子供が寝ている時に来るものだと主張するアキマサ。
クリスマス自体を良く知らないアンはアキマサ側に付き、キリノは別にどっちでもいいらしく、無言を貫いていた。
「良いか? 考えてもみろ。そもそもこっちにはクリスマスの習慣自体が無いんだ。正体バレが何だというのか。お前らだって、折角なんだからラナと遊びたいだろ?」
『遊びたいと言えば、そうなんですが、やはり子供の夢を守るのも大事だと』
『ふむ、妾はくりすますと云うモノを知らぬゆえ、役に立つ意見は出せぬのだが、ひとつだけ言っておくと――――ラナはもう寝ておるぞ?』
鈴虫姫があっけらかんと言ってのける。
「寝てるのかよ……。まだ早くないか?」
『起きておってもやる事は無いゆえな。東方三国の者の夜は早いのじゃ』
「そうなのか」
自己の感性ゆえ多少の贔屓目も込みなのだが、俺も森に住んでいた頃は、毎日が安定、安心しすぎていて、退屈な日々だった。
暇を持て余し、ボーと空を眺めて一日が終わるなんて事もざらだ。
退屈は人を駄目にする。
そんな時は、さっさと寝て、明日の仕事に精を出すのが健全だ。
鈴虫姫の言葉にひとり、そう納得し、おどけた様に肩を竦める。
それから、ちょっぴり間を空けてから口を開く。
「ひとつ聞いていいか?」
『なんじゃ?』
「すげーナチュラルに輪に入ってきたな」
俺の言葉に、鈴虫姫は、にへらっ、と暢気な笑みを浮かべて、肩にもたげていた首の位置を正す。
『ふむ。妾もお主らが自然に受け入れ過ぎて、あれ? 妾ってレギュラーだったかの? と危うく勘違いするところであった』
『久しぶりだね。鈴虫姫』
アンが、何も問題無いと云った風に軽く挨拶してみせる。
『久しぶり、になるのかのぅ? まだ十日余りしか経っておらんが……』
「おい、番外編で時間に言及するんじゃない」
取り合えず、全員に釘を刺してから本題に戻す。これ以上ソレに付き合う気はない。
「ラナが寝てるなら仕方無いな。プレゼントだけ置いて帰ろう」
『妾が届けておくか?』
『いえ、折角ですから寝顔だけでも見て帰りましょう』
『異議なし』
アキマサの案にキリノがすかさず賛同する。
『ふむ、構わんが……。――――難しいぞ?』
「寝てるんだろ? 何が難しい事があるんだよ?」
『ふむ――――先ず最初に言って置くと、ラナには天賦の才があった、という事じゃ』
「天賦の才? 何のだよ?」
『まぁ、聞け。キリノ殿から聞いた限りでは、ラナの血筋は水神の御子という話じゃが、妾は異国の事情には疎いゆえ、それの意味する事がいまいちはっきりとせなんだ』
鈴虫姫が神妙な面持ちでそう語り、一度言葉を切ってから続ける。
『それでじゃ。お主らに、宜しく頼むと任された手前、妾とて責任がある。大事な身の上じゃ。ゆえに、如何なる困難とて乗り切る強いオナゴにしてしんぜようと、妾が直々に稽古をつけたのじゃが』
「待て待て待て」
『なんじゃ?』
「本気だったのか、アレ?」
アレとは、ラナを預けた際に鈴虫姫の言った『強いオナゴにしてやろう』という言葉。
『無論じゃ――――での? 妾とて、まさかああなるとは思ってもみなかったのじゃ。否、お主らが水神の御子について、妾にもっと詳しく説明しておればこうは為らんかった。ゆえに、その辺りについては妾には責任は無いと思うのじゃが、如何か?』
「いや、……なぁ、ラナはどうなってるんだ?」
鈴虫姫の要領を得ない説明に、若干の苛立ちと不安を覚える。
こいつはラナに何をしでかしたんだ?
『妾にも分からん。何故、ああなったのか……いや、ホント、マジRKH』
まるで何かを諦めてしまう様な複雑な表情で鈴虫姫が首を横に振った。
『とにかくじゃ。行けば分かる。行かねば分からぬ何事も。by 父上』
親指を突き立てて力強く鈴虫姫が言い放った。
『と、とにかく、行ってみますか?』
少しひきつった表情のアキマサが、俺達の顔を順に見渡し、お伺いを立てる。
『そうですね。余り良い予感はしませんが……』と、アン。
『そうじゃ、もうひとつ』
と、鈴虫姫が口を挟む。
「まだ何かあるのか?」
恐る恐ると云った風に鈴虫姫に問う。
『ラナは寝起きが悪いのは知っておるだろう? 決して起こすでないぞ』
「……よ、よし。各自ラナを起こさない様、細心の注意を払って向かうとしよう。それで、部屋はどの辺りにあるんだ?」
『ふむ』
鈴虫姫は軽く頷くと、『おい、松虫。案内してやれ』と、何処に向けるでもなく言葉を投げる。
鈴虫姫が言うと、すぐに俺達から少し離れた位置にあった十数枚の瓦がひとりでに起き上がり『はい』と言葉を発した。
瓦って変装の選択肢に入る物なのかと乾いた笑いが出る。
『鈴虫姫は来ないの?』
そうアンが問うと、鈴虫姫は何の戸惑いもなく『よい』と言い切った。
その様子は、『頼まれてもお断りだ』という意志がありありと見えていた。
松虫の案内の元、白百合城の中を進む。
ぶっちゃけ城主に見付かり、こうして案内役までいるのだから堂々と玄関から入れば良さそうなものだが、『折角だから』とアキマサが煙突からの侵入を勧めて来たので、反論するのも面倒だと煙突からのご入城となった。
普通ならば、煤で真っ黒になりそうな煙突からの侵入ではあったのだが、煙突は一度も使用されておらず綺麗なモノ。当たり前か。
城の中は暗く、明りと呼べる物は窓から射し込む月明かりのみであったのだが、そこは大魔導士キリノ様の出番。
杖の頭に光を灯し、暗い城をラナの部屋に向かって歩く。
ラナの部屋は、城の一階部分と渡り廊下で直結する形で立つ離れにあった。
離れといっても建物は大きく、屋敷と云った様相で、ラナの部屋以外にも多くの部屋が見受けられた。
『ここです』
案内役の松虫が、ひとつの部屋の前で立ち止まり、そう告げた。
『……入りましょう』
アキマサが声を潜めて告げ、襖をゆっくりと静かに開けていく。
大きな袋を担いだ変態マングローブ。端から見れば、その様子、姿は誘拐犯でしかなかった。
アキマサが、襖を半分程開けて体をゆっくりと中に滑り込ませる。マングローブの衣装に飾られた葉が襖に擦れ、カサカサと音を鳴らした。
ほんの小さな音ではあるが、静まり返った空間ではやけに大きく聞こえる。
アキマサに続いて、俺達も順に部屋へと入る。松虫は部屋の外で待機するつもりの様で、頭だけを襖から覗かせていた。
真っ暗な部屋の中には、畳に敷かれた二つの布団。
片方は藻抜けの空。
もう片方にはこちらに足を向けて眠る誰かの姿があった。
暗くて、ここからでは顔は見えないが、掛け布団の膨らみの大きさからしてラナであろう。
『普段は、お雪さんが一緒に寝てらっしゃいます。お雪さんはラナちゃんのお世話係兼護衛をされておりますので。今は鈴虫姫様と一緒におられますので、布団が空なのはそれゆえです』
背後からぼそぼそと松虫が説明を飛ばしてくる。
お雪といえば、鈴虫姫御抱えのくノ一で、胸に巨大な兵器を搭載している色白の美人さんだ。
あの巨乳さんがラナの世話係なのか。
羨ましい。
羨ましい。
「ラナが起きない内にプレゼント置いて、寝顔を拝んで帰ろう」
俺が蚊の鳴く様な声で言うと、アキマサ達も小さく頷き、そろそろとラナの枕元側へと移動を始める。
暗闇の中、小さな寝息を立てるラナの横顔が目に入る。
可愛らしい。
素直にそう思った。
目が幸せとはこういう事を言うんだろう。
アキマサやアンも、幸せそうに目を細めてラナの横顔に見入っている。
キリノに至っては何故かぽろぽろと泣いて、それでもラナから視線を外す事なく、瞬きも忘れ、焼き付ける様にラナを眺めていた。
皆が一様にラナの寝顔にニマニマしている中、アキマサが背負っていた袋をおもむろに降ろし、中を探り始める。
何をあげるつもりなのかは聞いていないのだが、キリノのチョイスなので変な物ではあるまい。
キリノの事だ。きっと変な物を通り越してとんでもないプレゼントを用意しているに違いない。
やや常識というものが欠落しているキリノなら、身辺警護用の小型ゴーレムとかを普通にプレゼントしそうだ。
俺がプレゼントの中身を想像する中、そうしてアキマサがプレゼントを取り出しかけた時だ。
『御子に仇なす痴れ者めらが』
水の底から響く様な、低く鋭い声が部屋の中に充満する。
「え? なんだ?」
ラナのハッピーエクストリームな空気が満ちる空間に、突如として現れたその場違いな声に、思わず音量をしぼる事も忘れてそう口を開く。
『滅びよ』
そんな言葉が耳に届いたと、同時。
大・爆・発。
ラナの部屋を中心に、建物が吹き飛んだ。
のちの人々は語る。
東方三国に響き渡る爆発音。
その音と衝撃は、ここから離れた遠江の地にまで届いたという。
な、何が起こったんだ?
空高く、更地となってしまった空間に目を向けながら状況の把握に努める。
現在、俺の周りにはふわふわと浮かんで宙を漂うアキマサ達の姿がある。松虫もだ。
それから、白百合城の最上部には扇子を広げて胡座をかいて座る鈴虫姫。その周囲にはお雪を含めた三人のくノ一の姿も見える。
十兵衛や松永など、東方三国の者達もいつの間にか城外へと移動して来ていた。
そして、そんな中で一番目立つもの。
スヤスヤと眠り続けるラナをその身で包む様に、透き通った体を持った青白い一体の龍がこちらを睨み、空に佇んでいた。
「なにあれ?」
驚愕で開いた口が間抜けだが、俺の体裁など今はどうでも良かった。
アキマサやアンも目を丸くして龍を凝視している。
キリノは――――コイツはいつでも平気そうだ。
いや、実際平気なんだろう。
キリノが助けてくれなければ、キリノ以外は全員あの龍に空の彼方にぶっ飛ばされていたに違いない。キラーンと。
俺が混乱しようが心配ない。問題ない。
どんな疑問も、常に平常運転を心掛けるキリノに聞けば良いのだ。仮に俺やアキマサが事態を飲み込めずとも、キリノがいれば物語はつつがなく成立、進行致します。
しかしまぁ、それでは色々と置いてきぼりを食う方がいらっしゃりますれば、起こった些細な問題を解決しよう。
手に入れた情報を活かせるかどうかは別にして。
「キリノ、何事だ?」
鬱陶しがられる事も承知。馴れ馴れしい空気と態度を言葉に添付し、キリノに尋ねる。
さぁさぁ、君達、耳をかっぽじって拝聴せよ。キリノ大先生のありがた~い解説だ。
『水神』
わ~ぉ、二文字。
配慮の欠片もありませんな。複雑怪奇。でもそこに醍醐味があるとは思いませんか?
うん、そうだね。じゃあみんなで考えてみようか。
答え合せ、していくよ。
「水神ってあれか? 水神の御子であるラナの家系云々に関係する水神か?」
『そう』
「水神は魔に堕ちてオンフィスバエナとして、俺達に退治されたんじゃなかったか?」
『水神の肉体は滅びた。あれは魔力を用いて具現化された意識だけの存在』
「ほほう? 魔力とな? ラナにそれだけの魔力があったのは知らなかったな。まぁ、俺は魔法は使えんからな。気付けなかったのは仕方無いか」
『おそらく、原因は私』
「――――は? 何かしたの? 魔改造?」
『死んだラナにありったけの魔力を注ぎ込んだ』
「あ? あ~~。 ―――――アレな」
アレ、とは、カーランにてビブロスに刺され死亡したラナに対して行われたキリノの超回復魔法の一件である。
その魔力の波動は凄まじく、溢れ出た魔力により枯れた草花は再び咲き乱れ、空気は澄み渡り、水は療薬の域にまで達した。
もっとも、その後のオンフィスバエナの再出現で全て振り出しに戻った訳だが、一時の間、オアシス周辺は神の住む土地かと見紛う程の変貌を見せた。
「でもアレって一時的なもんだろ? 魔力は時間経過で徐々に薄れるもんだ」
魔力は永久機関じゃないのだ、供給元が無ければいずれは霧散し、星の循環の軌跡を辿る。
『その後、クリが魂写儀を行った。あれで、私があの時に放出した魔力の大半はラナに取り込まれた』
「ん~? 成る程。分からん」
さっぱりだ。
『魂写儀は、クリの意思を相手の肉体に残し、相手の魂を力へと変換する儀。と、あなたは言った。――――でも、その後のあなたの口ぶりから察するに選択肢は二つ。相手の魂を力へと変換する場合と、魂を残したままにしておく場合。ラナの意思確認が出来なかった為、あの場では後者の選択しか出来なかった筈』
「お、おう」
『ラナの魂はそのまま。しかし、あの時のラナの体には他の力も内在していたと予想出来る』
「お前の魔力か?」
『そう。魔力自体に意思も魂もないのだろうけれど、私の魔力に私の意思が内包されていると考えるのは不思議じゃない。結果、』
「魂写儀で無意識に取り込んだ、と」
『そう』
言って、嬉しそうにキリノが微笑んだ。
「なんで嬉しそうなんだよ?」
そのキリノの様子に怪訝な表情を作り、尋ねる。
『私は天才』
「自分で言うのか……。否定はしないけど」
そう、否定はしない。キリノは天才なのだ。
前代未聞。十代にして魔法の最高峰魔導士にまで登り詰め、五強の一角を担う天才様。
『私の魔力量は魔導士の中でも頭ひとつ飛び抜けている』
「へー、そうなのか」
『全てでは無いとは言え、それを手に入れたラナはきっと良い魔導士になる』
先程よりも更にうっとりとした恍惚の表情でキリノが呟く。
キリノのそんな表情に、背筋がゾクリとざわついた。
色っぽい?
違うな。これは恐怖だ。
俺の不安と目眩など知らず、キリノは、ほぅと吐息をもらす。
ラナに魔法を教える自分の姿、そんな未来でも想像しているのだろう。
軽くトリップしてしまったキリノに、嫌な物を見た気になって、それで視線を外して横を見る。龍を見る。
水神は、俺とキリノが事の発端についてをのんびり話している間中、眠るラナを乗せたままずっとアキマサを追い回していた。
そりゃあ、あんな怪しい格好をした変態を見れば、誰だって危険な奴だと排除しにかかるだろう。
逃げる変態を、牙を剥き出しに追う龍。
爆発により更地となった大地は、水神が暴れる度に更に荒れ。
アキマサが逃げる度、その被害を拡大させてゆく。
ラナを連れているせいか、アキマサは自分から手を出す事はなく、ただただひたすらに逃げ回っていた。
ざまぁ。
『ちょっと! 話終わったなら何とかして下さいよ!』
逃げ回りながらアキマサが叫ぶ。かなり必死だ。
必死だ。
逃げるアキマサをニヤニヤ眺めているのは俺だけではない様で、十兵衛や松永など、東方三国の者達も、遠巻きにアキマサを眺めて談笑していた。鈴虫姫に至っては、右手にセンベイを持ちながらゲラゲラと笑い、完全に娯楽の域であった。
そんな中、アキマサを眺めていた松虫が遠い目をしてポツリと呟く様に、『いつもは僕なんですよね、あの役』と、アキマサを憐れんだ。
いじられキャラの気持ちは、いじられキャラにしか解らない様である。