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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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聖剣のお供をするにあたって・19

 愚痴った所で始まらない。

 トントントン。

 軽く飛び跳ね、リズムを作る。

 意識をしないように―――

 リズムに合わせて、静かに、冷静になっていく感覚。神経は研ぎ澄まされた様になって、リズムだけがこだまする。


 トン

 最後のリズムと共に駆け出し、ザ・ワンへと攻撃を仕掛ける。

 それを待ち構えていたザ・ワンが、カウンター気味に拳を突き出して迎撃を図る。

 禍が増したとはいえ、やはりザ・ワンの動きは単調。

 落ち着けば対処出来ないものでも――――


「え? うぉ!」

 ザ・ワンの腕と、交差する様な格好であった俺の体が不意に揺れた。

 いつの間にか脚へと巻き付いたザ・ワンの長い尾が、俺を捕らえたのである。

『ガァ!』

 ザ・ワンは一度吠えると、俺に巻きついたまま尾を振り回し、地面へと叩きつけた。

 衝突した大地が大きな音を響かせてヒト一人分の穴を作り出す。

 背中に激痛が走り、一瞬呼吸が止まる。

 またかよ、くそったれ!

 俺の悪態の中、ザ・ワンが再度尾を振り上げる。

 空中で無理矢理身を捻り、背中ではなく、正面から地面に叩きつけられる格好を取る。

 腕だけで受身の形を作り踏ん張ると、ザ・ワンが三度尾を振り上げた。

 空中に引っ張られるがまま、手に込めた聖霊力をザ・ワンの顔面に放って牽制を図る。

 頭を吹き飛ばすつもりで放ったのだが、そこまでのダメージは与えられなかった様だ。

 しかし、それで僅かに尾が緩むと、尾を脚力で強引に振り解く。

 丁度ザ・ワンの真上に落下する形になったので、逆さまのまま脳天目掛けて蹴りを叩き込んだ。

「ふふん、ばー――――カッ!」

 直撃を受けたザ・ワンを小馬鹿にしようと口を開くが、言い終わるより先にザ・ワンの反撃を腹部に貰う羽目となる。

 逆さまに吹き飛ぶ俺の視界に、追撃の為にこちら目掛けて走ってくるザ・ワンが映る。


「ハァッ!」

 腹部の痛みで涙目になりつつも、両手を構え、気合いに聖霊力を乗せて放つ。

 放たれたそれは鈍い衝撃音を伴い、走るザ・ワンの体を硬直させる。

 その硬直の僅かな隙で体を捻り、着地。体勢を立て直す。

 背中も痛いし、腹も痛い。

 聖霊力を鎧の様に纏っていてこれだ。無ければ既に全身の骨が折れていたかもしれない。

 僅かに顔をしかめ、冷や汗を流す。

 ……参ったな。禍の総力で負けてる上に、速さが互角。オマケにタフいときてる。

「アキマサ、死んだらごめんちゃい」


『……軽い』

 冗談じゃないと、アキマサが悲痛な声をあげた。





 そこから幾度もの攻防を展開した。

 速さは互角だが、俺の聖霊力よりも禍の総力が多いザ・ワンの攻撃は重く、じわじわと俺の生命力(いのち)を削り続ける。

 むしろ、そちらよりも深刻なのはスタミナの方であった。

 やはり他人の体を操るというのは、自分のものを操る程快適には出来ていないらしい。

 ゼェゼェと肩で息をする俺に、尚も手を緩めず、ザ・ワンが襲いかかる。

 どれだけやり合ったのか分からない。

 もはや防戦一方。

 拳撃。避ける。

 蹴撃。避ける。

 拳撃。避ける。

 拳拳。受け止める。

 受け止める。

 受け止める。

 受け止め―――


 もはや意識も朦朧とする中、ほぼ無意識でザ・ワンと対峙し続ける。

 自分が何をやっているのかも良く分かっていない。

 時折受ける攻撃が痛みとなって意識を明確化するが、それも一瞬の事。

 一瞬の覚醒の後に訪れるのは、ふとすれば今にも意識が飛びそうになる抗い難い苦痛。

『クリさん、代わります』

 どろりと沼の底にでもいるかの様な体の重み。


『代わってください』

 汗に混じった血が口内へと無遠慮に浸入してくる。


『代わってください!』

 嫌な感じだ。


『クリさん!』


「うるせぇぞアキマサ!」

 思わず怒鳴る。

 思うだけで意思疎通は出来るのだが、つい口から出てしまった。

『代わります』


「代わってどうする? 聖霊力も満足に使えないお前じゃ、あっという間に潰されるだけだ」


『このままではクリさんも道連れです』


「ふふん、ご殊勝なこって」

 鼻で笑って誤魔化す。

 このままでは確かにそうなるだろう。

 だからといってアキマサに代わっても状況は変わらない。

 むしろ、聖霊力を全力で扱えない分、不利にすらなる。

 だから代わってやんない。

 いざとなれば―――


『自分の体ですから、何となく分かるんですよね』

 どういう意味か咄嗟に判断出来なかった。

 判断を下すより先に、俺の視界が暗転した。


 この感じ、は―――――

 慌てて身を起こし、周囲を確認する。

 俺を見下ろす様にしてキョトンとした表情のアンの顔があった。

 悟る。


「―――――あ、の、馬鹿!」

 アンの手を離れ、上空へと飛ぶ。


『クリさん! 何があったんです!? アキマサさんは!?』

 背後からアンの声が耳に入るが、今は構っている場合ではない。

 上空、城壁の向こう側が見える位置まで辿り着き、愕然とする。

 遠い。

 遠すぎる。

 仮に近くとも妖精の体で何がどう出来るとは思わないが、ここから何が出来るというのか。


「キリノ! どこだキリノ!?」

 すがる様な気持ちでその名を呼ぶ。

 この場を、アキマサをあの戦場から救うにはキリノ大先生しかいない、そう思い、彼女の名を呼び続ける。


 何度目かの呼び掛けで、ふいに背後に風が巻き起こった。

 振り返ると怪訝そうなキリノがそこにいた。

『クリ、何故ここに? アキマサは?』


「剥がされた! アイツはまだあそこにいる!」

 俺が早口にそうまくし立てると、その短いやり取りで顛末を察したキリノが素早く戦場へと向かい始めた。

 間に合うか!?

 いや、間に合って貰わねば困る。

 このままでは確実にアキマサが死――――


 遠く、大爆発が起き、一筋の閃光が空を貫いた。


「嘘だろ……」

 居ても立っても居られず、キリノの後を追う様にして、アキマサの元を目指す。

 無事を祈りながら。




 キリノのスピードよりも遥かに遅い俺の速度で戦場へと辿り着いた頃には、既に先程の大爆発による粉塵は治まりつつあった。

 大きく破壊され、大小様々な岩が転がる大地。

 焦げた様なニオイが鼻につく空間。

 その一角に、先に向かったキリノが屈み込んでいた。

 キリノの屈む先、横たわる見知った顔。

「アキマサ!」

 名を呼び、近付く。


『無事。気を失ってるだけ』

 アキマサに治癒魔法をかけつつ、キリノが淡々と述べた。

 その報告を受けた途端、全身から力が抜け、ヘナヘナとその場に不時着する。

 はぁ、良かった。

 良かった……。

 しばらく安心からか、力が入らず、両手をついたままボーと項垂れていたのだが、時間が経つにつれてだんだんと腹が立ってきた。

 無理矢理俺をひっぺがしたアキマサに。

 それよりも、偉そうに言って結局何の役にも立たなかった自分に。

 何をやっているんだ俺は……。

 やり場のない憤りをもて余し、仕方無いのでアキマサの頬を蹴っておいた。

 

 アキマサが小さくうなされた様な気がした。



「何があったんだ?」

 キリノに尋ねる。

 あの大爆発。

 アキマサの生存は絶望的とすら思った。

 これで終わりか、と。

 しかし、蓋を開けてみればアキマサは無事で、ザ・ワンも姿を消していた。

 一体何があったんだ?


『分からない』

 俺の問い掛けに、キリノがそう返してきた。

 キリノ大先生にも分からない事が起きたのか。

 いや、真相は今は良い。

 優先して知るべきはザ・ワンの行方だ。

 アイツは放っておくにはあまりに力が強大過ぎる。


『消滅していると思う』

 俺の心配を読んだ様に、キリノがそう口にした。


「消滅? 死んだって事か? 何故だ?」

 アキマサに顔を向けたままキリノが首を横に振った。

 分からないがザ・ワンは滅びたという事らしい。

 何がどうなってる?


『それは後で良い。クリ、フレアの所に行かないの?』

 考え込んでしまった俺に向け、キリノがそう尋ねてくる。


「え? ああ、そうだな。しかし、俺が行った所で役には……。出来ればキリノも―――いや、駄目か。アキマサをほったらかしには出来ない」


『問題ない』

 言って、アキマサの治療を終えたのかキリノが立上がり、持っていた杖で真上を示した。

 訝しげな表情を作りつつも、キリノの示した方向、夜の空へと顔を上げる。

 視線の先、空を飛ぶ何かが俺達の頭上を通り過ぎた。


「ドラゴン?」

 それを目にし、呟く。

 一体だけではない。

 数十体ものドラゴンが、群れを成し、アイゼンに向けて飛んでいる。

 何故だ?

 まさか竜の王たるザ・ワンが呼び寄せたのか?

 ただでさえ向こうは手一杯だと云うのに、不味いんじゃないかこの状況は……。

 ザ・ワンが消滅したのも束の間、今度はその眷属たるドラゴンの群れの出現に困惑する。辟易する。

 もはや戦略などではどうにもならない程の戦力差ではないのか……。


 よくよく見れば、ドラゴン達はその背に何者かを乗せている様だ。

 一体のドラゴンにつき、数人の人影。

 頭上に目を向け、その光景に見入っていると、その内の一体が高度を下げ、俺達のすぐ側に降り立った。

 竜王程ではないとはいえ、その大きな体躯にドキリとし、不安を覚える。

 しかし、その不安は一瞬で、大地へと降り立ったドラゴンの背から声を掛けてくる人物を目にし、違った意味で驚く。

『陛下! ご無事で何よりで御座います!』


「―――タイガー、か?」

 言うや、もう一度頭上を見上げる。


「まさか全部亜人か!?」


 ドラゴンを駆る亜人達が、未だアイゼンへと迫る魔獣討伐に援軍として加わったのである。

 

 

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