聖剣のお供をするにあたって・17
女神の祝福か、はたまた死神の抱擁か。
頬に触れ、擦りながらそんな事を思う。
一呼吸置く。
動揺したのか心中穏やかではないのが明確に分かる。
『すんげーバクバクしてます』
誰かの戯言を無視する。
きわどい冗談でこちらの反応を楽しむ彼女のイタズラっぽい顔が頭に浮かび、何故だか去っていくキリノを見れずにいた。
一際大きな溜め息。
キャラじゃないだろ。自傷気味に笑う。
俺が悶々としていると、呑気に構えるこちらに焦れたのか、ザ・ワンが夜空に大きな咆哮を放つ。
やれやれ、お前はお前で血気盛んな事で……。
とは言え、
元々お前と戦う為に、アキマサの体を借りたのだ。
本来の目的を果たすとしよう。
剣を抜き構える。
そうして、ザ・ワンに対峙し、聖霊力を体全体に充実させていく。
おおよそだが、七割といったところか。
やはりエディンで獲得した宝玉の欠片の効果が大きい。
今の勇者ならば、全盛期に及ばない竜王にならば勝てる。
城壁の上、アキマサが言った『何とかなりそう』という言葉は満更でもない様に思う。
たが、それはアキマサがその七割を出しきれたらの話だ。
まぁ、無理だろう。
馴染むには時間が必要だ、時間が解決してくれる。しかし、今はその時間が足りないのだ。
ならばと、奥の手として引っ張り出したのが魂写儀であった。
人工生命体の妖精体では聖霊力を扱えないが、それより以前の俺の体には聖霊力が流れ、自在にコントロール出来た。まぁ、アレも本体じゃなかったかな……。
それはそれとして、
ゆえに、大きさこそ勇者に比べれば大した事はないが、聖霊力の全力使用なんて朝飯前なのだ。
今更、あの体に戻りたいなどとは露程にも思わないが……。
「ついでだ。アキマサ、勉強も兼ねて静かに見学してろ」
独り言の様に呟く。
声に出す必要もないのだが、何となくそんな気分だったので、そう口にした。
『そうします』
アキマサは素直に返事を返してくる。
時間の経過と共に、感情だけでなく記憶も共有しつつあるのだろう。
知ったのだろう。俺のこれまでを――――
素直に返事をしたアキマサにそんな事を思う。
「後の事は後で考えるさ」
自分に言い聞かせる様に言って、対峙したままのザ・ワンを観察する。
ドス黒い空気を纏う中、その目だけが煌々と紅い。
竜種特有の金色の瞳は見るカゲもない。
大きな両翼は所々、破け、千切れ、空を飛べるのが不思議な位だ。
そして、ご自慢だった白い竜鱗は今や禍が混じり斑に変色してしまっている。
――――という事はだ。
竜王の体だから禍に侵されない、というものでも無いらしい。
死んで力を失ったゆえに禍に飲み込まれたのなら、元々生前の竜王にそういう力があったという事。
それは聖霊力ではないだろう。あれは対極。
飲み込まれる事はなくとも打ち消しあう。
侵食を防ぐという点で違う。
と、すると何だ?
血、か?
――――そうだな。そう考える方がしっくりくる。
ハッキリとした答えが出る筈もないが、免疫みたいなものかもしれない。
そうなると聖剣作りの際、虫歯だったからやった、というのは竜王なりの冗談だったのだろう。虫歯は本当だったかも知れないが、ただの冗談で済ますには軽過ぎる程に、大層なシロモノだ。
聖剣の折れている現在、
そういった事を鑑みるに、竜王ゾンビも倒してついでに素材ゲットだぜ! とはいかないという事か。
だとすれば、やはり聖剣の復活にはあのお守りが必要だ。
というかアレしかない。
アレしかないのだが……
やっぱり竜の園まで取りに行かなきゃ駄目か。めんどくさ。
「ちゃっちゃと終わらせて、ちゃっちゃと取りに行くぞクソが!」
半ば八つ当たりの様にザ・ワンに吐き捨て、体に力を込めて飛び出す。
ペキン
「ありゃ、やっぱ幾ら聖霊力で強化しても駄目だな、ナマクラじゃ」
ほぼ初速のまま間合いまで迫り、ザ・ワンの長い首筋目掛けて放たれた一撃であったが、アッサリと剣が真ん中から折れてしまう。
借り物だけど気にしない。
突然、首筋に刃を当てられたザ・ワンは、傷こそ皆無ではあったのだが、動きにはついてこれなかった様子。
図体がデカ過ぎるんだよお前は。
ザ・ワンは、ぼんやりと折れた剣を眺める俺を視界におさめると、首を捻り、牙を突き立て反撃に転じる。
その顎を力任せに蹴りあげる。
間髪入れず、俺は体を捻ると、勢いままに聖霊力を拳に纏わせ殴りつけた。
ザ・ワンの巨体が衝撃で揺らぐ。
「ヘイヘイ、マズイんじゃないか? 小回り効かないの」
言いながら、ザ・ワンの巨体を滑る様にして背中へと回り込む。
そうして、両翼の付け根を掴み、挑発する様に言ってやる。
「知ってるか? 御伽噺だとこれで終わりなんだぜ?」
掴んだままの両腕に力を込めて、中央に強引に引き寄せる。
メキメキと鈍い音が響く中、それをかき消す様なザ・ワンの咆哮。
しかし、それだけ。
ザ・ワンは雄叫びをあげながら落下し、俺を背に乗せたまま自らが更地へと変えた地面へと激突。周囲に衝突音と、土煙を撒き散らした。
「降参する?」
地面へと横たわるザ・ワンに向けて背中から声をかける。
すると、ザ・ワンはゆっくりと顔を持ち上げ、クゥゥと喉を鳴らしながらこちらに顔を向け―――
「あぶっ!」
慌てて避ける。
俺の顔の横、自分の右翼を吹き飛ばす事も構わず放たれたブレスが通り抜けていった。
一拍のち、後方、遠く先の大地が吹き飛んだ。
「こ、この野郎、油断も隙もないな」
吹き飛び、地形が大きく変わってしまったであろう大地に目をやりながらそう文句をつける。
ザ・ワンからすれば、今は戦闘中。油断してる方が悪いし、隙を見せたヤツが悪いのだ。
何だか勝ち誇ってるかの様に見えたザ・ワンにムッとする。
「調子のんなよジジイ。あれくらい俺も出来るつぅーの」
聞いているのかいないのか、はたまた言葉が出ないのか、ぺらぺらと軽口を叩く俺にザ・ワンが顔を向けてくる。喉を鳴らしながら。
「させないっての」
もはや独り言に近い俺の言葉を残し、ザ・ワンが俺の姿を見失う。
ザ・ワンの視界を潜り抜けた俺は、上空、ザ・ワンの真上に陣取ると落下しながら真下に向けて拳を振り抜いた。
拳から生み出された衝撃がザ・ワンの背中から腹に突き抜ける様に駆け抜け、その下の大地にも突き刺さる。
大地は割れ、周囲は大きく隆起する。
それでも俺は動きを止めず、続けて、連打を繰り出す。
一撃ごとにザ・ワンの巨体に衝撃が走る。
一撃ごとに大地は高さを失い、下へ下へと突き進む。
数十発の拳を叩き込み、大きなクレーターが出来たところで跳躍し、その場を離れる。
ザ・ワンの体は大地にめり込み、首と尾だけが大地からピョコンと生える。そんな無様な姿。
「流石に頑丈だな」
連打で僅かに乱れた呼吸を整えながらぼやく。
手応えはある。
だが、如何せん堅い竜鱗に守られる竜王の体にダメージを与えられているのか疑問も残る。
クゥちゃんの肩叩きよりは効いてるだろうが、まさか逆に血行が良くなるなんて事はないよな? ゾンビに血行があるとは思わんが。
俺のそんな心配は杞憂であったらしく、ヨロヨロとした調子でザ・ワンが地面へとめり込んだ体を起こし、クレーターから這い出してきた。
お、効いてる効いてる。
「確かに頑丈だけど、その図体じゃ対人には向いてねーな。もう諦めたら?」
腰に手をあて、勝ち誇って言う。
正直負ける気がせん。
余裕綽々の俺の言動が気に触ったのか、はたまた拳が逆鱗に触れたのか。竜王が空に向かって一際大きく嘶いた。
途端、
「そうきたか」
図体がデカいデカいとのたまわった自分の忠告を嘆く。
パターン的にあかんやつや、これ。
俺の眼前、嘶いた竜王ザ・ワンは黒い瘴気に身を包んだ後、その姿を見る間に変化させた。
そうして数秒のち。
俺の前には、人の姿をした竜王ザ・ワンが、紅い眼を煌々と輝かせて立っていたのである。