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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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聖剣のお供をするにあたって・16

『体を寄越せと言われても……』

 困惑顔したアキマサが、おずおずと俺に体が寄せてくる。


「近い、きもい、うざい」


『寄越せと言ったくせに』

 項垂れたアキマサが言うが、誰も密着しろとは言ってない。

 アキマサもそれは分かっていた様で、からかい半分だったのか、笑っている様な気がした。


「許可だけくれれば良い」

 告げて、アキマサの額に手をかざす。


 アキマサは、それで何を為さんとしているのか薄々勘づいた様子で、「ヤァハァ、ですね?」と、至近距離まで迫った俺に眼を寄せる。


「問題あるか?」

 俺の意図に気付いたならば説明はいらないだろう。

 省き、一応のお伺いを立てておく。


『いいえ。それでキリノを助けられるなら』

 即答。

 アキマサ君ならそう言ってくれると思ったよ。

 信頼されている事に、少しの嬉しさを感じつつも、口には出さない。

 もっとも、一体化すれば相手への感情などはダイレクトに伝わってしまうのだが、それも仕方無い。

 優先すべきを優先しよう。

 ヤァハァと気合いを入れる。


 それだけ。


 視界の一瞬の暗転。

 咄嗟、ほぼ無意識に手を広げると、目を開くより先に手の平に何かが落ちてくる感触。

 ふぅ、と小さく息をつき、自分の両手に乗った小さな妖精に目をやる。

 死にはしないし、別に落っことしても良かったが、また首の骨を折るとキリノに小言を言われそうだ。受け止められたならそれで良し。

 妖精の体を片手で無造作に握り、さて、と次の行動に移ろうとした時、頭の中に声が響く。

 興奮した様に『こうなるんですね!』と感想を述べるのはアキマサ君。


 今、俺が行ったのは魂写儀(たまうつしのぎ)

 そして、魂写儀(たまうつしのぎ)の行使により、アキマサの体の主導権は現在俺にある。

 アキマサは意識だけの存在として、内在している。

 一体化した事により、お互いの意識が混在し、互いの感情、思考も共有する。

 ハッキリ言って非常に嫌だ。

 キリノの様に露骨な無愛想ではないが、俺も感情を表立って出すのは苦手なのだ。

 笑って誤魔化し、茶化して誤魔化し、煙に巻いてやり過ごすのが俺のスタイル。

 だが、共有していては誤魔化しようがない。

 俺が普段アキマサ達に、どんな感情を持っているかアキマサには筒抜け状態。

 それゆえか、興奮冷めやらぬと云った様子のアキマサの意識の中に、嬉しさや驚きと云った感情が混ざり伝わってくる。

 ()()を口にしたらケツに剣を突き刺すぞアキマサ。


 意識だけのアキマサに釘を指し、城壁の下へと顔を向ける。

 視線の先では相変わらず忙しそうにしているアンの姿がある。


『却下します! やめてください!』

 アキマサの声が脳内に響き渡るが、ムクムクと沸き上がった俺の悪戯心を説得出来る筈もない。

 ぎゃあぎゃあ喚くアキマサの声を思考の隅に追いやり、出来る限りの格好いい顔を作って城壁を飛び降りた。


「アンさん」

 城壁を飛び降りて直ぐ、こちらに気付いたアンに声をかける。

 格好いい顔で。

 鏡で見たならば、きっと眉をキリリとあげて勇ましい表情をした青年が写るに違いない。


『どうかしましたか?』

 俺が声をかけると、怪訝そうなアンが尋ねてきた。

 あれ? 期待した反応と違うな。

 もうちょっとこう、ポッとなる感じを期待したんだが、何故かちょっと不安そうだぞ?

 戦の真っ最中だからか?

 ――――いや、違うな。

 普段のアキマサがとぼけた顔だから、深刻そうに見えたんだろう。

 決め顔のつもりがそんな取られ方をされるとは……。

 流石アキマサだ。

『ほっといてください!』頭にアキマサの声が響く。


 しかし、決め顔はあくまで序章。

 ここからが本番だ。

「今からキリノの援護に向かいます」

 告げた途端にアンが驚いた顔を見せ、『ですが、アキマサさんと言えどザ・ワンが相手では』と口を開く。


「そうですね。だから勇気を貰いに来ました」


『勇気?』

 不安そうな表情をしたアンの顔に、更に意味が分からないと云った風の困惑が加わる。


「そうです。勇気です」

 そう告げるや否やアンを抱き寄せ、強く抱きしめる。

 場に動揺が走る。

 周囲のアイゼン兵が、傭兵が、その一部始終を見届けようと好奇の視線を向けてくるが、俺は気にしない。 


 鎧越しなのが少々残念だが、それでも抱きしめたアンから漂うやや汗の混じった女性特有の香りと髪の感触、触れる肌から伝わる体温はアキマサをノックアウトさせるには十分だったらしい。

 脳内に『うわぁぁぁぁぁ』と云ったアキマサの叫びがこだます。

 このままキスのひとつでもしてやろうかと思ったが、流石に後が怖いので止めておいた。


『ア、アキマサさん!? あの、酔ってるんですか!?』

 俺に、というかアキマサに抱き締められたまま顔を真っ赤に染めたアンがそう尋ねてくる。

 確かに、酔ったアキマサならこの位ニュートラルでしてしまうだろうが、エディンでの失態でアキマサは禁酒中の身である。


「いいえ、酔ってませんよ」

 アンにそう返し、体を離す。

 そうして、若干惚けたままのアンに「それじゃ行ってきますと囁く。

 次いで、素の顔に戻してから「あ、()()これ預かってて」と飄々とした口調で腕を差し出し、その俺の様子に無意識的に両手を広げたアンの手の平に妖精をポトリと落とした。


『え? ―――――え?』

 唐突に妖精を預けられたアンが、疑問の声をあげ、真っ赤になったままの顔をこちらに向けてくる。


「ほいじゃ、改めていってきます」

 俺はニヤニヤ笑ってそう告げて、踵を返し、空高くへと上った。

 キリノにも同じ事をしてやろう。

 空高くへと上りながら、そんな悪巧みを思う。

 キリノがどんな顔をするのか楽しみでしょうがない。

 そうやってワクワクと期待に胸膨らませ、アイゼン王国から遠く先、キリノのいる場所へと向かう。


 そんな、キリノの元へ向かう俺のすぐ横を、高速の盾が風切り音を纏いながら通り過ぎていった。

 おお、何があったか知らないが荒ぶってらっしゃる。

 妖精体ではなく盾を投げつけてきた辺り、アンの優しさが垣間見えた気がした。

 





 のほほんとした空気のまま、爆音と爆風、衝撃と高熱の支配する戦場に近付く。

 キリノの元へ辿り着いた頃には、からかおうなどと画策していた思考などはとうに無くなっていた。

 大地はその熱でガラス状に変化し、キラキラと装飾された地面は月の光りを映し出す。

 衝撃は、着飾った大地を駆け抜け、問題無用でガラスを砕き去る。

 本当にここはあの平原と同じ場所かと疑わずにはいられない程の光景が広がっていた。


 聖霊力なり魔力なりで体を纏わなければ近付く事も叶わないだろう戦場に到着し、キリノに声をかける。


 キリノはチラリとこちらを見ただけで、すぐまたザ・ワンに視線を戻した。

 ツラそうだな。

 目立った怪我こそ見当たらないが、その顔は疲労困憊と云った様子。

 肩で息するキリノなどそうそう見れるもんじゃない。


「変わろうか?」

 キリノは何も言わないが、その背中に問われている気がしてそう言う。

『余計なお世話』


 あらまぁ、可愛くない。

 素直じゃない。

 もっとこう――――『素直じゃないのはクリさんもですね』

 うるさいアキマサ、黙ってろ。『はいはい』アキマサの呆れの混ざった感情が伝わってくる。


「良いから素直に変わっとけ。まぁ、そうだな。俺は流石に結界で後ろの連中守るなんて芸当無理だから、そっちを頼むよ」

 キリノが近くにいるせいか、先程まで戦場に感じていたピリッとした空気が落ち着いていくのを感じる。

 安心―――か?

 違うかな?

 男の子の強がりに近いかな?

『好きな子に格好いいとこ見せない的なアレですね』

 黙ってろアキマサ。


 頭の中でアキマサに悪態をついていると、前にいたキリノが小さく溜め息をついたのが背中越しに分かった。

 あ、これは呆れられてる。

 アキマサに何が出来るんだ、とか思われてそう。

 魔法に関してはプライド高そうだしなぁ。

 途中交代が勘に触ったのかもしれない。


『いいわ。任せる』


「は? ――――あ、おう」

 罵倒でもされるかと身構えていた俺は、キリノの意外な言葉に面食らう。

 もしかしたら、本当に限界だったのかもしれない。

 面食らった顔を正し、キリノに向けて佇まいを正す。

 キリノ大先生に任せれたのだ、半端な気持ちで望むとそれこそ罵倒されてしまう。


「ああ、任せてくれ」

 踵を返し、こちらに振り返ったキリノに大きく頷いてみせる。

 キリノは小さく微笑むと、俺の横をゆっくりと通り過ぎ――――



「え?」

 そのままキリノは後方に下がるのだろうと思っていた俺に、キリノが突然、頬にキスをしてきた。

 本当に軽く、触れるか触れないかと云った軽い口付け。


 呆気に取られる俺に、『頑張って』と柔らかく言い残し去っていくキリノ。


 あれ? これはもしや……三角関係というヤツでは?

 キリノがアキマサに気があったとは知らなかった。

 状況的に、ただのお礼代わりと取れなくもないが、いや、でももしかしたら、アンとキリノのアキマサを巡るそんな――――

 

『負けたらお仕置きだから、()()』後ろからキリノの冷たい声が届く。


「あ、はい」

 なるほど。

 ただの死神の契約だった様である。

 律儀にも、静かにこちらの様子を伺うザ・ワンを注視しつつ、いつだってキリノが一枚上手なのだと痛感した。


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