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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅰ章【お供になるまで】
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仮面のお供をするにあたって・3

『ああ~、なんかこういうの見た事ある。マルシェだっけな?』

「まるしぇ?」

 アキマサが口にした知らない単語を軽く流しながら、眼前に広がる風景を静かに、されど騒がしい風景に僅かに心踊る様に惹き付けられる。


 宿屋の馬小屋を出た後。整った街並みを眺めながら練り歩き、辿り着いたのはバルド王国の繁華街。道なのか広場なのかも判別の難しい通りには、大小様々な店が建ち並び、通りの両端だけでは飽き足らないのかまるで出店の迷路の様に、店という店が繁華街にごった返していた。

 そうして、視覚だけで騒がしい繁華街には、それらの店をお目当てにやって来たであろう人々の群れが押し寄せて騒がしさに輪を掛けている。

 広いのに狭い繁華街。聴覚的に静かな分、森の木々や草木の方がマシである。

 正直言えば、ここに入るのかと抗議のひとつでもして置きたいところだが、生憎とあっちをキョロキョロこっちをキョロキョロと物珍しそうに辺りを見回すアキマサも後ろには興味が無いらしく、俺とプチを置き去りにする勢いでどんどんと人混みの中を突き進んでいき、魔獣は喋らない、という(てい)を守りたい俺としては、ちょっと待てと声を掛ける事すら不可能に近い。

 そんなアキマサの背中を眺めてから、小さく溜め息をついた。

 そうして、一度心に気合いを入れてから人混みの中へと足を踏み入れる。

 と言っても、実際歩いているのは相棒ことプチで、俺は背中に乗っているだけなのだけど……。


 定番の野菜や果物は勿論、見た事も無い食材の立ち並ぶ繁華街は何を買わずとも見ているだけで楽しくはあった。

 これは、普通に観光に来たのならばついつい財布の紐もゆるくなってしまって勢いで無駄使いしてしまっても誰も責めたりしないだろう。少なくともこの繁華街の店員は、いっそ全て散財してしまえ、くらいは思ってるかも知れない。

 残念ながら俺は現金を持ち合わせていないので冷やかしである。

 盗賊退治のお礼として受け取った僅かばかりの金は全てアキマサに渡してある。俺には必要ないものであるし。

 かといって、そのアキマサも特に買いたい物がある訳ではないらしく、時々立ち止まって商品を興味深そうに眺めるだけに終始していた。

 でもまぁ、何を買わずとも楽しそうなので問題は無いのだろう。


 こうやって商品を眺めながら練り歩くのも楽しいものであるが、他にも面白いものは世の中には沢山転がっているようで、そのひとつが、繁華街を歩く魔獣への人々の対応、であろう。

 流石に店が避けるなどという馬鹿げた事は起きなかったが、プチの周囲の人という人がみなプチを避けるのである。

 避ける事こそすれど、魔獣が街中にいて騒がないだけ有り難いといえるし、不気味ともいえる。

 何事も前向きだ。鬱陶しい人混みを掻き分ける事に労力を費やさなくてラッキーと思う事にしよう。人々が騒がない理由など考えるだけ無駄な事に違いないのだ。


 そう、無駄なのだ。

 面白い事が世の中に沢山転がっている様に、騒がしさというものも世の中には沢山転がっているのだから。世の中は広いのだから。

 例えば。例えば、ね?

 繁華街を抜けて、楽しんでいた筈なのに何だか気が抜けてホッとしている俺の眼前で、きらびやかな鎧を身に付けた男を中心としたグループにアキマサが何やら因縁を付けられ絡まれて騒がしい、という事も起こりうるのが世の中の広さというものであろう。

 喉元がキュゥと鳴った気がした。


『貴様、大国バルドで魔獣を引き連れるなど一体どうつもりだ!?』

 そんな事を街中で騒ぐきらびやかな鎧の男。中々に整った顔立ちをしている。イケメンというやつだ。ファック。


『お、俺は魔獣使いのアキマサです。後ろのプチ……魔獣は俺のシモベなので危険はありません』

 男達に囲まれつつも何とかアキマサがそう言って場の平静を促す様に試みる。頑張って。


『魔獣使いだぁ? 聞いた事もないな』

 だろうね。俺も無い。


『これ程の強力な魔獣を操るなど、普通ではありません』

 おや? 男ばかりかと思っていたがかわいこちゃんが交じっていた様だ。黒いローブに身を包み、手には大きな宝石の付いた杖を持っている女性。恰好から見て魔法使いだろうか? 世の中には魔法使いと魔術師という者が存在している様だが、生憎と俺はその区別がイマイチ分からない。


『ふん。大方、低俗な悪魔が化けているのだろう。どうやって入り込んだか知らないが、こうも堂々と街を歩くなど、俺に退治してくれと言ってる様なものだ』

 そう言って剣を抜くイケメン。


『やるんですね? 勇者様』

 それに追随して隣の大柄な男も武器を構えだす。


『いや、ちょっと! 誤解ですって! 俺はただ観光に来ただけで!』

 慌ててアキマサが反論し、今にも切りかかってきそうな二人を止める。

 観光目的でも無かった気がするが、今はそんな事はどうでもいいかな。気になるのは大柄な男が口にした勇者様という単語。

 勇者? このイケメンに言ったよな?

 勇者なのかコイツ? アキマサも勇者だが、勇者って実はいっぱいいるのかな?


『しらをきるならば力ずくで吐かせるまで!』

 疑問など抱えている場合ではないらしい。問答無用とばかりに切りかかってきた勇者の剣が、あまりの事態で硬直してしまっているアキマサへと向かう。

 勇者の剣先が触れるよりも素早く、アキマサの服の首元を咥えて回避行動に移る。

 唐突なプチの首絞めにうぐっとアキマサが声を漏らしたが、剣で切られるよりはマシであろうから文句は受付ません。


 プチはポイッと器用にアキマサを自らの背中に放ると、高く跳躍。そのまま二階建ての建物の屋根へと登った。


『逃げるのか!? 臆病者めっ!』

 下から届く雑多な煽りをまるっと無視して、屋根から屋根へ。そうして、そそくさとその場を後にした。

 逃げる時はさっさと逃げるのが有効である。という事を俺はバルド入国時に学んだ。失敗を糧として、何事もスピーディーにこなすのが一流なのだ。


 森に帰りたいなぁ。









「なんだったんだアイツは?」

 逃げ帰った宿の馬小屋へと足を踏み入れるなり、そう不満を垂れる。

 別にあの勇者とやらの事がそこまで気になるわけではない。ただの愚痴みたいなものだ。折角の楽しい観光気分を台無しにされて少々腹が立った。

 ちなみに言うと俺は温厚だ。畑を荒らした鳥を笑って許してやるくらいには。アイツも食わねば生きていけぬのだ。鳥避けだって付けてない。いつだってどんな時だってフルオープンだ。面倒臭いだけだが。

 そんな俺を苛立たせるとは中々どうして勇者とやらは他者を怒らせるのが得意らしい。イケメンだし。ファック。


『まぁまぁ、それなりに楽しかったじゃないですか』

 俺を宥める様に言って、アキマサが笑う。

 確かに、観光とやらは俺が思っていた以上には楽しかったし、そこに不満などは無いのだが、楽しい気持ちに水を差されるとかえって全てが不満に思えてきてしまう。


『それよりも』

 見かねた訳でもないだろうが、納得がいかないとばかりにヘソを曲げる俺に対して、アキマサが耳寄り情報でももたらす様な口振りで話題を振ってくる。

 あそこの店より向こうの店の方が安かった、といった類の話ならば井戸端の奥様方と興じて欲しい。全然興味ないので。


『あの人、勇者とか呼ばれてましたね』

 話題を逸らすのかと思いきや、イライラの根本に触れてくるアキマサにやや呆れる。おそらく彼は本気であの男に腹を立ててはいないらしい。ゆえにこちらがその事に腹を立てている事には気付かない。でなければ不平不満の種に水をやって花を咲かせる様な発言はすまい。水をやる種すら持ち得ないのだろう。

 なるほど。これが本物の温厚というやつかもしれない。それとも単に人の悪意に鈍感なだけか。

 とまぁ、曖昧な定義でしか成り立たない性格の話はさて置き。


「呼ばれてたな。イケメンではあったが、随分とケンカっ早い勇者だったよな」

『ケンカっ早い……んでしょうか?』

「こちらの言い分もロクに聞かず剣を抜く奴だ。血の気が多いのは明白だろ? しかも街中でだ」

『そう……かもしれませんね』

 言ってアキマサが小さく笑う。剣を向けられ、下手をすれば死んでいたのは自分だという自覚が彼には足りないらしい。本当に悪意とは無縁の奴だな、と違った意味で感心を覚えた。

 純真無垢な子供ならば知らず、青年と呼ばれる歳になってそれも少々どうかと思うのだが、のほほんとした空気が似合うと言えば似合う。アキマサはそんな男であった。


「けど、そうだな……街中を魔獣が歩き回ってりゃ嫌でも目につくし、正義感の強い奴なら絡んで来ても不思議じゃないよな」

 溜め息混じりに自分でそう言って自分で納得顔を見せる。

 そう、それが普通。騒がない王国の住民が異常なのであって、むしろ彼は正しい反応だった。正しい。正しいゆえの直情径行とでも言えば良いのか。

 魔獣は人間の敵にして忌むべき存在。それが世界の普通だ。


 魔獣という存在価値の再思考再発見が結構なウエイトで気持ちにのし掛かり、観光気分の落差も相まってドンヨリしていると、ふいに、まさに俺のドンヨリの中心にいた相棒がピクリと動き、そのまま首を持ち上げた。視線の先には馬小屋の扉。


 何とはなしに俺とアキマサも釣られてそちらを見る。

 隠す、という機能は付属されていない隙間だらけの扉の向こう、パッチリと云った表現が良く似合う目玉が二つ。大きな目玉とは対照的に小さな体躯―――――。

 ええい面倒臭い。子供だ子供。子供がこちらをジーっと見つめて中を覗き込んでいた。

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