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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
149/237

賢者のお供をするにあたってなの・3

『おやおや、恐い顔ですこと』

 全然、全く怖がっている様には見えないフレアおばあちゃんが少しだけ目を細めてそー言った。


『大紅君様、何故です? 引き止めずともあのまま行かせてしまえば』

 フレアおばあちゃんの背後から、アクアが尋ねる。その顔にはありありと不満が貼り付けられていたなの。

 ナノとしては、逃げよーとしていたスピカを逃がさなかったのだから、フレアおばあちゃんはナイスだと思ったなのだけれども、アクアはそーは思っていないみたいなの。

 

『何もわざわざ敵の思惑通りに事を進めさせる必要はありませんよ』

 恐い顔のスピカに顔を向けたまま、フレアおばあちゃんがそー返す。


『ですが!』


『どちらを選ぼうとも、私の運命は変わりはしません。ならば、私の為すべき事は、戦局を少しでも優位に、その為に動き、この国を守る事。そこに些かの迷いもありません』

 真っ直ぐ前を向いたままのフレアおばあちゃんが言った。

 ナノは、その後ろ姿が少しカッコいーなと思ったなの。


『国を守る、ねぇ』

 こちらの会話を聞いていたのか、恐い顔のスピカが言って、汚い物でも見る様な視線をぶつけてきた。

 それから少し顔を伏せる。

 次に顔を上げた時には、恐い顔じゃなくなっていたなの。


『気持ち悪い』

 顔を上げ、にっこりと微笑んだスピカが、そー吐き捨てた。

 恐い顔じゃないのに、その笑顔はとっても恐いとナノは思ったなの。


『咎人共がのうのうと生きているだけでも不愉快だと言うのに、あまつさえ国だの何だのと仲良しごっこ。本当に気持ち悪いわぁ』


『咎人?』

 怪訝な顔をしたマトがそー口にしてスピカを見る。

 スピカは特に気にした様子もなく、相変わらず恐い微笑みを浮かべたまま、ゆっくりとした動作で右手の爪をカリカリと鳴らした。


『あなたが私達をどう呼ぼうと、それはあなたの勝手ですが、この国で好き勝手に暴れる事まで許した覚えはありません』

 抑揚のない声でそー言ったフレアおばあちゃんから赤い魔力が溢れ出す。

 それはまるで、フレアおばあちゃんが炎に包まれ燃えている風にも、ナノには見えたなの。

 赤い魔女。

 それを聞いた時ナノは、フレアおばあちゃんのどこが赤いのだろう、と思ったなのだけれども、今のフレアおばあちゃんを見て、なるほど、こーゆー事かと納得したなの。


『弓月』

 手に持った杖の先を、トンと地面に打ちつけたフレアおばあちゃんが静かにそー言った。同時にフレアおばあちゃんの前に浮かび上がって現れる小さな満月。

『切り裂きなさい、上弦』

 フレアおばあちゃんがポツリと言った途端、その小さな満月が光を放った。

 それは眩しいといー程に明るい光でもなく、例えるなら、雲の隙間から月の光が射し込んだ様な光だった。


『え?』

 ナノが光にみとれていると、そんな声が耳に届く。

 声の方へと顔を向ける。

 そうしたナノの視界には、くるくると宙を舞いながら地面へと落下したスピカの右腕が映り込んだ。

 力なく地面へと落下した自らの腕を、スピカが他人事の様に眺めていた。


 一瞬時が止まったかのよーな空気が流れる中、ようやく状況を飲み込んだスピカが慟哭の声を上げた。


『ババアァァァァ!』

『打ち砕きなさい、下弦』


 スピカの叫びと、フレアおばあちゃんの声はほぼ同時だった。

 しかし、怒りと共に吐き出されたスピカの声が、唐突にかき消える。

 まるで口でも塞がれた様に消えたソレだが、口を塞がれただけならまだ良かったかも知れない。


 力無く膝をついたスピカの首から先は、頭と呼べるものが見当たらなかった。


 そのあまりのあんまりな光景に、流石のれいせーなナノも顔を背けずにはいられなかったなの。

 背けた顔でそっと目を開くと、ナノと同じ様に顔を僅かに俯かせ、目をそっと開けたアクアと目があった。


『やった!』

 マトが地面に前のめりで倒れたスピカを見ながらそー言って、フレアおばあちゃんの勝利を喜んだ。


 なのだけれども、フレアおばあちゃんはあまり嬉しそうな顔をしていなかったなの。

 フレアおばあちゃんは、少し目を細め、上空の魔蟲に視線を向ける。

 魔蟲を僅かに一瞥し、再び倒れ伏すスピカに視線を戻すと、『押し潰しなさい、満月』と静かな口調で告げた。

 フレアおばあちゃんの命じるまま、小さな満月が淡く輝くと、スピカの真上に何処からともなく現れた魔力の月が、あっとゆー間にスピカの死体を押し潰した。


 死んでいるのに容赦ないフレアおばあちゃんに、ちょっとナノは引いたなのだけれども、何となくフレアおばあちゃんが怖かったので口には出さないでおいたなの。

 ナノが口を出さない変わりに、フレアおばあちゃんが『うっ』と小さなうめき声を漏らした。


 その事を怪訝に思ったナノが、フレアおばあちゃんに大丈夫かと尋ね様する前に、フレアおばあちゃんの腕から血が流れている事に気がついたなの。


『あらん、お返しに腕一本貰っちゃおうかと思ったけど、避けられちゃったかしらん』


『大紅君様!』

 泣きそうな顔をしたリョーシカが、フレアおばあちゃんに駆け寄ろうとするのを、フレアおばあちゃんが無事な方の手を上げ、制止した。


「なんでなの!? スピカは今フレアおばあちゃんが倒したなの!? なんでスピカの声がしたなの!?」


『んふふ、何故かしらねぇ?』

 姿は見えないけれど、何処からともなく聞こえてくるスピカの声が、反響する様に周囲にこだました。


『弾けなさい、十六夜(いざよい)

 血を流し、苦痛に冷汗を流しながらもフレアおばあちゃんがそー言う。

 そーするとまた、小さな満月は淡く輝き、無数の粒となって周囲に拡散した。

 周囲に飛び散った粒が朧に隠れた幻を炙り出す。


『いやん、見つかっちゃったわぁ』

 愉快そうなスピカの声。だか、先程の反響する様なモノではなく、ハッキリと声のした位置が感じられる。

 フレアおばあちゃんの魔法によって暴き出された幻は、形となって顕著する。


『それがあなたの正体と云う訳ね』

 宙の一点を見つめたまま、フレアおばあちゃんが語りかける。


『ええ、そうよ。――――この姿で人前に出るのは何百年ぶりかしら』

 カチカチと音を鳴らして、スピカとおぼしきソレが言葉を発する。

 それは言葉とゆーよりは、幾重にも生み出された音の重なり、そんな風にも聞こえてくる。

 今や人間とは似ても似つかわしくない姿となったスピカの様相に、ナノが――――


『あなたも似た様なモノじゃない』

 ナノの心を読んだみたいに、ぶんぶんと唸ったスピカがそー告げて、クスクスと笑う。完全にナノの心境を見抜いた声色にムッとする。

 今のスピカに表情があったなら、きっと意地悪そーな顔をしているに違いないなの。


『先程のあの姿は幻、という事ですか?』

 何か得心がいったという風な顔付きのフレアおばあちゃんが、スピカに向けて尋ねる。


『んふ、そうよん。良く出来た幻だったでしょぅ?』

 スピカが言葉を紡ぐ度、ブブブンと辺りに羽音が広がる。


『なるほど。私すらも欺く程の幻術。――――この数百年、今の今まで誰も影すら掴めなかった訳です。――――ですが』 

 言葉尻をことさらに強調してフレアおばあちゃんが続ける。


『ここであなたに会えたのは僥倖です。赤い魔女の名にかけて、今日、今、ここで、あなたを滅ぼしましょう。大悪魔スピカ―――――いえ、クイーンビー』

 淡々とした語り口で話すフレアおばあちゃんが、そー言ー終わるや不敵に微笑んでみせた。


『んふふふふ。あなたに出来るかしら』

 そー言葉を紡ぎ、黒光りした人程もある巨大な蜂の姿をしたスピカ――――改め、七大魔獣の一角、幻蟲クイーンビーが、漆黒の闇の中で羽音を響かせた。


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