賢者のお供をするにあたってなの・2
『あらん、壁の中に撤退し始めたみたいよぅ』
スピカだと名乗った病気の人が、空に目を向け、愉快そーにそー言ったなの。
スピカはついでに大悪魔とか名乗っていた。ナノにはそれがなんなのか良く分からなかったなのだけれども、アクアやマト達が驚いていたので、きっと何かビックリする事であるみたいなの。
『状況は芳しくない様ですね』
フレアおばあちゃんは、そー言いながらも表情を崩さず淡々としていた。
スピカが現れてからほんの少しの間で、綺麗な家具や小物が並べられていたフレアおばあちゃんの部屋はすっかりボロボロに散らかってしまった。
それもこれも、半分はスピカが部屋で暴れまわったせーなの。
広い、されど戦うには狭い部屋の中、スピカが長い爪を構えて襲いかかってくる度に、亀ちゃんとマトがそれを防ぎ、その度に何かが壊れた。
そして、散らかった部屋の半分はリョーシカが魔法をぶっぱなしたせーなの。
物を大事にするとゆー事を知らないらしいリョーシカは、ベッドが燃えるのも、椅子が砕けるのも気にしないで、とにかく魔法を撃ちまくったなの。
最終的にリョーシカは、フレアおばあちゃんの部屋の窓枠ごと壁を吹き飛ばして、それを境に戦いは部屋の中から、外へと場所を移した。
周囲を見渡すと、あちらこちらに鎧を着た兵士達の姿が目に入る。
城の要所に設置された篝火の中、兵士達はどれも何かと戦っている様に見える。
遠くからは鐘の連打も響いている。たしかこれは、敵の襲撃を知らせる音なの。
『これ程の数の魔獣の侵入を許したのは、私が城に仕えてから始めてです』
周囲を見たフレアおばあちゃんが、ちょっとだけ眉を寄せてそう言った。
『んふふ、ちょっと違うわねぇ。侵入者は最初から私だけよ。そこらに居るのは最初から城に居たのよ』
薄く笑うスピカがそー言うと、マトが反論した。
『最初からだと!? ふざけた事を! 我が城で魔獣を飼った覚えなどない!』
『そうじゃないのよ王子様』
マトを一瞥し、クスクスと声を出して笑ったスピカ。続けて、『ほら、こんな風に』と左手を少しだけあげる。右手の様に爪が長くないのがアンバランスだとナノは思ったなの。
そうして、スピカが指でパチッと音を鳴らすと、篝火付近に変化が起こった。
篝火の明りに釣られて、辺りを飛び回っていた羽虫がナノ達の見守る中、みるみると怪物になってしまったなの。
それも一匹や二匹じゃない。至る所の篝火に群がっていた羽虫の群れその全てが、怪物へと変貌を遂げたなの。
『魔獣!? いや、魔蟲か!?』
突如として出現した黒い体に赤い目をした怪物に顔を向けたマトが、そー言って表情を曇らせたの。
『んふ、あちらももう少しかかりそうだしぃ、しばらくはこの子達が相手してあげるわ』
言ったスピカの周囲に、人の頭程より少し大きな体の魔蟲達が集まる。
そうして、スピカが右手を掲げ、『お行きなさい、坊や達』振り下ろす。
『なめんじゃないわよ!』
こっちに向かって塊となって襲いかかる魔蟲。それらと真正面から対峙するリョーシカが、強い戦意と共にそー吐き出した。
次いで、
『誘導炎球!』素早く短い詠唱の後に、魔法による迎撃を行った。
真っ直ぐと魔蟲に放たれた炎球。
しかし、魔蟲達は四方にバラけるとそれを直撃寸前で回避してのける。
『チッ!』
軽く舌打ちしたリョーシカなのだけれども、リョーシカは魔蟲から目を離す事なく、左右へと散った魔蟲を追い掛ける様に炎球を操作する。
『ダメ! 速すぎる!』
それすらも素早い動きで掻い潜る魔蟲に、リョーシカが焦った様な声で言ったなの。
そうして、炎球を掻い潜った魔蟲は、リョーシカ目掛けて鋭い牙を剥き出しにして襲いかかる。
なのだけれども、そんな魔蟲をマトが一刀両断で切り裂いてしまう。
『おい! しっかり狙えよ!』
『狙ってるわよ! アレが速すぎなのよ!』
こんな時でも、またまた始まりかけた兄妹喧嘩。
それに割って入ったのは、落ち着いた口調のフレアおばあちゃんだったなの。
『リョーシカ』
フレアおばあちゃんは、リョーシカに顔を向けながら右手を軽く振る。
途端に現れた四本の炎の柱が、ナノ達と魔蟲の間に壁の様にそそりたつ。
『目標が小さく、且つ素早い時はまずこちらとの分断を図ってしまいなさい。魔法使いにとって、敵に懐に入られるというのは致命的よ』
優しく頬笑みながら、諭す様にフレアおばあちゃんが言う。
『はい、先生』
フレアおばあちゃんの言葉に、眉間の皺を寄せてマトと向き合っていたリョーシカが、表情をただし素直に返事を返した。
『勿論、必ずしも分断する必要はないわ。要は如何に魔法使いの間合いを維持するか、そこが肝心なのよ』
『はい』
そんな二人のやり取りを見て、ちょっと疑問が沸いたナノが顔を後ろに向けて、スピカが来て以降ずっとナノを握り締めているアクアに聞いてみた。
「まるで先生と生徒みたいなの」
『ええ、あってますよ。リョーシカ姫は大紅君様の御弟子さんですから』
ニッコリと微笑んだアクアがそー話した。
「お姫さまなのに?」
『御姫様なのに』
「アクアもお姫さまなの」
『ええ、わたくしも御姫様です。でも、わたくしは陸ではあまり役に立たない御姫様ですから』
「そーなの?」
『そうなんです』
アクアと二人、そんな事を呑気に話すなのだけれども、戦いはまだ絶賛継続中であるなの。
フレアおばあちゃんが出した炎の壁が消えると、いつの間にか数を増した魔蟲が宙をブンブン飛び回って、待ち構えていたなの。
『マト。行くわよ』
前方を飛び回る魔蟲をキツく睨んだリョーシカがそう声をかける。
『おう!』
返事を返したマトもまた、魔蟲を睨むと手に持った剣を構え直した。
そうして再び魔蟲と対峙した二人。
最初に動いたのはリョーシカだったなの。
『クラッカーボム』
囁く様に言ったリョーシカの手の平に、小さな光の球が現れる。
リョーシカが大きく手を開くと、光の球は魔蟲目掛けて飛んでいった。
その速度はさっきの炎球とそんなに変わらない様にナノには見えたなの。あれだとまた避けられちゃうなの。
ナノはそー思っていたなのだけれども、魔蟲もナノとおんなじ事を思ったのか、警戒もせずに光の球に突き進み、またまた直撃寸前で四方にバラけてしまった。
『所詮虫よね』
魔蟲がバラけると同時、薄く笑いそう吐き捨てたリョーシカが、開いていた手を握り締める。
途端、目の前に光が溢れ、激しい破裂音が周囲を飲み込んだ。
『まぶ――――うるさいなの!』
突然の目眩ましと大きな音で、いつもれいせーなナノもちょっとだけ、ホントにちょ――っとだけビックリした。
眩しさで目が眩んだのは一瞬だけ、耳がキンキン痛かったのも一瞬だけだったなの。
それは多分、ナノが光の球とは離れた位置に居たからだと、頭の良いナノはすぐに分かったなのだけれども、頭の悪い魔蟲はそーゆーのが全然分からなかったみたいなの。
魔蟲達は、突然の光と音にビックリして、目を回し、ぽとぽとと地面に落ちてしまっていたなの。
『耳いてぇー!』
そー叫びながらもマトが駆け出し、地面に転がる魔蟲を次々と剣で仕留めていった。
転がってピクピクしているだけなので、今なららくしょーなの。
もっとも、ナノだったらそんな事をしなくてもバッタバッタと魔蟲を簡単に、かれーに、退治する自信があるなの。
素人さんには目の毒なので、見せてあげられないのが残念なの。
『あらあら、ダメね~』
頬に手をあてたスピカが魔蟲達に目を向けながらそー言う。でも、スピカは全然悔しそーでも残念そーでも無い。むしろちょっと楽しそーな顔をしていたの。
『次はあんたの番よ、アバズレ悪魔!』
スピカを指差したリョーシカがそー叫んだ。
『嫌よぉ。私ちょっと用事も出来ちゃったしぃ』
頬に指を当て、スピカが小頚を傾げながら拒否を示した。続けて、『それにぃ、まだまだこの子達は遊び足りないみたいよぉ?』
そー笑ったスピカの頭の上に、さっきの倍はいるだろー魔蟲がブンブンと集まってきたなの。
『ふん! 数が倍になった所で、所詮虫は虫よね!』
さっきの攻防で自信がついたなのか、不敵に笑いふんぞり反ったリョーシカが、スピカを挑発する様に叫ぶ。
『あらあら、可愛くないお姫様だ事。でもぉ、私の坊や達は幾らでもいるのよぉ?』
ちょっと訂正。
邪悪そーにスピカが笑った途端、更に数倍の魔蟲が、ナノ達の上空に姿を現したなの。
『……リョーシカが挑発するからだぞ』
上空を見上げたまま、マトがボソッと呟く。
『うるさいわね』
悪態をつくリョーシカなのだけれども、強がるその頬は少しひきつっているよーにも見えたなの。
『それじゃ、頑張ってね。また会いましょう。――――生きてたらね』
言ってスピカが踵を返す。よーじが出来たとか言っていたなので、そのよーじを済ませに行くつもりなのだろうなの。
そーして、スピカが闇に溶け込み消えてしまう。
と、ナノは思ったなのだけれども、
『逃がしませんよ』
そんな低い声がナノの背後から聞こえて来たかと思ったら、周囲を取り囲む様に透明な膜が現れたなの。
そのおーきくて広い膜は、ナノ達は元より、まさに逃がよーとしていたスピカさえも閉じ込めてしまったなの。
『あらん?』
膜を前に、すっとんきょーな声を出したスピカ。
スピカは、少し逡巡する素振りを見せてから、近くに居た魔蟲を無遠慮に鷲掴みにし、そのまま膜に向けて放り投げた。
膜にぶつかった魔蟲は、一瞬だけ断末魔みたいな甲高い鳴き声をあげた後、あっと言う間に溶けて消えてしまう。
それを見ていたスピカが、背中越しでも分かる程の大きな溜め息をついた。
ばーかばーか、ザマアミロなの。
少し間を空けた後、
『めんどくさいババアね』ドスの利いた声がナノの耳に届き、そんな声の主スピカが、ゆっくりこちらを振り返った。
「ひぃ」
思わず、れいせーなナノにあるまじき情けない悲鳴が喉の奥から溢れる。
振り返ったスピカは、とっても恐い悪魔の形相をしていた。