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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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聖剣のお供をするにあたって・12

「さて、丸投げしたところで勇者アキマサ君に言って置きたい事が幾つかあるんだが」

 コホンと咳ばらいをしてから言う。


『えぇ……まだ何かあるんですか……。フレアさんの話を含め、既に俺のキャパシティをオーバーしてるんですが』


「ん~、まぁ、そうだな。どうせ今は聖剣も無いし後でも良いんだけど」

 俺がそう言った直後に、部屋の扉をノックされ、話を中断させられる。


『どうぞ』部屋の外の何者かに向けてアキマサが口を開く。その顔は何処かホッとした表情にも見える。

 本人の言うように色々聞かされて、整理が追い付いていないのだろう。


 そうして、思考回路ショート寸前のアキマサの助け舟としてやって来たのはキリノであった。

 昼間、モミアゲの挑発をきっかけに調子を崩していたキリノであったが、約束通りフレアによって何らかの話をされて戻って来たのだろう。

 無表情ゆえ普段との違いを見分けるのは難しいが、こうして戻って来ているのだ、多少は落ち着いたかな?


「よぉ、もう大丈夫なのか?」

 外見的な判断も不味かろう。そう言って声をかける。


 キリノは少しの間を空けてから、小さく縦に首肯いた。


『何か用事?』

 続いて、アキマサが尋ねると、キリノは何かを言いたそうな素振りを見せたが、結局小さな溜め息と共に諦めた。

 それから、俺達二人に向けて『ごはん』とだけ簡潔に告げて去っていってしまった。


「アイツ、わざわざそれを言いに来たのか?」


『さぁ……? 正直、女心以上に、キリノの考えてる事は俺には難しいです。こう……想像すらつかない』


「安心しろ。俺もだ」

 俺達は、そんな事を話ながら部屋を後にしたのだった。




 みなで夕食を食べ終え、外に出る。

 もう辺りは夜の暗闇に包まれ始め、遠くの山から僅かに光だけを見せる太陽が沈みきるまではいくばくも無い。


「さて……」

 言って、隣に大人しく座るプチの頭に腰を下ろした。


『行きましょう。魔獣退治』

 アキマサが腰に下げた剣の柄をトントンと手の平で叩きながら言う。


『皆さん、お気をつけて』

 心配そうに言ったアクアに俺とアキマサ、アンが頷き、キリノは視線だけで返事を返した。


 そうして向かうのは戦場の最前線とされる正面の大門。

 前線に駆り出されたのは、俺&プチとアキマサ、アンにキリノである。

 そして、勇者アキマサ率いるは三千にものぼるアイゼンの兵、及びフレア直伝の五人の魔法使いと百の孫弟子達、それに加えて、近隣からかき集めた五百の傭兵からなる混成部隊であった。

 アキマサ率いると言えば聞こえは良いが、これはただ兵達のやる気を出させる為の形だけの総指揮官役である。

 実際問題、アキマサに部隊の指揮などは無理な話なので指示を出すのはアイゼンの各部隊長で、前線の総指揮としてアンがそれらをまとめる。バルド王国副隊長アンの腕の見せ所であろう。


 本来の総指揮はアイゼン王国の隊長さんが行う手筈だったのだが、彼は城の防衛に専念したいと申し出て、前線の指揮をアンに一任し、現在は後方での指揮役となっている。

 副隊長を務めるとは言え、他国の者に指揮を預けるのはいかがなものかと思ったのだが、彼曰く、経験の多さならアンの方が断然多いとの事。

 アイゼンの有事は、大抵、フレアや他の魔法使いが片付けてしまうのだそうだ。

 などと尤もらしい事を言っていたが、そう語る彼の目は明らかにフレアが心配で堪らないといった風であった。

 全ての者がフレアの預言を知っている訳ではないが、やはり軍のトップである彼には話が行っているのであろう。

 そして、それらを踏まえて、この国におけるフレアの存在感、どれだけ大事にされているのかが見て取れた。

 言うなれば、国中がおばあちゃん子みたいなもんである。



 後方にはライム国王を始めとした城の大臣達、そして大紅君ことフレアが避難して来た一部の国民達と共に幾多の兵に守られ、城にて待機していた。

 フレアの側にはマトとリョーシカの双子に加え、アクアとタラスクも控えている。

 王子達の実力は未知数であるが、守りに関して言えばタラスクは鉄壁であろう。もっとも城で本来のサイズになれればの話ではあるが……。

 とは言え、今日は徹底的に守られる身となったフレアであるが、実のところ後方のメンバーの中では、その本人が一、二を争う程の実力者。

 しかし、それは見方を変えれば、フレアすらも太刀打ち出来ない相手が現れた場合に、彼女を守れる者がいないと云う事でもあった。


 フレアの性格上、そんな敵が目の前に現れれば他の者を見捨てて自分だけ逃げる事はしないだろう。例えそれで預言通り自分が死ぬ事になっても……。


 どう云う流れにせよ。ただでフレアの命をくれてやる程、俺達は弱くはない。



 プチの背に乗り街を駆け抜け、アキマサ達よりも一足先に大門へと辿り着く。

 大門には既に兵達が布陣を張って、魔獣の進撃に備えていた。

 辿り着いた勢いままに、大門の壁を駆け登り、外を見渡せる位置へと移動する。

 月明かりに照らされても尚暗い平原は、まるで黒い海の様であった。

 闇の中で魔獣の姿を確認するには、まだ遠過ぎる様だ。


 しばらく黒い平原を睨みつける様に凝視していると、下から小さな風が吹き抜けた。

 風の流れに沿ってそちらに目をやると、いつもの服を着て、いつもの杖を持ち、いつもの無愛想な顔をしたキリノが立っていた。

 キリノの姿を視認したところで、覗き込む様に眼下を見下ろすとアキマサとアンの姿も確認出来た。

 準備万端。後は無礼な客を追い返すだけである。



 夜風が吹き荒む中、魔獣を待つ。

 寒さはあまり感じなかった。



 幾つもの大砲が並び、幾多の兵が待ち構えるアイゼン王国。

 そんな王国に近付く影があった。

 影は小さな点から、時間と共に膨らみ、数を増し、徐々に生物の群れを形作る。

 それでも、いまだ距離は遠く、ふとすれば止まっているのかと錯覚してしまいそうな状況ではあるが、大門の上に居て尚、小さな地鳴りが大地を通して魔獣の歩みを報せてくる。


 しかし、そんな大地の調べを嘲笑うかの様に訪れた第一陣の攻撃は、暗い空からであった。



『ドラゴンゾンビだ!』

 大門前の集団の中、何処からともなく、そんな声が響き渡り、途端に周囲が騒がしくなり始めた。


 視線の先。翼を広げたドラゴンの数十頭が、こちらに向けて飛んで来るのが見えた。

 その姿はどれも黒く、朽ち果て、飛んでいるだけでバラバラに千切れてしまいそうである。

 ドラゴンは死ぬと土に還るという話であったが……、成る程。禍を取り込むとああなるのか。

 絶対の白である竜王ザ・ワン。そしてその眷族たるドラゴン達は、禍への耐性が高いのだろう。故に、通常の獣の魔獣化とは異なりあの様な異形となるのかも知れない。


 俺がドラゴンの姿をまじまじと観察していると、真下から『砲台兵、及び弓兵! 構え! 魔法部隊はそのまま待機! 目標は先行するドラゴンゾンビ! 十分に引き寄せなさい!』との怒号があがる。

 総指揮者アンのその指示の元、城壁上部の指揮を取る上官兵が、上部に設置された砲台前に並ぶ兵達に檄を飛ばす。


 そうして、


『放てぇ!』

 溜めに溜めた合図と共に振り下ろされたアンの腕に合わせて、雨の如き矢と壁の如き鉄の弾がドラゴンゾンビに向け、一斉に放たれた。


 それが開戦の合図となった。


『魔法部隊! 落とせなかったドラゴンゾンビをアイゼンに入れてはいけません! 第一隊で空にいる奴に集中を!』


 流石は元ドラゴンと云ったところか……。

 矢は堅固な鱗に阻まれながらも、比較的柔らかな腹部や関節へと突き刺さる。しかし、それでもドラゴンゾンビは機敏に動き回り、何体かは砲台から放たれた鉄塊を潜り抜け、進撃を続けている。

 しかし、それらは第二撃目となる魔法の集中放火を受け、地へと滑落していった。


『歩兵、前へ!』

 ガチャガチャと鎧を打ち鳴らした兵が最前線へと整列し、

『討ち損ねた奴を仕留めなさい! 空に逃がしてはなりません! 第一隊前進!』

 数多の兵が、腹の底にズシリと響く雄叫びを上げて、地に堕ちたドラゴンゾンビ達へと突き進む。

 人よりも大きな体躯を持つドラゴンゾンビを前にして、臆する事なく対峙するアイゼン兵。

 一体に対し、十数人で取り囲み、油断なく四方から攻撃を仕掛けていく。

 しかし、相手はドラゴンゾンビ。そう簡単に討伐とは行かない様で、どの集団も悪戦苦闘を強いられていた。


『弓兵、中央を残し、左右に展開! 目標は後方から迫る第二波! ドラゴンゾンビ討伐の邪魔をさせない様に!』


 そうして、こちらへ疾走してくる四足系の魔獣の波を矢の迎撃により牽制する。

 しかし、弓兵に対し、四足系の魔獣の数が大幅に多く、半数以上の魔獣を討ち損なう結果となった。


『第一隊、速やかに後退!』

 アンが歩兵隊を下げさせる。ドラゴンゾンビはまだ数体残ったままであり、兵が離れると共に翼を広げ、空へと飛び立つ素振りを見せた。


『放てぇ!』

 再びの爆音。

 今まさに飛び立とうとするドラゴンゾンビ目掛けて、砲弾が放たれる。

 歩兵は、砲台の再装填まで空を飛ばさない為の時間稼ぎか。


 砲台の第二幕により、数十体いたドラゴンゾンビは全て動かなくなり、砲撃の余波で四足系の魔獣の一部も吹き飛んでいた。


『大盾隊前へ!』

 一際大きな盾を持った兵が、後退してきた歩兵と入れ替わる様に前線へと進み出てくる。


 こうして、戦いは本格的な近接戦へともつれ込んだのである。




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