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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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聖剣のお供をするにあたって・10

 さっきまでのほのぼのとした空気を微塵も感じさせず、真剣な面持ちをしたフレアが話を切り出す。

『今夜、魔獣がこの国を襲うというのは全員把握しているわね』

 確かめる様に全員に視線を這わせたフレア。

 馬車の中でリョーシカから聞いたので知っている。

 特に誰からの発言もなく、全員がフレアの続きを静かに待つ。


『陛下にだけは既にお伝えしているのだけれど……、今日、私は死にます』

 淡々とした口調でフレアがそう告げた。


『ど、どういう』驚きを隠せないといった表情のリョーシカが声をあげるが、それをフレアが軽く手振りで制止する。


『どういった課程で死ぬかまでは私にも見えないわ。魔獣に殺されるのか、それとも別の要因なのか。けれども、どういった課程にしろ、私は今日命を落とす事になります』

 言い終わったフレアが、小さく笑う。少し自虐的に。


『嫌なものですね、自分の死期が分かるというものは』


 フレアの語る自らの死期を聞いた全員が、どう反応すべきか分からず、周囲を静寂が支配する。


 そうして、少しの沈黙の後、

『僕が、……僕がお守りします!』

 フレアの告白を受け、きつく眉を上げたマトが絞り出す様に言い放った。

 続けて、

『確かに、今まで大紅君様の預言が外れた事などありません! ですが、それも昨日までの話です! 僕が必ずお守り致します!』

 マトが胸元に握り拳を作り、力強くそう宣言する。

 そうして、マトのその宣言が終わると、すぐさまリョーシカが口を開く。

『リョーシカは嫌です! 大紅君様が居なくなるのは! リョーシカも、リョーシカも今日はずっとお側に』

 大声を出したリョーシカが、後半に行くにつれ蚊の鳴く様な小さな声になりながらも、マト同様、フレアの死に異を唱えた。

 しかし、そう言ったリョーシカの目の端にはうっすらと涙がたまっている。


 マトの言葉から察するに、フレアの預言は外れないのだろう。

 それはつまり、フレアの死は免れないという事。二人がどれだけ抗おうとも――――


 大賢者の絶対の預言。


 マトも、リョーシカも、それを理解しているのだと思う。しかしそれでも二人は側で守ると宣言した。いや、理解しているからこそ、そう宣言したのだろう。

 口に出せば運命に逆らえる。そんな迷信の様な、願掛けな様な淡い期待、願いを込めて。



『二人とも、ありがとう』

 そんな二人の優しさを受け止め、フレアが嬉しそうに頬笑む。

 リョーシカはさっき、そんな風に笑う大紅君様は見た事が無い、と話したが、――――なんの事はない。俺からすれば、そんなに慈愛に満ちたフレアの顔など見た事が無かった。

 血縁関係など些細な事だろう。孫の成長を喜ぶ祖母の心境を表す様な、嬉しそうなフレアの頬笑み。

 それだけで、フレアと二人がどれだけの絆で繋がっているのか手に取る様に理解出来た。


 フレアのそんな顔を見た途端、抑えられなくなったのか、小さな声で泣き始めたリョーシカをフレアが胸で抱き締めた。







 それから泣きすがるリョーシカをフレアがなだめ、リョーシカが落ち着いたところで場所を移す事にした。

 向かったのは玉座の間。アイゼン王国現国王ライスの元である。


 庭先から玉座の間までの短い道中、宣言通り、マトとリョーシカはフレアの後ろをぴったりと付いて回っていた。

 流石にマトはフレアから常に二、三歩離れた距離を維持していたのだが、その一方、双子の片割れリョーシカはと言えば、恥ずかしげもなくフレアの服の裾をずっと掴みつつ、フレアが止まれば止まり、歩き出せば歩く、と愛の街ラヴィのドッペル君も舌を巻く程の同調っぷりを披露してみせた。

 まぁ、距離はどうであれ、二人とも今日はフレアから離れるつもりは無いみたいだ。


 そんな二人を少し遠巻きに眺める。

 カモの親子の様だ、と。


 そんな事を思ったので、俺を握りしめたままのアンに「ああ、そうか。アンも俺が心配でたまらないから離してくれないんだな」と首を回して顔を向け、言ってみた。


『……はい、心配です。クリさんが逃げないかどうか、とても心配です』

 挑発に乗って離してくれる事を期待したのだが、にっこりとそう返されてしまう。


 フレアから何を聞いたか知らないが、今日のアンは中々に手強い。


 俺はアンから視線を外し、正面に向き直ると、「最悪、小便を漏らすしかないな」と溜め息混じりにポツリと小さく呟く。


 俺の体を握ったアンの手が、僅かにピクリと動いた。






 玉座の間でライム国王と今後について少し話した後、魔獣襲来までの休息場所として俺達は部屋を宛がわれた。今は、俺とアキマサが宛がわれた部屋の中、休息がてら今夜の襲撃に備えて準備を進めていた。


 ライム国王は、顔こそ整った精悍な顔立ちの人物であったが、マトリョーシカの二人程、彼らの先祖でもあるロゼフリート達の誰かに似ている訳でも無く、善くも悪くも国王、といった風であった。

 可もなく不可もなく。特に語るべき所も無いので、彼とのやり取りはオールカットである。


 部屋の中、開いた窓に腰かけ、部屋へと吹き入る風を背中に感じながら、ぼんやりとアキマサの様子を眺める。

 本当は、キリノを探しに行こうかと思ったのだが、部屋をあてがわれた際、フレアに再度釘を刺された為にキリノ捜索を断念、

フレアを信じて任せる事にした。


 一方、もはや恒例となった俺との同室に何の感想も抱かなくなった相方アキマサもアキマサで、丸腰ではまずかろうと国王から借り受けた見慣れない剣を手に持ち、鞘から抜いたり、刃の調子を確かめたりと、何となくで時間を潰している様だった。

 要するに二人揃って暇なのである。


「なぁ、アキマサ」


『なんです?』

 歪みの確認なのか、剣を目線と垂直にし、刃へと視線を向けたままアキマサが背中で返事を返してくる。


「どこまで聞いたんだ?」主語も言わずにそう尋ねる。


『……フレアさんにですか?』


「ああ」


『とりあえず、フレアさんが知ってる事は全て聞いたと思います』


 それはどこまで? とは聞かなかった。下手に墓穴を掘りそうな気がしたから。

 フレアがどこまで把握してるのかは知らないが、俺がフレアに話してない事までは知らないって事だろうし。


『アンさん達も一緒に聞いていたので、ある程度は知ってますが、その後で俺だけ別室に呼ばれて二人だけで話しをされました』

 そこまで話してようやく、アキマサが剣から視線を外して此方を振り返った。


『その時の話は、クリさんも知らない話だ、と』


「俺も知らない話?」


『ええ。クリさんが、妖精王マロンの体から抜け出した後の話から、ここ四百年での出来事の話だそうです』


「ふ~ん、……そう」

 大根演技に定評のある俺だが、全然気になりませんけど? といった顔を作り、出来るだけ平静を装ってそれだけ返した。


『クリさんって』


「ん?」


『……あ、いえ、隠し事多いですよね。クリさんって』

 アキマサは何かを聞きたそうにしていたが、結局それだけ言って再び剣の手入れへと戻ってしまった。


「アキマサはアンみたいに聞かないんだな」


『まぁ――――そうですね。聞いて答えてくれるなら別ですが』

 そう話したアキマサがイタズラっぽく笑った。


「ハッハッハッハッ、アキマサ君。君は私がそんなに素直な奴に見えるかね?」


『いーえ、全然』

 二人で顔を見合せ笑い合う。

 しかし、そんな楽しげな一幕もそこそこに俺は口を開いて告げる。


「そういやさぁ、昔の事なんだけど」


『なんです?』

 未だクックッと愉快そうに笑うアキマサが返事をする。

 そんなアキマサに構わず、ごく自然な口調で、

「昔、七夜の樹を全焼させた事があるんだ」と言ってのける。


 聞いたアキマサが、笑い顔のまま硬直するという珍妙な芸を披露して見せた。



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