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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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聖剣のお供をするにあたって・9

「ややや! これはなんとびっくりフレアさんじゃないですかー!」

 とてもびっくりしているとは思えない芝居じみた口調で、そうトボけるとフレアが笑った。


『アハハハハハハ! まだ逃げるつもりでいるみたいね。アンさん、離しては駄目よ』

 目の端に涙を貯めたフレアが愉快そうに言う。


『お任せください』

 アンが力強く頷き、首根っこをつまんだまま、空いた手で俺の体をガッチリしっかりバッチリロックした。

 こうなると非力な俺は物理的に逃げる事は不可能。かごの中の虫である。

 仕方なく、フレアに向けて懇願する様な表情で話し掛ける。

 

「堪忍してくれまへんやろか?」


『堪忍できまへんなぁ』


「せやろか?」


『せやなぁ』

 言ってフレアがまた笑う。釣られて俺も笑ってしまった。


『ふぅ、こんなに笑ったのは久しぶり』

 そう話しながらフレアが手で涙を拭った。


『さて、無事捕まえた事ですし、場所を変えましょうか。悪いけどあなた達、そこの傭兵さん達の事頼めるかしら?』

 マトの連れていた兵達に向かってフレアが言う。

 先程のゴタゴタでモミアゲ達は全員仲良く絶賛気絶中であった。


『ハッ!』

 キョトンと成り行きを見守っていた兵達が慌てて佇まいを正し、フレアに敬礼してみせる。


『マト、あなたはいらっしゃい。話して置きたい事もあるの』


『はい、分かりました。――――あっ! 少し待って下さい!』

 マトが看板娘と店主の元へと足早に近付き、何かを話し始めた。

 多分、代表して先程のいざこざについてを謝っているのだろう。しっかりした少年である。


『すみません、お待たせしました』


『それじゃあ、行きましょうか』

 フレアがそう告げ、両手を叩いて小さく音を鳴らした。

 途端に世界が反転する。

 空が下に、大地が上に。世界がグニャリと捻れる。


 うぅ、気持ち悪い。頭がクラクラする。何度体験しても慣れない。


 曲線を描き歪んだ世界には一瞬の滞在であった。

 空が上に、大地が下に。本来あるべき姿を形作る。


 しかし、視界に広がる風景だけは先程とは違っていた。

 見上げた先には青い空と薄糸を引いた白い雲が広がる。

 店の中に居た俺達は、正常な平衡感覚と引き換えに外へと放り出された様だ。

 不調の視界の中、自然と聴覚が研ぎ澄まされる。

 しかし、聞こえて来たのは、風に揺れる木々の囁きと、鼻唄にも似た鳥のさえずりだけであった。


「どこ?」

 誰に言うでもなく、そう口にして答えを求める。


『城の庭園ね。大紅君様の離れの直ぐ傍の』

 澄ました顔でリョーシカが言う。

 使用者であるフレアは元より、リョーシカとマトも今の転移をごく自然に受け入れているみたいだ。

 アキマサなど両手両膝をついて気絶寸前であるのに。それはそれで弱すぎだろお前。


 そうして周囲を見渡して、ふと気付く。


「キリノは?」


『断られてしまったわ』

 そう告げたフレアと目が合う。

 そして、俺が口を開くより先に、『心配ないわ。あの子の事は私が後で』

 フレアはそう言って、僅かに微笑み視線を外した。


 食堂でのキリノの様子を思い出す。

 本気の殺意。

 今までキリノの攻撃性を冗談めかしで煽った事はあるが、それとは明らかに違う。

 フレアが止めなければモミアゲ達は確実に死んでいただろう。下手をすれば余波で店ごと消えていたかも知れない。

 彼女に何らかの異常が起きているのは間違いないと思う。得体の知れない不安が胸の内にヒタヒタと歩み寄る。


 俺にはキリノの異常の原因など見当もつかないが、フレアは分かった様な口ぶりである。

 それならそれでフレアに任せようかとも思うのだが、だからと言って、全部フレアに任せるというのも納得しかねる。

 仲間の事だ。やはり知っておきたい――――



 ――――ああ、なるほど。

 アンもこういう気持ちだったのか……。


 今なら彼女の気持ちも理解出来る気がする。


『心配?』

 多分、そんな顔をしていたのだろう。

 フレアが横目で俺を見ながら尋ねてきた。

 知らぬ間に乾いてしまった唇を潤す様に、軽く下唇を舐める。


 それから、

「ああ、心配だな」

 アンにガッチリ取り押さえられてなければ肩を竦めて言っているところである。


「心配なので様子を見に行きたいんだが?」


『ダメです。そして大丈夫です。キリノはそんなに弱くありません。なのでキリノの事はこちらが終わってからにしてください』

 俺を握りしめたままアンが言う。

 表情こそ落ち着いているが、そう言った時のアンの手からは、僅かに動揺する様子が握りしめられた体ごしに伝わってきた。


「そういえば聖剣はどうなったんだ? クゥちゃんの御守りは手に入りそうなのか?」


『ああ、それなんですが、クリさんの言ったその御守りは今は竜の園にあるそうです』

 いつの間にか転移の後遺症から回復したアキマサが答える。


「ふ~ん。――――え? あそこまで取りに行くのかよ? あの山脈越えるのは相当骨だぞ」


『それについては、何とかなるそうです』


「ふん? ――――ああ、フレアの転移か?」


『残念だけど遠すぎるわ。私の転移ではあそこまでは飛べないのよ。代わりに、王がワイバーンを貸して下さるそうよ』


「へー……。ワイバーンか~。ワイバーンねぇ~。見た事ないや」

 そうトボけて言うと、フレアがクスクスと笑いだした。


『その辺の事情はもうフレアさんに聞きました』

 アンが俺を、自分の顔近くまで持ち上げて至近距離からそう話す。

『ついでに言うと、誰かさんの裏工作もフレアさんに解いて頂きました』ジト目で睨んだアンが続けてそう言う。


「へー、そうなんだ。裏工作とか不貞野郎がいるもんだな」


『本当はマロンに使う予定で研究していたのだけど……。こんな形で使うとは思ってなかったわ』

 そうポツリと語るフレアの話に心当たりがあった。

 いつかマロンと交わしたあの約束か……。

 まさか本当にやってのけるとは……。


「あの~、俺の専売特許潰すのやめて貰えませんかね?」


『あら? 不満?』


「……別に」

 少し不貞腐れ気味にそう言うと、またフレアが笑う。


 何だかそれが無性に悔しかったので、話題を変える事にした。

 まるで子供だが、悔しいものは悔しいのだ。


「アクアは? あとプチも。食堂には来てないみたいだったが」


『アクアお姉様は御父様と御母様に捕まってるわ。あの様子じゃ、まだ捕まってるでしょ。犬コロは知らないわ。ナノ助が何処かに連れてったみたいだけど』

 リョーシカがそう言って大きな溜め息をついた。

 何か不満でもあるのだろう。


『リョーシカ、アクア様も来てるのか?』

 アクアの名を聞いたマトが嬉しそうにリョーシカに問う。


『ええ、そうよ。 ――――あんた、その鼻の下伸ばしただらしない顔でアクアお姉様の前に行くんじゃないわよ』

 眉を僅かに上げて諌める様にリョーシカがマトを一瞥する。


 言われたマトが不満を露に『伸ばしてないし』と口を尖らせた。

 いや、伸びてるよ王子様。

 歳の割りにはしっかりしてるし、流石は次期国王だと思ったが、こういう所は歳相応の反応だな。

 リョーシカ同様、マトもアクアに憧れ的な感情を持っているのだろう。


「じゃあ、俺も行って国王様に挨拶でもしてこようかな」


 そう言った途端、『アハハハハ、あの手この手と言った感じね。そんなに逃げたいのかしら?』と、フレアが愉快そうに笑う。

 どうにかしてこの場を切り抜けたいとの思いで、色々と話しを振り続けていたのだが、そんな俺の意図など大賢者様には筒抜けであったらしい。


 そんな俺の思惑と画策、失敗の中、ケラケラと笑いっぱなしのフレアにリョーシカが怪訝な顔を見せる。どこか不思議なものでも見る様に。


『どうかしたのリョーシカ?』

 それに気付いたフレアがリョーシカに尋ねる。


『いえ、どうと言う程の事では……』少し言いづらそうにしてリョーシカが続ける。

『ただ、その……先程から見ていて思ったのですが、大紅君様がそんなに笑う所を見た事が無かったものですから。少し意外だな、と』


『そうだったかしら?』


「フレアは猫を被るのが上手いからな、俺も最初にあった時に」

 逃げられないならば、と仕返し気味にほくそ笑んで、バラして差し上げ様としたのだが、俺が言い終わるのを待たず、優しげに微笑んだフレアが俺の頬を摘まんでねじあげてきた。

『冗談を言うのはこの口かしら?』

 フレアは、表情こそ微笑んでいるが、眼が全く笑っていない。


「いたい痛いイタい!」


『あの~、昔から大紅君様と妖精さんはお知り合いなんですか?』

 痛いと喚く俺を気にも留めず、マトがフレアに尋ねる。本当に痛いので少しは気にして欲しい。


『ええ。前に話さなかったかしら? 十年一緒に暮らした恋人がいると』


『え? ――――――え!?』


 微笑むフレアが言葉を発した途端、その場にいた全員が俺に振り返り、視線をぶつけてくる。頬をひねりあげられたままのマヌケな俺に。


『まぁ、恋人と紹介されても、この人は妖精(こんな)だから、言いたい事もあるでしょうけど』

 俺とフレアを除く、全員の表情からみて取れる疑問符を前に、フレアがそう言って場の平静を促す。


「確かにオッケー出したけども! 本気と思わなかったんだよ! むしろ普通思わないだろ、妖精相手に本気で恋愛しようする奴がいるとか!?」


 俺がそう反論すると、フレアの指先に更に力が込められた。「ぅおぃ! そろそろ千切れそうなんだけどぉ!?」


 フレアは俺を一瞥し、小さく溜め息をつくと頬から指を外した。


『冗談はこの位にして、本題に移るとしましょうか』

 解放されて尚、俺の頬が火傷の様に赤く燃え上がる中、大紅君然とした、独特の威厳を取り戻したフレアがそう告げた。



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