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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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聖剣のお供をするにあたって・8

 キリノの所業でやや静かになった店内に、扉を乱暴に開ける音が響いた。

 次いで、『よぉ、また来たぜ』と荒々しく野太い男の声が耳に届く。


 そちらに目をやると、なんとまぁお約束とばかりにアイツがいた。

 昨日、食堂で見掛けたモミアゲ男とその取巻き達である。


 普段、興味の無い事にはとことん興味を示さないキリノも、モミアゲ男の登場を受け、眉をひそめて僅かに目を向けた。

 昨日、アイゼン焼きを食い損ねたのはあのモミアゲが原因なので、その事に少し不安を覚えたのだろう。

 しかし、結局キリノはすぐに興味を無くしたのか、元の無表情へと戻ってしまった。

 関わりたくないのだろう、あのモミアゲに。

 繰り返したくないのだろう、あの惨劇を。


『申し訳ありません。只今満席でして』

 店側の対応も待たず、ずんずんと店内に足を踏み入れるモミアゲ達に、料理を運ぶ最中であったのだろう、片手に皿を持ったままの看板娘が少し怯えた様子で満席だと告げた。

 途端に不機嫌になるモミアゲ。


『ああん!? おいテメーら! チンタラ食ってねーで、さっさと席空けやがれ!』

 そう叫んだモミアゲが、看板娘の制止を力任せに振り切り、入り口から最も近くに座っていた客の椅子を蹴飛ばした。

 椅子と共にテーブルを押し倒して吹き飛ぶ男性客。

 『キャッ!』という小さな女性の悲鳴と、いくつかの食器が割れる音がした。


 絵に描いた様な悪役だが、キリノがノータッチゆえ、俺もまだ関わろうとは思わなかった。

 関わったところで貧弱な妖精など、キリノの力無しではあっという間にボコボコになるのは目に見えている。


 しかし困った事に、そんな身勝手な暴挙を黙って見過ごせない人物がこの席にいるんだよなぁ。


『おい! 誰だか知らないが、店の中で暴れるのはよせ!』

 マト王子がモミアゲに向け、僅かに怒気を孕んだ声色でそう言い放つ。


 ほらな?


『おう? 随分威勢の良いガキんちょがいるな!』

 マトを睨みつけたモミアゲがずんずんとこちらに近付いてくる。来なくて良いのに……。

 そんなマトとモミアゲの間に、兵達が素早く割って入った。


『おーおー、護衛付きとは。威勢が良いのは口だけの、さぞかし甘ったれた坊っちゃんなんだろうなぁ』

 その様子を、下卑た笑いを浮かべて見ていたモミアゲ達が挑発してみせる。


『お前、昨日召集の場にも居たな』

 モミアゲと対峙した一人の兵がそう話す。


『傭兵か?』とマト。


『おう、良く知ってんじゃねーか! 俺がかの有名な傭兵団サイドバーンズのリーダー、バーンズ様よ!』


 サイドバーンズて……。お前さては自分のモミアゲ好きだな?


『サイドバーンズだかモミアゲだか知らないが、この方を誰だと』兵がモミアゲにそう言葉を発し始めた時、言葉を遮る様にして、今まで無関心を貫いていたキリノがスックと立ち上がり、片手を真上に上げた。

 いつものノソノソっとした動きではない。まるで元気なガキんちょの様に俊敏なキリノに目を丸くする。



『ああん!?』

 モミアゲが怪訝な声を上げ、他の客はキリノの突然の挙手に息を飲んだ。

 誰も言葉にしないが、空気が言っている。


 ()()()()()()()()()()()()()



 みなが注目する中、キリノが看板娘に向かって、

『アイゼン焼きはまだですか?』と、尋ねた。全くブレないなこの子。


 キリノがそう尋ねると、今度は看板娘に視線が集中した。


 いや、お前ら、そんなのそこまで集中する事かよ。ただのスイーツの催促だぞ。


 みなが注目する中、看板娘が口を開く。


『す、すいません。先程、落としてしまって』

 床を指差しながら看板娘がおそるおそると云った口調で地獄への扉を一つ開いた。

 床には確かに、割れた皿とモミアゲ達に踏まれて原型を留めていない何かが転がっていた。


『追加』

 キリノは慌てる様子もなく、追加の注文を出した。

 何故か周りで二人のやり取りを見守っていた客達がホッとした表情を見せる。

 本能だろうか? 危機察知能力的な。


『申し訳ない。材料切らしちゃって』

 キリノの追加注文を受け、奥に居た店主が静まりかえる店内にポツリと呟いた。


 途端にキリノが膝から崩れ落ちた。


 マジか!? 凄いな店主さん。俺が知る限りキリノに膝をつかせたのはあんたが初めてだ。


『神よ』

 キリノが床に崩れ落ちたまま、天に向かって悲痛な叫びをあげる。

 いや、ただのスイーツだからな? 神様も困惑だわ。



『あん? お前昨日も会ったな。へっ、丁度良い。テメーの仲間には恥をかかされたからな、ここで昨日の恨みを晴らしておくか』

 ようやく思い出したのか、モミアゲがニタニタと笑いながらそう口にして、


 ―――――地獄へ通じる最期の扉を開いた。


『お前……おまえぇ!』


 大地が震え、天が鳴いた。否、地獄の大公爵が怒りで肩を震わせ、叫んだのだ。

 ここまでプッツンキレたキリノを見るのはラナが刺された時以来だ。ラナとアイゼン焼きは同列かと悲しくなる。


『ハ、ハッ! 何だこんなもの! 食いたきゃ犬みたいにペロペロ床でも舐めたらどうだ!?』言ってモミアゲが床に転がるアイゼン焼きらしきものをグニグニと踏みつけた。

 それは、キリノのあまりの迫力に気圧されながらも、モミアゲが何とか絞り出した虚勢であったのだが……。


 アホが。火に油を注ぐな。


『死んで詫びろ』

 髪を逆立て、そう冷たく言い放ったキリノから店内を覆い尽くす程の魔力が漏れ出ていた。


 ここに来てようやく、事の重大さに気付いたモミアゲが腰を抜かして命乞いを始めた。

 顔は青褪め、挙げ句粗相までしてしまうのだが、こうなっては残念ながら俺にも止めらない。

 キリノも流石に命までは取らないだろうから頑張って我慢して欲しい。自業自得だし。


『死ね』

 魂すらも凍えてしまいそうなキリノの呟き。そしてそれと同時に放たれた恐怖を具現化した様な闇よりもなお黒い魔法。

 それら二つが床でへたり込むモミアゲに迫りゆく。


 あれ? 手加減してるんだよな?





 本当に?


「待て! キリノ!」

 手加減なんて微塵も感じられない。本気にモミアゲを消しにいってる。

 そう判断し、止めに入る。

 しかし、既にキリノの手を離れた凶悪な魔法は俺の声などでは止まる筈もなく、そのまま真っ直ぐに、何の躊躇いもなく、モミアゲ達を包み込んだ。


 この馬鹿が! たかがスイーツだぞ!?


 キリノの暴挙に戦慄している俺の視界の中、モミアゲ達を包み込んでいたドス黒い瘴気が突然霧散した。


 何が起こったのか分からず茫然としていると、瘴気と代わる様に現れた幾多の泡のひとつが空中でパチッと小さく弾けた。


「……シャボン玉?」


 何が起こったんだ?

 シャボン玉から目を外し、キリノを見る。

 キリノも驚いた様に目を見開いていた。それからハッと我に返った様に俯いてしまう。


 今の様子を見る限りキリノが手加減した訳じゃないのか?

 困惑していると、店の扉が開く音がした。


『駄目よ。そんなものをここで使ってわ』

 ゆっくりとしていて、落ち着いた口調で誰かがそう言った。


『大紅君様!』

 今度はマトがそう叫んだ。

 どうやら今入って来た人物に向けて言ったらしい。


 なるほどね。

 俺は、ふぅと小さく溜め息をついた。


「用事が出来た。それじゃ!」

 マトと俯いたままのキリノに早口で告げて、窓を目指す。

 しかし、窓の手前で首根っこをつままれ、あえなく御用。神よ。


『どこに行くんですか?』

 声の方、俺をつまんでいる人物へと顔を向けると、アンが少し怒った様子でこちらを睨んでいた。


「後生だから見逃してくれ」


『駄目です!』

 そうピシャリと言った後、アンが横に顔を向け告げる。


『フレアさん、捕まえましたよ!』

 おそるおそるアンの視線の先へと顔を向ける。

 視線の先、ゆっくりとした歩調でこちらに近付く老輩な女性が目についた。

 途端に沸き上がる様々な感情を無理矢理押し殺す。


 ああ、懐かしい顔だ。


 幾つもの皺が刻まれてはいるが、かつては毎日の様に顔を合わせていた。その人物が今、目の前に優しげな微笑みを湛え、立っている。


『ありがとう。 ――――それにしても……フフッ、何も逃げなくても良いのに』

 口元に大きな皺を作って、紅い魔女フレアが愉快そうに笑った。



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