聖剣のお供をするにあたって・7
マトがこちらに合流したところで、キリノに気付いたマトが声を掛け、互いに挨拶を交わす。
『まさかバルドのキリノ導士にお会いできるとは』
手頃な食堂を目指しながらマトがそんな事を口にする。
「キリノを知ってるのか?」
『勿論です。大紅君様から著名な方々のお名前はお聞きしていますよ。キリノ導士といえば世界でも五本の指に入る魔法の使い手であると。まさかこんなにお若い方だと思っていませんでしたが』
「あ~、前にキリノがそんな事言ってたなぁ。確か魔導士って五人しか居ないんだろ?」
『ええ、確認されている魔導士様は世界に五人だけです。大国バルドのキリノ導士にフォートラン導士、それから北の大賢者ダージリン導士と流浪の探求者メフィスト・フェレス導士、そして我がアイゼンの紅い魔女フレア様。この五人が名実共に知られる魔導士様達です』
「フォートランってあの爺さんだよな? そんな凄い人だったのかあの爺さん」
キリノに尋ねると、キリノは『院長』と簡潔に返してきた。
多分、バルド王国魔法院の院長という意味だろう。
フォートランはバルドに滞在していた時に、何度か話した事がある。
フォフォフォ、と笑う白髭の爺さんだ。
『大紅君様のお話では、それぞれ得意魔法が異なる様ですが、こと戦闘と魔力量に関していえばキリノ導士が圧倒的だと誉めておいででした』
同じ魔導士でもやはり得手不得手というものはあるのか。
確かにキリノはやたらと攻撃的な魔法ばかり知ってるが、逆にその他の魔法だと読心位しか見た事がない。
血と魂の契約は厳密には魔法ではなく、【契約】という部類に入るらしい。違いが良く分からん。
攻撃的な魔法が得意なのは単に性格的な理由なんじゃないか?
いや、それならキリノの場合、呪いとか得意そうだ。
キリノを横目に見ながらそんな事を思った。
『なに?』
「いや、なにも」
慌てて視線を正面に戻す。ほらな、視線だけで呪えそうだ。
呪われる前に話題を変えておく。
「ここらにアイゼン焼きが食べられる店ってあるかな?」
『アイゼン焼きですか? 名物ですからね。大抵の店で出していると思いますよ』
『その中でも特に美味しい店で』
珍しくキリノが口を挟んで注文をつけてくる。そんなに食べたいのか……。
『う~ん、……何処かな?』
少し困った様子のマトが後ろにぞろぞろと付いて来る兵達に顔を向けて尋ねた。
『それでしたらエテ通りのツーピースなんてどうです?』
『いやいや待て待て、それならジャズ広場のベラルーシだろ』
『お前は看板娘のあの子の補正が入ってるからだろ。俺ならハウンドを推すね』
『あそこは甘ったるいだけだろーが』
『フリート通りのオプトインだろうなぁ』
『ないない、そこはない』
『ああん!? 上手いだろうがオプトインのは!』
アイゼン焼き一つとってもそれぞれの好みが出るらしい。
ガヤガヤと騒がしくなった背後に目を向けたマトが小さく溜め息をついた。聞いた自分が馬鹿だったとでも言いたげに。
一向に終わりそうもないアイゼン一のアイゼン焼き論争を終わらせたのは『近場で良い』というキリノの一声であった。
そうして鶴の一声により訪れたのはベラルーシという名の、広場を見渡せる位置にある食堂であった。
『うっし!』
先程、アイゼン焼き論争でベラルーシを推していた兵が一人喜びの声を上げた。
いや、別にここがアイゼン一と決まった訳じゃないからな?
店内に入ると、直ぐに『いらっしゃいませー!』という元気な声が届いた。
昼時という事もあって店内は大勢の客で賑わっている。心なしか若い男が多い気がしたが、それは気のせいではないとすぐに理解する。
店内に入った俺達に向けて『何名様ですか?』と問い掛けてきた女性店員。
成る程。可愛い。
看板娘補正とか言ってたが、多分この娘の事だろう。
元気があって愛嬌もある。まさに看板娘といったところだろう。
彼女の一挙一動を客達がニコニコと目で追っている。
店内の若い男共が彼女目当てなのが手に取る様に分かる様だ。
『あ、あれ? マト王子!?』
マトに気付いた看板娘が少し慌てた様な声を出し、途端に店内がざわつく。
まぁ、王子様だしな。そういう反応にもなるだろう。
『毎日ご苦労様です。7名ですが空いてますか?』
その辺りはマトも慣れたもので、特に気にする事なく返事を返す。
『す、すぐにご用意致します! もう少々お待ち下さい!』
それだけ言うと、看板娘は奥にいた中年の男性の元へと駆けていった。
恰好からしておそらく店の店主だろう。
俺の予想が正しければ席の確保の相談に行ったのだと思う。
ざっと見た限り、店内は7人もの人数が入る程の空きは見当たらなかった。
『気を使わせてしまったみたいですね』
マトが看板娘と店主を見ながら苦笑いを浮かべる。
俺の視線の先では、店主と看板娘が他の客に頭を下げて場所の確保に奮闘しているところであった。
満席なので断るという選択肢はないらしい。
「あんまり城外の店には来ないのか?」
席の準備を待つ間、何となくそう思ったのでマトに尋ねた。
『そうですね。僕はあまり……。リョーシカの奴は買い物好きなのでちょくちょく来る様ですが、僕の場合は、あまりホイホイ行くと民が気を使うと父上に止められているものですから』
次期国王と姫君の違いだろうか。
その辺りは俺には分からないが、人柄的にリョーシカよりも親しみやすいマトの方が民とは距離を置いているというのも不思議なもんである。
しばらくして、『お待たせしました』と告げられ、他の客を押し退けて確保された席へと案内された。
他のテーブルがかなり窮屈そうで、少し申し訳ない気持ちになる。
席につくなり兵達はメニューも見ずに『A』だの『B』だのとまるで常連の様にランチを注文していった。
なんだかんだで実はお前ら全員良く来るだろココ。
マトも同じ感想を持ったのか、そんな兵達に若干呆れ顔であった。
『マト王子はどうしますか?』
看板娘がマトの料理を尋ねる。
緊張なのか、照れなのかは分からないが彼女の頬は僅かに紅くなっていた。それでも王子に対して笑顔を崩さない辺りはプロであるのだが、王子に向けられるキミ目当ての客の視線が冷たいよ。
と言うか、一国の王子を睨むなよお前ら……。
『では、僕はBランチを。妖精さんとキリノ導士はどうしますか?』
「俺はキリノの料理を分けて貰うよ。どうせ全部は食えないし」
『……AからCを二人前づつ』
『え? すいません、AからCを二人前ですか?』
聞き間違いとでも思ったのか看板娘が怪訝な顔付きで聞き返した。
『そう……。食後のアイゼン焼きもひとつ』
『か、かしこまりました』
困惑した表情で注文を受けた看板娘が奥へと引っ込んでいった。
それからマトが、大丈夫なのか? とキリノに尋ねる。
キリノはそれに対して、『食べ過ぎは良くない。腹八分』と淡々と返した。
マトの大丈夫という問い掛けを、それで足りるのか? と解釈したのだろう。
そっちじゃねぇ。
それを聞いたマトは、もうそれ以上何も言わなかった。
本来の予定ならば、俺が冒険譚を脚色混じりに楽しく語る昼食会である筈だった。
だった。
しかし、今現在、言い出しっぺのマトはそんな事も忘れて、キリノの食事風景をポカンと眺めていた。
いや、王子に限らず、店内にいた全ての人がキリノの食事を見守っている。
これも、初見の反応はみな同じ。
当のキリノはそんな事などお構い無し。次々と運ばれてくる料理をひたすら、粛々と、黙々と、口に放り込んでいた。
キリノさん、その大きなチキンは飲み物じゃないんだぜ?
結局、キリノが全てを平らげるまでに、マト達の食事は半分も済んでいなかった。
それだけ目を奪われる食事風景だったのだろう。
『もう……驚異の一言です』
マトがポツリと呟きながら、一口サイズに切ったチキンを口に入れた。