聖剣のお供をするにあたって・5
互いの挨拶を済ませた俺達は、リョーシカに促されて迎えの馬車へと乗り込んだ。
かなり大型の馬車で、中は十人程度なら余裕を持って座れそうな程に広い。
馬事の中ではアクアの隣に陣取ったリョーシカがあれやこれやと楽しそうにお喋りし、アクアは細かく頷いては聞き手に回っていた。
どうでも良いけど遅いな、この馬車。
城までまだしばらくかかりそうな鈍足な馬車の中、ボーと景色を眺めるのも退屈なのでリョーシカに話し掛ける。
アクアとのお喋りを中断させられ、あからさまに嫌そうな顔を向けられたが気にしない。
「さっき俺達が来るの分かってたって口振りだったけど、それって話に出てきた大紅君って人の預言なのか?」
『様を付けなさい。……本当に無礼なチビね』憮然とした表情でリョーシカが言う。
「……ああ、悪かった。で、どうなんだ?」
『ええ、その通りよ』
「どういう人なんだ? その大紅君様ってお人は?」
『大紅君様は、数百年もの昔から、このアイゼン王国をお支えくださっている大賢者様よ』
「……へー。何か凄い人なんだな」
『当たり前じゃない。数百年よ? 私やお父様に限らず、お爺様だって大紅君様には頭が上がらなかったわ』
「国王より偉いって事なのか?」
『地位的な事でないならそうなるわね。大紅君様からすればアイゼン王国に住まう者はみんな孫みたいなモノじゃないかしら? それ程に長い間、国をお支えくださっているのだから』
「お目付け役的な?」
『まぁそんなところかしら。それだけじゃなく、アイゼン王国の魔法使いは全て、大紅君様の弟子といっても良いわね。大紅君様には56人のお弟子さんがいらっしゃるのだけど、現在のアイゼン王国には大紅君様から直々に教えを乞うた数人の直弟子、そして多くの孫弟子が存在するのよ。その頂点にいるのが大紅君様って訳』
自慢気に鼻を鳴らしたリョーシカが言う。続けて、
『それに大紅君様は私の先祖でもあるロゼフリート様やクゥ様と共闘した事だってあるんだから』
これでもかとばかりに胸を張ったリョーシカがドヤ顔で語る。
自慢するのは良いが、お前じゃないだろ。とは言わないでおいた。
伸びた鼻を不用意にへし折って睨まれるのも嫌である。
リョーシカの、自慢にも似た大紅君の話を聞いていると、キリノの肩で話聞いていたナノが不意に口を割って入ってきた。
『リョーシカはロゼフリートとクゥの子供なの?』
「子供じゃなくて子孫だ。この間のアクアの話聞いてなかったのかよ」
『あの時は半分寝てたなの。――――でもそっかなの。リョーシカを見た時に何となくクゥに似てると思ったなの。これで謎が解けたなの!』
まるで名推理でも披露するかの如く満足そうなナノがそう言った途端、血相を変えたリョーシカがナノに言葉をぶつけた。
『ちょっとそこのチビ助!』
『チビ助じゃないなの。ナノなの』反論するナノなど気にもとめず、興奮した様子のリョーシカがナノに、『あなた、二人を見た事があるの!?』と詰め寄った。
その鬼気迫ると云った風のリョーシカの態度に、このまま頭から食べられてしまうのではないかとでも思ったのか、ナノが小さな悲鳴を喉の奥で鳴らす。
一方、ナノを肩に乗せたままのキリノは、無表情のまま、自分を無視して肩付近で行われるやり取りを静かに見守っていた。
いつだってぶれないのがキリノである。興味がないだけかも知れないけど。
『フェ、妖精の聖域に来た時に一回だけ……』
リョーシカに迫力負けしたナノが語尾も忘れて何とかそれだけ絞り出した所で「俺もあるぞ」と告げて、ギーコギーコと助け舟を出してやる。
あんまりうちのチビ助を怖がらせないでやってくれ。
『どんな顔だった!?』
俺の声が届くと、首が千切れるんじゃないかと心配になる程の勢いでリョーシカがこちらを振り向く。その反動で頭部に引かれた薄茶の長い髪が、遠心力を伴いペシリとキリノとナノ、両者の顔を鞭打った。
こわい。その無表情が逆にこわいよキリノさん。
こわいキリノから視線を外し正面を見る。
自分の髪が起こした不届きなどには気付いていないリョーシカが、きらきらと目を輝かせて俺の返事を待っていた。
「あ~、そうだな。全体的な顔の雰囲気は姫さんに似てるよ。性格は全然違うみたいだけど」
今、俺の目の前にいるリョーシカは地位の高い者特有の傲岸不遜ってのが初対面で受けた俺のイメージ。
大してクゥちゃんは天真爛漫と云った感じである。と言っても、その素顔は余程気を許した相手にしかみせないが。
『写真―――はないか……。似顔絵とか残ってないんですか?』
俺とリョーシカのやり取りを見ていたアキマサが尋ねてくる。
「シグルスの話じゃ肖像画の一つも無いらしい」
『ええ、そうなの。残念ながらね。大紅君様も教えてくれないし』
そうか、先程のリョーシカの話では大紅君とやらは勇者ロゼフリート達と共闘したとか言ってたな。
何故教えていないのかは分からんが、何か理由でもあるのか?
と言うか教えて良かったのかコレ?
――――でもまぁ、今更だよな。もう喋っちゃったし。
「クゥちゃんの容姿に興味あるなら今度エディンを訪ねてみると良い」
『エディンを?』
「ああ。エディンに勇者ロゼフリートと妖精王マロンの石像があるのは知ってるか?」
リョーシカがコクコクと頷く。
「実は今、俺が頼んでクゥちゃんの石像も作らせてるんだ」
『それホント!?』
「ああ、本当だとも」
『ああ、そういや石像の材料確保の為に洞窟行ったんでしたね。てっきり今あるのを作り直すだけかと思ってました』
アキマサの言葉に、「クゥちゃんだけ仲間ハズレは可哀想だろ?」とおどけた調子で言っておく。
別に可哀想だと思って製作を依頼した訳ではなかったが、こういうところで好感度を上げる事を忘れない。
『ふ~ん。あんたチビのくせに気が利くじゃない』
イタズラっぽく笑ったリョーシカが誉めてくる。しめしめ。
「姫さんは確か双子だったな? 王子様の方はどうなんだ? やっぱり姫さんに似てるのか?」
『似てないわ。本当に双子かって思うくらいにね。マトって言うんだけど、マトはロゼフリート様似ね。びっくりする位そっくりよ。先祖って言っても何代も前だから、あんまり似ないのが普通だと思ってたけど、マトは本当そっくり』
口を少し尖らせたリョーシカが忌々しそうにそう話す。
先祖に似てるというのが彼女にとっては羨ましい事なのかもしれない。彼女の表情と口振りでそんな考えに至る。
正直、似てるから何だよって俺なら思うが……。
『そう言えば、今日はマト様は御一緒じゃないんですね。何処に行くにもいつも一緒でしたのに』
アクアが懐かしそうに目を細めて微笑む。
『昔の話ですわアクアお姉様。小さい頃ならいざ知らず、もういい加減お互いに色々と成長しましたから……。一応、今日は誘おうかとも思ったのですが、忙しそうでしたので止めました。今頃は、今夜の襲撃に備えて城壁設備の最終チェックでもしていると思います』
「襲撃?」物騒な単語が飛び出したのを聞き逃さず、俺が尋ねる。
『……ええ。大紅君様のお話しでは今夜、陽が落ちたのを合図に大規模な魔獣の襲撃があるそうよ』
「なんだそりゃ? なんかえらいタイミングで来ちゃったな」
『そちらからすればそうかもしれないけど、大紅君様はこれは僥倖だ、と』
リョーシカの言葉にアキマサを見る。
ロゼフリートもそうだったが、勇者という生き物は何かとそういった場面に出くわすモノなのか?
頻度で言えば、アキマサなどはほぼ行く先々の人々の窮地に遭遇している気がする。
バルド領の村然り、カーラン・スー然り、東方三国然り。
細かいモノも含めれば、カーランの砂漠で商人を助けたりと、かなりある。
これは勇者ゆえなのか?
それともアキマサがそういう星の下に生まれたのか?
どちらにせよ、魔王復活による暗黒の時代である筈の現在、勇者アキマサの活躍で大打撃を未然に防げているという事実は驚くべき事である。
キリノの話では過去の魔王復活時は、復活から一ヶ月で世界の人口は二割減少したそうだが、今回はどうもその辺りが緩やかだ。
勿論それは喜ばしい事なのだが、アキマサ一人でこうも違うものか……。
冴えない勇者アキマサにそんな自覚は無いだろうが、コイツはやっぱり何か持ってるな。実力は歴代最弱だが、その加護は歴代最強かも知れない。
『魔獣襲撃の詳しい話は城にて説明があると思うわ』
馬車の正面に設けられた窓から外に視線を向けるリョーシカがそう告げる。
釣られて窓の外を見る。
窓からは薄雲を背景に、白く聳え立つ立派な城が見えた。