聖剣のお供をするにあたって・4
翌朝。
アキマサと同室で過ごしたムサイ部屋で寝ていると、ドアをノックする音で目を覚ました。
起き抜けにフラフラと扉まで近付き、開けようとノブに全体重をかけるが堅いのかピクリとも動かなかった為、プチを呼びつけ、開けさせる。
何とも賢い犬である。
扉が開くと、宿の店主が慌てた様子で待ち構えていた。
「どうかしたのか?」
寝起きの働かない頭を動かして店主に尋ねる。
『や、宿の外にお客様がお見えです』
恐る恐るといった風にそれだけ絞り出した店主の態度に、僅かな違和感を覚えるが、頭がちっとも働かない。
「来客~? ―――――は? 来客?」
ようやく頭が動き出したのか、店主の言葉に疑問の声をあげる。
俺達に来客があるなど予想だにしていなかった。
仮にあったとしても、エディンの住民くらいであろうが、何故泊まった宿まで分かるのかが謎であった。
『と、とにかくお急ぎください』
そう言って店主はそそくさと去っていってしまった。
店主の様子に不安を感じ、最近覚えたスキル【子犬強襲】を発動、プチにアキマサを優し~く起こす様に言って、俺はそのままアン達の部屋へと向かう。
後ろから『ぎゃあ』とアキマサの叫び声が聞こえたが気にしない。
部屋を軽くノックするが直ぐに返事はなかった。
何度目かのノックの後、『は~い』と間延びしたアクアの声が返ってくる。
しばらく待つとアクアが顔を出し『どうしたんですか、こんな朝早く?』と眠たそうに問うてきた。
「全員起こせ。客らしい」
『客? 私達にですか?』
訝しげな顔をしたアクアが再度尋ねる。
「ああ、良く分からんが、……とにかく全員で宿の外まで来てくれ」
俺がそう話すと『分かりました』と告げてアクアが顔を引っ込めた。
そこからもう一度元いた部屋に戻る。
部屋の中では、赤くなった指先を庇いながらプチに恨めしげな視線を向けたアキマサがベッドに腰かけていた。
『聞いてくださいよ。プチってば酷いんですよ』
俺の顔を見るなりアキマサが愚痴を溢してきたが、まるっと無視し、プチの頭を撫でながら「ちゃんと起こせたな、お利口さんめ」と誉めてやる。
『クリさんの差し金だったか』とアキマサが項垂れる。
朝から何を落ち込んでいるのか彼は。
「いいから直ぐ着替えろ。客が来たみたいだぞ」
『客ですか? 誰です?』
「さぁな。あんまり良い予感はしないけど、大人しく外で待ってるならどこぞの刺客って訳では無いんだろうよ」
アキマサにそれだけ言って、俺はプチを伴い宿の外へと歩を進める。
はてさて、一体こんな朝っぱらから誰が来たのか、それは会ってのお楽しみ、ってか?
そうして、プチと共に外に出た俺は固まった。
うん、やっぱりろくな客ではなかったな。
俺の見間違いじゃなければ、宿の外にズラッと並んだ数十人の兵士が見える。
どれもが無骨な鎧を身に纏い、腰には剣を提げていた。
兵士達は俺が外に出るなり、一斉に顔をこちらに向け、まじまじと俺に視線をぶつけてくる。
「……俺は何もしてないぞ」
取り合えず弁明しておく。実際何もしてないし……。
『まるでやましい事でもあるかの様な口振りね』
俺の発言に、少し小馬鹿にする様に返答する声があった。
声の主へと顔を向ける。
薄く茶色ががりウェーブの入った長い髪を持った少女が仁王立ちで立っていた。年は十代半ばと云ったところか……。
きらびやかなドレスに身を包み、不敵に笑う少女。
その耳は僅かに人間とは違う形をしている。
亜人……か?
にしては、あまり亜人らしい容姿をしていない。
というか、もしかして後ろの連中は護衛か? にしても多すぎだろ。かなり身分が――――。
ああ、そういう事ね。そりゃ宿の店主もあそこまでビビる訳だ。
ジロジロと観察していると、少女が少し怒った様な表情を見せ、『おチビちゃん、勇者はどこなのかしら?』と尋ねてきた。
「……勇者はお着替え中だ。来るにしても、もう少し時間を考えてくれるかなお姫様」
数十人もの護衛、上等そうな衣服、そして偉そうな態度、この事から少女がアイゼンの姫君だと予想し、お姫様と少女を呼んでみた。
少女は特に反論するでもなく、不満気に俺を睨むと『……生意気なチビね』と呟いた。
反論が無いなら十中八九、アクアの言っていたアイゼンの姫君だろう。ここには来ていない様だが、確か双子の王子がいるんだったな。
ん~、そうだな。顔の雰囲気は確かにクゥちゃんに似ているかな。特に胸の辺りがクゥちゃんの血筋を感じる。
姫さんの顔をマジマジと見つめながらそんな事を思っていると、護衛の一人が『ほら、姫。やっぱり早すぎるんですよ』と姫さんに語りかける。
『うるさいわね。わざわざワタシが迎えに来たのだから合わせなさいよ。全く、トロい勇者ね』
イライラを隠そうともせず、仁王立ちのまま荒い口調で姫さんが吐き捨てる。
かなり性格キツそうだな、この姫さん。
「なぁ、何で俺達が……勇者がここに居るって分かったんだ?」
『……ホントに口の聞き方を知らないチビね』
「……お分かりになられたのでごぜえますか?」
『何であなたに教えなくちゃいけないの?』
とても鬱陶しそうに姫さんが返す。
腹立つなコイツ。
『クリさん』
俺が姫さんにイライラしていると、宿から出てきたアキマサが後ろから声をかけ、そのまま姫さん達を一瞥すると『誰です?』と尋ねてくる。
「勇者に用事だとさ」
俺がそう返答すると、自分を指差し『俺?』とアキマサが首をひねる。
『あなたが勇者でいいのかしら?』
『あ、はい。そうですが……』
『ふ~ん……。冴えない男ね』
昨日に引き続き、またも冴えない認定を受けたアキマサが少しへこむ。
仕方無いだろう。お前は顔は悪くないがオーラなんて微塵も無いからな。
ポンポンとアキマサの肩を叩いて慰めていると、アン達三人がやって来た。
護衛達を前に、アンが少々警戒する様な素振りを見せたのだが、そんなアンに構わずアクアが一歩前へと進み出る。
『お久しぶりです、リョーシカ姫』
『……アクア御姉様?』
目を数度瞬かせた後、アクアの顔を怪訝そうに見つめた姫さんが確認するかの様に言葉を返す。
『はい、アクアにございます。リョーシカ様はすっかりお綺麗になられて』
ニコニコと微笑みながらアクアが言うと、リョーシカは僅かに顔を赤くして、慌てて首を何度も小さく横に振った。
『い、いえ! 滅相もございません! ア、アクア御姉様もお変わりなく、お元気そうで何よりで御座います!』
ん? なんだ? 俺の時と随分反応が違うな。
恐れてる……って程では無いが、少し緊張してるって感じだな。
『それはそうとリョーシカ様、こんな朝早くにどうしたのです? 私達がここに来る事も知っていた様ですし』アクアが尋ねる。
『はい、大紅君様が、勇者が来るので御迎えにあがる様にと仰せになったので』
『そうですか、それでわざわざ……。大紅君様はお元気で?』
『はい。お年がお年ですので、最近は城の外にお出になる事もめっきり少なくなってしまいましたが元気にしておられます。アクアお姉様にもお会いしたいと常々仰有っておられましたので、きっとお喜びになります』
待ちきれないと云った様子で、笑顔を浮かべたリョーシカがそう話す。
次いで、リョーシカは少し頭を傾け、アクアの後ろを覗き込む様に見る。
『あの……アクア御姉様』
『はい?』
『本当にアレが勇者なのですか?』
冴えない男アキマサが勇者という事実が不服だと言わんばかりに、不満気な表情を顔をいっぱいに張り付けたリョーシカがアクアに尋ねる。
『はい、そうですよ。勇者アキマサ様です』
アクアに言われ、渋い顔をしたリョーシカがアキマサをまじまじと眺める。
そんなリョーシカの視線を受け、何か言わなけば、とでも思ったのかアキマサが『ど、どうも、アキマサです』と若干引きつった笑顔を見せつつ自己紹介する。
『……弱そう』
少しアキマサの顔を見つめた後、リョーシカが何の遠慮もない一撃を繰り出した。
姫の手痛い洗礼を受けたアキマサがまたも項垂れる。
今日は朝からへこまされっぱなしだなお前。
『横の人達は?』
アキマサをへこませた後、リョーシカがアンとキリノに目を向け再度アクアに尋ねた。
そのリョーシカの質問には、アクアではなくアンが答える形で、自分とキリノ、ついでにキリノの肩で眠そうにしているナノを紹介をし、丁寧に挨拶を行った。
『アンにキリノに、ナノね』言ってリョーシカが小さく咳をする。
『はじめまして。わたしがアイゼン王国王女リョーシカよ。よろしく』
綺麗に笑ったリョーシカが、ドレスをつまみ上げ小さくお辞儀した。