聖剣のお供をするにあたって・3
全員の料理が決まったところで店員を呼び、料理の注文をする。
誰とは言わないが、何やら一人で五つも注文している方がいらっしゃいましたがもう馴れた。奴の胃袋は宇宙だ。
注文の最後にアンが『それと全員分のアイゼン焼きを』と追加する。
話題に出たにも関わらず誰も頼まないので、食わないのかと思っていたが、そんな気は更々無い御様子。
注文を終え、店員が去った後、「そんなに食えるのか?」とアンに尋ねてみた。
すると、任せろと言わんばかりの勝ち誇った顔をしたアンが『スイーツは別腹です』と告げる。
どうやらアイゼン焼きというのはデザートであるらしかった。
名前からしてスイーツって感じでは無いが、何も言わないでおいた。
女の子は甘い物好きというのは、どの時代、どの国でも共通か。
食事を取りつつ、明日の予定について話し合う。
と言っても城に行く事は既に決定済みである為、ただの最終確認みたいなものであった。
打ち合わせは早々に終わり、その後は楽しく雑談交じりの夕食会。
平原での野宿時とは違い、黙々と目の前の皿を片付けていくキリノ。そんなキリノをポカンと口を開けて見つめるアクアが印象的であった。
まぁ、うん、初見だとそうなるよね。
食事も終盤に差し掛かり、後はアイゼン焼きを待つのみというところで俺達に声を掛けてくる集団があった。
『こんな冴えない奴と飯食うより、こっち来て俺達と話さないか?』
アキマサを見下しながらニヤニヤとそう最初に声を掛けてきたのは、体のゴツい筋肉達磨といった風の男。腕も太いがモミアゲも太い。
どんな所にもこういう奴はいるもんだな、と変に納得してしまう。
『……結構です』
少しキツめの口調でアンが断りを入れるが、尚もモミアゲ男やその後ろの取り巻きと思われる男達は食い下がり、美女三人にちょっかいを出し始めた。
見かねてすぐにアキマサが止めに入ろうとするが、それをアンが僅かなに首を振り、制止する。
只でさえ俺達は目立ちまくっているので、下手に騒ぎを起こすのは不味いとでも考えているのだろう。
アキマサもアンの意図を理解したのか、一度、深呼吸しただけで黙って成り行きを見守る態勢に入る。
そんアキマサの様子に、『腑抜けが』と悪態をつき、モミアゲ達が更に調子づいた。
アンと男達がしばらく押し問答を繰り返すが、モミアゲ達は一向に諦める気配がなかった。
流石に鬱陶しくなって来たので、アキマサに排除をお願いしようかと思った時、
ここまで冷静に対応していたアンの様子が激変した。
それは、焦れた取り巻きの一人が、馴れ馴れしくアクアの肩に手を置き、『亜人がお高く止まりやがって』と発言した瞬間の事であった。
その男の発言でアンがぶち切れたのだ。
侮辱と同時、何らかの反論をしようと眉をキツく上げ男に振り返ったアクアが口を開くよりも先に、男が俺の視界から消え失せたのである。
男の代わりにアクアの視界に残った物は、鞘にしまったままの紅蒼の命剣の先端。そして、それを長く伸ばした腕で支えるアンの姿であった。
後方で何かがひっくり返る騒がしい音と、小さな悲鳴があがる。
それが耳に届くと、ハッとした表情の後、アンが少しだけやってしまった、といった表情を見せた。
気にするな。良く我慢した方だと思うぞ?
一度やらかしてしまってからは早かった。
アンを睨みつけ、『テメェ!』とモミアゲ男が御自慢の太い腕で実力行使に打って出るが、瞬く間にアンにボコボコにされてしまう。
憐れな。
男が完全に床に倒れ伏すと、取り巻き達が慌てた様子でモミアゲ男に駆け寄り、その両肩を支えたまま『覚えてろよ』と負け犬の台詞を残して去っていってしまった。
覚えてろよ、……か。心配するな、そのモミアゲは忘れたくてもしばらく忘れられそうに無い。なかなかのインパクトだぜ?
『申し訳ありませんでした!』
男達が去った後、アンが謝罪の言葉を口にし、頭を深く下げた。
「まぁ、仕方無いだろ」
『そうですね。むしろ本当は、僕が動かなきゃいけない場面であったのに、……すいません』
アキマサが申し訳なさそうな表情で頭を掻いて謝る。
『いいえ! それは私が止めたからであって』
『それでもです』
「済んだ事はもう良いだろ? それより、だ」
言って、ザワザワと騒がしい周囲を見渡す。
騒ぎのせいで完全に注目の的となってしまった俺達に、客達の無遠慮な視線が突き刺さる。
「出るか、取り合えず」
『……はい』
再びシュンと縮こまってしまったアンが返事をし、店員を呼びつける。
アンに呼ばれ、おっかなびっくりと云った様子の店員さん。
あの大男を一方的に叩きのめしたのだ、そんな反応になっても仕方無い。
アンが迷惑料込みで支払いを済ませると、一度だけ店内を見渡す。そうして、みなが注目する中『お騒がせしてすいませんでした』と謝罪し、店を出ていってしまった。
アンの謝罪でシーンと静まりかえってしまった店内に『アイゼン焼き……』と、小さなキリノの呟きが響いた。
店を出ても尚、先程の騒ぎを気にした様子のアンが謝ってくるが、「もういいから」と俺とアキマサで慰める。
別にアンは悪くないのだ。
少し経つと、アンは反省の感情を通り越して、モミアゲ男への愚痴を溢し始める。相当ご立腹であったのだろう。
確かにニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる男ではあったのだが、俺はと云うと、発言当初ならばいざ知らず、今となってはあまり腹も立たなかった。
勿論、俺が直接絡まれた訳じゃないというのもあるんだろうが、俺はそれよりも嬉しさの方が勝っていたのだ。
アクアに対する侮辱に怒ってくれたアンの気持ちが何より嬉しかったから。
アキマサもあの侮辱男を張り倒しそうな動きを見せていたが、座った位置が悪かったな。アキマサの位置からだと男がアクアに隠れてしまっていた為、咄嗟に手が出さなかったのだろう。
何とも間の悪いというか、流石アキマサというか、冴えない男と言われるだけの事はある。
でも、二人よりも断然長くアクアと付き合いのある俺にはその気持ちだけで十分であった。
キリノ?
キリノはむしろアイゼン焼きに夢中で良かっただろう。
店ごと消え失せかねん。
「にしても、やっぱモテるよなお前ら」
少し暗くなってしまった空気を変えようと、からかい半分で美女三人にそう言う。
アンとアクアは少し照れる様な仕草を見せ、アイゼン焼きで頭がいっぱいの残念なキリノは特に反応は見せなかった。
『役得ですよね、俺達』アキマサが笑って話す。
「ふむ、まさにその通りだ。普通なら冴えない男アキマサが美女三人を連れて歩くなど夢のまた夢だからな」
『……否定はしませんが、一言多いんですよクリさんは』
自分のポジショニングを理解しているゆえか、文句を言いつつもアキマサは怒った様子など見せず、笑いながら返してくる。
それから本人達が傍に居る事など全く意に介さず、いつかバルドで語り合った様に二人で美女との旅について役得談義に花を咲かせていると、先頭をフラフラと飛んでいたナノが『眠いなの』と力なく言い、そのままアンの手に収まってしまった。
「見ろアキマサ。妖精かつ、食ったら直ぐ眠くなるというお子ちゃま気質を最大限に利用したアイツを」
『あざといですね』
「全くだ。俺が同じ事をしたら平気で置いて行くくせに。許せんな」
『………何の話をしてるんですかお二人は』
呆れた様な顔でそう言い放つアンの視線が少し痛かった。
暗い空気を変えようと思っただけなのに……。
それから、俺達は店から少し離れた場所にある宿で部屋を取った。
アキマサも馴れたモノで、宿の店主に『安い大部屋』と告げたアンの希望を即座に却下し、三~四人の部屋を一つと個室を一つ貸して欲しい、という旨を店主に伝える。
「役得を活用出来んヘタレめ」
俺がそう煽ると、『あれはあくまでたらればの話です』とアキマサがヘタレた。ヘタレたくせに、キリッと言い放つところが更にヘタレっぽい。
「ま、何でも良いけどよ。んじゃあ、また明日なアキマサ」
爽やかに手を振り、アキマサに別れを告げる。
『え?』
『お前はあっちだ』
俺の首根っこを指先で摘まんだキリノがそう言い、俺をアキマサへと放り投げた。
そうして、フッと鼻で笑ったキリノが『おやすみ』と告げ、アンとアクアの背中を押しながら急かす様に部屋へと入っていってしまった。
「ちっ」
『俺、クリさんのそういうとこホントすげーと思います』
「うるせぇ」
こうしてアイゼンの夜は更けていくのであった。