亜人のお供をするにあたって・23
『申し訳ありませんが、折れてしまった剣を元に戻す事はどんな名工にも不可能と言わざるを得ません』
絶対王者を鑑定したシグルスがそう断言した。
モン爺に連れ立ってやってきたシグルスに折れてしまった聖剣の修復は可能か? と尋ねた所、シグルスは大きく目を見開き、驚きを隠せないでいた。
それから絶対王者をアキマサから受け取り、感慨深そうに眺めた後、特段折れ口を見るでもなく直ぐにアキマサへと返し、無理だと告げたのである。
『無理矢理に接合させる事は出来ますが、それはただくっついているだけの全くの別物になってしまいます。生活用具ならばそれでも良いでしょうが、武器となるとまた直ぐに折れるのが目に見えております。
見たところ、その聖剣は動物の牙、物語通りならば竜王の牙が素材となっている様ですが、通常の鉄でさえ折れた剣を全く同じに戻す事は不可能であるのに、それが生き物の一部であれば尚更、元来の方法では直す事は出来ないかと思われます』
「そうか……。―――――参ったな」
シグルスの返答に頭を抱える。
シグルスならば直せずともヒント位は、と思っていたが、まさか返って来た言葉が誰にも不可能だという事であるとは思いもしなかった。
『私めに加工出来るかは分かりませんが、折れた箇所を整えて短剣にする事は可能です。しかし……』
「ああ、それじゃ駄目だ」
欲しいのはメインとなる武器であって、サブウェポンじゃない。
リーチだけで見るなら槍でも良い位だ。
『で、あるならばやはり一から作り直す他ありません』
「一からか……」一人言の様にゴチる。
『はい。ですが、先程も申し上げました通り、私めにそれが出来るかは断言出来ません。金属には金属の、鉱石には鉱石の、それぞれ加工方法が御座いますゆえ、仮に素材となる竜王の牙があったとしても私めに作れるかどうか……。一目見た限りでは、武器にしては加工方法も通常とはかなり異なる様です』
「と、言うと?」
『通常であれば本体となる刀身を作り、そこに鍔や柄を加えていくのですが、聖剣にはその過程が見られません。繋ぎ目となる部分が無いのです。これは石像などの様に、剣を丸ごと1つの素材から掘り出した様な作りを意味します。原始的と言えば簡単そうに聞こえるやもしれませんが、元の素材の硬度も考慮すると、大変手間が掛かりましょうな』
「いや、この際、鍔や細かい装飾は無くて良い。とにかく魔獣や悪魔連中はもとより、魔王と戦える武器がなきゃ話にならん」
『えー、ダサくないですかー?』
装飾無しの提案にアキマサが文句をつけてくる。
「うるせぇ! テメーで折っといて贅沢言うな!」
確かに不格好なのだが、それは後からどうにかしろ。
『まぁ、どちらにしろ素材が無ければ何も出来ませんなぁ』
ロマンだ、威厳だとぶーぶー文句を言うアキマサと言い合っていると、考え込む様にシグルスが目を瞑りヒゲを撫でながら根本的な問題点を口にした。
「それはまぁ……くれって言ったらくれるんじゃね?」
あっけらかんとした態度で言う。
マロンの中で聞いた話じゃ、なんせ虫歯だから丁度良い、と云う理由で牙をあげたらしいし。
『それは……竜王に、という事で御座いましょうか?』とシグルス。
「そりゃ、竜王以外に居ないしそうなるだろ」
『それは無理で御座います』
俺の発言を聞き、横からアクアが無理だと告げてきた。
「何で無理なんだ?」
『竜王は100年程前に死んでおりますゆえ』
アクアが淡々とした口調で竜王の訃報を伝えてくる。
「え? 竜王って死んだのか?」
聞くと、アクアが小さく頷き、『詳しくは知りませんが、かなり御高齢でありましたから』と語る。
嘘だろ? あの爺さんが死ぬとは……。
いや、でも確かにマロンの奥から潜み見た様子だと、いつポックリ逝っても不思議ではない程に歳を取っていた。
そうか……あの爺さんが……。
『じゃあ、牙は手に入らないって事ですか!?』
アキマサが深刻な顔でアクアに詰め寄る。唾を飛ばすな。
『報告によれば、死んだ際に全て土へと還った、と。――――竜王に限らず、竜とはそういう種族ですから……。おそらく骨の一欠片さえ残っていないと思います』
あかん。詰んだ。
死者の骨をどうこうするのも気が咎める行為ではあるのだが、せめて骨さえ残っていればどうにか出来そうであったが、少しも残っていないとは。
「材料なけりゃ、どうにもならんな」
しかし……どうする?
無いからと言って他では駄目なのだ。
俺の知る限り、あれと同じ性質を持つ物など知らない。
参ったな。聖剣が折れた事を楽観的に考えていたが、思っていたよりずっと深刻だ。
『あの~、他の武器じゃ駄目なんですか?』
聖剣復活の道が断たれ嘆く俺に、アンが問い掛けてくる。
『私の持つ紅蒼の命剣に限らず、各地には宝剣と称される武器が眠っています。勿論、それらが聖剣より優れているかは疑問ですが、そこらの武器よりは強力である筈です。手に入れさえすれば……』
うん。もっともな意見である。あるのだが……。
「駄目なんだ。聖剣じゃないと駄目な理由があるんだ」
『そうなんですか?』
アキマサが疑問を投げ掛けてくる。
「そうなんだよ」
『……はぁ。でもクリさんは何故、知ってるんです?』
そのアキマサの言葉に内心ギクリと硬直した。
アキマサのくせに、なかなか痛いところを突いてくるじゃないか。
俺が先代の妖精王だと言う事はアキマサ達の記憶から綺麗さっぱり消えてしまっている。
どう説明しようかと頭をフル回転させていると、
『魔王に他の武器は使えない』
沈黙を貫き、聞き手に徹していたキリノが口を挟んできた。
『キリノも知ってるの?』とアン。
キリノが小さく頷く。
『魔王とは禍の塊。母の灰より生まれし混沌の主。
その身は触れる事すら叶わぬ黒き肉。肉は全てを黒に染め上げる災い。
なんびとも触れる事なかれ。その身が恋しいのならば。
求める事なかれ。それは甘美な死神の誘い。』
締めに『文献』と口にし、一旦話を区切る。
一呼吸置いて、
『魔王と魔獣ではその性質が異なる。
魔獣はその身を黒く染められた者。黒、即ち禍はその肉を蝕み黒くする。一度染まった肉は色褪せる事はない。これは他者に禍の浸食が無い事を意味する。
対して、魔王はその身が黒き肉の根源。他者が触れれば、黒は拡がり、他者を蝕む。
魔王に触れれば魔に堕ちる。それは人でも物であっても同じ。
その法則にあって、唯一黒を拒むモノ。絶対の白。それが聖剣たる所以』
「だ、そうだ」
アンの御伽噺とは程遠い、キリノの小難しい文献の一節を読む様な説明を聞き終わり、最後に俺がそう口にする。
助け船を出してくれたキリノに心で礼を言っておく。ありがとう。
説明が抽象的な事は、この際些細な事である。
『この剣以外は魔王に触れないって事か……』
絶対王者に目を落としながらアキマサが呟く様に言う。
ふむ、アキマサ君、正解。
今のキリノの説明でよくぞ理解した。
『聖剣が無ければほぼ詰みじゃないですか。そんな大事な聖剣をミミズごときに……』
悔しいのか、申し訳ないのか、僅かに泣きの入った声をアキマサが吐き出す。
それから俺に顔を向けて『どうしたら良いですか?』と尋ねてくる。
「知るか」
俺に泣き付かれても聖剣は直せん。
『せめて、竜王のどこか一部でも残っていれば良かったのですが……』
どうしたものかと首を捻るアンが、溜め息混じりにそう口にする。
『竜は死ぬと同時に土くれになってしまいますからねぇ。厄介なものですね』
アクアがそう告げる。
俺達の会話を今の今まで黙って聞いていたナノが小難しい顔をして、『しつもーん!』と手を挙げた。
「はい、ナノ君」
『竜は死んじゃうと土になるなの?』
俺に代わり、アクアがナノの問いに答える。
『ええ、そうです。わたくしも詳しくはないので理由までは分かりませんが』
『でもでも~、聖剣は土になってないのは何でなの?』
アクアが『さぁ……』と小首を傾げた後、答えを求めるかの様に僅かに視線だけを俺に送ってきた。
「さぁな、抜けた歯は別扱いか、じゃなければ加工してるからとかそんな理由だろ」
言うが、何の根拠もない。ただの勘である。
『ふ~ん、そういうもんなの? じゃあさじゃあさ、抜けた牙とか鱗を探せば良いんじゃないなの?』
「ん~、簡単に言うがお前、仮に牙や鱗、爪なんかを拾ったとしてそれが竜王のだって言い切れるか? 竜王が居ない以上、確かめるすべが無いんだ。もし間違ったまま魔王に挑んでみろ、負けは確定した様なもんだ」
いざ魔王との決戦で、違いましたテヘペロ、では済まないのである。
まぁ、本物だとしてそう都合良く落ちてるもんでも―――――。
――――あったわ。
「ある。あるぞ。残ってる可能性の高そうなのが」
俺の言葉に全員の視線が集中する。僅かな期待がこもった視線が。
俺の脳裏によぎったのは、いつか見た、キラキラと輝く御守りを嬉しそうに眺めるクゥちゃんの姿であった。