亜人のお供をするにあたって・20
「さて、説教臭くなったし、この件はもう良いだろ?」
俺が誰にでもなくそう問い掛けるとアキマサが頷き、アンも続いて小さく『はい』と返してきた。
実際の所、アンもアキマサに対して本気で怒っているって訳ではなくて、単に拗ねていただけの様に思う。
まぁもっとも、女心の分からない俺の感想なぞ宛にはならないだろうが。
「じゃあ、本題だ。今後の予定についてだけど」
『その前に少し宜しいでしょうか?』
俺が話を始めてすぐに、アクアが小さく片手を上げて発言の許可を求めて来た。
アクアに小さく頷き、了承する。
『きちんとした自己紹介が出来て居ませんでしたので、遅いタイミングではありますが改めて―――。わたくし人魚族の長をしておりますアクアと申します。どうぞ皆様宜しくお願い致します』
言ってアクアが頭を下げる。
『それからアン様。蒸し返す様で申し訳ないのですが、わたくしの考えが至らぬばかりに不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした』
アクアが再び頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。
『いえ、アクアさんは悪くありません。私が勝手に怒っていただけですから』
「そーだな。悪いのは八割コイツだ。二割は酒を勧めたアンの自業自得だ」
クククッと笑ってアキマサの責任だと言及する。
「だがまぁ、もうその話は良い。赤の他人同士がパーティー組んでれば喧嘩のひとつやふたつ在って当たり前だ」
「そうですね。流石は先代様。知識もさる事ながら先程の叱咤と言い、このアクア、改めて尊敬致します」
微笑むアクアがそう告げ、さらっと暴露する。
「じゃあまず、折れた聖剣なんだけど」
『あの、先代様って何ですか?』
アンが手を上げて、怪訝そうに尋ねてきた。
くそっ、さらっと暴露されたのでさらっと流そうとしたのに……。
無理でした。
横を見ると、当のアクアは笑顔のまま硬直している。
表情は笑顔でも内心は嵐が吹き荒れている事だろう。
「アクアはな、クイズが好きらしくて昨日二人でクイズを出し合って遊んでたんだよ。まぁ当然、屁理屈紛いの問題を得意とする俺が勝ったんだけど、そん時に、俺は千のお題を出せるぜ、ってちょっと大袈裟に言ったんだよ」
素晴らしく強引に話をでっち上げると、意図を即座に理解したアクアがそれに乗っかってくる。
『そう! そうなんです! わたくしクイズで負けたのは始めてだったものですから、尊敬の念を込めて千のお題を操る千題様とお呼びしているのです!』
不自然な程の笑顔を貼り付けたアクアが、恭悦愉快と言った風に言葉を吐き出した。
『……はぁ』
納得いかないと言った表情のアンであったが、そんなアンを無視して再び話を切り出す。強引に捩じ込む。
「で、話を戻すけど、折れた聖剣なんだが」
『せんだーい! せんだい! せんだーい! ちょっと聞いて欲しいなの! さっきナノが――――何でそんなに睨むなの?』
この野郎、誤魔化したそばから……。
勢い良く飛び込んで来て先代先代と喚くナノを睨み付けていると、アンがチョイチョイとナノを手招きする。
『ナノちゃん、先代ってクリさんの事かな? 昨日は後輩って呼んでたみたいだけど』
アンが慈愛に満ちた顔で優しくナノに問い質す。
『昨日は昨日なの。やっぱり昔から呼び馴れてる先代のが呼び易いなの。元々は先代からマーちゃんに妖精王が引き継がれた時に、マーちゃんが呼び始めたんだけど、妖精達もマーちゃんに習って先代って呼び始めたなの。だから先代はやっぱり先代って呼ぶのが似合ってるなの!』
考えるよりも口から出る方が早いナノは、一切の躊躇も見せずペラペラと喋り始めた。
『それって、つまりはマロン・ウッドニート様の前の妖精王がクリさんって事かな?』
『当たり前なの。じゃなきゃ先代なんて呼ばないなの! あ、でも昨日は長官って……言って……』
そこでようやく、昨日冗談めかしで言った極秘潜入捜査云々を思い出したのであろう。
ナノが、あっ、みたいな間抜けな顔でこちらを振り返った。
無表情で自分に視線をぶつけてくる俺を見つけると、ナノは怒られるとでも思ったのか、ぐるんと勢い良く首を回し、アンを指差し抗議の声を上げる。
『だ、騙したなの!』
「誰も騙しちゃいない。お前が勝手に喋っただけだ。ベラベラと」
僅かな怒気と呆れを声に乗せ、ナノの背中に向けて言い放った。
『ナノちゃんは悪くないですよー。悪いのは今まで黙っていたクリさんの方です』
ナノを両手で優しく抱き止めたアンが俺が悪いと責任を押し付けてきた。
『そ、そうなの! 友達に嘘をついていた先代が悪いなの!』
アンが味方に付いた途端、あっさりと手の平を返したナノが悪態をつく。
まぁ嘘はついていないが、黙っていたのは事実なので特に反論もしないでおいた。
どうせいずれは話そうかと思っていたし。
ただ、欲を言えば、ここぞ、というタイミングでサプライズしたかった。
『全部喋ってもらいます』とアン。
「後で良いだろ?」
『駄目です。クリさんの事ですから、そう言ってズルズルと引き延ばして有耶無耶にするのは目に見えています』
「フフフ、御名答」微笑み正解だと告げる。
『ふふふ、話して下さい』微笑み食い下がるアン。
「ハハハ、嫌です」笑みを絶やさず突き放す。
『せ、つ、め、い』ニコッと小首を傾げるアン。
一歩も引こうとしないアンとのにらめっこを諦め、大きな溜め息をつく。
それから、変わらず微笑みつつもこの機を逃すまいと俺から視線を一切離さないアンに向けて尋ねる。
「何だってそんなに知りたがるんだ?」
『仲間の事ですから。それを知りたいと思うのはいけない事ですか?』
「……いや。―――だけどなぁ、人には話したくない事の1つや2つあるもんだぜ? なぁキリノ?」
一人では埒が明かないと考え、キリノも巻き込んでみた。
キリノはキリノで隠し事があるので立場的にはこちら側だろう。
味方につくなら良し。
逆にアン側に付き、開き直って自らが隠す秘密を公にするも良し。
どちらに転んでもメリットがある様に持っていきたい所である。
俺から視線を外し、キリノに目を向け、やや間を置いてアンが尋ねる。『キリノも何か隠してる事があるの?』と。
キリノは中央の炉に視線を向けたまま小さく『ある』とこたえた。
アンとキリノがいつ頃から友人となったかは知らない。
しかし、ある、と答えた友人キリノの言葉はアンに僅かな動揺を与えた様で、アンの表情が少し翳る。
『アンにだってあるでしょ。言いたくない事位』とキリノ。
『わ、私はそんなのないもん』
『嘘。言えば反対されると思っているから言ってない事がある筈』
そこまで言ってから、キリノは炉から視線を外しアンを見る。続けて、
『アンは大事な友達。私の最初の大事な友達。友達が悩んで悩んで、そうやって悩んで自分で決めた事に私は口を出すつもりはない。それは無関心と言う意味じゃない。アンの隠し事を知らない訳でもない。ただ、知らない振りをしてただけ』
キリノにしては珍しく多弁に話す。
その事だけでも、彼女にとってアンという人物が如何に大切な存在かと表している様であった。
『そっか……知ってたんだ。――――そうだよね、キリノは勉強家だもんね。知らない訳ないよね』
俺と押し問答をしていた勢いはどこへやら。キリノの言葉でアンが急速にしおらしくなっていく。
好奇心猫を殺す、とまでは言わないが知らない方が良い事も世の中にはあると思う。
アンの勢いが無くなった事で、このまま流してしまおうと俺が口を挟む。
「まぁ、そんな訳だし、この件はこれでおしまい。本題に入ろう」
『待ってください』
三度の仕切り直しで、ようやく本題に入れると安堵しているとアンが待ったを掛けてきた。
『隠し事があるから話せないとの事であれば、私からお話致します』
皆が彼女に注目する中、彼女は傍らに置いた自身の武器を手に取り、それを皆に示すかの様に膝の上に乗せる。
『私の隠し事とは、私の所持するこの細剣、宝剣――――いえ、魔剣紅蒼の命剣の事です』
真剣な面持ちでアンがそう告げ、紅蒼の命剣について語り始めた。