亜人のお供をするにあたって・13
『嘘なの!』
モン爺宅にて俺から説明を受けたナノが声を荒げてそう口にした。
どう説明すべきかと、少し逡巡した結果、結局時系列に沿ってナノが石化していた400年の間の説明をする事にした。
マロンの旅から始まり、勇者ロゼフリートが魔王を打ち倒した事、その時にマロンが命を落とした事、マロンと共に妖精も滅びた事。
そこから400年の平和の後、再び魔王が現れた事。
今代の勇者アキマサと共に俺達が旅をしている事。
出来るだけ分り易く説明したつもりであったが、説明の分り易さと感情は全くの別なのだろう。
ナノは俺の話を信じようとはしなかった。
いや、信じてない訳では無いのかも知れないが感情がそれを拒絶しているのだと思う。
そりゃそうだ。
石となり時の止まったナノからしてみれば、マロンが旅立ったのは最近の事であり、そのマロンが死んで、昨日まで共に居た妖精全てが滅びたと言われて、しかもそれから400年も経っているなど、素直に信じられる訳がない。
『大体! ならどうして後輩がいるなの!? ナノも滅びて無いナノ!?』
ナノが俺を指差して反論する。
ごもっともな意見だ。
『お前は石だったからなぁ。多分、滅びずに残ったのはそれが関係しているんだと思う。確証は無いが』
俺の言葉を聞いたナノが、顎に手を置き少し考えた後、『……なら後輩も石だったなの?』と尋ねてくる。
「ん~、それなぁ……」
言いながらキリノに視線を向ける。
まぁ、キリノはこんなだしベラベラと他者に話す事は無いと思う。
ナノはまぁ口止めは簡単なので問題ない。洞窟で蹴り起こした時の様にヤァハァでチョチョイのチョイだ。するかどうかは別として。
ついでに言うと、わざわざ亜人を閉め出したのは、多分この話をするハメになるだろうと思ったからでもある。
妖精皇帝で通してしまっているので、この話をしたら色々面倒なのは間違いない。
しかし、ナノは紛い物の俺とは違う、正真正銘の妖精族最後の生き残りである。
だからナノは知る必要があるのだと思う。何となくだがそんな風に思った。
俺はキリノから視線を外し、ナノに目を向け直すと出きるだけ気軽な感じで説明を始めた。
「俺の体は人工生命体だからな。本物の妖精じゃないんだ」
俺の言葉を聞いてナノがキョトンとしている。
人工生命体というのが分からないのだろう。
一方のキリノは特に変化なし。あくまで表面的には、であるが。
「人工生命体ってのは、――――まぁ、そうだな作り物って事だ。妖精の体を真似して作られたのが俺だ」
かなり大雑把だがナノも何となく理解した様で、『ゴーレム?』と自信無さげに口に出した。
「そうそう、ゴーレムか。まぁそんな感じだ」
『じゃあ、後輩は妖精じゃないなの?』
「そうだ」
『じゃあ、マーちゃんが死んだのは本当なの?』
「そうだ」
『じゃあ、じゃあ、妖精もみんな死んだなの?』
「そうだ」
『じゃあ、じゃあ、妖精はナノだけなの?』
「そうだ」
『じゃあ――――じゃあ、じゃあ、ナノは、本当に、独りぼっちなの?』
目に大粒の涙を湛えたナノが消え入りそうな声で言う。
「そうだな」
俺の言葉にナノが口をへの字に固くつぐんだまま、ホロホロと泣き始める。
寂しいよな。
寂しく無い訳がないよな。
「だが安心しろ!」
大粒の涙を流すナノに向け、両手を腰に当ててドーンと言い放つ。
「俺が友達になってやろう! どうだ嬉しいだろう?」
そう宣言して不敵に笑ってみせる。
「あん? 不満か? 仕方無い。なら特別にアキマサとアンと、そこのキリノとも友達になる権利をくれてやる! それでも足りないと我が儘を抜かすなら亜人と仲良くなる権利も与えよう! 俺は寛大だからな!」
俺が、さも偉そうにそう宣うと、呆れたのかナノが泣くのも忘れてポカンとしていた。そりゃ、友達になる権利とか意味不明な事言われたらそうなるよね。
何はさておき、よしよし、取り合えず泣き止んだな。
更に続ける。
「まぁ、泣き虫と友達になりたい奴が俺以外にいればの話だがな?」
泣き止んだ事を確認してから軽く挑発してみる。
ナノは俺の挑発に乗ったのか、或いは俺の気遣いだと解釈したのか、どちらかは知らないが、手で顔を拭い、怒った様な顔を見せる。
『ナノは泣き虫じゃないなの! 後輩が我が儘を言うから、仕方無いからナノが友達になってやるなの! どうせ性格の悪い後輩は友達なんか居ないなの! ナノに感謝して欲しいなの!』
「あ~ん? 友達とかいっぱい居ますけど~? 選り取りみどりですけど~? なぁキリノ?」
少しの静寂の後、
『友達? あんたと? 笑えない冗談』
キリノが真顔で否定してくる。
『ほ~ら、後輩は友達居ないなの。強がりは止すなの』
勝ち誇った顔のナノが俺を小馬鹿にしてくる。
次いで、後ろのキリノに振り返り、『キリノ、改めてナノと友達になって欲しいなの!』と、嬉しそうに告げる。
キリノは小さく頷くと、『よろしく』と僅かに微笑んだ。
激レアなキリノの笑顔を引き出すとは、こやつ、中々やりおるわ。
キリノの機嫌が良さそうなので、調子に乗ってみる。
「よし、キリノ。俺とも友達になろう!」
とても爽やかに、フレンドリーにそう言った。
途端に、キリノが不快感を顔に張り付ける。
『はぁ?』
あらやだこわい。
あの微笑えみを俺にも分けて欲しい。
『ばーか、ばーかなの!』
俺とキリノのやり取りを見ていたナノが更に小馬鹿にしてくる。
「お前らまとめて今日から俺の下僕だから! 友達とか糞だから」
小馬鹿にしてくるナノにちょっと腹が立って来たので、キリノとナノに向けて、ふて腐れ気味に下僕だと言い放ってやった。
『だが断るなの! 友達は糞じゃないなの! 糞とか言う後輩が糞なの!』
こいつ……馬鹿だの糞だの、姿は愛らしい妖精のくせに口が悪い。
一体誰の影響なのか……。ナノに悪影響を与えた奴の顔が見てみたい。
まぁ、元気になったなら何でも良いか。
元気になったナノを見て、俺が僅かに安堵の顔を覗かせる。
『何笑ってるなの?』
馬鹿にして笑われたとでも思ったのか、不愉快そうにナノが眉をしかめる。
「……何でもねーよ」
言って、ひとつ溜め息をつく。
ナノに聞きたい事があった気がするが、忘れちまった。何だったかな?
まぁいいか、その内思い出すだろ。
「おい、ナノ。取り合えずは村の人に挨拶にでも行こうぜ? しばらく世話になるんだから」
『当然なの! ナノはちゃんと挨拶が出来る出来た妖精なの! 魔族に挨拶してくるなの!』
言って、部屋を出ていこうとするナノに後ろから声を掛ける。
「魔族じゃなくて亜人な。そこ絶対間違えるなよ」
『む~。分かってるなの! 今のはついうっかりなの!』
口を尖らせて反論した後、ナノはさっさと部屋を出てしまった。
「……心配だ。俺も付いて行こうかな」
ナノの背中を見送ってから、棒読み気味でそう口にし、俺もナノの後に続こうと扉に向かう。
そんな俺の体を、後ろから何者かが掴んできた。
駄目か。
ゆっくり振り返る。手の持ち主は当然ながらキリノであった。
「何かご用かななの? 僕ちゃん忙しいなの!」
ふざけて言ってみたが、キリノはピクリとも笑わない。
キリノじゃなくても笑わなかっただろうけど。
『話は、終わってない』
「無いよ。話なんて。なの。それともやっぱり俺と友達になりたくなったか?」
ニヤニヤと笑って言ってみたが、キリノが挑発に乗る事は無く、俺を握り締めたままジッと顔を見続けてくる。流れる静寂。
しばらくして、キリノが沈黙を破る。
『人工生命体の体』
キリノはそれだけ呟いた。
「ああ―――そうね」
また沈黙。
どう聞くべきか迷っている、もしくは質問を彼女なりに整理しているのだろう。
彼女の質問は簡潔であり、解釈次第ではどうとも取れる質問が多い。それが性格ゆえか、意図的かは分からないが。
『あなたは誰?』
東方三国の時と全く同じ質問が飛んできた。
けれど、あの時とはきっと質問の意図が違うのだと思う。
東方三国の時は、かなり大雑把な質問の様に感じた。
だからこそ、意味が分からないといった体で「俺は俺だ」などとはぐらかした。
しかし、今回の質問は多分こういう事だろう。
肉体が人工生命体ならば、中身は誰なのか?
正直、別に隠す程の事でもない。大した話でもない。
ただ言ってしまうとズルズルと全部喋ってしまいそうで嫌なのだ。
まぁ、それは半分。
後の半分は唯、からかいたいだけである。
引っ張るだけ引っ張って、バラした時に『そんな事かよズコー』と転けて欲しい。そういうオチが良い。
と言う訳で、結局引っ張れるだけ引っ張る事にした。
「教えても良いけど、交換条件だ」
その俺の言葉に、キリノの眉がピクリと僅かに動いたのを俺は見逃さなかった。
ふっふっふっ、やっぱり聞かれたくないのだな。洞窟でのアレは。
「猿の子がどういう意味か教えてくれたら教えても良い」
不敵に笑って、そうキリノに投げ掛ける。
ややあってから、キリノは小さく溜め息をつき、俺の体を掴んでいた手を離す。次いで、『ご飯』とだけ言い残し、部屋を去っていってしまった。
一人残されたモン爺宅で、意外な程あっさりと追及を諦めたキリノに少し困惑する。
そんなに聞かれたくない事だったのか?
光子の洞窟で、ミミズ討伐の為にキリノが召喚したのはギトと云う名の悪魔であった。
悪魔といっても魔王とは関係ない。
彼らは魔王よりも古い存在であり、便宜上、悪魔と言ってるだけである。
簡潔に言ってしまえば、妖精と同じく、原初の母なる樹に栄えた種族のひとつ。
キリノが呼び出したのはそれらの一角。古き大沼の主を名乗っていた。
もっともあの召喚はキリノの意図とは違った様であった。キリノからすればイレギュラーな召喚だっただろう。
そんな御伽噺にも近い存在のギトがキリノを前に口にしたのは、『猿の子』という呼び方。
それだけで全てが分かる訳ではないが、キリノは多分、自分の出自を知っているのだと思う。それだけは分かった。
洞窟で出自の話になった時に、彼女は『捨て子だから』と自分の身の上を話した。その時点で俺がキリノの出自を追及など出来る筈もない事を見越した上で。
当然だろう。他人の不幸を嬉々として聞き出そうとする輩など居ない。
それを知った以上、俺達が今後キリノの出自に関しての話題を出す事は無くなる。出せなくなる。
筈だった。
そこに来て、ギトの発言である。
キリノもまさか俺がギトの言語を理解しているとは思っても見なかった事だろう。
まぁ、俺がうっかり洩らした言葉で古の言語を理解しているのがバレちゃったけども。
それはそれとして、一貫して冷静を装っていたが、あの時のキリノの心境は穏やかでは無かった事だろう。
それを考えただけでちょっと面白い。
普段冷静な人程、慌てる様子は可笑しいもんである。
だからと言ってその事を根掘り葉掘り聞き出そうとは思わないが……。
それに捨て子だったのは事実だろう。孤児院とやらを調べたら直ぐ分かる嘘はつくまい。
何にせよ俺に対してキリノからの追及はしばらく無いだろう。お互い沈黙を守るのが賢い。知られたくない事なら尚更だ。
「仲良しに見えて、秘密がいっぱいだなこのパーティー」
誰も居ない空間で独り言を喋ってみる。
って言っても、アキマサやアンに秘密があるかは知らない。強いて言うなら恋心か。バレバレだけど。
とにもかくにも、こうしてキリノの弱味を握った俺は、ケケケと笑って部屋を後にするのであった。