亜人のお供をするにあたって・12
洞窟から出ると太陽はすっかり昇りきり、ほぼ真上に差し掛かろうとしていた。
木々の隙間から溢れる光を浴びながら村へと向かう。
村へと続く獣道を歩いていると、飛び去っていった筈のナノが血相を変え、此方に戻ってくる姿が視界に入る。
『大変なのー!』
俺達の姿を見つけるや慌てた様子のナノが開口一番そう叫ぶ。
『どうしたの? 何かあったの?』
アンが落ち着いた口調でナノに尋ねる。
俺達が居ない間に亜人達に何かあったのか?
俺がそんな不安を感じていると、
『魔族がいっぱいいるなの!』とナノが後方、エディンの方角を指差しながら告げてくる。
「魔族? 亜人か? そりゃお前……」
ああ、そうか。ずっと石だったから知らないわな。
「それも含めて説明してやるから、とにかく落ち着け。今から一旦村に戻るところだし、お前もついて来い」
『でもでも大丈夫なの!?』
「大丈夫だ。危険は無い。むしろ妖精なら歓迎されるんじゃないか?」
『後輩は信用出来ないなの! 不安なの!』
洞窟の僅かなやり取りで、ナノにとって俺は信用出来ない奴として認定されてしまった様だ。
自業自得だけど。
俺はひとつ溜め息をつくとアキマサを指差し、
「ならそこの男にでもくっついてろ。勇者なら信用出来るだろ?」とナノに向けて投げ掛けた。
言われたナノが驚いた様にアキマサに顔を向け、その顔を凝視する。
『勇者なの?』
『まぁ、一応』
アキマサが苦笑いで答える。
聖剣は折れ、聖霊力も不完全な者を勇者と呼んで良いなら、まぁ勇者だろう。アキマサ、憐れな男よ。
『勇者はロゼフリートじゃなかったなの?』
『それは四百年前の勇者かな。今はアキマサさんが勇者なんですよ』
ナノの質問にアンが優しげな口調で答える。アキマサが何故か若干照れた様に頬をかいた。
『四百年? 意味が分からないなの? ナノはあんまり頭良くないなの』
ナノが眉間に皺を寄せて、首を傾げる。
お前、さっき洞窟で妖精の事を知恵の種族だと誇らしげに語ってなかったか?
まぁナノが語った、妖精の誇張、過大評価は誰かさんの受け売りだろう。全く、世の中適当な奴が多くて困る。
しばらくアキマサを観察していたナノだったが、
『聖霊力を感じるなの……。アキマサ本当に勇者なの?』
確認する様にナノが問い掛け、それにアキマサが頷く。
『分かったなの! ナノは勇者を信用するなの!』
そう言ってナノがアキマサの肩へと腰を下ろした。
良く分からんがアキマサは信用されたらしい。
この鈍臭そうな顔をしたアキマサの何を見たら信用しようと思うのか甚だ疑問である。大抵の場合、アキマサが勇者と名乗ると相手は怪訝な顔をして疑う。
カーランでは勇者どころか詐欺師と疑われ、牢屋にまで入った。港町でも信用されなかった様だし、亜人には鼻で笑われたりもした。
疑わなかったのは鈴虫姫くらいのもんである。
その事を鑑みるに、聖霊力、ないし内に秘める力を感じ取れる者にはアキマサはやはり特別に映るのかも知れない。
鈴虫姫も聖霊力を、見知らぬ不思議な闘気、と口にしていた。
まして妖精でも無い人間のアキマサが持っているなら、尚更特別に見えるだろう。
残念な事に俺はそういった達人的な事は出来ないので、聖霊力がどういった物か人伝でしか分からないし、想像出来ないのだが。
なので、やはり俺の目にはアキマサは人は良さそうだが鈍臭そうな男、にしか映らない。アンやキリノには違った見え方をしているんだろうか?
暇な時にでも聞いてみよう。
『アキマサ、ナノをしっかり守って欲しいなの! よろしくお願いするなの!』
無邪気に笑ってナノがそうアキマサにお願いする。
『ああ、分かった』
ナノの笑顔に釣られたのかアキマサが楽しそうに笑って返事をした。
続けて、その様子を見ていたアンが『誰かさんもこれ位素直なら可愛らしいんですけどね』と笑う。
「言われてるぞキリノ」
『……お前だ』
キリノが冷ややかな眼を俺に向けて言い放つ。
何を馬鹿な。俺程、自分に素直に生きてる奴はそうは居ないぞ? つまり俺は可愛らしいんだ。もっと愛でても良いんだぜ?
そう思ったので、素直に口に出して言ってみる。
「ほら、愛でろ」
そう言って突き出した俺の頭に、キリノの手刀が炸裂した。
『後輩は馬鹿なの』
やり取りを見ていたナノが小さく呟いた。
村に戻ると、村の中央の広場で待ち構えていた亜人達が、俺達の無事な帰還を喜んだ。
モン爺から一通り労いの言葉を受けていると、亜人達の一角がざわざわと騒ぎ出した。
何事かとそちらに目を向ける。
彼らの視線はアキマサに集中していた。
否。正確にはアキマサの肩に乗り、不安そうな顔で辺りに視線を巡らせるナノにであろう。
『陛下、その者は……』
ナノに気付いたモン爺が亜人達を代表して質問してくる。
「ん~、何て説明すれば良いのか……。うん、洞窟に封印されてた」
ミミズに石にされて取り込まれていた。と細かく説明するのも面倒臭いので、そういう事にしておいた。
『おお、なんと!? 流石は陛下。陛下が突然光子の洞窟に向かうと言い出した時は何事かと思っておりましたが、まさか滅びた筈の妖精を救出して戻られるとは……。陛下は全て分かっておられたのですね!?』
「え? ――――あ、うん、そうだね」
取り合えず言われるまま自分の手柄にしておいた。
勝手に勘違いして俺の評価が高まるならそれで良いよもう。
こういった所でポイントを稼ぐのだ。不正評価に近いけど。
「コイツから色々聞きたい事もあるんで何処かゆっくり話が出来る場所を貸して貰いたいんだが」
『それでしたら、私めの家をお使い下さい。御話し中は家には誰も近付けぬ様に警備もお立てしましょう』
「ありがとう、助かるよ」
モン爺に礼を述べてから、「お前らどうする?」とアキマサとアンに向けて尋ねる。
ナノに、石になっていた期間の出来事を説明するだけならば、俺だけで事足りる。不眠で魔獣討伐に向かった二人を無理に付き合わせる必要も無い。
聖剣については後でも良いだろう。直ぐにどうこう出来る事でも無いし。
そう考え、先の質問を二人に投げ掛けた。
『ナノの事も気になりますけど、どうせ眠気で頭に入らなさそうなんですいませんが休ませて貰います』
『では私も』
アキマサがそう言い、アンが続く。
「おう、ゆっくり休んでくれ」
俺が返事をすると、亜人の一人が二人に歩み寄り、寝床への案内をかって出る。
亜人に連れられその場を離れる二人の背中を見送り、キリノはどうする? と尋ねようと振り向くと、既にキリノはモン爺の家へと向かってツカツカと歩いていた。休む気は無いらしい。
そんなキリノの肩には、いつの間にかナノが乗っていた。
魔法少女とお供みたい。
妖精を肩に乗せたキリノの背中を見て、そんな事を思ったのだが、ぶっちゃけ魔法使いだし、妖精だし、何の捻りも変換も無い。そのまんまである。
それから、広場に集まり、興味深そうに此方の様子を伺う亜人の集団に顔を向ける。
「シグルス!」集団に向けて名を呼ぶ。
すると、直ぐに集団の中から人混みを掻き分けて現れたシグルスが、俺の前へと進み出てきた。
シグルスは俺の傍まで近付くと、膝をついて頭を下げる。
「洞窟の魔獣はもう問題ない。後の事は任せるよ」
俺は別に何もしてないが、さも頑張りましたと云った体を装いシグルスに告げる。
『はい、陛下。直ぐに材料調達に向かい、石像製作に着手致します』
そう言うとシグルスは立ち上り、もう一度俺に頭を下げて、集団の中へと戻っていった。
よし、取り合えず本来の目的は完了だ。
黒い戦慄モグモグの襲来や鋼鉄ミミズによる聖剣ブレイクなど、大変ではあったが後はシグルス率いるドワーフ達が頑張ってくれるだろう。今から楽しみである。
そうして、満足げに小さく頷き、キリノ達が待つモン爺宅へと歩を進めたのであった。