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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅰ章【お供になるまで】
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【冒険譚】魔獣のお供をするにあたって

「っ!?」

 突然目の前に現れた彼に慌てて剣を止めた。

 紙一重。剣は彼の頬に触れるスレスレのところで完全に制止してくれた。

 小さな安堵を覚えた後、大きな疑問符が頭に浮かぶ。







 人語を介する魔獣というモノを初めて見た。話しには聞いていたが、兵士となってから――――いや、生まれて初めて遭遇したその喋る魔獣には酷く驚いた。

 父や友人曰く。

 人語を理解する程の魔獣というのは、それだけの禍を保有する、力のある個体なのだという。統率個体と言われるクラスの魔獣であり、その危険度は他の雑多な魔獣の比ではない。

 現に、どことなくかの狼帝を彷彿とさせる姿をした眼前のこの魔獣は、驚異的な脚力、速度を私に披露して見せた。初見が逃げ足として見せたのが不幸中の幸いとも言える。

 いや……多勢に無勢とみるや、即、逃げを選択した辺りはやはり知恵が回り危険なのだろう。

 基本的に本能で行動する魔獣は逃げるという事はしない。

 孤軍だろうが手負いだろうが、そんな事は一切気にも留めず、お構い無しに人々にその猛威を振るおうと牙を向ける。

 その先入観があった為か、あまりにあっさりと逃げ出した魔獣を私は思わず追い掛けてしまった。

 正直言って、隊を率いている立場として、些か冷静さに欠けた行動であった。

 だが、この個体を逃げす訳にはいかない、という思いもあった。

 辺境の地にある森の奥深くゆえ、今の今までこんな所にこれ程の脅威が潜んでいようとは誰も知らなかった。

 最近になって何処からか流れて来たのか、はたまたこの森で生まれたのか、そんな事はどうでも良かった。

 私が大国バルドの兵でアレが魔獣である以上、見過ごす訳には行かない。森の近くには村もある。この魔獣がいつ村を襲うとも限らない。

 ならばこそ、ここで倒しておかねばならない。

 実力的な不安もあったが……、こうして追い掛けていて判る。


 ――――まだ私の方が早い。勝てない相手ではない。


 それにしても……、一体何処まで逃げるつもりなんだろう?

 相当な速力に加え、慣れているのか立ち並ぶ木々を邪魔だと思っている風でもない。むしろ、木々の死角を利用して私を撒こうとしている様にも見える。

 という事はこの森に住み着いているのだろうか?


『ついてくんな!』

 追い続ける私に業を煮やしたのか、魔獣がそう声を荒げた。


「出来ない相談ですね」

 並走したまま返す。


 この魔獣、顔は正面を向いたままであるし、口を動かした様子もないが一体どうやって喋っているんだろう?

 違う違う。そんな事は今はどうでも良くて……。

 この走っているのに膠着状態という珍妙な状況をどうしたものか……。

 距離を詰めて斬りかかる事も出来るのだが、無闇に近付くというのも危険な気がする。向こうはかって知ったる森の中。近付くのを待っている、という可能性もある。

 知恵ある魔獣とはこうも厄介なモノかと忌ま忌ましさを覚える。


 もしかして私が疲弊するのを待っているの? 

 それとも、誘導されてたり? この先に仲間が居ないとも限らない。

 こちらは現在私一人。流石にそれは危険な気がする。一対多になる位ならば多少の危険は覚悟で一対一になる方が良い。

 そう思い、強く一歩を踏み出して距離を詰めた時、不意に魔獣が方向転換に興じた。

 やっぱり待ち構えてた!?


 でも、想定内。このタイミング、この角度。何かする前に切り伏せられる筈。

 そうして繰り出した私の一撃が空を切る。

 避けられた。

 二撃目、三撃目と続けるがどれも当たらない。この大きな身体で尋常ではない身のこなし。

 け、ど、

 避けられるのも想定内。


 すぐさま、相手の迎撃を視野に入れて用意していた魔法を発動する。氷属性の魔法。

 魔導士の友人の様に強力な魔法ではないので、これでこの魔獣を仕留められるとは思っていない。

 しかし、足を狙ったソレは、ほんの一瞬だけ魔獣の動きを阻害する事に成功する。その一瞬の隙をついた剣による本命の斬撃。狙いは首元。これで――――


『待って! 待って待って待って!』

 首元の一点に集中していた私の視界の中、ソレはそう声を上げながら映り込んで来た。

 一体何処から!? 一瞬が勝敗を分かつ刹那の交戦。瞬きなどする筈もないが、いつの間にか私の視界の中に居た。

 敵? 魔獣?

 でも、この姿は――――


「っ!?」

 普段の踏み込みよりも、もう一歩多く足を踏み出し、脚力で強引に勢いをねじ伏せる。

 そうして止まった剣。

 本当にギリギリであった。

 というより、止めて本当に良かったの?

 無害か否かの判断すらついていないのに、あのまま切ってしまうべきだったのでは? ――――しかし、コレは……。


 私が混乱した頭をぐるぐる掻き回していると、何処からともなく現れた彼が、強く閉じたままであった目蓋をゆっくりと持ち上げた。それから、自らの眼前で制止の刃先に目を落とし、深く安堵の溜め息をつく。


「これは、どういう状況でしょうか?」

 剣は突き付けたまま、混乱する頭でほぼ無意識にそんな問い掛けが私の口から飛び出した。


「俺が剣を突き付けられてる状況だが?」

 ……確かに。

 確かにその通りではあるのだが、私が聞きたいのはそういう事ではないのです。

 そこで彼の声にハッとする。

 聞き覚えのある声。今まさに彼が庇う様な立ち位置に存在する魔獣と同じ声。

 今喋ったのは魔獣? 彼?


 剣先は向けたまま、真意を探るかの様に数歩下がってそれらから距離を取った。

 ある程度距離を置いた後、向けたままの剣をゆっくりと降ろす。


 さて、どうでます? 油断を誘って出方を伺う。

 この距離ならば私が剣を振る方が早い。襲って来るならば切り伏せるまで。


 しかし、相手方には特にそういった兆候は見られなかった。

 悩みます。

 こんな事になるのであれば、友人の同行を断らずに連れてくれば良かった。彼女ならば或いは――――


 その時、急に魔獣が首を持ち上げた。

 甲冑の中で身体が僅かに震えた。

 そうやって、来るか? と警戒する私をよそに、魔獣はまるで私など眼中に無いとばかりに首をキョロキョロと振り、辺りを見回し始めた。


『どうした?』

 周囲を見回した後、一点を見つめ始めた魔獣に彼が顔を向けてそう声を出す。

 この声。やはり先程聞いたのは彼の発したものの様だ。

 と言う事は、もしかして最初から彼が喋っていたのだろうか?

 おそらく魔獣の体毛の中にでも隠れていたのだろう。この大きさならそれも可能のように思う。


「えっ~と、兵士さん?」

『……何でしょうか?』 

「ひとまず、一時停戦にしないか? 向こうで何かあったらしい」

 私がそんな事を考えていると、そう言って彼が私に提案してくる。

 何かあった?

 魔獣が喋った事に驚いて、かと思いきやその魔獣から正体不明の彼が飛び出しまた驚いて、それが実は腹話術の様に魔獣を喋らせていたという事実に驚いた。

 のに!

 これ以上の一体何があるというのでしょうか? 今日は厄日なの?


 そうして、やや呆けている私の耳に、遠くで木々の倒れる鈍い色をした音が届いた。


『プチ!』

 私がその音にほんの少し気を取られた直後、そんな台詞を残して魔獣と彼があっという間に走り去ってしまった。

 ぷち?

 なんだろう?

 それよりも、もしかして逃げられた、の?

 あれらが走り去った方をぼんやり眺めてみる。まばらに穴の空いた葉の隙間から木々が背負う様にいくつかの山が薄く見える。


 あれ? この方向……

 思い当たったその事で、全身をゾクリと一撫でした焦燥を味わうと同時に、私は全力で森の中を駆け出した。

 こっちには、この方向には私の部下達がいる。私達と魔獣が遭遇し、私が追い掛け、駆け抜けてきた道。

 つまりは……。

 あの魔獣は部下の方へと向かったという事。

 不味い。それは非常に不味い。

 なんたる失態。気付かず呆けて見送るなど馬鹿か私は! 大馬鹿者だ!

 私はともかく、部下達があの魔獣に勝てるとは思えない。部下達とて王国の兵士。十二分に鍛えているし、魔獣にだってひけをとらない。

 しかし、それは通常の魔獣であればの話。

 あれは無理だ。あの速さ、身のこなし、あれは大魔獣とまではいかずとも、それに準ずるだけの力がある様に感じた。部下達には荷が重すぎる。


 森を、出せるだけの全速力で駆けていく。

 焦る気持ちだけが先行し、時折、脚がもつれそうになる。

 出遅れた事も致命的であるが、なお想定外の事態。

 ――――あの魔獣、全然本気じゃなかった。

 私も多少の余裕はあったが、それは向こうも同じだった様で、全く追い付く気配がない。追い付けない。

 得意とする風属性の魔法で身体能力の補助を行って常人にはなし得ない速度で走るが、なおも後ろ姿すら見当たらない。

 身を守る為に装備した甲冑の重さに腹が立つ。今すぐ溶けて無くなってしまえばいいのに。


 王国のNo.2。副隊長という称号と共に与えられた白銀の甲冑。特殊な製法を用いて鍛え上げられた魔銀の鎧。丈夫さはもとより、見た目とは裏腹にとても軽く、他の鎧に比べてそれほど身体の動作を阻害したりもしない。軽いし、動きやすいけど、何も着けていない時と同じかと問われると、やはりそこはノーと言わざるを得ない。

 それでもやはり特別な甲冑。思い入れもある。与えられた直後などは、何度も意味もなく着ては鏡の前にニヤケ面して立ったものだ。

 女として生を受け、誰に馬鹿にされようとも貫き通した剣の道。兵士として生きると誓った決意。

 その集大成を具現化したとも言える筈のこの甲冑を、こんなに鬱陶しいと思ったのはあとにも先にもこの時が始めてであった。


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