亜人のお供をするにあたって・10
洞窟の地面に打ち付けられた杖を中心に、空間いっぱいまで拡がったのは紺色をした魔法陣であった。
あの~、キリノさん。それなりの空間があるとはいえ、まさか洞窟内でド派手な魔法攻撃なんてしないよね?
俺がそんな心配をする中、紺色の魔法陣から湧き出る様に水が溢れ出す。
足元を満たす様に流れる水の不思議な光景に、何が飛び出すのかと固唾を飲んで見守っていると、魔法陣の一ヵ所から水柱が勢いよく吹き出した。
そうして、吹き出したその水柱の上にソレは居た。
『子供?』
不思議そうな顔でそう口にしたのはアンである。
キリノの魔法陣から出てきたのは小さな子供。
その姿は十歳位の少年と言った感じで、肌は緑がかり、髪を頭の上部で一つにまとめ、ボロい腰布を一枚、申し訳無さげに巻いている。
そして何より目を惹くのは、少年のギョロりとした眼と手足の指の間に見え隠れする水掻き。
カエルだ。まさにカエル少年だ。
『オケケコロ、ケロケイヌロオオケロギトロ』
突然洞窟内に響いた聞き慣れない言葉にアンが驚いた表情を浮かべ後ろを振り向く。
それも当然。その言葉を発したのは魔法陣から現れたカエル少年ではなく彼女の友人キリノから発せられたものだったからである。
友人から飛び出した奇妙な言語にアンが驚く中、尚もキリノの言葉が続く。
『デロ、ワケロヨロォミケェヘケビロコ?』
淡々とした口調でキリノがギトに問い掛ける。
『サロゥケロゥ。ウケケニィココ。ケケミケェヘケビカーロム』
悪びれた様子を微塵も見せずカエル少年、もといギトがキリノに向けてそう口にする。
『アケロカッゲェゲコケロロ』
表情を変えずに諌めるキリノの言葉にギトが愉快そうに微笑んだ。
『……会話が成立してる』
キリノとギトのやり取りを見ていたアキマサが困惑気味にそう口を開く。
『キリノがカエルと話せるなんて……初耳です』
アキマサの言葉に同調する様にアンが言った。
アキマサとアンがそんな会話をしている最中も、キリノとギトの会話は更に続く。
『ソーロケケ。ヨロアロクゥケケロコ? マーロー』
ミミズを指差しながらそう告げたギトが、座っていた水柱から飛び降りると水飛沫が上がった。
そうしてパシャパシャと音を立てながらミミズへと近付いていくギト。
俺達がその背中を見守る中。
鋼鉄ミミズの巨体がギトを押し潰した。
地面の砕ける音の中、ゲロッ! と呻き声を上げながら潰れるその様は、まさに踏まれたカエルそのものであった。
アキマサやアンが呆れた様にその光景を見ていた。
そして、ギトを呼び出した当のキリノも表情こそそのままだが、冷ややかな目をギトに向けて突っ立っている。
「おいおい。あのカエル、任せろとか言っておいて早々と潰されちまったぞ」
俺がそう文句をつける。
古き大沼の主とやらじゃなかったのか?
一体何しに来たんだアイツ。期待させる様に登場して、あっという間にぺちゃんこなんて役立たずにも程がある。
俺がそんな感想を抱いていると、キリノが僅かに怪訝そうな顔を俺に向けてきた。
「何だよ?」
キリノの視線をぶっきらぼうに返す。
今のは口が滑っただけだ、気にするな。
そうして再びミミズに顔を向け直した直後、ミミズの巨体に薄桃色の何かが巻き付く。
突如現れたミミズの全身に巻き付くそれを思わず凝視する。
すると、俺が凝視する中、薄桃色の何かを巻かれたミミズの体が僅かに揺れた後、何かに引っ張られる様にしてその姿が瞬く間に消えてしまった。
『ゴケウロロ』
ミミズの消えた中心で小さな腹を大きく膨らませたギトが、ポンポンと腹を叩きながら満足そうに告げる。
『た、食べちゃった』
まるでパスタでも食べる様にチュルリと巨大なミミズを一気に飲み込んだギトのその様子を、口を開けて間抜け顔で見ていたアンがポツリと呟いた。
喰うとは言っていたが、まさかあの巨体を丸飲みにしたのか?
大食漢ってレベルじゃないだろ。物理的に。どんな胃袋してんだこのカエル。
『ン?』
ギトの暴食っぷりに俺達が呆れる中、ギトが僅かに声を洩らす。
次いで、口をモゴモゴと動かし、プッと口から何かを吐き出した。
ギトから吐き出されたモノは二つ。
一つは石化した剣の先端。おそらく折れた聖剣・絶対王者だろう。いくら暴食のギトも聖剣を喰う趣味は無いらしい。
『これって……』
ギトから吐き出され、地面に転がるもう一つのソレを凝視したままアキマサが言葉を洩らす。
そこには紛れもなく妖精の姿をした石があったのである。
「おい! 何だこれ? どっから湧いてきた?」
ギトに向け、俺がそう問い質す。
吐き出したという事は元から石という訳ではないだろうと思った。
おそらくこの大食漢なカエルならば、石くらいは平気で食べたかも知れないが、ソレを吐き出す前にギトが僅かに俺に視線を向けた事から、ギトはソレが俺の仲間か何かと考え、吐き出す必要性があると判断したのだろう。
その判断と好意を素直に受け止め、それなら質問も大丈夫だろうと尋ねてみたのだ。
しかし、言葉が通じないのか、ギトは不思議そうに小頚を傾げただった。
「キリノ、通訳」
今度はキリノに顔を向け、そう言葉を投げる。
だが、言われたキリノが俺の目をジッと見つめ返し、必要か? と目だけで訴えかけてくる。
キリノと顔を向き合わせたまはま少し待ったが、キリノは通訳するつもりは無い様だ。おそらく意図的に。
そんなキリノの様子に軽く舌打ちする。
くそ、面倒臭い。
やはり先程、潰れたカエルに呆れた俺が思わず洩らした「任せろとか言っておいて」という言葉がいけなかった。
キリノが無口なのを良い事に、知らんぷりを決め込みなあなあで誤魔化そうと思ったが、石の妖精の事を聞く必要はあるだろうし、致し方ない。
「ギト、コケウロミゲハロココ?」
石の妖精を指差しながらギトに尋ねる。
『ケコ』
「ドロゥキケロワロゥココ?」
『ノケコ』
「ナロゥ、ナゥケココ?」
俺の問い掛けに、ギトがキリノに視線を向ける。
ギトの視線を受けたキリノが小さく頷く。
そうしてキリノの了承を得たギトが、薄桃色の舌で石の妖精を絡めとりパクリと口に含んだ。
それからしばらく口をモゴモゴと動かした後、先程と同じ様にプッと吐き出した。
一連の動作をゆっくり行ったギトの口から吐き出されたモノは、石化からすっかり元に戻った小さな妖精であった。ギトの唾液まみれなのは気にしてはいけない。
『サロゥケロォ、モケロコ? カケロコ?』
唾液まみれの妖精を吐き出し、キリノに顔を向けたギトがそう尋ねる。キリノが小さく頷く。
キリノの頷きを確認したギトは、ケロっと一鳴きした後、その姿を水に変え、洞窟内に水音を響かせがら消えていった。
そうして魔獣の全て居なくなった洞窟内に『俺の指……』というアキマサの呟きが響いたのであった。