亜人のお供をするにあたって・9
「聖剣って折れるんだ」
まるで他人事の様な俺の呟きは、アキマサの悲痛な叫びに上書きされる。
『剣が! 聖剣が! 俺のぉ―――!』
激しく狼狽するアキマサに鋼鉄巨大ミミズが全身をしならせ体当たりを繰り出してきた。
そんなミミズの攻撃を折れた絶対王者の前で両手をついて項垂れるアキマサは気付いておらず、あわや直撃かと思った時、
『もう! アキマサさんしっかりして下さい!』
アンがそう檄を飛ばしながら、ついでに紅蒼の命剣を横凪に振るい剣圧を飛ばす。
放たれた剣圧はミミズに直撃し、ミミズの動きを僅かに止めた。
その僅かな隙、アンからの叱責を受けたアキマサは我を取り戻したのか、四つん這いのまま跳躍、ミミズから距離を取る。
その手にはしっかり折れた絶対王者の残骸が握られていた。
「石化、したのか?」
此方へと戻ってきたアキマサに顔を向けて、その手に持つ絶対王者に視線を移し、そう問い掛ける。
『みたいですね。アイツの能力でしょうか?』
俺の質問に同じく絶対王者に目を向けたアンが答える。
『特性……とでも言うんでしょうか? アイツの体液には石化効果がある様です』
言ったアキマサが左手を僅かに掲げ、見つめる。
アキマサの左手は小指から中指に掛けて石へと変化してしまっていた。
『切った時にちょっとだけですが。……真っ二つに切断したらヤバかったですね。多分、もっと被害大きかったと思います』
そう言ってアキマサが苦笑する。
確かに切断しようものなら、それこそ大量の体液がミミズから吹き出していただろう。運が良いんだか悪いんだか、その辺りがアキマサらしい。
『キリノ、これ治る?』
アンが不安そうに尋ねる。
『問題ない。でもちょっと時間が掛かる。ので、今は無理』
言ってキリノがトンと杖を地面に打ち鳴らし、全員を守る様に障壁を顕著させる。
直後、障壁にミミズから放たれた液体が降りかかり、俺達の眼前で障壁が石の壁へと姿を変えた。
「魔法で出した物すら石化させるのか。ちょっと卑怯じゃないか?」
『かなり強力ですね。聖剣すらも石化させる程ですし』
アンの言葉にアキマサが小さく『俺の……』と呟いた。悲しそうに。アキマサざまぁ。
『ま、まぁそれは後で考えましょう』
聖剣の話題を言ってからアンが、失敗した、と云った表情を僅かに見せたが、直ぐに話題を切り替える。
「そうだな。聖剣が折れたのは、アキマサの油断と力不足のせいだしな。それは後で考えよう」
主語をわざと強調してトドメを刺しておく。
そんな俺の言葉にアキマサが悲痛な表情を浮かべ、小さく呻きながら落ち込んだ。
『クリさん!』
アンのお叱りを受けるが、アキマサをへこませた時点で俺は満足である。
少し前に、斬鉄出来るなんて成長したじゃん、と感心した途端にこの有り様である。
コイツは誉めたら駄目なのだ。叱られて伸びる子なんだ彼は。
「で、どうやって倒す?」
落ち込むアキマサを無視して話を進める。
『そう……ですね。私も斬鉄位なら出来ますが、あの体液に石化効果がある以上、無闇に剣で切って捨てるのも考えものですね。剣圧では威力が足りませんし』
口元に手を当て、考え込む様にしてアンがそう口にする。
「剣士組は打つ手無しか」
ならばと我がパーティーのエースに顔を向ける。
『問題ない』
キリノが俺を一瞥した後、淡々と告げる。
アキマサ君、これですよ。この安定感、安心感。勇者ならば是非ともこの境地にまで辿り着いてほしい。
俺が心の中でキリノに拍手とアキマサにエールを送っていると、キリノが目を瞑りブツブツと詠唱を開始する。
「ほら、アキマサ仕事だぞ」
肩を軽く叩き、落ち込んだままのアキマサに詠唱の時間稼ぎを促す。
聖剣を失い、現在アキマサは丸腰だが時間稼ぎするだけなら平気だろう。
アキマサは何かを諦めたかの様に小さく溜め息をつくと、落ちた気持ちを拾い上げ、気合いを入れ直す。
次いで、拳に聖霊力を集中させ、無刀のまま構える。
そのアキマサの様子に危機感でも覚えたのか、ミミズは口を大きく開くとアキマサ目掛け液体を散布した。
『暴風の刃!』
アキマサに迫るソレをアンがまとめて吹き飛ばす。
その隙にアキマサが素早くミミズに接近し、聖霊力を纏った拳をミミズの胴へと叩き込んだ。
激しい衝突音がした後、ミミズの巨体が洞窟の壁まで吹き飛んでいった。洞窟内に再びの衝突音と、ガラガラと岩の崩れる音が響き渡る。
『いったぁ!』
あとアキマサの苦悶の声も。
硬い皮膚を持った鋼鉄ミミズを素手で殴りつけ、手をプラプラさせて痛がるアキマサ。いくら聖霊力を纏ってもやっぱり痛いらしい。
対する鋼鉄ミミズは壁まで吹き飛んだもののノーダメ。痛いだけ損である。
聖剣ありきならばともかく、いつぞや東方で見た鈴虫姫の様に、闘気を飛ばす、といった芸当はまだ彼には出来ない様だ。
そこは君の努力次第だ頑張れアキマサ。
『闘気を飛ばせばよかったのでは?』
アンも同じ事を思ったのか、手を押さえて痛みに悶えるアキマサに向けてそう言葉を投げ掛けた。
『いや~、やった事ないですし』
痛みで涙目のアキマサが手を擦りながらそう返す。
『大丈夫です! アキマサさんなら出来ます!』
アンがそう言ってアキマサをヨイショするが、多分、何の根拠もなく言ってるのだと思う。
『そ、そう言われても』
いくらヨイショされてもぶっつけ本番で出来るものではない事はアキマサも理解しているらしく、僅かに困惑した表情を見せた。
そんなアキマサの両手を取り、アンが囁く様に呟き始めた。
声が小さく距離もあった為、アンが何を言っているのかは聞き取れなかった。最後以外。
アンは自らの手に包む込んだアキマサの手を優しく擦りながら何かを呟き、最後に『飛んでいけ~』と片手を大きく振り上げた。
飛んでいけ~、で何をしているのかを察する。
これはあれだな。何故か良く効く民間療法だな。
『イケる気がしてきました!』
アンの回復魔法、お母さんの呪文を受けたアキマサが顔を真っ赤にしながらも、そう力強く頷く。
「アホか」
取り合えず文句を言っておく。
そんな俺の罵声などお構い無しに、勇気百パーセント元気百倍になったアキマサがミミズに身体を向ける。
そうして身体をミミズの正面に向けると僅かに腰を落し、両手を脇の下に構え、掌に聖霊力を集中させる。
聖霊力を闘気に見立て、飛ばすつもりであるらしい。
『か~、め~』
あ、はい。
俺とアンが見守る中、アキマサがどんどん聖霊力を高めていく。
『波ぁぁ――!』
雄叫びと共にアキマサが両手を突き出し、瓦礫からモゾモゾと這い出すミミズに向けて聖霊力を解き放った。
「おおぅ?」
ちゃんと飛んでいった事にまず驚く。
アキマサの事だから、手前でポヒュンとか情けない音を出して聖霊力が霧散し失敗すると思っていた。
次いで、これがお母さんの呪文の作用かと驚く。
何の根拠も魔力も無い言葉だけの魔法だが、効果は抜群だ。
ただ残念ながらアキマサの石化した左手の指は元に戻ってはいない様だ。当たり前か。
放たれた聖霊力はそのまま真っ直ぐミミズへと飛び直撃。再びミミズを壁へと叩き付ける。
『流石ですアキマサさん!』
嬉しそうにアンがアキマサを誉める。
おそらく、聖剣を折ってしまい意気消沈のアキマサを元気付ける意味合いも兼ねての一連の行動だろう。効果は抜群だ。
だが、いくら吹き飛ばし壁に叩き付け様とも鋼鉄ミミズはぴんぴんしている。硬いの凄いの。
と思ったが、おや? 心無しかミミズがお疲れの様に見えるぞ。
『効いてます! 効いてますよアキマサさん! 凄い威力です!』
アンが誉めちぎる。
いやいや、どれだけの威力かは知らないが多分、ダメージがあった訳じゃないだろ。現にミミズの体には絶対王者に切られた箇所以外に傷らしい傷は見当たらない。
おそらく聖霊力でミミズの禍の一部を浄化したのだろう。
ダメージと言うよりスタミナ削った、ってとこか。ただ、あれは体内の禍を直接打ち消す事で真価を発揮する戦闘法なので、体外からでは微々たるもんじゃないか?
「でもまぁ、あと百発位当てたら消滅すんじゃね?」
百発の根拠は無いが何となくそんな感じがしたので口にする。
『無理です』
アキマサが百発は無理だと即答する。
知ってた。
「そうだな。百発打つ前に聖霊力が尽きてアキマサの方が先に死ぬだろうな」
聖霊力による禍の浄化は魔獣には効果絶大であるが、同時に、打ち消す禍と同等の聖霊力が必要となる。
十の禍を浄化するには十の聖霊力が必要で、百の禍を浄化するには百の聖霊力が必要なのだ。
相手より聖霊力が上回っているからこそ使える方法である。
故に、聖霊力が相手の禍より下回っていれば、あまり意味が無い。むしろデメリットの方が多いだろう。
現に当時のアキマサよりも遥かに大きな禍を保有していたタラスク相手には、全力でやって半分程度の禍しか削る事は出来なかった。
アキマサ一人なら聖霊力を失った時点で負けみたいなもんであったろう。
だがまぁ、今回はわざわざアキマサが聖霊力を百発打ち込む必要なんか無いんだけどな。
そんな事を考えながら、横に目をやる。
キリノが杖の頭を地面に軽く打ち付けたのは、その直ぐ後であった。