亜人のお供をするにあたって・8
『私の身の上よりも、少しはアレを気にした方が良い』
真冬の雪山の如く凍りついた場が僅かな雪解けを感じさせる中、巨大ミミズに視線を送ったままのキリノがそう口を開く。
地雷を踏んだ張本人としては、いつもと変わらない、むしろいつもより少し楽しそうなキリノの表情に助けられた様な気がした。
そんなキリノの言葉に促されるまま、ミミズへと顔を向ける。
巨大ミミズは相も変わらず、うねうねと黒い身体を動かしてお食事中。
ミミズ博士の登場も地雷の爆発も全く気にした様子はなかった。
普段は魔獣の相手なぞ進んでしたいとは思わないのだが、相手にされないとそれはそれで何だかちょっと寂しい。
ミミズを見つめながらそんな事を呑気に考えていると、傍で俺と同じ様にミミズを観察していたアキマサが小さく声を洩らした。
『アイツ……もしかしてフェアル石を好んで食べてます?』
アキマサの呟きを受け、眼を凝らし、ミミズを良く良く観察してみる。
確かに洞窟の壁に露出している白色の部分、フェアル石をコリコリと削っている様に見える。
「ミスリル級の硬度だぞ。どんな歯してんだ。ってかミミズに歯とかあるのかよ」
このミミズが正確にいつからこの洞窟に住み着き始めたのか知らないが、長期間に渡りこの食生活を続けていたのならば、これまで相当量のフェアル石がミミズの腹に収まってしまっている事が容易に想像出来た。
「この野郎、貴重な石を」
そう理解した途端に無性に腹が立ってきて、ミミズに悪態をつく。
『って事は、洞窟内にしてはやたらに広いこの空間もアイツの仕業って事ですかね』
アキマサがミミズを含む自分達が現在滞在する空間を見渡しながらそう言葉を紡ぐ。
眼前のミミズが長年こつこつ食べ進めた結果、空間は二階建ての建物が五、六軒は軽く建てられそうな程に広い。
「のんびり雑談なんかしてる場合じゃなかったな」
今更ながら僅かに危機感を覚える。
まぁもっとも、このミミズの長期間の暴食を思えば、それこそ今更な気もするが。
「アキマサ君、やっておしまい」
アキマサの肩を叩き、ミミズ駆除を後押しする。
勿論、俺は見学だ。
『了解、陛下』
武力ゼロな俺の見学はアキマサも織り込み済みなので、特に反論するでもなく絶対王者を抜き、了承する。
ちょっとデカイだけのミミズなど、アキマサの敵ではないだろう。戦う前からもう結果は見えている。
憐れなミミズよ。
ただの野次馬である俺が勝ち誇っていると、アキマサの僅かな殺気に気付いたのか今まで一心不乱に壁を食べていたミミズが初めて此方に顔を向けた。
顔と言っても、そこに眼や鼻などはなく、確認出来たものは左右に大きく広がる口と、そこから覗く無数に生えたノコギリ状の歯だけであった。
アレだな。アレに似ている。
「ち○こみたい」
思った事を口に出したら後頭部をキリノに杖で殴られた。かなりの威力で。
「お、お前なぁ」
『今のはクリさんが悪いです』
暴力反対! と文句を言おうとしたらアンが口を挟んできた。
女性陣を敵に回すのも恐ろしいのでそれ以上の反論を止める。
俺では無かった。
「どう見てもち○こだよなアキマサ?」
『俺に振らないでください!』
「分かった分かった。分かったから早くあのち○こ、聖剣でぶった切って来い」
『もうお前黙れ』
俺に侮蔑の目を向けたキリノが黙れと吐き捨て、俺の首を指で摘まむ様に締め上げてくる。
「うぐぅ! ち―――ンギュ」
俺が単語を口にする前に首元に更に力が込められる。
いかん、死ぬ。ギブギブ。
手でキリノの指をパシパシ叩き、降参を示す。
俺のギブアップを受けて、キリノが小さく溜め息をついた後、指を俺の首から離した。
「冗談の……通じないヤツめ」
ケホケホと咳込みながら自分の下品さを棚に上げ、キリノに悪態をつく。
俺が恨み節を吐き終わるのとほぼ同時、真後ろから『うわぁ!』というアキマサの間抜けな声が聞こえてきた。
振り向くと、剣を構え、正面からミミズに向かって駆けていたアキマサ目掛け、巨大ミミズが口から何かの液体を吹き掛けている所であった。
「おお、ち」
キリノに凄い睨まれたので続きを言わずに止めておく。
ち○こが先から謎の液体出しおった。
思考は誰にも止められません。はい。
先の会話での刷り込みもあってか、凄く嫌そうな表情のアキマサが吹き出された液体を必死に避ける。
そうして、ミミズの攻撃を潜り抜けたアキマサが絶対王者をミミズの胴に振り下ろした。
絶対王者がミミズの身体に当たると、およそ生き物を切ったとは思えない様な甲高い金属音と火花が空間内に拡がった。
『硬っ!』
絶対王者を弾かれ、驚きの表情を浮かべたアキマサがミミズから一旦距離を取る為、素早く後方へ跳躍する。
『見た目より遥かに硬いですね』
確かめる様に絶対王者に目を向けたままアキマサがそう口にする。
『ミスリル級の硬度を持つフェアル石を食べ続けた影響でしょうか?』
今の僅かなやり取りを見て、アンがそう推測する。
『だとしたら最低でも斬鉄出来る位の威力じゃないとダメですね』
「斬鉄か~。イケるのかアキマサ?」
『大丈夫です。ミスリル程度なら問題ありません』
俺の問いに、何の問題ないと云った表情のアキマサが返す。
ほほう。中々言う様になったじゃないか。アキマサのくせに。
『むしろ強すぎて洞窟崩落させない様にする方が難しいですかね』
そう言って、僅かにアキマサが足を踏み込み、一気にミミズとの距離を詰める。
ただでかくて硬いだけのミミズは、そのアキマサの動きに付いていけず、あっさりと懐への侵入を許してしまう。
そんなミミズの隙だらけの胴へ向け、再びアキマサが絶対王者を振り下ろす。
『弱すぎた。調整が難しいなぁ』
ミミズの胴の中腹で止まる剣先を見ながら、アキマサがそう言ってボヤく。
洞窟の崩落を心配して力をセーブしたせいか、アキマサの一撃はミミズの胴を切断するまではいかなかった様である。
まぁ、その辺は経験不足って事だろう。
斬鉄出来る位に成長してるだけ立派だ。
アキマサの成長に感心していると、アキマサがミミズと、その胴にめり込む絶対王者を見詰めて怪訝な顔を見せた。
まさか抜けなくなったとか言うんじゃないだろうな?
俺がそんなベタなオチを想像していると、慌てた様子のアキマサが絶対王者から手を離し、ミミズから距離を取った。
そんなアキマサの不可解な行動を前に、ミミズにくっついたままの絶対王者に目を向け注視する。
俺達が見守る中、聖剣・絶対王者が瞬く間に石へと変化し、その光を失った。
『嘘だろ!?』
その絶対王者の石化現象に、最初に声を上げたのは持ち主であるアキマサであった。
そんな動揺するアキマサ目掛け、ミミズがその尻尾を横凪に払う。
だが動揺しながらも、動きの緩慢なミミズの攻撃はアキマサに簡単に避けられてしまい、彼に傷を負わせる事は叶わなかった。
しかし、ミミズの身体にめり込んだままの絶対王者はその余波をもろに受ける事となる。
くねくねとしなる身体に締め上げられる様に、石となった絶対王者がゴリゴリと嫌な音を立てる。そして、
聖剣はミミズの胴を支点にして、真っ二つに折れてしまった。
『おいぃぃ―――――!』
コトンと力なく地に落ちる絶対王者の残骸を目にしたアキマサが、洞窟中に響き渡りそうな大絶叫を披露した。